笑わぬ情人
その朝（１２）
１
ブチャラティは毎日忌々しいぐらいに楽しそうだ。夕べも来てくれた、アバッキオの服
を買ってやった、食事をしに行った、その時にこんな話をした、こんな仕草をした、もう、
それは細かく。
……そんなに好きだったのか。
今まで抑えていた分を、残らず吐き出すように毎日語り尽くす。１３の年から一緒に仕
事をしていて、このひとのことは知らないことは無いと思っていただけにフーゴもショッ
クだった。
……まあ、このひとも年頃の女なんだし。
これまで真面目に厄介な仕事を勤め上げてきたんだから、たまの恋ぐらい見守ってあげ
ようと、フーゴは殊勝な気持ちになった。いくら、いろんな秘密や修羅場を共有し、親よ
り身近な存在だからといって、４つも上のこのひとの恋人に今更立候補して、チームに波
風を立てるのも得策ではないと理性で思ったので。
だいたい、理性的に見てみれば、アバッキオはなかなかいい人材だった。
背の高さも、顔立ちも釣り合っている。文句なしの美男美女だ。年も同じで、生まれ月
が半年ほど彼の方が上らしい（組織に出す書類を書かせてみたら、名前から家族構成まで
真面目に全部書き出すのでこちらが汗をかいた）。大柄な体は荒事をさせても敏捷で、拾
われる前は、酒場の黒服連中をさんざん手こずらせたという話だ。本人は、銃もかなり使
えると自己申告していた。一応持たせてあるが、今のところ、その腕を見る機会はない。
曲がりなりにも国家警察の採用試験に合格する頭だ。そして、１年持たなかったとはい
え、警官を務めている。バカではない。自分のようにひらめきで全部を瞬時に処理してい
くタイプではないが、地道に取りこぼしなく結果を積み重ねていくのが得意な性分のよう
だ。
堅い性分のおかげで、「リーダーの恋人」ということを笠に着たりと言うこともなく、
年下の先輩の自分たちをちゃんと立てておとなしくしているので、無用のトラブルもまだ
起きていない。
おまけに、本人の性分を具体化したようなスタンド能力！
その場に起った事象を、コピーして再生してくれるという優れものだ。これが持ち込ま
れる諍いごとの吟味に非常に役立つ。
チームにはこういう人材が欲しかった。
ブチャラティは恋心１００％で拾いに行ったようだが、じつにいい拾いものをしてくれた。
フーゴは理性でこの二人を認める気になったのだが。
２
１週間もしないうちに、ブチャラティが溜め息を吐き始めた。
「アバッキオが笑わないんだ」
ここ最近のならいで、黙っているうちに、ブチャラティは悩みを垂れ流し始めた。
「なにか買ってやろうと言っても、何も要らないって。食事に誘っても、自分たちだけい
いものを喰うのは悪い、おまえ達には今日は何を喰わせてるんだって聞かれてしまうし。
わたしはいつもは聞くばっかりだったから、そんなにしゃべる方は得意じゃなくて、どん
な話をしたらいいかも解らないし。
やっぱりギャングの女になんか拾われたら、面白くないんだろうか」
……まあ、もともと堅い性格みたいだし。
「ぼくは結構あんたの話を聞くの楽しいですけどねえ」
今までの惚気も結構ひととポイントがずれているところがあって、胸が少し痛んだけれ
ども笑わせられた。
「おまえたちで、子供の喜ばせ方は何となく解るんだけど……大人の男の喜ばせ方って……。
ああそうか。
あっちの方はサンドラとかに聞いてみるけど、ああいうことは笑いながらするもんじゃ
ないし」
……ああ、もう、ほら。笑うしかない。
さりげなく子供云々と失礼なことを言われているような気がするが、気がつかなかった
ことにしてやる。
「やめてくださいよ」
疲れたような笑いを浮かべて、フーゴはたしなめる。同性の友だちが、娼婦と主婦しか
いないってのは問題なんじゃないだろうか。
……まともに育ってないんだよなあ。
純粋に、幸せを祈る気持ちがこみ上げて、お節介を焼いてみる気にフーゴはなった。
「手伝いますよ」
フーゴは、夕食の仕込みに入ったアバッキオと話すためにキッチンで二人になった。
真面目な性格が災いして賄い係をやることになっても、アバッキオは平然としている。
