まちぶせ
「よっ」
自信に溢れた笑顔を鼻先に突き出されて、露伴は面食らった。
「姐さんお元気そうで。元気な赤ちゃん産んで下さいよ」
噴上裕也が自宅玄関先で格好を付けて待ちかまえていた。スタンド使い達を集めて承太郎が露伴の
妊娠宣言を行った３日後のことである。
「おまえなんかに言われなくてもそうする」
高飛車なもの言いはいつも通りに、出かけるところだった露伴は玄関扉を施錠した。
「お出かけかい？」
「そうだ」
短く答えて、ニヤニヤ笑いを消さない高い位置にある顔を見据えてやる。
「どちらまで？」
しつこく食い下がる色男の意図が読めずに、露伴は苛つく。
だいたい、出会いからして敵味方だ。吉良の矢に射られてスタンドが発現した噴上は、自分が交通
事故の怪我から回復するために、トンネルに罠を張って露伴を捕らえ、養分をほぼ吸い尽くした。露
伴を放っておけずに追いかけてきた仗助がいなかったら、本当に養分を吸い尽くされて死んでいたか
も知れない。
仗助にぶっ飛ばされて詫びを入れ、表向き無力化されたとはいえ、露伴は仗助達ほどさらりと過去
を忘れて手を取り合ったりなどはできない。
瀕死の目に遭わされたり、命が惜しくば仗助を代わりに差し出せと言われたり（当時は仗助のこと
を気にくわないガキだと思っていたにせよ）、面白くない記憶ばかりがこの男には付いている。
噴上の方も、仗助にはキッチリ締められたり、そのあと康一捜索にこき使われたりしているから、そ
うそう露伴に好感は抱いていないはずである。
「買い物だ」と言っておいて、露伴は右手を動かし、空中にピンク・ダークの少年のキャラクターを
描き出した。
「ヘブンズ・ドアー！」
瞬時に噴上は地上に転がって、その記憶の全てをさらけ出した。
容赦なくページをめくり、内容を検める。
「おれはカッコイイ。ミケランジェロの彫像のようなスタイルには自信がある」
「一流の漫画家である岸辺露伴がおれの肉体を絵にして残したいというなら、ポーズをとってやって
もいい」
「むしろ自分の姿を残してもらいたい」
自己愛に溢れた記述に失笑が漏れる。
「おれのスタンドのハイウェイ・スターは役に立った」
「交通事故から復活できたのはスタンドのおかげだ」
「いや、本当のところは東方仗助がおれをクレイジー・ダイアモンドで治してくれたおかげだ」
「東方仗助には借りがある」
どんどんめくっていく。
「岸辺露伴はヘンな女だ」
「放っとけ！」
瞬時に吐き捨てながら読み進む。
「瀕死になるまで養分を吸い尽くして、代わりの人間を寄越せば解放してやると言ってやった時、そ
の瞬間まで弱々しく怯えていたのに、土壇場で傲岸な表情に立ち返り言い放った」
「『だが断る』と。」
「おれは驚愕した」
「そして露伴はおれのスタンドの能力を瞬時に分析して仗助に伝えた」
「なんと肝の坐った女だ」
「自分の身を捨てて仗助を助けたのだ。きっと二人の間には固い絆があるに違いない」
「そんなものはなァーいッ！」
赤面しながら露伴は絶叫した。すかさず書き直す。
「二人の間には特になにも関係はない」
さらにページをめくっていく。
「露伴が承太郎さんの子供を妊娠していると聞いた」
「おかしい。露伴は仗助に惚れているはずだ」
「ありえないッ！」とその一文を消す。
「露伴と仗助には情を交わしている関係のもの特有の匂いの共通性があった。それが、露伴と承太郎
さんにはない」
「なにか事情があるに違いない。その事情を聞き出して、力になってやろう」
「露伴と仗助の為に役立ちたい」
露伴は読み込みながら、顔を赤くした。
しばらく考えて、書き込む。
「露伴の子供の父親が誰かについては考えることができない」
「露伴に頼まれるとなんでも言うことを聞きたくなる」
スタンドを引っ込めながら、露伴は頭をかいた。
「まったく。でもこれでこの前の集まりで皆がどういうことを考えたかがよく解った」
すぐに噴上は意識を取り戻して、ニヤニヤ笑いをしながら立ち上がった。
「車で来てるんだ。姐さん、買い物なら乗っていくかい？」
「ありがたく使わせてもらうが、姐さんはやめろ」
「ああ、露伴姐さん」
「やめろ」
「まずはどちらへ？」
「カメユーマーケット。食材の買い出しだ」
「オーライ」
たった一人でのマタニティ生活と思っていたが、面倒なことと同じくらい助かることもあるようだっ
た。
（これも仗助と知り合ったおかげか……）
露伴は温かいものが胸に溢れるのを感じていた。
１５−１２−’０８