千匹皮
その朝（４８）
ええとね、かなりアダルトなお話です。ブチャラティの過去バナ。だれが開発したとか
されたとか。お嫌だったらブラウザバックをお勧めします。
でも、例によって色っぽいシーンはないです。
「女の過去なんて、知ろうとするもんじゃねーぜ」（グイド・ミスタ氏談）
１
「おはよーッ！」
ネアポリスの下町、気取らない酒を飲ませる店や、ちょっとした女がついて酒を勧めて
みせる店、それから、そういう女性とひとときの楽しみを持つ場所が入り交じって存在す
るあたりを、少女が駆け抜けていった。生き生きとした青い瞳が、白い小さな顔の中で輝
きを放っている。黒く艶やかな髪は顎のあたりで切りそろえ、飾り気がないが、将来、人
目を引きつけずにおれない佳人になることは容易に見て取れた。
「おう、どうした、フロラ、スカートなんか穿いて」
酒場の裏手で酒瓶を片付けていた親爺が目を留めて、声を掛けた。膝丈のプリーツスカー
トからは、真っ直ぐな細い脚が伸びている。
「ね？ ね？ いいでしょ？ ビルギッテさんのお下がり！ もう入らないからって貰っ
ちゃった！ あ、これナイショね？ ビルギッテさんが太ったって訳じゃないよ」
もうすぐ中学校を卒業しようという少女がご機嫌なのは、女の子らしい格好ができたか
ららしい。事故で入院中の親を抱えて、ギャングの使い走りをすることでなんとか食いつ
ないでいるという少女は、身なりに構う余裕などなかった。いつもは、同じようにチーム
に拾われた孤児の少年たちと大差ない着古しのパンツを穿いていて、少年に間違われるこ
とも多かった。
「ああ、解ったよ。おれぁなんも聞かなかった。しかし、そういう格好するとおまえさん
も女の子だねえ」
「えへへ、そう？」
少女ははにかんで小首を傾げる。
「誰かデートに誘ってくれたりはしないのか？ このところバジリオがなにかっちゃおま
えに突っかかるのは、あれはおまえ、あんまり気にしたもんでもないぞ、おまえのことが……」
「オオオオッサンなに変なこと言ってるんだよッ！？ こんな棒ッ切れみたいな女いるもん
かッ、もっとオレは理想が高けえよッ！
フロラッ！ 来いよッ！ 今日の当番おまえだろッ！」
背後から泡を食った少年の声がして、親爺の言葉は途中で遮られた。
「バジリオ？ ちょ、痛いッてッ！」
バジリオと呼ばれた黒髪の少年は、フロラの手を引っ張ってぐいぐいとその場から連れ
出した。
「なんだよ、変な格好してんなよ、こんなんでパトロールできんのかよ、艦長に怒られる
ぜ」
「離してッたらッ！ 短いしプリーツの分良く広がるから足は広がるんだってッ！ いい
でしょ、もう温かいんだからスカートぐらい穿いてみたッてッ！」
「似合わねーよ、おまえにそんなん。胸もねーのに女みてーなカッコしてんなよ」
「あるもんッ」
フロラはムキになって、立ち止まって胸を反らした。確かに、年相応のなだらかな隆起
はありはする。下着を着けていないので、流れてしまって、とても存在を主張するまでは
行かないが。
「どこに？」
バジリオは両手を無造作に出してシャツの胸ポケットの辺りをぺたんと押さえた。と、
思いの外のその柔らかさに思わず指を縮めて感触を確かめてしまっていた。
「え？」
「キャーッ！」
少女の悲鳴に救われて、真っ赤になったバジリオは手を引っ込めた。
「最低ッ！ 艦長ーッ！ このスケベ痴漢変態男があたしの胸触ったッ！」
「ちょ、待て、違……」
少年少女は甲高い声を出しあってアジトに駆け込んでいった。
「やかましいッ！ なにを朝からじゃれあっとるんだおまえらッ！」
日に焼けた赤ら顔の、威厳を顔にまといつかせた初老の男が割れ鐘のような声で一喝し
た。
「フロラッ！ なんだその格好はッ！？ 色気づくには早いだろうがッ！ そんな格好で
ハシゴの上り下りができるかッ！？ 着替えてこいッ！」
「はい……」
しゅんとなって、フロラはすぐにアジトの階上の自分の部屋へ行った。
艦長は残った少年に対して、最初猫なで声を出した。
「バジリオ？ ああ？ おまえ、可哀相なヤツだな？ いっくらもてねえからって、自分