どん底に落ちて自分を見つめ直す生活の中で、なにか役目を与えられることを欲してい
たようだった。
「昔、何かの本で読んだんですが、中国の古代の王が新しく得た寵姫が、絶世の美女だっ
たそうで」
アバッキオは黙ったまま、手は野菜の皮を剥いている。手つきはやや危なっかしい。別
に、家にいたときからやらされていたとか、趣味は料理、とかいう男ではない。それでも、
自分が言い出したことで、他に任せるものもいないから、料理をやっている。不満は表に
は出さない。
……いや、出てるかな？ 顔に。
とんでもない色のルージュ（ルージュと言うもおこがましい黒！）を引いた唇が、への
字に引き結ばれている。秀でた額には、深く刻まれた皺。これを毎日目の当たりにしたら、
恋にうかれるブチャラティも少しはへこむかも知れない。
溜め息は呑み込んで、フーゴは話を続けた。
「とってもきれいなんだけど、その美人には、欠点があったんです」
手は、止まらない。おまえも手を休めるなと言いたげに、フーゴの前に、皮付きのジャ
ガイモが積まれていく。
「笑わないんですって。全然。毎朝毎晩、つまらなそうな顔をして、ただ坐ってる。別に
反抗的な訳じゃないから、命を狙われる心配まではしないけど、王様も気になって。いろ
いろ尋ねてみるけど、別に、別にって」
顔を窺ってみるが、とくに心を動かされたふうはない。
……ブチャラティって聞き上手なひとだったんだな。
今更に、長年付き合ってきた上司の美点を痛感する。あのひとに話を聞いてもらうのが、
フーゴは楽しかった。
「王様も意地になって、きれいな服を与えたり、宝石を与えてみたり。道化を呼んだり、
芝居を見せたり、音楽、絵画、もう、思いつく限りいろいろ」
「……狼少年だったんだろ？」
アバッキオは、この寓話のオチを知っていたらしい。
「そうです。彼女が唯一笑ったのは、間違いで、召集の烽火を上げてしまったとき。息せ
き切って参集した諸侯の姿がおかしいと笑って、その華やかな笑顔に王様は感動して、そ
れからも偽りの烽火を上げさせ続けた。狼が来たぞー！ と叫んだ嘘つき少年のように。
その結果、しんじつ国が危機に陥ったとき、烽火に応じて都に参集した諸侯はいなかった。
国は滅んだ……知ってたんですか」
「なんかで聞いたな……おれに笑えと？」
「話が早い。あのひとがバカをやる前に。お願いしますよ。あのひとが嫌いってわけじゃ
ないんでしょ？」
「嫌いなものか」
言葉を切って、少しためらった後、低い声で話し始めた。
「なにより優しいし。きれいだし。ちょっと変なところもあるが、そこも人間味があって
面白いとも言えるし。いつもおれに心を配ってくれていて、感謝してる」
ならもうちょっとそれを顔に出してもらいたいものだが。
とりあえず、行動でそれを表わしているつもりなのだろう。あくまでも、忠実に、真面
目に、与えられた役目をこなすことで。
「解るんだけど、判るんだけど、もっと、こう、軽い感じになりませんか？」
たぶん、ブチャラティは感謝して欲しいんじゃないだろう。だが、どうしたら好意を持っ
て貰えるのかが解らない。そんなこと、フーゴにも解らない。
「悪いが、どうしてもそこまでまだ余裕がない」
罪悪感が、まだ彼を縛っているということらしい。
「そうですか……」
「どーでもいいからメシ早くして」
覗き込んできたナランチャが無邪気に言ってのけた。
話に夢中で剥いているうちに小山のようになった芋は、育ち盛りの二人と、まだ育つ余
地があるか疑わしい二人とでちゃんとお腹の中に片付けた。慌てて作ったにしては出来は
素晴らしく、ナランチャもブチャラティも楽しそうに平らげていたが、やっぱり犯人は仏
頂面だった。
３
アバッキオが笑えないという心情は理解した。
しかし、それをそのままブチャラティに伝えても、辛い心の内を理解せずに気持ちを押
しつけていたと言って彼女はまた心を痛めるだろう。
これは、時間が解決するという分野の問題かな、と、フーゴは心の中の思案中の案件の
箱に事案を放り込んだ。
そのうち、チンピラに「挨拶」されたアバッキオが「あれ以上のいい女を紹介してくれ
