Ｗデイ １万ヒットお礼作品
その朝（７４）
１
春だというのにボス・ジョルノは全力でやさぐれている。途中で離脱したフーゴがそれ
となく教えてくれていたとはいえ、自分をこの位置に押し上げるにあたって命がけの好意
を見せてくれていた年上のひとが、自分の求愛を拒んだのだ。
あの地獄の旅の途中、ブチャラティは落命した。自分のスタンド、ゴールド・エクスペ
リエンスの能力と、本人の生への執着とでなんとか活動を続けていたが、とうとうローマ、
コロッセオでの最終決戦で魂の最後の力も尽きて、彼の目の前で天に召されていった。文
字通り、天使たちがブチャラティの昇天を祝福していた……筈だったが、ミスタやトリッ
シュに呼ばれるままに彼女の肉体のあった場所へ行ってみると、聖人になりそこなった佳
人はまつげをひとつふたつ震わせると眼を覚まし、いぶかしげに自分の指を見つめていた。
「生きてる……？」
抱き合って喜び合うミスタとトリッシュに、おまえたち急に仲良しになったんだなとと
ぼけたことを言うのを聞いて安堵していると、背後からマヌケな声が上がって、さらにジョ
ルノは驚かされた。あれだけ祈りをこめ、誠心誠意スタンド能力を駆使して命をつなぎ止
めようとしたときにはぴくりとも動かなかったナランチャが、いてぇ〜と呻きながら身を
起こしていた。
「なんかすげえ嫌な夢見てたよ、ユータイリダツ？ 自分の身体を上から見てんの、オレ。
トリッシュはブチャラティのこと銃で蜂の巣にしちまうしさ？ あ、ジョルノ、どうなっ
た？ 勝ったんだろ？ オレ達」
大きな目を瞬かせて、ことの次第を尋ねてくる。
……これは……。
ありえないことの連続にも耐えてきた神経が、さすがに悲鳴を上げた。嬉しい悲鳴だっ
たが。
２
「こういうことか？ ジョルノがボス、ディアボロをやっつけて、永遠に結末にたどり着
けない身体にしてやったおかげで、直近にディアボロのやったことがなかったことにされ
たというわけか？」
立て続けにプラスティック・ボトルの水をを３本も飲み干し、スパゲティを平らげたあ
とで、リーダーは事態をまとめて見せた。場所はコロッセオの近くのトラットリア。皆、
安心すると腹が減っていた。笑いながら久々にリラックスした食事になった。
「そう……なんじゃないかと」
ジョルノはメンバーを見回しながら上目遣いに言った。とりあえず、生き残ったのは５
人、いや６人。ほんのさっきまでは３人きりだと思っていた。
「まあ、とりあえず久々に楽しい食卓を囲ませて貰って、礼を言うよ、ジョルノ」
むかしは闊達な若者だったんだろうな、知り合ったばかりのフランス人が生きている方
の目でウィンクを飛ばしてくれた。車椅子の上の身体は良く見ると大柄だ、もしかしてあ
の男と同じぐらい背丈はあるかも知れない……。と、ジョルノはいまいましいプラチナ・
ブロンドの男を思い出す。そう言えば、髪の色も同じだ。
「ナランチャはともかくわたしはありえないぞ、だってわたしがディアボロにやられたの
はもう３，４日も前……」
そこまで言ったところで、奇跡の生還を果たした佳人はふと顔色を変えて、トラットリ
アを飛び出していった。
「ブチャラティ！？」
ジョルノは席を立って追おうとした。それを、足を引っかけて荒っぽくミスタが止める。
「いーって」
ミスタはジョルノを羽交い締めに、ウィンクまでしてみせる。
「何を言ってるんです？ ブチャラティはどこへ？」
「だいじょぶ、行き先は解ってる」
ナランチャが行儀悪くサラダを口に詰め込みながら笑って見せた。
「サルディニアだよ」
２人、異口同音だった。
「ああ！」
トリッシュが顔を輝かせた。
「ほんの昨日ですものね」
「うまく巻き戻ってると良いな」
ミスタがにっかりと笑った。
「ぜってーだいじょうぶだよ」
ナランチャも明るい顔になった。
「……そんなにうまくことが運ぶものでしょうか」
ジョルノは椅子に座り直すとようやく思い当たって、ちょっとふて腐れた顔になった。
「なんだ？ 忘れ物か」
フランス人は自分の言った言葉の意味に自分で気がついて、一瞬後でニヤリと笑って見
せた。
「ボスは余計なこと考えてないで、新体制でも考えてろよ。ねーさんをナンバー・ツーに
してミスタさんはその次とか、年功序列でそこの亀の人を２番に持ってくるかとか」
ミスタは身を乗り出してジョルノの背を叩いた。
「おい、亀の人とはなんだ、ちゃんと出てこられたんだから名前で呼べ、ムシュー・ジャン・
ピエール・ポルナレフだ」
茶目っ気たっぷりに車椅子にふんぞり返ってみせるポルナレフは、年長者の立ち位置を
楽しむことにしたようだった。
３
ゆっくり腹ごしらえをして、一行が半日遅れでサルディニアに迎えに行くと、ブチャラ
ティは輝く笑顔で出迎えてくれた。愛する男と一緒に。
「あっれー！ ねーさん珍しくルージュ引いてると思ったらそりゃしもやけか？ アバッ
キオとろいとろいと思ってたら目ぇ覚ますのも遅かったんだな、ねーさん気がもめたろ？
何分ぐらいちゅっちゅしてた？」
ミスタがことさらにきわどいことを言いかけて笑いを呼び込もうとする。
「バッ！」
まだ青白かったその頬に、一瞬にして朱が上る。プラチナの髪を広げ散らして、おおげ
さに腰を落として。
……ああ、アバッキオだ。
皆の心に安堵が広がる。
「ああ、遺体安置所（モルグ）じゃあ一晩掛けていい感じに冷やされてて。すっかり冷え
切ったぞ」
まだ赤くかじかんでいる両の手の指先に目を落としながらブルネットの佳人がしれしれ
と恐ろしいことを言ってのけるのも普段通り。
「やっぱりマッパになって身体で直接暖めたわけー？」
「いや、あんまり遅いんでみぞおちに一発喰らわしたらそれがいい感じに効いたみたいで。
今流行りのあれだ、ＡＥＤ……？」
「ちょ、ねーさん」
「やっぱブチャラティだぜ」
ミスタとナランチャは不謹慎に笑い転げている。
「彼女はああいうのがふつうなのか？」
「ええと……わたしも知り合ったばかりだけど……ちょっと、ずれてるところがあるみた
い」
ポルナレフとトリッシュが置いて行かれて囁きあっている。
……白雪姫も楽じゃないですね。
心中突っ込みながらもジョルノは視線が下がりがちだ。
「やっぱ起き抜けに一発ヤってから来たの？ おれ達もっとゆっくり来ても良かった？
それとも早く解散してホテル行きたい？」と、転がるように話題が下世話になってゆく
のを、
「ちょっと、よしなさいよ」とトリッシュが制する。
……ああ、そうか。
ミスタがワルノリをしているのは、一同の気を盛り上げる為もあったが、いつもそれを
たしなめて場の雰囲気を紳士的に保っていた参謀がこの場にいないからだった。
「なあ、フーゴも戻ってくるかなあ？」
ナランチャが、振り返って遠くヴェネツィアを望んで言った。
「その話はあとだ、ナランチャ」
ブチャラティが顔を引き締めた。
「わたしたちは、これから組織をどう押さえるかを考えなくてはならない」
４
２日前と同じホテルが押さえられ、一行ははしゃぎながらおのおの割り当ての部屋に入
り、今度こそ心から美しい風景を楽しんだ。
「ブチャラティ、あなたには、ぼくの後見役をお願いしたい。年若い、新入りで幹部連中
の顔も知らないぼくでは、イタリア全土の支部を押さえきることはまだ難しいです、そし
て……」
これからの体制を考える、と皆を呼んだのに、ブチャラティの視線を受けるとひとりふ
たりと席を外して、もうホテルの会議室にはジョルノと２人きりになっていた。
「ブチャラティ、できれば、ゆくゆくはあなたには公私ともにパートナーとなって貰いた
いんです」
自分を励ましてジョルノは言った。ガールフレンドには不自由していない。内緒にはし
ているが、うんと年上の女と遊びの行為を持ったこともある。まだはたちだというブチャ
ラティは、それに比べたらまだまだ年が近い、本気の恋の相手になりうる……恋、恋だっ
て。そんな華やいだものじゃない、命を懸けて自分の夢を叶えてくれたひと、覚悟とは、
リーダーとしての心の持ちようとはということを、あの短い旅の中で身を以て教えてくれ
たひと。どれだけ感謝してもしたりない、組織のことだけじゃない、いろんなことをこれ
から教わりたい、一緒に経験したい。初めて覚えた心の底からの渇望のようなものだ。そん
な気持ちを言葉にして伝えたつもりだった。
ドドドドドドドド。
心臓が口から飛び出しそうだ。血液がこめかみを逆巻いて流れていて、耳鳴りがしてい