より年が下の、あんな男か女か解らないようなのをわざわざ触らなくたっていいじゃねえ
か？ 違うか？ 待ってろ、おまえが１８になったら、すっげえいろっぺえねえちゃんの
いる店連れてってやるから、あんなもんに構ってんじゃねえ」
「艦長ッ！ おれそんなんじゃねえですッ」
バジリオは気をつけして抗弁した。
「それともなにか？ そういう特殊な趣味なのか？ 胸なんかなんもねえ、てめえとたい
して変わらねえごつごつしたのに突っ込んでみてえのか？ そりゃ、ちょーっと特殊だな。
ネアポリスでも、川のこっち側のおれのシマには、そういう感じの女はいねえかもなあ。
まあ、それでもどーしてもそういうのがいいってなら、おれァいいぜ？ 可愛いおめえ
のためなら川向こうのグリマルディーニのじいさんに頭下げて、そーゆー特殊なねーちゃん
紹介して貰ってくるから。な？ だから、もうちょっとの辛抱だぜ」
「あ、ありがとうございます艦長。……でもおれそんな変態じゃないッ……と思います」
真っ赤になってしゃちほこばっていた少年は、緊張しながら答えた。
「あァ？ なら結構。やっぱ、女はこうバーンときてバーンと脂が載ってねえとな」
「でも、フロラはもうちょっとしたらいいカンジになるんじゃねえかな……？ なんかこう意外とあったっていうか……」
「あァ？」
艦長と呼ばれた男の眼がぎらりと光った。
「あいつはダメだと言っただろうがァーッ！」
恐るべき大音声に、アジトの窓ガラスが割れた。
「艦長、あんたんとこの使い走りの女のコは結構キレイだね」
店に顔を出した客が、フロラを話題に載せると、
「社長、ご冗談を仰っちゃいけませんや、あんな小便くさい小娘がいいんですかい？
それならうちの店の女どもじゃあご満足いただけませんでしょうな。
おい、社長は今日はお帰りだそうだ」と、艦長は露骨に牽制した。
「ま、待てッ」
慌てた客は、フロラのことには触れないようになる。
「ヴィットーレ、おまえさん、ブチャラティにもっとましな格好をさせてやったらどうなん
だ？ 磨けばなかなかものになりそうじゃないか」
「グリマルディーニさん、場所を選んでものを仰らないと、おかしな噂が立ちますぜ？
おれはグリマルディーニさんが幼女趣味があるなんてことは、疑ったこともありません
がね、世の中にはそういう不名誉なことを面白おかしく言いふらすやつがいるもんですぜ？」
年長で幹部級のチーム・リーダーに対しても、艦長は臆することなく言ってのける。
「ヴィットーレ、わしが言いたいのはそういうことじゃなくてじゃな」
「あれはまだ子供です。好き嫌い言って十分食わねえからまったく育ちが遅くっていけね
え」
……嘘じゃろう。あの子は好き嫌いは言わない。何を出してもちゃんと平らげるではな
いか。
「……背は伸びておるようじゃがのう」
グリマルディーニ老は根負けして吐息した。
２
「ねえトンマーゾ、フロラって、結構キレイな子だと思わない？」
山の手のリーダーの恋人が、不思議そうに話を振った。
「ああ〜？ おれはおまえみたいなのがいいけどなぁ？ 鼻ぺチャで、口がおっきくて、
笑うと眼がなくなりそうな女がもう腰が抜けそーにクルぜ？」
トンマーゾは暢気そうに言ってえくぼを見せる。
「ばか。別に発育が遅れてるって感じでもないし。どうして艦長はあんなに頭ごなしに、
胸がないとかほぼ男だとか毎日浴びせるように言うのかしら？ 可哀相に、いじけちゃっ
て」
「ああ〜？ だってな、艦長は郷里に可愛い盛りの娘を置いて来てるからな。今はもうしっ
かりしたイスキアのおっかさんになってるだろうが、艦長の中じゃあ、娘はいつまでもあ
れくらいなのさ。ポルポさんがあの子を艦長に預けたのはどんぴしゃだったねえ〜」
「意味不明。トンマーゾって、頭良すぎるのよね」
「『千匹皮』って話があるだろうがよ。お妃に死なれた王様が、お妃より美人じゃないと
再婚は許されないってんで、てめえの娘に手を付けようとして、お姫様が城を抜け出す話」
「あら、あったわね、そんな話。太陽のドレス、月のドレス、それから、千匹皮のコート……」
「お姫様はその千匹皮のコートを着て森に隠れた。人に見られても、千匹の獣の合わさっ