るのか」と啖呵を切ったという話が伝わってきて、微妙にブチャラティはうれしがってい
た。笑えないけれど、この暮らしを不満に思ってはいない、そういう雰囲気だけはなんと
か作ってくれているようだ。
秋が深まり、冬に入ると、雨の日が増える。アバッキオの運命の日は、雨が降っていた
らしい。
「な、殴られたんじゃないぞ、抑えようとして、わたしが自分でベッドの角にぶつけたん
だ、本当だ」
朝、アジトで会ってすぐ、フーゴが何か言う前に、ブチャラティが弁解した。顔にはあ
ざができていた。ちょっとした身のこなしの時々に、黙って顔をゆがめているから、その
他にもいろいろぶつけたところはあるらしい。雨の夜の翌朝は、そんなことが続いた。深
酒をせずにはおられなかったり、ようやく眠っても、ひどくうなされたり。あれだけの男
を転落させた心の傷は、思ったより深いらしい。
「あんた、今、拾った犬がかみ癖のある犬だと判って、どうかこの犬を始末するなんて言
わないでって子供の顔をしてます」
「なんだその複雑なたとえは？」
ゆっくりと振り向いて、ブチャラティは言った。
「状況が複雑なんでしょう」
フーゴは真っ直ぐ尊敬する上司の顔を見た。
「あいつは役に立ってるだろう？」
ブチャラティは顔をゆがめ、哀願するような顔になる。
「あんたに害を為すなら消しますよ」
低い声で、はっきりと言いきる。
「為してない！」
ブチャラティはムキになって怒鳴った。信じられない。
「頼みますよ？ 美人の笑顔のためにニセ指令出すようなバカ王になったりしませんよね？」
「誰がそんな！ おまえ、気を回しすぎだぞ」
判らない。他の人にも尋ねてみたが、ブチャラティに恋の経験があるかどうか、誰も知
らなかった。これが初めてなのだろうか。だから、加減も判らずのめり込んでいるんだろ
うか。どうしたらよいのか、そんなこと、自分にも判らない。恋愛小説でも読んでみれば
いいのだろうか。ナランチャは頼りになるのだろうか。
彼を仲間に入れたのは間違いだったのか。
自分の判断さえもが疑われてきて、フーゴは激しく落ち込んだ。
４
それから数日もして。カレンダーは残り１枚になっていた。
「トンマーゾさんが油断しましたね」
電話を受けて、フーゴはブチャラティを見やった。
「きな臭い気配はさせてたけどな」
両手で少しだけ目を覆って、ブチャラティが返事した。
同じようにポルポの配下で仕事をしていた山の手のリーダーが、腹心に裏切られたらし
い。少し上の世代、グリマルディーニのところの若頭と同年代ぐらいで、彼とは結構気が
合っていた筈だ。豪放で、こちらのこともよく気を配ってくれていた。あの笑顔に、もう
逢えないなんて。
「犯人、アレッサンドロの始末がうちに来ました。シマはそのまま引き継げって。それで……」
「解ってる。アバッキオにやらせるんだろ？」
「そういうことです。早いうちに、慣れさせておいた方がいい」
もう、引き返せないと思い知らせるためには。
「うん……」
「天気予報じゃ、あと１０日ばかりは雨は降りそうにないみたいですから」
「行き届いてるな、ありがとう」
それとも、また雨の日を選んで、悪い記憶は雨に収斂させてしまった方がいいのだろう
か。
フーゴは少し、頭をひねった。
「援護はナランチャがやってくれますから。上の方に話は通ってるんで、ヘタを打ちさえ
しなければ、捕まることもありません。ただ、行って、やることをやってくればいいだけ
です。目標さえしとめれば、あとは自由に。ポルポの指示あってのことですから、周りの
ものが邪魔するなら殺って構いません。得物は使い慣れた好きなものを。足がつくから必
ず持って帰ってきてください。それから、『遠足はうちに帰るまでが遠足』だそうですか
ら、一度ちゃんとここへ戻って復命の挨拶入れてください。心配してるひとがいますから」
「ああ、解った」
整いすぎて人形のマスクのような白い顔で、アバッキオは指令を受けた。
「いくら日頃クラブ活動みたいにぬるいことをやっていても、ぼくらはギャングなんです。
指令が下ったら、非合法な活動もしなくちゃならない。解りますね？」
「ああ」