る。なんていうことだ、あの旅で、何度も死線をくぐってきたというのに、こんなに冷静
を欠いたことなんてあっただろうか。沈黙に耐えきれない。答を今この瞬間に聞かないと
もう窒息して死んでしまいそうだ。
「ジョルノ、言っていることの意味が解らない」
ああ、それなのに！
ブチャラティの返答は限りなく期待とは外れていた。まったくとぼけた顔をして。
「解らないッて……」
ジョルノの声は擦れて裏返った。
「組織を乗っ取ると言ったのはきみだ、ジョルノ」
「は…い……」
「きみはボスに勝った。ディアボロをやったのはきみだ。きみがボスになるのが筋だ」
「ええ……」
「わたしはきみに賭けた。組織の所業を知りつつ、自分ではなにもしなかった。そういう
人間が新しい組織で偉い顔をしてのさばっちゃいかんだろ」
「でも！」
「まあ、ほんの少し、そうだな、ディアボロを倒すのに協力したと、そう思ってくれてい
ると思って良いかな？」と、微かにブチャラティは表情を緩めて見せた。
「ほんの少しだなんて！ 今のぼくがあるのはあなたがあってのことです！ ブチャラティ！
どうかあなたの犠牲に報いさせてください！ ボスの座とおっしゃるならあなたに譲っ
てもいい！ そのかわり、ぼくにあなたの側にいる栄誉を与えてください、あなたと同じ
ものを見、同じ未来を手にする権利を！」
「それは、具体的には」
真っ直ぐに子供のような目を向けてくるブチャラティに、ジョルノはさらに勇気を振り
絞った！
「あなたが好きなんです！ 恋人としてのお付き合いを……」
「ぼうや、わたしとヤりたいってことか？」
遮って、いっそ無邪気に微笑んで、ブチャラティは言ってのけた。ケーブルカーで初め
て出会ったときの、得体の知れない陽気さを思い起こさせる、ほんの十日前のことだ。
「それは、……ゆくゆくは、できれば」
１５の少年の素に戻ったように、ジョルノが口ごもった。
「ジョルノ、無理だよ。解ってるくせに」
ブチャラティは笑った。
「ブチャラティ！」
「わたしにはアバッキオがいる」
「彼とは別れてください」
「無理だよ、もう奴とは結婚してるし」
「え？」
虚を突かれてジョルノは呆けた顔をさらした。
「おおっぴらにはしてないけどな。ほら、指輪もここに」と、左の手の甲の辺りに現れた
ジッパーを引いて、しまってあった指輪を取り出してかざしてみせる。
「無くすといけないからいつもはしまってるんだ」と、それを正しき場所にはめて見せて
そっと口づけて、ほんの少し頬を染めた。そのさま、なんて珍しいなまめかしい姿だろう！
いつもの凛々しさとは違う。ジョルノはうっとりと見つめてしまう。
「今ここで選ぶなんて話じゃない、選びようがない。わたし自身が、もう、アバッキオの
ものなんだ。悪いな」
残酷に、ブチャラティは笑った。
「そんな……いやだ」
だだっ子のように身をよじってジョルノは呟く。生まれて初めての本気の恋だと認識し
たばかりなのだ。
「アバッキオに手を出すなよ？ 永遠に軽蔑するぞ。まあ、やつも鍛えてるからな、スタン
ドなしの殴り合いならおまえにやられることはないだろ。ぼうや、おまえの方が首をへし
折られるかもな」と、ブチャラティの声は得意げでさえある。
ジョルノはぺしゃんこになって深く椅子に身を沈めた。
「なあ、わたしを恩に着てくれるなら、後ろ盾としておまえの側にはいてやるよ。見た目
は１５の子供のおまえだし、幹部連中を押さえきるのはそりゃあ無理がある。わたしはこ
れでもキャリアはあるから、オッサン連中に渡りを付けることぐらいはしてやれる。
……ペリーコロさんは気の毒したけどな。
２人で組織を牛耳るんだ、腐りきった大人どもは一掃して！ そうだ、組織の金で豪遊
するか？ 三つ星レストランってのに行ってみたり？ セリエＡの試合を貴賓室とやらで
見てみるか？ バイクや車に興味はないのか？ パリッとしたスーツ、……私服だってどん
なブランドものでも買えるぞ？ 好きな歌手や女優はいないか？ こっそりデートをアレン
ジしてやろう。飲酒と本番は無理だが、サンドラの店のきれいどころを総揚げしてパーティ
はどうだ？ せっかく命がけでボスをやっつけたんだ、……そうだろ？」と、１５の少年
の気持ちを浮き立たせるようなことを、ブチャラティは次々言い立ててごまかしに掛かる。
「ええ……」
ほんの少し、琥珀の目に灯りが点る。ジョルノはその「いろんな楽しいこと」に「２人
で」が掛かっているから魅力を見いだしたのだが。
「だから、奴を抜けさせてやってくれ」
ジョルノの目の前に大きく身を乗り出して、恐るべき要求をブチャラティは突きつけた。
「え？」
「アバッキオだ。やつは幹部にはなれない。もとが警官だからな、組織じゃあいつまで経っ
ても下っ端だ。それに、見たろ、ディアボロの素顔を曝く大事な任務の最中に、ぶったるん
で気を逸らして腹をぶち抜かれたりして。やつは使えない。田舎へ帰してやってくれ」
そんな、たった今、自分は彼のものだと言い切った同じその口で！？
「あなたは、それで良いんですか？」
ジョルノは目を丸くした。
「別れるとは言ってない。こっちも忙しくなるんだったら、あのいちいち手の掛るやたら
小難しい男に構ってられないってことだ。田舎に住まわせておいてたまに逢いに行くぐら
い良いだろ？ 当然、おまえとは毎日オフィスで一緒だ、その必要がないってならネアポ
リスにでもオフィスを貰うが」
「いいえ！ 是非そのように！ お願いします！」
勢い込んで言ったジョルノが、上目遣いに条件を確認する。
「先ほどの楽しいことに加え、ボスとして必要な社交の場には……？」
「当然随行することになるな」
「パーティとか、観劇とかもあると思いますが……その、女性を同伴するのが筋な席では？」
「恋人ができるまでは、付き合ってやるよ。それなりの恰好で。できれば土日は家に帰し
て欲しいがな。
ああ、酒の席はだめだぞ？ おまえはまだ未成年だからな」
「はい！ それで十分です！」
たとえそれが真実のものでないとしても、我慢できない！ 少年は目の前の「間に合わ
せのジャンク・フード」に飛びついた。
「交渉成立だ、いいな？」
……ああ、ネアポリスの海の色だ。きらきら光る青い瞳を見て、ジョルノは胸を高鳴ら
せていた。
５
ジョルノはそれでも油断無くネアポリスに凱旋するとブチャラティ（というよりアバッ
キオ）と懇意の教会を探し当てて、事実を照会した。
「ええ、春にはすぐ、来られましたな。準備講座もちゃんと受けられて。各種書類もちゃん
と揃えて、結婚証明書に署名されましたよ。公示もちゃんと出してます。ほら、こちらで
す」
エマヌエレ司祭はひとのよい笑顔で証拠の書類を出してきて見せた。ぐうの音も出せず
にジョルノは引き下がった。
「……披露のパーティは？」
限りなく下がった視線のまま、やっとやっとで尋ねてみる。
「さあ。ああいう仕事ですし、事情もあって、あまり表向きにはしていないようですな」
披露はしていない、きっとチームの皆も知らない、とそれを心の支えのようにして彼は
もとのアジトだった建物に赴いた。
「ブチャラティは？」
すぐにその姿を目で追ってしまう。不在の理由を確かめてしまう。ヤキが回っている。
「ああ、アンジェラ迎えに行った、アバッキオと」
ミスタがうっかり漏らした。
「アンジェラ？ 誰です？」
ジョルノは深く考えずに尋ねた。
「ペットの……猫です。急な出発だったからうちのおじいさまに訳を言って預かって貰っ
ていたんです」
やや尖った声が響いた。クラシコのスーツに身を包んだ、亜麻色の髪を七三に撫でつけ
た少年。眼鏡の下で碧い眼が静かに光っている。
「フー……」
出で立ちは変わっているが、見間違えようもない。ジョルノが思わず声を掛けようとす
ると、ぴしゃりと遮られた。
「馴れ馴れしい口を利かないで。ぼくはオッタービオ。川の向こう側のリーダー、ジャコ
モ・グリマルディーニの孫です。おじいさまの指示であんたたちのチームの後始末の手伝
いに来ました」
「あ、そ。よろしく、坊ちゃん」
ミスタはにかっと了承した。
「久し振り……です」
すぐさま飛びつこうとした肩をミスタに押さえつけられて、ばつが悪そうにナランチャ
が挨拶した。
「これはどうも。ネアポリスは若手に任せる雰囲気なのかな？」
初対面のポルナレフはかるく会釈をして見せた。
「実力主義なだけです」
短く切り捨てて、「オッタービオ」は帳面を開いて席に着いた。