た化け物と思われて、お姫様は身を守ることができた」
「お姫様はそのうち、自分で見つけた王子様と、その太陽のドレスを着て踊って恋に落ち
るんだっけ」
「綺麗な娘は、身を守るためにはちょーっと苦労しなくちゃいけねえと思ってるのさ、あ
のオッサンは」
「なるほどね。下町は危ないものね。でも、あんまり強烈すぎると、いじけちゃって、自
分のこと、なんの魅力もない子だと思いこんじゃうわよ。そういうときに、ちょっと優し
い言葉を掛けて貰ったりしたら、すぐにころっと行っちゃうわ、どんなわるいやつにでも」
「あぁ？ 大丈夫だろ、その辺はフランチェスコが巧くやってる」
「なるほどねえ。あそこのチームは適材適所だわ」
３
ポルポは、その下町のちょっときれいな気の利く小娘を自邸に呼び出していた。確かに
目鼻立ちは整っていて、小さな顔にバランス良く配置されている。これは、将来楽しみだ。
受け答えもしっかりしていて、頭の回転も悪くない。
「もう中学は出たんだったな？」
「はい、９月には１６になります」
「ふむ……もう大人だな」
こざっぱりした格好、と言われて、おとっときのスカートを穿いてきている。すんなり
した細い脚にポルポは目を留め、また、それが上に上がって胸の隆起を見つめている。
「はい！」
認められた気になって、ブチャラティは胸を弾ませた……。
「ヴィットーレ、まったくおまえの言ったとおりだ。前も後ろも判らない。ここまでなん
にも肉がついていないと、もう骨だけになった鶏肉にしゃぶりついている貧乏人になった
ような惨めな気持ちがする」
まっすぐ憧れの視線を向けられてうっかりその気になって、スタンド能力者でもない小
娘につい手を付けてしまったことを急激に復活している理性で反省し始めたポルポは、相
手をおとしめることで自分の不注意を認めた気になった。その言葉で将来有望な幹部候補
生の心にぬぐい去れない傷を付けてしまったことには気づいていない。
呼ばれて入室した艦長は、ブチャラティが裸のまま床に呆然と坐り込んでいる姿に目を
止めて狼狽して声を荒げた。
「さっさと服を着ないか！
……ですからまだ早いと申し上げました」
ポルポの方はもう服を整えて元通りにデスクに着いている。とりあえず、早晩皆が眼を
付けるであろうこのきれいな幹部候補生の身を守ってやることを考えた。
「ちゃんと食わせてやれ。
ブチャラティには客を取らせるなよ？ 今後は月に一度、日を決めてわたしのところへ
寄越すんだ」
艦長は目を見張って問い返した。
「目をお掛けになるんで？」
「色気は全くないが、飲み込みが早くて素直だ。まあ、顔は結構見られるし、仕込んでみ
よう、４，５年もしたらものになるかも知れん」
「ポルポさん、酔狂が過ぎますぜ」
２人とも、その当人を目の前にして言葉が過ぎたことについては、気がついていなかっ
た。
４
その男は、ネアポリス刑務所の、特別室前に黙ってたたずんでいた。もう、２０分ほど
も。
「どうした？ なにか話があるんじゃないのか？」
ポルポは間食を採る手を止めて、言葉を掛けてやった。
「あの子と喧嘩でもしたのか？」
かぶりを振ったので、プラチナの髪が闇の中を流れた。
きれいな男だ。自分が若い頃なら有無を言わさず組み敷いていたことだろう。今となっ
ては、そんな熱を自分が持っていたことも疑わしいが。
ポルポはもう老境に達したかのように想いを様々に巡らせる。
「……あんたにおれがこんなことをいう筋合いじゃないというのは解ってるんだが」
何度も言葉を切って、逡巡を髪の流れで表わして、その男はこれだけの言葉を口から吐
きだした。
「猫じゃないんだから、そんな、こんな稼業をやっていて、最後まで責任持って飼えとか
いうのも変な話だが」
「あの子は猫じゃないぞ、アバッキオ」
「解ってるッ！」
すぐさま叫び返して、慌てて身を竦ませる、が、退屈な日々の貴重な娯楽だ、手を振っ
て話を続けさせる。
「あんたの趣味に合わせて、その、いろいろ仕込むのはいいが」
「仕込むだなんて」
ほんの入り口程度だ。アブノーマルなことは自分がそんなに好きでないのでそんなに踏