「やつはリーダーの寝込みを襲って、なんにも関係ない女もろとも撃ち殺してる。警察に
突きだしてやってもいいぐらいの立派な犯罪者だ。けじめとしてこっちが殺ってやるんで
す。道義上、問題はありません」
「フーゴ、くどいぞ」
オートマチックの銃の弾倉を確認して、アバッキオは言った。ネアポリス市警の制式銃
と同じものを用意した。途中までは模範警官だ、実戦で撃った経験ぐらいはあるのだろう。
「出された命令には従う。どんなものであってもな」
「信じてますよ」
「なーに、大丈夫。今日のチェーナ期待してるぜ。ブチャラティの奢りだろ？」
ナランチャが明るい顔で、ドアに寄りかかって待っていた。
「そうなると思うけど……」
彼には食べる余裕があるだろうか。
山の手は、いろいろ賑やかな街。カラフルなケーブルカーが複数引かれ、３次元的に街
が広がっている。
「なあ、なあ、あんたなに喰ったらそんなに大きくなれんの？ やっぱ血筋？ 親父さんも
大きいの？」
気を引き立てるようにナランチャが矢継ぎ早に思ったことを口にする。
「飯は普通になんでも……ルッコラのサラダが好きで……そういえば親父も背はでかいが」
上の空で、あまり考えずにアバッキオは答える。ナランチャはそれに頓着しない。
「ルッコラって苦くねーか？ おれ、あーゆーのダメ。あぁ？ それがいけねーのかな？
なあ、おれ、もっと背伸びると思う？」
「もっと乳製品、チーズとか牛乳採った方がいいかな。野菜や果物が好きなのはいいこと
だ。だが、体を作るのはタンパク質、肉や魚や乳製品だ。……フーゴはおまえの背が伸び
てきたって言ってたが」
「あーそーいえばなんだか最近、ブチャラティの顔が近くに見える気がするな」
ブチャラティの名が出て、アバッキオは少し胸をざわつかせた。
相棒のスフォルツァを死に追いやったことを忘れられていないことで、ブチャラティに
はいろいろ迷惑を掛けている。一緒に悩んで、どうにかその苦しみを除こうとしてくれて
いるのは解るが、夏中背に張り付いていたこの苦しみはすぐさまどうにかなるものでもな
い。
「ボンヤリ歩くなよ？ もう向こうさんのシマなんだから。おれの顔は割れてるから、何
しに来たかも感づかれてる」
急に声を低めて、ナランチャが囁いてきた。
「まー、のー天気なヤツなら、祝いの酒の一つも持ってきたと勘違いするかもだけどな。
エアロスミスッ！」と、両手を肩のところで左右に開いて、スタンドを発現させる。右
目の上にはレーダーが現れ、アジトの室内を探索している。
「アジトはそこのバールの２階。あーやだ、４，５人もいるぜ。正面突破で行くか、こっ
ちは正義だし。アバッキオ、顔写真見たな？ アレッサンドロはブルネットでオールバッ
クに固めてる。けっこー正統派のギャングスタイルが好きだったと思うけど。
入ってすぐの階段しか２階へ通じる道はない。じゃ、１，２，３でいくぞ？ ウーノッ、
ドゥーエッ、トレッ！」
言うなり、エアロスミスがアジトの入り口に無差別爆撃を仕掛けた。
「無茶をいうなッ」
言っても無駄なことを口走りながら、アバッキオは吹き飛んだ扉のすき間から２階を目
指して駆け込んだ。予備弾倉は持ってきているが、４、５人もいるのならひとり１，２発
で倒さなくてはいけない勘定だ。計算のできない相手と組むのはきつい。
「なんだ！？」
「出入りか？」
駆け下りてくる若いのが二人。まだ銃に手が届いていない。これなら銃を使うまでもな
い。まず、手に引っかかったやつから引きつけて階段下へ投げ落とす。また、次に手に絡
まった細っこい腕をねじ上げて折る。悲鳴が上がる。そいつを盾に、階段を登り切る。残
りは３人、奥にそのアレッサンドロが顔面を蒼白に立ち上がっている。おあつらえ向き。
まずはそいつの腹に２発。左は盾にしたやつでかばうとして、右に向き合って、新しいリー
ダーの無事を確かめようとする忠義ものの脇腹へ１発。
「畜生ッ！」
やけになって撃ち込んでくる弾は盾にした男が全て受けてくれたようだ。もう、うめき
声一つあげない。
「無駄なことを」
盾はもう解放してやって、真っ正面から左の男に向き合う。撃ち尽くしたようだ。目を
