究極の泉
その朝（７８）
小春日に誘われて、アバッキオはうたた寝。夢の世界に足を踏み入れたようだ。チーム
の皆は、微笑ましい顔をして、彼の眠りを守るべく足音を殺して席を立った……？
「おおーい、おーい、どこだーッ！？
ブチャラティ、どこ行っちまったんだよッ」
霧の中、はぐれたリーダーを探して、彼はさまよっていた。
……どぷん。
なにやら水音が聞こえた。
「まさかッ……おいッ、ブチャラティ、あんたまさかここにッ！？」
音のする方へ行ってみれば、なにやらあやしげな泉があり、こんこんと水が湧き出して
いるのだった……。
「おい、……おいッ！ ブチャラティーッ！」
声を限りに呼びかける彼に応えて、泉の水が２つに分かれ、精霊が現れた。なぜかここ
のは青年の姿をして、両手に少女に人気の着せ替え人形のようなものを持っている。
「お若いひと、あなたの落としたのは、こちらの、身も心も浄い乙女のブチャラティです
か？ それとも、お料理上手、グラマーで床上手で癒し系のお姉様なブチャラティですか？」
「いやそれは違うから」
アバッキオはそこは即答した。
「どっちかしか選べねえんだってば」
精霊は困ったように首を傾げた。やや口調を砕けさせて。
「いやちょっと待って、いやほんと、いやいやいやいやいや……」
「とっれえなあ、腹決めて選べよ」
「いやいやいやいや」
アバッキオは唸り始めた。
「いやいやいやいや……おれたちに必要なのはあのブチャラティなんだってば、頼むよ、
頼みます！」
「つっまんねえ男だな」
ミスタが腹の底から溜め息を吐いた。無意識下に訴えかけようと、寝入りばなのレム睡
眠とやらの時間を見計らって、誘導尋問を仕掛けてみたのだ。
「どっちって答えたら良かったんだよ？」
ナランチャが罪のない笑顔で問いかける。無意識でもやっぱりアバッキオは優等生、彼
らにとって望ましい答えしか出さないとちょっとイイ気持ちになっている。
「ミスタ、あんまり遊びすぎちゃいけませんよ、ほら……」
フーゴはもう足音を聞きつけている。ほら、リーダー様のご帰還だ。
「ミスタ、同じ注意を２度３度受けるようなマヌケはうちのチームには要らないんだが」
恋しいひとに早く逢いたい一心で、スタンドを先行させていた能力者の女性は、チーム
の小僧どもがけしからぬ悪戯をしたのを聞いてしまったらしい。僅かに眉を顰めて、冷た
く切り出した。
「や、やあねーさん、おれそんなドジ踏んだかなー？」
ミスタはすぐさま気をつけして頭を掻いて見せた。
「アバッキオで遊ぶなと言わなかったかな？」
ブチャラティの背には、スタンド能力者にだけ見える怒りの思念が物体化した文字がど
す黒く現れ出でていた……。
「まあまあ、怒ることないじゃないですか」
「そーだよ、ブチャラティが怒るようなこと言わなかったって」
年少組は慌てて取りなした。
幸せな男は、まだ夢の中で究極の質問に答えられなくて唸っていた。
「誰か、助けて……」
１９−０３−１２