Ｓｗｅｅｔ Ｈｅａｒｔ
その朝（３２）
まだぎこちない情事が終わり、二人の寝息が穏やかになった頃、ベッドの上から薄青い
人影がにじみ出るように姿を取る。額にカウンターを戴いたアバッキオのスタンドだ。過
去を遡る超能力はめまぐるしく姿を変え、今は黒髪をボブに整えた小さな顔の佳人の姿を
取る。
「……なにをそんなに自分ばかりが地獄のような顔をしているんだ」
抱くように手をさしのべた微笑みに、抑制を失った拳が叩き込まれる。瞬時にスタンド
はまたもとの姿に戻って、忙しくカウンターを巻き戻している。
「……けッ、いいご身分だよなァ、女に食わしてもらってよォ。どんな気分だよ、マフィ
アの女に囲われるってなァよォ。親に感謝するんだなァ、きれいな顔に生んで貰ってよォ」
腕っ節では絶対敵わないことが解っている卑屈な男が、聞こえよがしに口を歪めて言い
捨てる。またその姿はかき消えて、青い無機質な貌が現れる。
「……自分ばっかりがっつくんじゃないよ？ ブチャラティに優しく優しくしてあげるん
だよ？ あの子はもしかしたらはじめてだったんじゃないのかい？ ほんとに小さな頃か
ら組の仕事に追いまくられて、可哀相に、同じ年頃の男の子と可愛らしいデートもしたこ
とがないんだよ」
心配そうなおかみさんの顔が覗き込んでくる。声をひそめて、真心からの注意をしてく
れる……。
姿はまた変わる。
「……なにか欲しいものはないのか？ 不満があるなら言って欲しい。できる限りのこと
はするから。どうかわたしにおまえの役に立たせて欲しい……」
憂い顔で、じっと青い瞳が見上げてくる。小さな白いきれいな顔。
ムーディー・ブルースの顔が、また崩れた。輪郭をぼやけさせて、本体の次の記憶をた
どろうとする。
（もうよしなさい）
空気の振動を経由しない、意識に直接伝わるメッセージが入り、ムーディー・ブルース
の意識は「驚いた」。
（本体が消耗してしまう。スタンドのくせに本体の制御を外れるなんて、どうかしている
ぞ）
ベッドの脇に、もうひとつ、青い人影が姿を現していた。頭にはトゲを、全身にはとこ
ろどころジッパーの引き手をくっつけた、ブチャラティのスタンドが。
（そう言う自分は、どうなんだ？）
初期状態の無機質な姿に戻ったムーディー・ブルースは頭を振って、ふて腐れたような
返事を返した。
（だから、こっちの本体も休まらないから、わたしが出たんだ。
……見ていられなくて）
しなやかな立ち姿は、本体同様、穏やかなメッセージを返してきた。
（こっちの本体にだって、おまえの姿は見えるんだぞ。自分の顔が殴られるところなんて、
そうそう繰り返し見たいものか）と、ベッドを見やって頭を振って見せる。
（……あのチンピラはひどいな。こっちの胸の辺りまできゅううっとなったぞ）
共感の籠もった、温かいメッセージが続く。
（話には聞いていたが、スタンドと会話って、できるんだな。……ちゃんと伝わっている
か？）と、小首を傾げて、スティッキィ・フィンガーズは相手の緊張を解こうと試みる。
（そんなこと言われても、困る）
ぽそりと、ムーディー・ブルースは投げるようにメッセージを飛ばす。まだ慣れていな
いのだ。つい最近まで、本体も、スタンドも、自分以外にこのような「妖精さん」が存在
するとは思っていなかった。
（とても傷付いて、疲れてるんだ。前は起きている間にも暴走してた。意識のある間中、
ずっと考えて、考えて反省して、自分を責めて、それに疲れて、なにか頭の働きを止めて
くれるものを探してる。でも、そう言う自分がまた許せなくて堪らないんだ。優しくして
貰っても、気持ちよくさせて貰っても、楽になったその分心が苦行を求めるみたいで、奥
歯を噛んでいないと叫び出しそうで、気を抜けないんだ。最近やっと、意識が眠ってから、
夢の中でわたしを動かしたものを見ているかたちになった……わたしだって、本当は本体
を傷つける姿は取りたくないんだ）
（本体を楽しく、優しい気持ちにさせる姿も取れるんだろう？）
ヤケになっている人間のあしらいになれている本体同様、スティッキィ・フィンガーズ
は優しく問いかけた。
（できるけど……そっちが気分悪くなると思う……それに、本体はマジメだから、そうい
う自分を弱いと感じてまた傷付く）
（ややこしいんだな）
からりとした笑みの波動が伝わった。
（笑うなよ）
困ったように、ムーディ・ブルースは顔を背けた。そのカウンターが、ゆっくりと動き
出す。
「……朝からハンサムと顔を突き合わせて食事をするとうまいもんだな」
真面目な顔で、白地のスーツに身を固めた女ギャングが言ってのけた。
瞬時にその輪郭は歪んで、青い基本の顔に戻る。スティッキィ・フィンガーズは、ちょっ
と「言葉」に詰まった。
（……こんなんでいいのか？）