こちらに向けたまま弾倉を補充しようとして、手が震え、口が合わずにただカチカチ音を
させている。
「悪いな」
これだけ近ければ、しとめ損なうことはない。真っ直ぐ腕を伸ばして、引き金を引く。
これでおしまい。
念のため、腹を打たれて横たわっているアレッサンドロの頭にもう一発ぶち込んでおく。
帰り道はナランチャが片付けてくれただろうか。
「アバッキオさすがー。２階の生命反応が全部消えたぜー」
のんきな声が階下から聞こえて、アバッキオは溜め息を吐いた。
「弾や薬莢は回収しなくていいのか？」
「そこまで厳密にしなくっていいってー。もー帰ろーぜー。能力使うと腹へらねー？ お
れすっげえ腹減った」
階下に投げ落した男込みで無差別殺戮をしておいて、無邪気な顔をして言う。
「おれは今使ってないから」
「あーそっかーでも食えるだろ？ 今ブチャラティに連絡入れるから」と、携帯電話を取
り出して、完了の一報を入れた。
「あー大丈夫、大丈夫。かすり傷一つ負ってねーって。もー鮮やかなもんよ」
アバッキオは、右手の指を左手で一本一本グリップから引きはがした。
「良く戻った！」
アジトの１階で待ち受けていたブチャラティはドアが開くなりすぐ駆け寄ってきた。手
をさしのべて、アバッキオをねぎらう。
「アレッサンドロは頭にぶち込んでやったから確実だと思う。二人は殺った。あと二人は、
ナランチャが生命反応がないと言ってた」
「上出来だ。よくやってくれた……おいっ！？」
そのまま膝から崩れ落ちるのを、ブチャラティは必死で抱きかかえる。
「あんたが……汚れる……返り血で……」
黒いジャケットなので目立っていないが、相当の返り血を浴びていた。
「構うかッ！ フーゴッ、悪いが食事は二人で行ってくれ」
「はいはい解りましたよ。ナランチャ、行こう」
「なんでも食べていーんだよな？ アバッキオ悪りーな」
二人はさっさと席を外した。
５
「そんでなに？ ブチャラティったらあいつのこと家に連れて帰って、風呂に入れて、指
の一本から洗ってやったって」
「誰から聞いたの？ それ」
翌日、アジトでお留守番中。フーゴが雑誌から眼を上げて、ナランチャに聞いた。ブチャラティは
アバッキオ連れで直接ポルポに首尾を報告に行っている。
「あいつが自分でしゃべった。けっこー聞くとなんでも答えるぜ」
「ウソ……」
「あんまり込み入ったウソとかつかねーよ、あいつ」
結局なにも紡ぎ出すことのできなかった口をようやく閉じて、フーゴは頭をかいた。
「そんで、泣きながら、汚れ仕事をさして悪かった、おまえがいやならもう二度とこんな
ことはさせない、明日から書類と賄いだけでもいいって言ってやったって。もうトチ狂っ
てるぜ」と、さすがにここまでは、アバッキオは言ってはいない。自分の耳で聞いたのだ。
前日、食事のあとフーゴのフラットまでついていって少し遊んで、気になって、ブチャ
ラティの部屋を覗いたのだ。アバッキオの様子に心を乱したブチャラティは、ドアの鍵さ
え掛けていなかった。
「甘やかしすぎじゃね？」
「……まあね」
「そんで毎晩……だろ？ いやべつにおれあのひととヤりたいわけじゃねーけど、そんな
に女っていいもんかな？」
「……さあ？」
「フーゴ、おまえはどーよ？ ブチャラティがじゃなくて、女と付き合ってみたい？」
「ぼくは当分いいかな？ あれだけ下手に出ててもうまく行かないって目の辺りにしたら、
なんだか怖くって」と、やや後ろ向きだと自分でも情けなくなる本音を漏らす。
「うまく行かないって、おまえ、うまく行ってるだろー？」
案の定、ナランチャは笑って背をバンバン叩いてきた。
「そんなこと！ 見て判んないのか！？」
ムキになって、フーゴはそれを振り払う。
「なんで！ おまえこそなんだよ」
ナランチャは笑う顔のままでフーゴを羽交い締めにして椅子から立ち上がらせた。
「あれだけ切なそうにしてて、可哀相なぐらいじゃないか！」
煩わしそうに振り払うフーゴの拳が、ナランチャの顔をしたたか殴りつける。
「それもお楽しみのうちだって！ おまえがブチャラティに入れ込みすぎなの！ 切ない