「オッタービオ……さん、あの、オレ学校に行きたいんだけど」
ナランチャが恥ずかしげに言い出した。
「よろしいでしょう。手配します。短気を起こさずに頑張ってください」
ほんの少し、碧い眼に優しげな光が点る。
「オレはボス付のヒットマンで幹部ってことでいいかー？」
「ミスタさんはボスについてローマへ行かれると。よろしいでしょう。地位や待遇はボス
のご判断に従いますが。
ウナ嬢、あなたは？ 今まで住んでおられたフラットは暗殺チームの襲撃を受けたとか？」
「ええ……これを機会に都会の学校に通ってみたいけど、ボスの都合に合わせるわ。多少
の護衛はこれからも付けて貰いたいところなんだけど。やっぱり田舎の方が良い？」
トリッシュがジョルノを窺った。
「ええ……いえ、どうでしょう、やはりローマ？ ぼくの目の届く範囲の方が安心ですが、
うっとうしいというなら多少は離れた地方都市で？」
はっきり言って、ジョルノにとってトリッシュは眼中にない。多少の同情も、ブチャラ
ティへの狂おしい想いの前には吹っ飛んでしまう。実の父に殺されかけたという「悲劇」
も、実母に受けたネグレクトや、養父に受けた虐待を思えば、他のメンバーほどには衝撃
を感じ得なかった。ただし、眼中にないものへの配慮には、本人のごく深層の他人への善
意の深さが如実に出るものだ。同い年の身寄りのない少女に、ジョルノは関心がないなり
に濃やかな配慮を見せた。
「せっかく知り合ったスタンド？ 能力者なんだから、落ち着くまでは完全に関係を絶って
しまうのは怖いわ。できれば連絡を取り合える方がいいの」
トリッシュの言葉に、ほぼ丸投げともみえるボスの視線を受けて、フーゴと呼ばれてい
た少年は肯いて見せた。
「それではそのように。
そちらの方、情報提供者のポルナレフさんはどうなさいます？ 組織と離れて生活をな
さるにしても、それなりの待遇は保証しますが？」
「そうだなァ。やっと日の当たる所に出てこられたんだから、多少はいい目を見たいかな？
ちょっと、昔の仲間と繋ぎを取ってみる。スタンド能力者の研究じゃあ、あそこが一番
進んでるから」
「組織の秘密は漏らさないでいただきたいんですがね、能力者が何人いるとか……」
ジョルノは自分の思考に沈み込んでいったらしい。
「オッタービオ坊ちゃんはどうするの？」
ミスタが芝居に付き合う気でわざとらしく尋ねた。
「ぼくはこれからおじいさまの元で家業の勉強をします。……しばらく病気で家を離れて
いましたから、リハビリもありますし。
もしかしたら、ボスのところへ『勉強』にやられるかも知れません。ていのいい人質で
すかね？」
そういう設定で、名前も変えて見せたということだろう。もとからフーゴはグリマルディー
ニによく出入りしていたことだし。離脱したフーゴはそうやってグリマルディーニに保護
され、ネアポリス支部を押さえていてくれたというわけだ。ボスを倒した後、すぐにグリ
マルディーニがジョルノの支持を表明してくれたおかげで組織の掌握がスムーズにいった
わけが彼らにも解った。
「年が近いからな、話し相手にもなるだろ。ボスの友達になってやってくれよ」
「そのつもりです。よろしく、ボス・ジョルノ」
「ああ、……はい」
ジョルノは生返事だった。
６
「ブチャラティから、アバッキオは抜けさせてやってくれと頼まれました」とぼそりと呟
くと、一同は納得した様子だった。
「ああ」
ミスタが吐息のように声を出し、
「そっか」とナランチャが少し寂しげに肯いた。
「あら、そう」
トリッシュはまだ理由が掴めていない。
「アバッキオって、あのブチャラティの彼だろ？ なんでだ？」
ポルナレフだけが、彼の疑問に同調してくれるようだった。彼に説明することで、ジョ
ルノは情報を整理する。
「彼は元警官で、性格がやっかいなので、組織には向いていないんだそうです。それで、
田舎へ帰してやってくれとブチャラティが」
「田舎へ帰すのはいいとして、ブチャラティはそれでいいのか？ 恋人なのに？」と、ポ
ルナレフが突っ込んでくる。
「ぼくには、別れる訳じゃないから良いと言ってました。そういうものなんですかね？」
「いいじゃないか、ブチャラティはローマに詰めてくれるんだろ？ 愛情は距離の二乗に
反比例するんだってな。近くにいて毎日逢える方が有利だ。口説いてものにすれば？ ジョ
ルノ」
短い間にジョルノの気持ちを察していたフランス人は、無責任にそう焚きつけた。
「ちょっとッ」
トリッシュが声を荒げて遮った。
「ボスに余計なことを言わないでくださいッ」
「オッタービオ」もお坊ちゃんの仮面を外して食ってかかった。
「ブチャラティはあたしのヒーローなんですからねッ！ くだらないいろごとに巻き込ま
ないでちょうだいッ」
トリッシュが暴走する。
「ヒーローって、あのひと女性ですけど」
オッタービオがまず突っ込む。
「良いでしょ別にッ！ 凛々しくて、強くて、優しくて……ちょっとぼけてて、あんなひ
と他にいないわッ！ なにより命の恩人なんですものッ！
あのひとたちはあれでいいのッ！ 美男美女でお似合いでしょッ」
「それはそうですけど……」
「あの亀の中でも、最初はビックリしたけど、後の方じゃあ結構細かく気を遣ってくれて、
アバッキオは養生中で出せないからってあたしの面倒良く見させくれてさ、ブチャラティ
からの指示だけどって、目立たないように甘いもの差し入れてくれたり、トイレ休憩タイ
ミング良く取ってくれたり、外の空気吸わせてくれたりしてたのよ。やっぱり、人の上に
立つひとは違うわよね」
……あー、それアバッキオ独自判断だから。女の子に親切にして妙な誤解されたくなかっ
たんだね。ハンサムって辛いよな……。
……もともとやつは細かい補給・人材管理担当みたいなところあったしな。
……そう言えばこしょこしょ話はしてましたかね？
少年達は曖昧な顔を作って目交ぜし合った。
「うーん、判断力と統率力が凄いのは見たなァ。スタンド能力も、あれは独特でいろいろ
使いでがありそうだし」と、ポルナレフは楽しげに少年少女を見まわしていた。
「ボス？」
話は一段落していたらしい。紅茶を勧められて、オッタービオの眼差しが彼の不調の理
由を尋ねていた。
「ブチャラティですが……あの２人、結婚してるんですね」
「ああ、うん。そーみたいだな。オレ達は呼ばれなかったけどな」
ミスタがあっさりと肯いて見せた。
「ええーッそんな、ふつう結婚する時って役所のとこに貼り紙が出るじゃん。この結婚に
不満のものは申し出るべしって」
ナランチャが驚いてくれた。良かった、この事実を今日知ったのが自分だけじゃなくて、
とジョルノは荷物を半分持ってもらった気になる。
「でもあそこ、スペースが足りなくていつも２枚３枚重なって貼りだしてあるじゃないで
すか。紛れちゃって、あんまり重要じゃない掲示はすぐ隠れますよ」
「まあ、だいたいネアポリスはアバウトですよね」とジョルノが苦笑する。
じつは、そうなるように掲示の時点でぴったり上から別の公示を貼り重ねたのはフーゴ
だ。自分の勝手がブチャラティのギャングとしてのキャリアや立場に差し障りが出ないよ
うにとのアバッキオの相談を受けてのことだ。
……それだけ気にするなら式なんか挙げなきゃ良かったのに。
そこはやはりけじめを付けずにはおれなかったのだろう。石頭は大変だ。
だから、この期に及んでブチャラティに「捨てられる」ことになった。
「秘密結婚ね。身分のある女性みたい、ちょっとロマンティックかしら」
トリッシュが２，３の例を歴史に思い出したらしい、少し憧れるような眼差しをして見
せた。
「そんなことしなくてももうこの街じゃあ公認なんですけどね。まあ、そういうわけで、
あの２人の間には誰も割り込むことなんてできないんですよ」
「解りました」
「ボス、あなたは今やらなくちゃならないことは他に山積みなんですから」
「とりあえずあたしの居場所と学校ローマで探して。
フラットは便利が良くて公園が近くて日当たりがよくって静かなところ。学校はそうね
え、芸術の講座がいっぱいあるところ」と、トリッシュはまた好みの煩いところを出して
くる。
「そーいえば、トリッシュの音楽の好みってどんなの？」
ミスタが聞いてくる、フーゴが離反したときの言葉を思い出したようだ。
「え？ ふつうにポップス。ちょっと古めのが好きよ、母がよく歌ってたわ、自分の若い
ときの……」
うち解けた会話がしばらく続いて、トリッシュはチョコレートを摘みながらふと呟いた。