み込んではいない。太ってきたのでさまざまなかたちを取るのもおっくうになって、ごく
ごくワンパターンなやり方しか行ってきていない。ただ、ブチャラティ本人が、色街で育っ
てきたのもあって、プロフェッショナルな友人を持っていて、生き残るために熱心に自習
して研究してきたのであって。
本当に飲み込みが良くておそろしい手練れになったことだけれど。
「体つきがあんたの好みに合わないからって何度も何度も傷付くほどに繰り返して言わな
くたって。おかげであいつは自分が女として魅力がなんにもなくて、しょッ……商売女み
たいなことをしないと相手にされないと思いこんじまってッ……
……可哀相じゃねえかッ」
真っ赤になりながら声を絞り出すこの男は、そういえば田舎の出で真面目すぎるほどに
マジメという評判だった。
……濡れ衣だ。
ポルポは心中呟いた。
蛇足。
いやほんと、艦長の「前も後ろも判らない小娘」ってのは、防虫のための呪文のつもり
だったんですけど。艦長ったら加減がわかんなくて、虫は付かなかったけど心の傷になっ
ちゃったってお話でした。それにしてもポルポさんも胸がない胸がない言い過ぎ。あと、
仕込んだって言っても、おかあさん自分では１６，７のコにそれはひでえ、と思いつつ書
いたけど、よくよく考えたら今時それくらいふつうの女子高生でもするよねーアバッキオ
が堅物なだけよねーって。ポルポさんアバッキオにこの鬼畜親爺と詰られて、濡れ衣、と
涙目になるってのもアリよねと。
じゃあポルポさんが胸がない胸がないってしつこく言ってたのは、実はそれは照れ隠し
だったりして……ってのが別解、どうぞ↓
別解
「もっと食べなさい」
まだ幼い愛人は、透明な眼をこちらに向けて押し黙っている。
その皿に、大きなかたまり肉を載せてやって、更に勧める。
「腰が細いのはいいが、胸がないのは話にならない。女性の美は結局のところ、豊かな胸
に尽きる。男には持ち得ないものだからな。そうじゃないか、ブチャラティ」
「……はい」
下町のチームは男所帯で、じゅうぶんに食べさせてもらっていないのではないかと危ぶん
で、自分のもとを訪れるときには必ず食事を伴にして、栄養を付けさせるようにしている。
幹部候補生として、様々な会議にも伴って、その度に各地の名店と言われるレストラン
で食事を振る舞っているというのに、この娘は嬉しそうな振りすらもしない。
１５も年の違う愛人にこれだけ入れ込んでいるのもおかしな話だ。自分に忠誠以上の感
情を向けてこない娘に対し、自分に言い聞かせるように、その判断力を買っている、器量
に期待しているとの言葉だけを浴びせて育てている。
たしかに、１２でこの世界に足を踏み入れたこの娘の判断力と器量は確かなのだが。
自分はこの娘に入れ込みすぎていると確かに感じる。
しかし、たった一人で、自邸にまで踏み込んだ敵対組織の生き残りを葬って、自分の命
を守ってくれもしたことだから。
ポルポは収監に当たって腹心として自分の代理人にブチャラティを据えることに決め、
組織内に広めた。１７才になったばかりのチーム・リーダーは、様々な憶測を呼んだ。
招き入れた特別室の闇に、表情に乏しい白い顔が、ただぽっかりと青い瞳を開けて自分
を見下ろしている。
決して官能の波に溺れて自分を見失ったりしない青い瞳が、じっと、自分の顔をみつめ
て、自分がすべきことを慎重に探っている。
「ポルポさん？」
「フロラ、どうだ？」
静かに突き上げると、言葉での応えはすぐにあるが、それは情動や官能には結びついて
はいない。そして、こちらの肉体への新たな刺激は、直ちに試みられる……。
「ええ、大丈夫です。どうぞそのまま。これはどうでしょう？」
「いい、ぞ……そこだ、そう、そのペースで」
冷静な、冷静な眼差し。忠実で、賢明で、度を過ごすことなく、確実に自分を官能に導
いてくれて、自分はつれない顔のまま引いて、控えている。
猫のようだと言ったのは、グリマルディーニのところの若いのだっただろうか。
あの男も、この娘に触れてみたのだろうか。
と、嫉妬のような感情の乱れが起きる。自分以外の誰かが、この娘の、深い地底湖のよ