顔がどーでも、それでも毎晩楽しーことしてんだから、まだまだだいじょーぶなの！ なん
だかんだいって毎晩やることやってて、笑ってくれないが呆れるぜ。もっとさ、逢っても
全然思ってることと反対しか言えなくて、そんで泣かしちまうとかならまだしもさー」と、
その手を取って、ナランチャが逆さにねじ上げる。
「痛、いたた……」と、顔をゆがめながらも、フーゴはナランチャの足を掬って二人して
床に転がった。
「なんか今のとっても具体的なんだけど？ ナランチャ」
「うっせー」
パンチは待ちかまえていた手に絡め取られた。
「あのさ、今おれたちって、とってもまぬけなことしてねえ？」
「……そーだね」
荒い息を整えながら、床に仰向けになったままナランチャは言った。
「でも、最近おまえあいつにかかりっきりだったから、けっこー気は晴れたかな」
「何ソレ。新しい猫のはいったうちの猫？」
「そー言うなよ。いっつも顔突き合わせてこしょこしょ内緒話しやがってさ。きみには関
係ない話ですとか言いやがって、へこむぜ。
でも、おれ、おかげでパトロールはブチャラティと一緒だから、けっこー解ってるつも
りだぜ。
最近ブチャラティ、道草多いもんな。小間物屋なんか寄って、取っ替え引っ替えコロン
試してるもん」
「そんな、ギャングがそんなもん付けてどうするって言ってたのに！」
「だろー？ 化粧品も、前は決まったの補充するだけだったのに、今なんかすっげー悩ん
でいろいろ買ってるぜ」
「信じられない……」
「肌の色も良くなってきてるしさ、なんかつやつやしてるよ」
「それは栄養が良くなて来てるからで……」
「でもさー、いいじゃん」
「そうかな？」
「いーよ。おれはいいと思うよ」
「……そうかな」
フーゴは目を瞬いた。
「で、今度二人でナンパとかしにいかねー？」
「いこーか」
ぷっと吹き出して、二人で笑いあった。
６
「ポルポさんにお願いしていた彼の件だが、うまくもみ消してもらえた。来週こっちに挨
拶に来る。スタンドも無事でたそうだ。拳銃使いだそうだよ」と、夕食の席の雑談の流れ
から、ブチャラティが新規加入メンバーの話をした。もう夏、開け放した窓から入ってく
る夜気が心地よい季節になりつつあった。
「ああ、正当防衛で３人殺ったって彼ですか。使い物になりますかね？」
参謀の顔にすぐに戻ってフーゴが応じる。
「なんだか眼が据わってしまってた感じだったな。一本切れてしまってるかも知れない。
まあ、しばらくは近くで監視しながらになるかな？」と、自ら網を張ってスカウトを決
めた人材についてだから、ブチャラティも少し昂奮している。
正当防衛で３人殺して刑務所送りになるところをスカウトされた素人（ほぼちんぴら）
の少年。
射撃の才能は折り紙付。既にスタンドが発現して、眼が据わってしまっているって。
アバッキオとフーゴは黙って剣呑な視線を交わし合った。
「そういえば、ここのチームの人事はいったいどうなってるんだ？」
ナランチャも自分も拾われたと聞いて、アバッキオは疑問に思っていたらしい。
「ああ、ジンジケンはブチャラティにあるんだよ。おれたち、スタンド能力がある特殊チー
ムだし」
「ポルポさんが送り込んでくるチンピラは、どうも肌が合わなくって、次々『いなくなる』
もんで」と、二人の少年が目交ぜをして妖しく笑う。
「二人して示し合わせてリーダーをまわそうとするようなやつらはうちのチームにはいら
ねーよな？」
「いくら年下で女性でも、リーダーの寝込みを襲うようなやつとはちょっと、一緒に仕事
はできないと思って」と言ったあとで、
「おれはざっと４人は蜂の巣にしたね」
「ぼくは最低３人骨にしました」と、隠れた戦果を披露する。
「それでうちの裏の公園は植木の育ちがいいんだな……わたしもひとり二人は細切れにし
たような気がする」
しれっと言ってのけるチームの仲間に、アバッキオはただ沈黙した。
「まあ、そういうわけで、わたしが自分でスカウトするようになったんだが」
「おれはお眼鏡にかなったという訳か」
声を擦れさせながらアバッキオは言った。
「上出来です」
目を伏せて、穏やかにフーゴは言ってのける。