「なんであのひとたち秘密結婚なんてつまんないコトしたのかしら」
「トリッシュさっき自分でロマンティックって言ったじゃん！」
ナランチャが噛みついた。崇拝するブチャラティの結婚だ、みんなで祝ってやりたいと
思って当たり前だと思っている。
「だって！ 結婚証明書にサインするだけなんて！ 乙女心を解ってないわ！ ドレスを
着て、親しい友人や家族やお世話になった人に囲まれて祝福されないと、結婚って言えな
いわ！ 写真もなくて、あとで子供や孫にどう説明しろっての！？」
……ああ、ブチャラティのドレス姿！ 見たいかも！
……そんであの石頭を思いっきり冷やかしたりからかったり！ ……はいつもしてるけ
どな。
うずうずする一同の顔を見て、ジョルノはふと思いついて言ってみた。
「じゃあ、リタイア祝いにアバッキオに結婚式と披露宴をプレゼントしてやりませんか？」
「いーねえ！」
「ドレス！ ドレスよ絶対！ アバッキオの正装も絶対見逃せないわ！」
「街のみんなに話してみよう！ みんな乗るぜ！」
「ちょっと、支部の皆さんにも話を通さないとまずいですよ、おじいさまには絶対！」
一同はわっと盛り上がり、生き生きと計画をそれぞれ話し出した……。
７
ＸデイならぬＷデイは６月と決まって、まず、初恋の兄貴分に連絡がいった。
「やあ、艦長の積み立てが役に立つときが来たね」
いそいそと現れたフランチェスコは逢うなり「フーゴ」に話を振った。
「え？」
一同の目はオッタービオに注がれる。
「パンナコッタに渡したはずだけど？」
やあ、また昔みたいにお坊ちゃんスタイルに戻って、と元モデルのギャングは笑ってせっ
かくの変身をないものにした。
「え、ああ、あれはヴェネツィアで別れたときにブチャラティの手に渡るようにしたんで
すが。彼女はあれを遣ったでしょうかね？」
オッタービオは目を泳がせてアバッキオの顔に留める。二人ともに秘密というのは無理、
と、アバッキオには事情を話して協力を仰いでいる。今日も打ち合わせに呼び出されてい
た。
「ああ、あれか、隠し財産。役に立ったとも。おかげでサルディニア以降もちゃんとした
ところに泊まれたし、車やなんかの手配もできた筈だ」
最後の１日を綺麗なところでゆっくりできたのは良い思い出だった。あれが最後と一時
は覚悟したのだが、奇跡的なところで彼は生還できた。彼は今、愛しい人々と過ごせる幸
せを噛みしめている。
「まだ随分残ってるはずだから、今回の軍資金になるだろう」
「まあ、一口乗せろって人間には事欠かないと思いますがね。とりあえず、おじいさまか
らは金に糸目は付けるなと言われてます」
グリマルディーニ老も本気のようだ。
「それにしても、フロラが結婚か、そりゃ、二人っきりでの秘密結婚になるだろさ」
フランチェスコはだいたいの式の進行の下書きを見てふと問題発言をした。
「えーなんで？ フランチェスコさん」
ナランチャが眼を上げた。ネアポリスの下町の人々に愛される守護女神、いや、今となっ
てはネアポリス市全体の守護女神だというのに。
「花嫁の父親役を誰がやるかで殺し合いになるから」
優男はウィンクをして見せた。
「それは」
一同が絶句した。
「ポルポさんが生きてらしたらまずポルポさんだったでしょう」
冷静にオッタービオが指摘した。
……良いタイミングで死んでくれた、と皆心の中で思った。
「グリマルディーニのじいさま」
ミスタがペンを持った手で宙を指し示した。
「まあ今となってはあの方が適任かな」
アバッキオが腕組みをする。ややあって、
「艦長？」
実際逢ったことはないにしても、小娘のフロラを保護してくれていたとよく話の端々に
聞く名としてアバッキオは挙げてみた。
「冗談じゃねえ、こんな車椅子の老いぼれがって言うだろうね、そりゃね口だけは」と、
その気性をよく知るフランチェスコが首を振った。
実際のところは、車椅子でのエスコートは物理的に難しい。会場に想定しているのは、
いつもの聖モニカ教会だ。由緒があってきれいだがこぢんまりとしすぎている。
「連絡は取ってみるよ。そりゃ、１も２もなく来るさ。どの程度介助が要るかも聞いとく
よ」
フランチェスコが請け負った。
それにしても。結婚式はかなりバリアフリー対応が要るな、とオッタービオは手袋をし
たフランチェスコの右手を見つめていた。
「タルティーニさんでは？」
オッタービオが傍らを振り返った。グリマルディーニからこの話し合いにオブザーヴァー
参加している。
「奴に殺されますや」
首を振って顎でフラチェスコを指し示した。
「じゃあフランチェスコさん？」
トリッシュが目を向ける。
「ぼくがやってもいいけど、どっちかっていうと花嫁の兄だよねえ？」
おおげさに両手を肩のところまで挙げて、優男は辞退した。
……違うな。フーゴは心中独語する。
プライドの高いこの男は、晴れの席で花嫁をエスコートしてよろめく様を見せたくない
のだ。最初逢ったときは、まだリハビリ中でステッキを突いていた。
……春に逢ったときには日常生活に差し支えはないって言ってたのに。
「もっと大物の……ヴェネツィアのトスティ？」
ジョルノがやっと覚えてきた大物幹部の名前を挙げてみる。
「格といい近さといい、おじいさまの方がまだしも」
オッタービオがダメ出しをした。
「幹部級というならジェノヴァのあの方はいかがです？」
「ボス！ ああ！
これだからあなたにはブチャラティさんが付いてないと！ いいですか、うちの組織は
仲良しクラブじゃないんです。幹部や地方の支部長レヴェルでは遺恨を持った同士っての
が何組もいるんです。利害も絡み合ってる。そういう細かい微妙なバランスを、姐さんは
よおくご存知ですから、よくよくご相談なすってくださいよ？
とにかく、姐さんとジェノヴァのガラヴァーニのお嬢さんは犬猿の仲なんです。
姐さんの方は相手を立てて関わり合いにならないようにしてらっしゃいますが、あちら
の方が、姐さんのいろいろに嫉妬なすって、絡んでこられるんです。
ガラヴァーニのお嬢さんは、それは恐ろしい……毒蛇のようなお方で。若い頃にはフィ
レンツェのモンテッソーリのお嬢さんを配下の若いのに襲わせて……裁定に不服のフィレン
ツェのが造反して暗殺チームに始末されたらしいですぜ。そういうわけで、フィレンツェ
はまだジェノヴァを恨んでますです。アバッキオがローマに顔出したときは、そのお嬢さん
をめがけてフィレンツェのリムジンが突っ込んできたらしいスから。……覚えておいてく
だせえよ？ 要注意人物です」
タルティーニが勢い込んで説教した。
「解りました。ガラヴァーニ、ね」
気圧された様子でジョルノが引き下がった。
「ブチャラティは大物なんだなあ」
暢気な声でポルナレフが感嘆した。
「いっそのことぼくが」
ジョルノが言い出して、
「街の衆が納得しません！」
オッタービオに即時却下された。
……ボスになったジョルノ様に突っ込めるんだもんよ？
……フーゴ戻ってきてくれて良かったーッ
ミスタとナランチャが目交ぜをして安堵の笑みを漏らしていた。
かくて、花嫁のエスコート役はグリマルディーニ老となった。
８
Ｗデイについてはオッタービオがネアポリスの皆に根回ししたので、ウキウキと秘密は
守られながら一同大車輪の働きで支度が調っていった。サンドラにまで連絡がいって、久々
に顔を出したブチャラティは親友にとっつかまって、全身フルコースで手入れをされた。
「ここんとこ、なに？ うっすら色変わってるよ」
裸のみぞおちを撫でながら、サンドラが何気なく尋ねると、
「ああ、いっぺん死んだからなあ。死んだボスに胸をぶち抜かれた痕だな」と、女幹部に
なりおおせたブチャラティはこともなげに返した。
「恐ろしい」
「うん、まあ、奇跡だな。ボスのおかげさ。ボスは凄い」
「でもちゃんと幹部になっちまって。もうローマに詰めっきりかい？ 彼も連れて行くの？」
「奴はリタイアだ。……アンジェラを任せるから」
ブチャラティは何気なく身をよじって、顔を背けた。
「ああ。……連れて行けないのかい？」
肉親の縁の薄いブチャラティを思いやって、サンドラは目の色を深くした。
「街のチンピラ程度ならなんとかやれたかも知れないが。今後は命を狙われることも増え
る、一緒にいない方が良い」
「そりゃ彼ならちゃんと育てられると思うけど……寂しくないのかい」
「寂しいに決まってるだろ。しょうがないのさ」