うな静かな瞳をさざ波立たせることができたのかと、狂おしい気持ちになる。
いや、誰もこの娘を狂わせることなどできないだろう。
それゆえの「ポルポの猫」の名だ。
「ポルポさん？」
ポルポは、腰を送る速度を速めた。
「どうした？ イイか？」
「いいえ……ちょっと驚いただけです、どうぞそのまま」
白い顔は、ほんの少し眉をひそめてそう言っただけだった。
「ポルポの猫」
おかしな名がついたものだ。
あの娘が自分のものとして名が売れることが嬉しい。
すっかり溺れてしまっている。
自分の判断は正しいと、ムキになってひとに認めさせたくなる。
大丈夫、誰も自分の意図には気づかず、ブチャラティを彼の最高傑作と認めるだろう。
それでいい。
自分は女神を創り上げた。
ポルポは機嫌良く行為を終えた。
身支度を整えたブチャラティが、最後、襟元のジッパーを閉じた。
もうはや涼しい顔をした女神は、先ほどまで自分に身体を自由にさせていたことを忘れ
去っているように見える。
「フロラ、買ってやったあれはどうした？ 付けていないのか？」
収監される前に、９月の誕生石、その瞳と同じ色のサファイアを指輪にして贈っていた。
たった２人で下町のシマを守る娘が、このポルポの保護を受けていることを明らかにする
ために。
「あんな高価（たか）いもの。しまってあります」
素っ気なく言って、ジッパーでまた壁を断ち割って向こう側へ出て行った。まさしく猫
のようなしなやかな身のこなしだった。
誕生石の指輪は、ふつう婚約指輪だと教えておくべきだった。
「男に贈られたものは、逢うときには付けてくるものだ」
心を抑えて、今までいろいろな知識を与えたときのように穏やかに伝えた。
「次にはそうします。ではこれで」
独り立ちして輝きを増してきた娘は、一礼して外の世界へ出て行った。
ポルポはその背中を見送って吐息した。
……それでいい。
女神は人間に執着しない。
自分の手に入れた全てのものを、与えたとしても一顧だにされないだろう。実際、処分
させた全財産の管理を任せても、眉ひとつ動かさずに手配を終えた。単なる腹心への信頼
としか理解していないのだろう。
組織のことも、男女のことも、一般常識に類する政治も経済も細かい行儀作法も、全て
自分が教えてやったというのに、決して心を開いてこない、片想いの自分の恋人。
それでも、最高傑作の女神を自分の生まれ育った街に遺すことができるならば、それも
またいい人生だったと言えるのではないだろうか。
それとも、永遠とも思えた刑期を終え、なんとかこの身体を外界で日常生活が送れるま
でに絞ることができたら、きっときれいな大年増になっているであろうあの娘と、ゆった
り老後を送ることができるかもしれない。その時には、きっと皺のひとつはできているだ
ろう小癪な娘の顔を、いちどくらいは官能に蕩かすこともできるかも知れない。
ネアポリスで一番幸せな服役囚は、そう結論づけて今夜も特別室で一人笑った。
（０３−０１−１０）
別解蛇足。
ポルポ純愛（！）ヴァージョン。ポルポ鬼畜鬼畜言われて可哀相だから。
おいおい、婚約指輪まで買ってやったことにして。きっと眼の大きさとそっくり同じぐ
らいの、一財産になりそうなやつでしょう。ブランドもので。
天然で鈍なブチャラティは、まったく気づいてない。ペリーコロさんに遺産を上納する
ついでに一緒にくれてやってると思う。あとでグリマルディーニさんとかに、ありゃあ婚
約指輪じゃ？ と言われても、額面通り、愛人証明書でしょぐらいにしか思ってない（だ
からたんすの肥やし）。ヒドイ。アバッキオさんはひとり背筋に汗を感じてるかも知れな
い。
どんだけ狂おしい想いを注いで大切にしても、本人には屁とも思われてなくて、周りに
はオッサン、ロリ美少女を愛人にして許さん、性的虐待、とか言われて理不尽ジャマイカ。
それでも、ちゃんと頃合いを見計らって自由にしてあげて、偉かったこと。男は引き際が
大切よね。と、まいねヴェルトでいいひと補整がＭＡＸなのはこのポルポだ！
しかし、ポルポさん３０（推定。ディアボロと同じぐらいと考えて）にして勃ちが悪いっ
てその身体でそりゃ糖尿じゃないかえ？