「やはり、これから山の手の方も見なくちゃならないから人手は要るようになるし」と、
ブチャラティが平然と話を元に戻した。
「そうですね」
「でもさーもう陰々滅々したやつはいらねーぜ」と、ナランチャがある意味はっきりと言っ
た。
「陰々滅々……」
アバッキオがやや衝撃を受けたていで呟く。
「あんたがそう見えるってことです。これを機に少しは愛想良くしてください」と、フー
ゴが目を三角にした。
「じゃー明朗快活なネアポリスッ子が正々堂々ブチャラティのこと口説いてきたらどーすん
の？」とナランチャがさらに聞いてくる。
「三角関係？」
「ありえない。余計なおしゃべりはそこまでだ。おまえたち、仲良くできるな？」
あっさりとブチャラティが言って、その場はおさまった。
現れたのは、明朗快活なネアポリスッ子だった。
「よーっ、これから世話になります。おれはミスタ。よろしく、シニョー……ラ（奥さん）？」
「シニョリータ（お嬢さん）だ、無礼者！」
まず、フーゴが噛みついた。
「いや、実質奥さんでいいんじゃねーの？」と、アバッキオを見やってナランチャが愉快
そうに言った。
「いや一応男だったら申し訳ないと思って。ねえさんでいいんだよな？」
「それは気を遣わせて済まない。あまり女を出したくはないんだが、別に隠してもいない。
ただのブチャラティと呼んでもらえれば」
「ああ、じゃー、そーゆーことでよろしく」
にかっと笑って、自己紹介はそれで済んでしまった。
「食事は一応昼夜２食アジトで出ます。食費は給料から引きますから遠慮なく。時々食事
の支度を手伝わされますが、文句を言わず手伝うこと。フラットは用意してありますから
そっちへ入ってください。あと聞いておきたいことは？」
フーゴが細かい注意をしてやっている。
「え？ 食事出んの？ どーゆーギャングよここ？ ……おれ１人がいいんだけど」と、
ミスタはらしくなくうろたえた。
「えーなんでー？ 食事は大勢の方が楽しーだろ？」と、ナランチャが問いただす。
「おれ大食いなんですケド、ホント大丈夫？」
「心配ない。喰う量を見てあまりに多いようならその分をフーゴに言って多めに取るよう
にしてもらうから。まだ若いのに、遠慮すんな。ちゃんとしたものを喰わねーといざとい
うときに働けねーぜ」
アバッキオが凄んで見せて、一応その場は納まった。
「うわーアバッキオ今日は頑張ったなー」
「歓迎会のつもりですか？」
５人になるというので大きなテーブルを買って待ちかまえていた、その新しい大きなテー
ブルに載りきらないようなご馳走が並べられた。あつあつのペスカトーレ、ポルチーニ茸
をのせた焼きたての特製マルガリータ、パン粉を振った帆立貝のオーヴン焼き。子牛肉は
良く焼いて特製のソースを絡めてあるし、サラダはしゃっきりとボウルに山盛りだ。
「嫌いで喰えねーってのは認めねえが、好きなもんなら一応聞いてやるよ？」
ちょっと達成感に気をよくしてるアバッキオがミスタに話を振った。
「トリッパだな。ピッツアはなんでも」
遠慮せずマルガリータを手に取りながら、ミスタは言った。
「トリッパ、ね。ま、気が向いたらな」
そう言って、きっとミスタの記念日か何かには絶対出してくるだろうと、もうフーゴは
アバッキオの優しさが解るようになっている。げんに、このキノコを載せたマルガリータ
はナランチャの、毎回芸術的なできばえの帆立のオーヴン焼きはブチャラティの大好物だ。
と、ミスタがなにか不審な仕草を見せた。食べ物をテーブル下にわざと取り落としては、
なにかボソボソ呟いている。
「どうした？ ナプキン使えよ？ えっ？」
ナランチャが覗き込んで、声を上げる。
「あ、ああ、なんでもねー。大丈夫」と、ミスタは手を振って隠そうとする。
「ミスタ、もっとクレヨォー！」
「このピッツァうまいゼェー！」
「ミスタ、次にはムール貝喰わせてくれェー」
親指ほどの小さな人間のような生き物が、その膝の上には５，６人（？）も蠢いていた。
「何、ナニソレ！？ もしかして、あんたのスタンド？」
「いっぱい食べるって、スタンドも込みですか？ スタンドが食事をするなんて、聞いた