長年の親友相手には、心の底を打ち割ってみせる。それでも、声音はあっさりと乾いて
諦めている。
「でもまあ、浮気の心配はないね」と、サンドラは笑いに紛れさせようとする。
「そんなことあるか。不安で不安でしょうがないが、……やつは一人遊びが得意だからな。
一応は信頼してやる」
「あはは、うちのブロマイド用写真館でプライヴェイト・ヌードでも撮っとくかい？ こっ
そり息抜きに来たりしたらあたしに連絡を寄越すように言っとくよ」
「写真は要らない。お仕置きだけ頼んだ。思いっきり締めてやってくれ」
ブチャラティは真顔で言う。
「そんなに心配ならあんたのスタンドであそこだけ切り離して持ってけば？」と、またサン
ドラはケラケラ笑ってとんでもない提案を。
「持ってくって、冷蔵庫に保存しとくのか？」
「そんで寂しいときにあんたが使うのさ」
「それはいいな」
二人してけしからぬ話題で盛り上がって。
９
とうとうそのＷデイが来た。ネアポリスに呼び出されたブチャラティは、まず女衆に取
り囲まれた！
「ちょっと、なんだ、みんな、寄ってたかって！？」
裸に剥かれて、この日のために調達したブライダル・ランジェリーを着せられてゆく。
「はーい、これが艦長からさんざん胸がない、前も後ろも判らない棒っきれみたいと言わ
れ続けたフロラにさえ立派な谷間を作るボディスーツ！ 皆さんよっく見て！ お求めは
このカルロッタの店よ！
そしてドレスに美しいマーメイド・ラインを作るためにパッドの入ったガードル！」
「ちょ、苦しい……」
あちこち無理矢理肉を寄せられてさすがのブチャラティも呻いた。
「お黙り。ウェストは少しも締めちゃいないんだから。ああ、憎らしい！」
「お次はマリア・アマリアが最高の技術で顔を作り込んでやるわよ！ もとがいいからね、
最高の花嫁になるわ！」
「話を貰ってから、うちに顔出す度に磨き上げたからねえ。ベスト・コンディションのは
ずさ」
「サンドラ姐さんご協力ありがとう！」
「ドレスはうちのひとが２週間徹夜して間に合わせたよ！」
行きつけの店のおかみが誇らしげにトランクを開ける。
「やっぱりスカルラッティさんじゃないとね」
「ウェディング・ドレスだけは変な模様のわけないし、安心だね……？」と、ドレスを広
げて見て、言葉に詰まる。デザインは美しい。極上のシルクを惜しげもなく使って。最近
メリハリの付いてきた身体のラインを引き立てるカッティングの巧みさは衰えていない、
が……。
「アール・ヌーヴォー風のレースって言ってたけど、おかしくないよね？ ねえ？」
おかみは自分の判断を他の女達に保証して貰いたがる。
「……アールヌーヴォーって、それ」
「あの頃、でかいトンボとかチョウとかのアクセサリー流行らなかったかねえ？」と、アン
ナが呟いた。
「…………やっぱり？」
一同は頭をそろって傾げさせた。
「お洒落じゃないか。そうか、アール・ヌーヴォーか」
大きなトンボが連なって胸元を飾るレースを本人はいたく気に入ったようだったが、ウェ
ディング・ドレスも微妙なブチャラティだった。
「ブーケはマリアの店だよ」
気分を変えるように声が上がった。
「やっぱり花はマリアの店が一番！」
「花の女神（フロラ）の婚礼だもの！ 薔薇、百合、カーネーション、ありったけの花を
使ったわ！ 頭飾りにはアランチャ、幸せになれますようにって！」
「ブチャラティ、とっても似合うわよ」
ブチャラティを見守ってきた女衆が、得意げに彼女を飾り立て、この祝い事に関わりたがる。
街の人間に総出で見送られて、聖モニカ教会に来てみれば、懐かしい人が。
「ブチャラティ、なんてことだ」
車椅子の老人が、もう涙ぐんでいる。
「艦長！」
「幹部になったんだってな、ボスを倒して。部下の男どもを危険にさらして。悪い女だ、
なんて悪い……おまえはほんとうにギャングとしても優等生だよ、よく頑張ったな」と、
老人の言葉は首尾一貫しない。
「そんな……艦長に教わったとおりに生き延びてきただけです」
さすがのブチャラティも声を詰まらせる。
「フロラの結婚式に呼んでもらえるなんてね。生きてて良かったよ」
その横には兄貴分が、往年の麗姿を偲ばせる出で立ちで微笑んでいる。
「トンマーゾも、マルガリータも、ここに」と、写真立てを胸ポケットから出して、見せ
た。
「うん」
いよいよブチャラティは眉根を寄せてゆく。
「花嫁さんの化粧を崩そうって人は誰！？
さあ、フロラ！ 化粧が崩れる前に式を済ませな！ みんなもう待ちかねてるよ！ と
くにあんたの彼がね！」
サンドラのきびきびした声が掛かって、慌てて一同は教会の中へ入っていった。
花嫁の父親役はグリマルディーニ老が務めて。これは役得、と喜色満面で正装して現れ
た。
もう結婚証明書にサインは済んでいるというので、結婚の追認、祝福の形式で式は進め
られ、エマヌエレ司祭が厳かに式を執り行った。式が終わると、新郎新婦は街の衆、支部
の主立ったもの達、近しい人々に取り囲まれて祝福された。
「ボス、あなたに忠誠を誓ったもの達、あなたに命を預けたもの達はこういうもの達です。
それは、粗暴で、教育もなく、恵まれた生活を送っていないかも知れないが、心からの
友、大切な仲間のためにはできる限りのことをしようとする心、日常のほんの僅かな楽し
みを大切に思う心を持ったもの達でもあるのです。どうか、それをお忘れにならぬよう」
善良なものたちから離れて、今、神の祝福を受けた夫婦を眺めているジョルノに、背後
から近寄ったグリマルディーニ老が囁いた。
「ええ……わかってますよ」
ジョルノはそんなことを呟いて、眩しいものを見る眼で彼らをずっと眺めていた。
１０
「さあ、ささやかな食事が用意してありますぞ」
グリマルディーニ老の案内でカルダーノの店に一同は移動した。広い店内は貸し切りに
され、結婚を祝う祝宴となった……。
教会へは遠慮したものの、２人を祝うために集まっていたのはさらに多くの街の衆で、
「おねえさま、この度はおめでとうございます。ネアポリスはうちの衆も協力して守って
いきますのでご安心ください」と、バッサーニのマリオが花束を捧げるし、
「レオーネ、行っちゃうのかよ、おれ、誰に勉強見て貰えばいいんだよ？」と、借りもの
のスーツで正装して半べそになっているのはニッコロ。
「ブチャラティ、たまには顔出せよな、アルトゥロの腕が鈍るだろがよ。今日はうちの店
から飲み放題プランで酒を入れてるから安心して飲んでいいぞ」と、ラウルが笑いかける。
「レオーネ……身体に気をつけてな。おれはおれのできる範囲内で信じるままにやるよ」
言葉少なに茶色の目を向けてくるのはルドルフォ。まだその目は正義を目指したまま曇っ
ていない。皆、このネアポリスで彼らと知り合って、彼らを愛してくれた仲間達だった。
「皆さん、今日はおれ達のためにこんなに盛大な会を催していただいて……」
マイクを握ってそこまで言ったところで絶句したモーニング・コート姿のアバッキオは、
もう滂沱の涙で客が見えていない。心得た女衆によって持たされたハンカチでブチャラティ
がその頬をぬぐってやるのもいいシャッター・チャンスになっていた。
「情けない男ですが、２人でやっていきます。どうぞ皆さんよろしくお願いします」と、
途中からブチャラティが引き取って、スピーチは拍手喝采で終わった。
「おまえら、おれが泣くか賭けてたりしねえだろうな？」
自己嫌悪に床までめり込みたい気持ちになりながら手洗いでアバッキオが顔を洗ってい
ると、オッタービオが後ろからタオルを差し出した。
「まさか。みんな一方に賭けたら成立しないでしょ」
アバッキオはさらに意味のない言葉を呻きながら顔をざぶざぶ洗った。
１１
宴も果てて、一同は記念撮影になだれ込んだ。いい感じに場もほぐれてきて、中央の花
嫁花婿、父親代わりのグリマルディーニ、発起人のボス・ジョルノの周りに、押すな押す
なと人が詰めかけて一緒に記念の写真に収まろうとした。
「儂は端っこで良いから」
「そんな！ 艦長は是非わたしの横へ」
「そちらのムシューも引っ込んでないでこちらへ」
「車椅子は最前列がいいわ」
「そうかい？ いや、新参者は隅にしておくよ」
……などと席次×争い○譲り合いがあったりして。
「おいッ、てめえらは警護だろうが、ここで気を抜くなッ」
タルティーニが声を荒げるが、
「そんな、殺生な！」
「せっかくここを受け持たせていただけたんですから」と、黒服連中までもがひな壇の端っ
こに紛れ込みたがる。