（うん。本体の胃の痛いのが、このときだけ痛くなくなってほんわり温かくなるんだ……
辛いときは、何度かこの顔で呼び出された、それから）と、また姿を変える。
「……レオーネ、……もう一度名を呼んでいいか？ レオーネ、レオーネ！ ああ、夢み
たいだ。おまえがここにこうしているなんて！」
目を潤ませて、いつもは表情をうごかさないスティッキィ・フィンガーズの本体が、うっ
とりと見上げてくる。
（……これはちょっと微妙。ずしんと嬉しいけれど、そのあと急転直下で反動が来る。そ
ういうときは、早回しでこの顔になる……）
「……アバッキオ！ こいつ銃を持ってるッ！……」
アバッキオを庇って撃たれる警官の顔、まだ若いけれど、実直で、ひとに慕われる、け
れど少し世渡りの下手そうな……。
（難しいんだな。おまえも大変だ）
ため息を吐くような波動が伝わる。
（本体は、本当にマジメなんだ。引っかかっていることがあると、それにずっと捕らわれ
て、いつまでもいつまでもそれを考え続ける。わたしは自然に生まれた……本体が、幾度
も幾度もある出来事を思い返して、どうすれば良かったか、もっといい方法はなかったか
考えるために）
（ああ、生まれつきなんだってな）
（さっきあなたはスタンドのくせに制御を離れるなんてと言ったが、わたしは最初から「暴
走」状態だった。いつも、本体は制御に手こずって、やっと最近は言うとおりに動けるよ
うになって。
わたしは本体の為にならないスタンドなんじゃないだろうか）
ムーディ・ブルースは、うつむいた。
（そんなことはない）
瞬時に、強い調子で否定が返された。
（忘れてはいけない、大切な過去だってあるさ。言い争いを収める決定的な過去だって。
それを克明に再現してみせられれば、それはただ単純にケンカに役に立つだけより立派な
能力だ）
スティッキィ・フィンガーズの「言葉」には、本体同様暖かみと、真実の重みがあった。
（ありがとう）
ムーディー・ブルースは心からのメッセージを「飛ばし」た。
（そっちの本体のことも、大切に思ってる。優しくして貰って、いつも嬉しいと思ってる。
ただ、まだ疲れてるんだ、自分からなにかを返すところまで行かないんだ）
スタンド同士の会話に慣れないムーディー・ブルースは、言葉にするもどかしさに、つ
い手を伸ばした。
（わたしも、役に立ちたい。本体の、それから、あなたたちの）
（ああ、待つよ）と、スティッキィ・フィンガーズも、接触することでイメージを余さず受容
できるかのように手を取った。
（きっとできる）
何かは、伝わったようだ。
（温かい……）
（そうかな？）
（あなたの本体が本体に触れてくれるときと同じ感覚だ）
（なら、いいが）と、手を握り合うところから、さらに引き寄せて、スティッキィ・フィン
ガーズはムーディ・ブルースを懐に抱き込んでしまう。無機質に見えるのは見かけだけで、
スティッキィ・フィンガーズは生命エネルギーの温もりと柔らかさを感じ取る。
（ちょッ……）
（いやか？）
（本体たちみたいな……
本体は、田舎でがちがちな育ちをしたから、男はいつもちゃんとしていて強くって女を
守ってやらなくちゃいけないと思ってるから、そうできないと苦しいんだ。今はそれで悩ん
でる……ホントの本体の周りの女性はみんなしっかりしたひとたちだったけど、それだか
らなおさら、男は強くなくちゃならないと思ってるんだ。
……あんまり優しくしないでやって。ヘンみたいだけど、その方が辛いんだ。
でもホントは、こうされると安らぐ……秘密だよ）
（ああ、言わないよ）
本体たちも安心したのか、青いスタンドたちは抱き合う形のまま同時に消えた。
「……ややこしい」
しじまにぽっかりと眼を開けた佳人は、やっと伝わってきた情人の複雑な胸の内に戸惑
いながら、それでも強力なスタンドたちがいればなんとかなると楽観的に捉え直してまた
眠りに落ちることにした。このところお気に入りのプラチナの髪を、指に絡めて遊びなが
ら。待つと約束したから、せめてこれくらいは許して貰うつもりで。
（０７−０８−０９）
蛇足。
Ｓａｌｔ ａｎｄ ｐｅｐｐｅＲ さんのところ
（アブポルサイトです）で、
「本体同士が恋仲だとスタンド同士も想い合っている」というネタを拾ったので。まだア
バッキオがなじめないころだと暴走して大変だろうと。
性別が本体達とは逆転してるっぽいのは、趣味です。ブチャラティの心の方が男前と言
うつもりは……今言ったようなものか。アバッキオはヘタレでもかっこ悪くても正義を求
めてあがこうとするところが好きです。きっと傷付いた心を理解して寄り添おうとする優
しさがあるんじゃないかなと思いたいです。
それにしてもスタンドに性別ってあるんだろうか？ スパイス・ガールは女性っぽいけ
ど。