お目覚めサーヴィス
その朝（７０）
「とにかくそのホテルは朝のサーヴィスが素晴らしいらしい。一人でお使いさせて済まな
いが、せめてそれを楽しんできてくれ」
リーダー様の指示だから、アバッキオも素直に従う。出張先はミラノ。グリマルディー
ニ老は秋の引退に向けて幹部連中にいろいろと布石を打っていて、秘密のお使いにブチャ
ラティ・チームもこき使われている。その気を張る仕事を終えて、指定のホテルに入った
アバッキオは緊張を解いて一息吐いた。
「首尾はどうだ？」
恋しいリーダーから電話が入り、アバッキオは頬を緩める。
「ああ、室内のインテリアはそんなに豪華って程でもない、ビジネスとしちゃあ普通だが」
「売りはモーニングだからな。当然手配はしてある。寝坊するなよ？」
「解ってる」
「じゃあ、寝付くまでちょっと付き合え」
「付き合うって？」
「そりゃもちろん、離れてないとできないお楽しみだ。大丈夫、この電話は盗聴防止が付
いてる、おまえのにもな……」
いろいろ耳年増でテクニシャンな恋人はノリノリで独り寝の夜を愉しませてくれた……。
アバッキオはアラームの音で跳ね起きた。モーニングのルームサーヴィスを頼んで置い
た時間の５分前だ、ある程度の身支度はしなくては。
「ボン・ジョルノ！ シニョーレ・アバッキオ！ 朝のスペシャル・ルーム・サーヴィス
をお持ちいたしました」
ドアの外には給仕が大きすぎるワゴンを押して現れた。アバッキオはドアを開けて迎え
入れる。部屋の真ん中に簡素なテーブルがあって、給仕はワゴンをその前につけた。
「……でかいな」
ワゴンの上には銀の大きな覆いをのせた大皿が乗っている。
「それはもう。スペシャルでございますから」
給仕は満面の笑みで覆いを取りのけた。
「ハーイ！ シニョーレ、ボン・ジョルノ！ どうぞぱっちり眼を覚ましてご覧になって！」
その瞬間、大きなワゴンは真ん中から二つに割れ、中からきわどいショーツ一枚の若い
女性が立ち上がって身をくねらせ、ポーズを取って見せた。
「うわーッ！」
対するアバッキオは１メートルほども飛び退き、大きな手で顔を覆って腰を抜かして床
に倒れ込んだ……。
「あんた、服、服を着ろッ！」
「シニョーレ、お気を確かに。当ホテルのお目覚めサーヴィスはお気に召していただけま
したか？」
給仕はにっこりと笑って屈み込み、気さくに客の肩をぽんぽん叩いて気を落ち着かせた。
「サーヴィスだと！？ これが！？」
「はい、おかげさまでお客様にはお楽しみ頂いておりますが。口コミで、一度お泊まりに
なられたお客様がお知り合いを次々ご紹介いただいて」
道理で、宿泊先を告げた途端にニヤニヤされたわけだ、ネアポリスを出るときも、ミラ
ノに来てからも。
「くだらんッ」
真っ赤になって立ち上がったアバッキオはワゴンの中からなおも誘惑のポーズを取り続
けている女性を完全に無視して叫んだ。
「めしはッ！？」
「部屋の外に御用意が。直ちにお持ちします。
こちらの女性は、残念ながら観賞用で。当ホテルの格式では、実用の女性はご提供でき
ませんので……」
「いいからめしッ！」
そのホテルでは、その朝、自慢のサーヴィスではなく、アバッキオの大音声によって起
こされた客の方が多かったらしい。
ミラノの出張から帰ったアバッキオが、それでそのホテルのスペシャルな朝のサーヴィ
スはと聞いてやっても怒って黙秘しつづけているので、これはなにかあったなと察したブ
チャラティは、自分で口実を設けてそのホテルへ出向いていった。
「ハーイ！ シニョーラ、ボン・ジョルノ！」
大きなワゴンは真ん中から二つに割れ、中からきわどいショーツ一枚の若い男性が立ち
上がって身をくねらせ、ポーズを取って見せた……。
「これは女性向けサーヴィスなのか？ 男性にはやっぱり魅力的な女性が？」
顔色も変えずにブチャラティは給仕に尋ねた。
「え、ええ、事前にお好みをお尋ねするわけにも行きませんので、そこのところは、一般
的なお好みに合わせまして……」
給仕はさすがにしどろもどろ。
「やつが怒ったわけだな。すまない、ノリの悪い石頭で。
ああ、下げてくれ。わたしはこれでもそっち方面は美食家なんだ。
それで、まともな朝飯は出して貰えるのかな？」
「Ｓｉ！ しばしお待ちを、シニョーラ」
冷や汗をかいて、給仕はワゴンを下げて、正しかるべき朝の食事を載せたワゴンを部屋
に運び込んだ。
１８−０５−１１
蛇足。
昨日ネットで引っかけたネタで。イタリアとは書いてなかったけど、ホテルで朝のルー
ムサーヴィスを頼んだらとんでもないご馳走が届いたっていう画像ネタが上がってました。
どっきりだったようで、最後にはお客はカメラ目線でみんなサムズ・アップとか出してま
した。そんで、「女性にも同様のサーヴィスをしてあげてください」的キャプションが付
いてたので、ブチャねーさんにも出してもらいました。……ねーさん美食家過ぎ。男性客
はビックリしたりニヤニヤしたり、いろいろでした。石頭で怒る人もいるだろと思って、
アバッキオには怒ってもらいました。素直になれよ（イヤ違う！）。でもドッキリだった
りしたら、ニヤニヤはともかく、その気になってボーイさん無視しておねーさんを押し倒
してもヤバイよね（そのためにカメラ回してるんだろうけど）。
その気になってモーニング据え膳喰っちゃって、それがバッチリ録画されててミラノの
幹部に渡って、とってもピンチなアバッキオ……イヤだからやめました。