「いいじゃないか、みんな入れるだけ入って貰って」
幸せいっぱいのブチャラティがそれを許す。
「姐さん、ありがとうございやす。おいッ、さっと撮ってもらえッ」
「へえッ」
皆、髪を撫でつけたりネクタイを直したりに注意がいった……。
そこを見て取って、今の今までグラスを運んでいた給仕がテーブルの下からセミオート
のマシンガンを取り出した！ 無言のままにブチャラティに向けて発射する。悲鳴が響き
渡った。
「ブチャラティさん！」
とっさに黒服達が花嫁の前に立ちはだかろうとするが、遅れをとる。
「ボス、伏せて！」
その花嫁は、さすが、出入り馴れしていて、立ち上がろうとしたままのジョルノを庇っ
て前に立つ。
「ピストルズ！ ねーさんを守れ！」
ミスタの声に、弾丸を支配するスタンドたちがブチャラティの元へ向かう。彼らが放た
れた弾丸を必死に跳ね飛ばす。が、ひとつふたつは方向を変え損なってブチャラティのド
レスの袖やヴェイルの端をかすめる。その頬をすら！ 彼女は構わずにスタンドを呼び出
していて、スティッキィ・フィンガーズが周囲２メートルの床板を切り取った。一瞬にし
てブチャラティとジョルノはそれを盾にして、以降の連射に備えている。
「てめえ！」
真っ先に無言のままブチャラティに突き飛ばされて転がっていたアバッキオが飛び出し
て、身を低くして真正面から襲撃者に飛びかかって引き倒した。
「ねーさん！ 無事だよな？」
ミスタが抜き打ちに襲撃者に弾丸を叩き込む。多少アバッキオをかすることを気にしな
い。まあ、そこのところはピストルズが調節するということで。
「殺すな、ミスタ。
レオーネ！ 鉄砲玉を確保！ 背景を吐かせろ。『妖精さん』も出していい。ナランチャ
は周囲を哨戒、２番手に備えろ！
オッタービオさんは被害状況の確認、ポルナレフさんはトリッシュやお客様を頼む！」
「Ｓｉ！」
男達は次々指示の通りに動き、晴れの舞台を台無しにした男を無力化した。
「やあ、さすがは幹部だ、鮮やかだねえ」
フランチェスコが、かたぎの女性やグリマルディーニ老らを誘導してのんびりと避難し
おおせて呟いた。
１２
「トスカネリ？」
「顔動かさないで。ああ、なんてことだろまったく、花嫁さんの顔を狙うなんて！ あの
鉄砲玉、八つ裂きにして良いよ、坊や達」と、サンドラが怒っている。
「トリエンテの支配人だったかな？ そんなのがボスに野心を？」
ブチャラティは別室で頬のかすり傷を手当てしてもらい、ついでに化粧直しもしながら
拷問の成果の報告を受けていた。前夜、黒幕と連絡を取っていたようで、ムーディ・ブルー
スに再現された鉄砲玉本人が、うっかりとその名を出していた。
「田舎ものって怖いですね」
晴れの場を台無しにされて、オッタービオがまた静かに怒りを滾らせていた。
「ちょっと権力ってものを試してみたいんですが、いいですか？」と、ジョルノは携帯電
話を取り出すなり、どこかに繋いだ。
「ああ、ペリーコロさん、こんにちは。ええ、突然の電話で済みません。いいえ、あなた
のお父上にはお世話になりました。ぼくはあなたに近しいものを感じているんですよ、え
え。是非今度晩餐をご一緒しましょう。お酒にはあいにく付き合えませんが。
今日のところは、ちょっとお願いが。
トリエンテのトスカネリ、ご存知ですか？ ええ。
ちょっと彼、ぼくに含むところがあったみたいで。ああ、お聞き及びでしたか？ そう
いうことは、早めにこちらに上げて貰わないと。ええ、未確認の状態で構いませんから。
へえ？
それで、彼、ちょっとぼくに面白い客を寄越してくれて。ええ、ああ、ぼくはなんとも
ありませんが、ええ、グリマルディーニとブチャラティのみんなが頑張ってくれて。ちょっと
怪我人も出たかな？ なによりブチャラティが怪我をしました。顔に。
善処を期待しています。それでは」
通話を切って、ジョルノは顔色も変えずに言い渡した。
「怪我をした人には十分な手当てと見舞いを。このレストランには補償を。
それからフーゴ、いや、オッタービオ、背後関係はちゃんと洗って、対処をお願いしま
す」
「ボス、トスカネリはそういうことを一人で考えつく人間ではありません。そうですよね？
おじいさま」
オッタービオがグリマルディーニ老を見やって言った。
「ああ……焚きつけた奴がおるな」
グリマルディーニは出入りに弱い。弱点をさらけ出してしまって、隠居の身とは言え、
チームの長は青ざめていた。
「ジェノヴァの辺りですね？」
オッタービオは重ねて尋ねた。
「そうじゃろうな」
旧知の人間の愛娘の暴挙を庇いきれぬと察して、グリマルディーニ老の声は湿っていた。
「ボスってあの金髪の若い子？」
「なんか代替わりしたんだって。ブチャラティのチームが助けてやって」
「ほんとにあの子は面喰いだよ……」
「それでブチャラティは幹部になってローマに行くんでしょ？」
「大丈夫なのかねえ？」
「それでもたいしたもんだ、ボスより先にアバッキオを庇いやがったぜ、フロラのやつ」
「ちぇ、かばわれてんじゃねーよ、レオーネ」
「チェルッティさん、この場で目になすったこと、耳になすったこと、他言無用に願いま
すよ？ そうすれば、あんたはこれからも前途有望な若手警官です。うちの組織があんた
の命は保障します」
「ああ、……解ってる」
「おい、困ったな」と、ブチャラティがアバッキオに囁いた。
「ああ……」
アクシデントにすっかり引いてしまって、主役達が戻ってきても盛り上がりが戻らず、
遠雷のように情報交換の声が囁き交わされる会場を、声が引き裂いた。
「うぁああああああああん！」
場にそぐわぬ、赤ん坊の泣き声に男達は一瞬固まった。
「アンジェラ！」
ブチャラティはすぐに声のする方に小走りになっていった。オッタービオが一瞬止めよ
うとするが、振り切ってアバッキオも続く。
「ごめんなさいブチャラティさん。なぜだか急にむづかりだして……大丈夫？」
白いドレスを着た７ヶ月の赤ん坊を抱いて、グリマルディーニの奥方がブチャラティに
歩み寄っていた。
「構いません、こちらへ。
アンジェラ、どうした？ 大丈夫だよ、マンマはここだ」
これまで皆に一度も見せたことのない顔で、花嫁は赤ん坊を抱いて頬ずりした。
オッタービオは我知らず、天を仰いだ。
「ブチャラティ」
アバッキオが追いついた。
「ほら、パパもここに」
落ち着いて笑みを見せる赤ん坊を、アバッキオと二人して抱く。
「赤ちゃんがいたのね。なんて綺麗な家族像」
うっとりしたトリッシュの指示で、フラッシュが焚かれ、その姿もフィルムに収められ
た。
「これで将来子供にパパとマンマの結婚式はって聞かれても大丈夫よ」
子供の披露もできて、場はなんとか和やかに盛り上がりを取り戻した。
「なんだってこんなことに……」
しょぼくれるオッタービオの背を、ナランチャがどやしつけた。アンジェラの身の安全
を保証するためのリタイアだったのに！
「しょーがないじゃん。ま、おれとミスタでフォローするし」
「責任感じるなら、グリマルディーニからひとりふたり出して監視付けりゃいいっしょ？」
１３
３人はグリマルディーニ邸で泊まることになっている。翌日からは、寿退職のアバッキ
オはアンジェラと共に用意されている海辺の街へ赴き、新しい生活に入る。ブチャラティ
はローマ暮らし。一緒に過ごせる最後の夜だ。
「子供までいるなんて、そんな……」
グリマルディーニの別邸に泊まるジョルノ（さすがに同じ屋根の下はデリカシーがなか
ろうと配慮した）には、オッタービオが付き従っている。事件の後なので、警備も倍に増
やしてある。
「もう大人なんだし、それなりのことをしてれば子供ぐらいいたっていいでしょ」
「まだはたちじゃないですか、あんなにほっそりしていて」
「一緒に暮し始めてすぐできちゃったんです。あのひともともと細身だったし。ばれたら
対立組織や組織の中のライヴァルに弱みを見せることになるって、もう必死で隠して」
「ぼくにまで隠していたんですね……フーゴ、きみも」
アンジェラを猫だと言ったのはフーゴだ。それをミスタもナランチャも突っ込まなかっ
たのは、彼らにも隠そうという意識があったということだ。仲間はずれ感にジョルノは打
ちのめされている。
「だめですよ。今はオッタービオ。
……あなたに隔てがあってのことじゃあありません」
オッタービオは感情を込めない声で言った。トリッシュでさえ探し出されたのだ。念を
入れるに越したことはない。
ブチャラティはたたき上げのマジシャンだ。種も仕掛けもありませんとかろやかに振っ
てみせるステッキを握りこんだその掌の中に、つぎの仕掛けのハンカチが用心深く握りこ
まれている。
「大切な者のために、２重３重に保険を掛けているだけです。あなたも、そういう心構え
が必要になります、これから」
「……大切なひとなんか、いません」
ぽそりと、新パッショーネのボスは言った。ほんの１５の少年に戻って。
……それが、ブチャラティになるかと思ったのに。
「これからできるでしょ。
……あの２人には割り込めないですから。深手になる前に撤退、撤退」
考え込んだ様子のジョルノの背をぽん、ぽんと叩いてやって、フーゴはジョルノの心に
区切りを付けるためにやはりこの披露パーティをやってよかったと結論づけていた。
そして、ちょっとこのボスの面倒を見てやるのはイヤじゃないと思い始めている。自分
より頭が切れて、ナマイキで、くそ度胸があって。でも、やっぱり子供の部分が残ってい
て、危なっかしくて目が離せない。ナランチャも、アバッキオも、そう思って自分に構っ
てくれていたのだろうか。
「ボス、ペリーコロの息子は誠実な質みたいですね。トリエンテはもう更地だそうです。
かたぎさんには一切迷惑を掛けてなくて。明日すぐ検分に行ってやってください」
携帯で連絡を受けて、フーゴはジョルノに声をかけた。
「明日は早いですよ。もうおやすみになってください」
闖入者を退治した後で、また一同は記念撮影をし、それは現像の後皆に配られた。
……だけではなくて、「ポルポの猫ファン・クラブ」の幹部連中にも流れた。またそれが
ジェノヴァにも流れて。
「悔しいぃぃぃッ！」
ルクレツィア・ガラヴァーニは遠く東洋の保養地に軟禁されながら、ヒステリーの発作
に襲われていた。
０１−１１−１１
おまけ。
「おじいさま？ 情報の出所はもしかしてうちじゃないでしょうね？ ……もっと気をつ
けて立ち回らないと、信用を失いますよ」
フーゴはしっかりとグリマルディーニ老を締めるのを忘れなかった。それでもブチャラ
ティの結婚を知らせたのはあながち間違ってもいなくて、ボスが正しく中学生男子として
未練がましい暴走をしかけると、ファン・クラブの幹部連中は全力で止めに入ってくれる
らしい。
ａｎｃｏｒａ（もういっちょ）
「あらーこちら渋い感じのオ、ジ、サ、マ！ ううん、まだお兄様よね？ フロラとはど
ういうお知り合い？」
サンドラが独りのポルナレフを気遣って声を掛けた。大げさに屈み込んで、胸の谷間を
見せつけてサーヴィスする。
「いや、この旅で知り合って。まあ、情報提供者ってとこかな。これからしばらくオブザー
ヴァーとして組織に世話になろうかと思ってね」
何年ぶりかで晴れがましい席に加われて、ポルナレフはしみじみ喜んでいる。
「こんなんなっちまって、もう日陰の人生かと思ってたんだけどなあ。まさか仇を討って
貰えるとはなあ……ホント、あのコ達は凄いな」と、今日はモーニングを着ているが、義
足の膝下を軽く叩いてみせる。
「そぉんな、老け込むには早いわ。足が２本逝ってしまっても、真ん中の足が元気なら幾
らでも人生愉しませてあげるわよ？ うちは結構そういうお客さんも慣れてて、気にしな
いわ。ムシューはハンサムだし、スタイルも良いから、絶対女の子達取り合いになるわ。
一度うちのお店にいらして？ 当然店内はバリア・フリーよ」
「有り難いな、その気になってみようか、からかっちゃダメだよ？」
ポルナレフは笑み崩れる。
「からかったりなんて、しないわ、ムシュー。きっとよ？ や、く、そ、く」
しっかり客引きをする夜の街のナンバー・ワンだった。
それで「いい友人」になったサンドラ経由で、ナンバー２のムシュー・ポルナレフに払
われているギャラの大半は組織に還流している……。
蛇足。
「生還パラレルのブチャはジョルノと交渉してアバッキオをリタイアさせる」辺りの話。
なんかせっかくのニョタイカなのにブチャにウェディング・ドレス着せてなかったと思っ
て。そこら辺は、ブチャが形式にこだわらないのと、漢（ナイスガイ）！ のひとを女体
化しちゃってごめんなさいというのとであえてやらないで来たんですが、なんかそこら辺
で男同士でもウェディング・ドレス着せたり結婚したがったりしてるので、いいのかなーっ
と。
最近ブチャラティにいかに酷いドレスしかしブチャが着るとなんかモード（？）という
のを着せるかにはまっているわたしです。でも、２０才ならまだホントにお姫様みたいな
裾の広がったドレス……バブルの頃の桂由美みたいな奴でも良かったかもですねえ。絵の
描ける人はご自由に想像なさってください。むしろ見せて。いや、アール・ヌーヴォー（ｗ
風のひでえドレスも見てみたい。
あと、「魔女の一撃」でブチャがジョルノの愛人と思われてるのを我慢してるんじゃな
くて、敢えて対外的に愛人と思わせてるという「ねーさん逞しいッ」説を思いついたので、
強かにジョルノを手玉に取ってる線も書いてみたかったと。アバッキオと別居したらおま
えとデートぐらいしてやれるよ的譲歩は見せたんじゃないかな。ブチャさすがの交渉上手、
そこシビあこッ！
れーせーになって考えてみたら、父親を守るために組織に入って、やっと自分のために
生きられるようになって、アバッキオを拾ってそれなりに楽しい日々を送りはじめていた
ブチャラティ、また、アバッキオ（とアンジェラ）のために心ならずも幹部生活を送るこ
とになっちゃったんですね。これは「ジョルノに逢ってはじめて人生を生きた」原作に対
し失礼だったかな、ごめんなさい。
そしたらアバブチャにかかわらずブチャ生還とかブチャゾンビもの全部が悲しい妄想に
なってしまいますが。その辺は、ファン愛の行き着くところとして広い心でスルーしてく
ださい。お互いそうしよう。ネッ？
「その朝」シリーズにはジョルノは出ませんといっといて出しちゃった。今回一応主役だ
し。すまんありゃ嘘だった。
「恥パー（恥知らずのパープルヘイズ）」を読んだのもあって。
「その朝」シリーズは正篇・パラレルともにフーゴは離脱し、パラレルでは一応戻ってき
ますが、表世界でも顔を持つという筋はどうもわたしは外せません。「ジョルノ」と５部
の本筋を愛する読者さんとしては、「フーゴが主人公を裏切った／ついてこれなかった」
ことが心残りで、それに納得いく答を与えたいのでしょうか。フーゴが悩みつつ答を出し
て、そしてジョルノに従う、という結果が納得いくものかもしれませんが、わたしはジョ
ルノを主人公と思ってないからなあ（オイ）。
ブチャラティは、彼（女）なしに生きられないナランチャとアバッキオは連れて行った
けど、ジョルノに乗っかることのできるミスタや、表社会に戻る家のあるフーゴは置いて
いった、と解釈してるので。ついでにうちのフーゴはルチアもいたし。組織以外に生きる
道を見いだせた、という方向に持って行きたいようです。
フーゴは組織を取ったというか、ジョルノに負けたと思ってる、あの心理的極限で、ボ
スに反逆するという事態に更に耐える根性、覚悟がないと自分で認めてしまって、そして
ブチャの側で自分ができることがないことに絶望して、自分から離脱したと解釈してます。
（「たとえばこんなサヴァイヴァル」参照）だからジョルノには含むところがない。ジョ
ルノが「ボス」となって今度は従うべき権威になったら、そこはまた理性を働かせて自分
の能力でもって仕えることはするんじゃないかな。そして、はじめて自分の年下の少年と
してジョルノを近くで見たら、かつてナランチャやミスタが自分にしてくれたように、早
熟な頭の良い少年をいなしつつ構うことができるようになって、仲の良い友人もやれるか
も知れない。イヤ無理か。付き合いきれない、理解できないとかいいながらやっぱり面倒
見てくれる腐れ縁みたいなのはダメ？
あ、そうそう、出世魚なフーゴ、まいねヴェルト妄想設定では、
振り出し：ミケーレ・ヴィスコンティ → パンナコッタ・フーゴ → （ラファエロ・
ヴァレンティノ） → オッタービオ・グリマルディーニ（今ここ） → 上がり：ミケー
レ・ヴィスコンティ・グリマルディーニ ってことで。最後はフェリーニかと思ったけど、
夫婦別姓らしいので。
今回レオーネ君は脇です。脇の脇です。泣くしか能がないのか。ごめん。白雪姫して貰っ
たんだからいいじゃん。でも、やっぱり殴られて目覚めるのね。
スノウホワイト
「あは……やっぱりおまえはきれいだな」
無理を言って出させた遺体は別れたときのままだった。
サルディニア島の警察の、遺体安置所。司法解剖待ちで氷温保存されていた遺体は、一
昼夜を経て芯まで冷え切ったところだった。
「ちょ、あんた、何が目的……」
管理官は戸惑っている。
「ああ、もう行っていいです」
言い捨てて、愛する麗しの顔に取りすがる。
「お姫様、白雪姫、お目覚めの時間だよ」
優しく声を掛けて、口づける。凍り付いた髪に手を差し入れ、いつものように梳き下ろ
す。
「冷たい……」
いつもとは違った感触に、その温度に、切なさをかき立てられる。
「このわたしがこの身体に戻ってこられたというのに、おまえが戻ってこられないことなん
か、ないだろ？ な？ どうしたんだ？ いつも寝起きは良い方なのに、なぜ眼を覚まさ
ない？ 疲れ切っていたのか？ こき使ったからな。済まなかった。もう目覚めたくない
か？ 死にたいといつも言っていたな、……頼む、もう少しわたしと生きてくれ」
かき口説きながら、口づけは２度、３度に及ぶ。時間も長くなる。やっと温もりを取り
戻し、血色の蘇ったブチャラティの唇が、また紫色になり、凍り付いた遺体の唇に表面の
薄皮が吸着されてとれなくなり、身を起こすときに引きちぎれて血が滴った。
「聞こえない……もう遅かったのか？ レオーネ、もうおまえの心臓は壊れてしまって脈
打たないというのか？」
耳を当てているだけでは飽きたらず、ジッパーで切開して、キング・クリムゾンに叩き
つぶされた心臓を検める。それはジョルノのおかげで今やもとの姿を回復している。化粧
室で服を脱いでみて、検めてみた我が身と同様に。
「動けッ！」
ブチャラティはかんしゃくすれすれに拳をその上に叩き込んだ！
いちど大きく歪んだ心臓は、もとの姿に戻るとき微弱な拍動を取り戻した。と、少しず
つそれは力強くなってゆく。それは彼の心がまだ掴めなかった頃、彼女は思い詰めて夜な
夜な彼の胸を断ち割って、この器官の動きを見守っていた。その懐かしい動きを、目が覚
えていた。大きく収縮して、血液を送り出してゆく、タイミング、動き、そう、かつての
通り！
今やアバッキオの心臓は回復した！
少しずつ、氷漬けになっていた身体に温かい血液が送り出され、熱を失っていた身体が
温もりを取り戻してゆく。
「ン……ん？」
ようやっと、氷漬けの美丈夫は眼を覚ました。
「遅いぞ、レオーネ」
その頬の上に、ちいさな水の粒が落ちた。
……ブチャねーさん×愛の○ぶち切れＡＥＤ、というお話。「ダ・カーポ」で煮詰まっ
たブチャがアバッキオの心臓割ってみてたネタも拾えたな。
あ、そうそう、イタリアの結婚事情に詳しいサイトを探し当てて読んでみましたが、思っ
てたのとかなり違ってました。ゴメーン！
教会に行けば結婚したことにはなるけど、それがムッチャ大変で、思いつきで行ってさ
らっとサインして終わりってことはむりみたい！ 本家「パラレル」の記述は全部嘘って
ことになります。ごめんなさい！ でも、あれ、まいねヴェルト（＝「その朝」シリーズ）
公式になかったことになってるし。つまり、子供ができるパラレルは生還パラレルが本筋
でシリーズ化してるしね。今後はこっちがまいねヴェルト公式設定ということで（まだ書
く気があるのか）。
無宗教の、役場でする結婚式はあるけど、それは略式の感覚。これは役場の公文書に記
録が残りますというやりかた。教会にいって行う結婚式は、国民みんなカソリックという
裏設定がある（？）イタリアでは本式で、出生証明、居住証明、独身証明いろいろ証明書
とらなくちゃならんし、事前の結婚講座（数回あるらしい！）で聖職者のお説教を受けな
くちゃならんしでいろいろメンドクサイので、最近は事実婚も多いそうな。じゃあ事実婚
でいいじゃんって、うちのアバッキオ石頭だから。それに事実婚じゃウェディング・ドレ
ス着ないじゃん！ トリッシュが暴れる！ ……とりあえず、市長のベアトリーチェ・ブ
ガッティさんは表向きには事実婚と。そんでもって、驚愕の事実！ ↓
イタリアでは極秘結婚はまず無理って書いてありました。どーしたらいいのーッ！？
洋物の結婚シーンであるやつ、「この結婚に不服の方はお申し出ください」が、ホント
に生きていて、「この２人は結婚する予定です」とほんとに役場の掲示板に一定期間晒さ
れるそうです。不服の人はそこで突っ込みを入れられるわけ。
「彼らは生き別れの姉弟です！」
「彼にはもう奥さんがいるはずよ！」ってね。
都会ならまだしも、下町という設定のブチャのシマでは、そんなことをしてばれないわ
けがないので、フーゴに小細工して貰いました。万能だな。ま、あとは、立場が立場なの
で、見た人もちょっとほっこりして知らんぷりしたんだろなと思ってください。
あ、それから、イタリアはふつう夫婦別姓だそうです。ブチャは永遠にブチャラティ
（いや、ブガッティにはなるけどね）。
そんで、夫婦は一緒に暮すものという常識があるので、単身赴任もあり得ないそうです。
もうどうにでもして。
離婚手続きがメッチャ難しい代わりに別居が許される、ともあったので、彼らにとって、
別居すなわち離婚のようで。
だから、これはけじめとしての結婚式だけど、これでお別れなんだなとみんな思ってしん
みりしてるのかも知れません。
って、隠すはずのアンジェラ披露しちゃダメじゃん！（もう支離滅裂）
秘密結婚ってのはね。なんとかいう女優も好きになったらすぐ結婚して離婚することで
有名だそうですが、古き良きクリスチャンは好きになったら結婚して神に認められた関係
になりたいッと思う質のようで、ヴィクトリア女王とか、結構世に知られたダーリンと死
に別れた後、こっそり次の恋人と秘密結婚してたらしいです。お城の中の礼拝堂とかでね、
お坊さんだけ立ち会いにしてね。ずるずる秘密の愛人関係やってないのね、ある意味正直
で好ましいです。あ、当然身分ある息子とかには否定されてます。
それで、最後、ブチャを子供から引き離してしまったことに気づいたボスは自分の悲惨
な幼児期を思い出して、こりゃ早いとこ返してやらなくちゃと負い目に思う……。彼にとっ
てキャンキャン吼えまくるだけのアバッキオ先輩が良い父親になるとは想定外だったんで
しょう。けど、いろいろ忙しくて、それが叶うのは１０年後になりました。
フーゴはそこんとこ誰もがブチャに憧れて当然と思ってるので、もう自分は卒業しまし
たからと先輩ぶってボスをコントロールしようとしたりして、でも御せなくて、いい加減
にしてくださいよと愚痴ったりじゃれたり、でも仕事ではナイス・コンビネーションでお
まえら実は仲良いよなーとミスタさんに思われると良い。
途中から１万ヒット記念を想定したのでここぞとばかりにオリジナル・キャラ・オール
スター出演になりました……？ おまけの方が長げーよ。取りこぼしがあっても気にしな
い……？
ａｎｃｏｒａ ｐｉｕ ｓｅｎｔｉｍｅｎｔｏ （もう一度、より感傷的に）
「ぼくがやってもいいけど、どっちかっていうと花嫁の兄だよねえ？」
フランチェスコがそう言ったと伝え聞いて、ブチャラティは失笑した。
……顔だけ老けさせるなら、そういう能力者がいたけど。そう言いさして、ブチャラティ
は記憶を巡らせる。
……ああ、あの女性（ひと）は。
あの地獄の旅で、自分と殺し合ったのだった、と思い出す。
さばさばとして、過酷な任務にも覚悟をもって臨んで、そして生き残ってきたのだろう。
あの美しい額を昂然と挙げて。
……殺し合う筋ではなかった。
むしろ、心情的に通じるものもあったのに。
ひとを踏みつけにするディアボロに、改めて怒りがこみ上げてきた。
「ジョルノ、いいボスになれよ」
ふと、ブチャラティは新しい若い上司にプレッシャーを掛けていた。
本編に入れたかったんだけど、ブチャは結婚式のプレゼント計画を知らなかったという
脈絡なので。
ガラヴァーニのお嬢さんはかくてボス・ジョルノに排除されると。いや、フーゴか。もっ
とこてんぱんにザンコクにやってもよかった？
「結婚披露宴」のエキサイト翻訳：
ウン リチェヴィメント ディ マトリモニオ Un ricevimento di matrimonio
え？ ノッツエじゃないの？ 「フィガロの結婚」の原題って
「Ｌｅ Ｎｏｚｚｅ ｄｉ Ｆｉｇａｒｏ」でしょ？
……気にしない、気にしない。 Ｗも付いてないけど気にしない。