ことありませんよ！？」
「ミスタのスタンドについては、まだ聞いてなかったな。どういう力があるんだ？」
「待て、とりあえず皿を持ってくるから、ちゃんと取り分けてやれ」
４人が口々に思い思いのことを言って、ミスタはしばし呆然としていた。
「あ、ああそうか、あんたらみんなスタンド能力者なんだったな」
あとはホッとしたように、へらりと笑った。
「おれのスタンド、セックス・ピストルズ。ｂPからｂVまで６人で、リボルヴァーの弾
丸の１つずつについて軌道をコントロールする。これが百発百中のたねだ。かなりな曲芸
もするから、まあ、応相談で。ほら、みんなご挨拶しな」
「オレタチャミスタの子分だゼェー」
「ちゃんと喰わせてくれりゃちゃんと働くゼェー」
「なんでｂVまでなのに６人なんですか？ いなくなったの？」と、すぐさまフーゴが突っ
込む。
「そこだよ。ｂRの次は５なんだ。その間の数は、おれにとっちゃ、あってはいけない数
字なんだよ」
「４が？」
「ああッ、それ以上その数字について言っちゃいけねえ！」
「非論理的です。日本人ですかあんたは」
「なーに？ 日本人だと４はだめなの？ フーゴ」
「死（モルテ）と４（クアトロ）とが、日本語ではシとシで同じ音なんですって。だから、
ふつう、日本人は４という数字を避けるんです。ぼくたちが１３を避けるようにね。だか
ら、フラットも４号室はないし、野球の背番号も、４番や４４番はふつう付けないんですっ
て」
「Ｓｉ（はい）がだめなんて、ヘンなのー！ ミスタ、おまえ、日本人と組めば良かった
なー」
「おれの場合はそんな変な理由じゃねーんだってば」と、幼い頃のトラウマ事件について
ミスタは語り出した。
「くだんねー！」
話を聞いてナランチャが笑い捨てた。
「まったく無意味な話です」と、フーゴが頭を振って見せた。
「そう気にすることもないと思うが」と、ブチャラティも真顔で肯いた。
アバッキオだけが、面白くもなさそうな顔でサラダを食べていた。
「で、ですね、きみのスタンドが合計６人というのは解りましたが、そのスタンドが食事
をするというのはどうみてもおかしいです。スタンドというのは超能力の具現化したもの、
つまりは精神力のことですから、それがいくら実体を持って動き回るからと言って、
食事をするということはあり得ないんです。ですから、食事を与える必然性も認めません。
きみの食事は１人分ということで。アバッキオも、解りましたか？」と、冷静にフーゴは
諭す。
「いやだって、ほんとに喰わせねーと働かねーんだってば」
「思いこみです。あんただって、２人分の食費取られたくないでしょう？」
「それはそーだけどよ」
フーゴは結局押し切った。口々に不満を訴えるスタンド達をなだめながら、ミスタは渋
い顔をしていた。
７
「ひとつああいう下克上が成立してしまうと、自分もできるんじゃないかと思って、連鎖
的に起きたりするんですよね。それが、このまえあんたをすぐに始末に行かせた理由の一
つだったりするんですが」
この期に及んでも、フーゴは理屈をこねている。
「おれは撃ち漏らしてはいないはずだが」
青ざめたアバッキオは、相手をしつつも、なんとか飛び込んで人質を奪い返そうと間合
いを計っている。
「そういうことを言ってるんじゃありません……ナランチャ！」
フーゴは中距離攻撃の能力を有する友人の攻撃を促したが、
「おれだとブチャラティもろともやっちまうよぉ」
本人に却下されてしまった。
聖母マリア被昇天の祝日（８月１５日）の近いある日、ふらりと案内も請わずに入って
きたチンピラに、まんまとブチャラティを人質に取られてしまった。まさかの事態に、一
同はちょっと混乱している。
「ブチャラティ、あんたもなにぶりっこしてるんですか、ちゃちゃっとそんなのひねっちゃっ
てくださいよ」と、フーゴがリーダーに自力解決を促す。
「こんな時にいい人間がいるじゃないか。ミスタ、発砲を許可する。わたしもろともやって
構わない」
しれっと、頭に銃口を突きつけられながらブチャラティが言ってのけた。
「いーのかい？」
ミスタが光のない目でリーダーを見やった。明るい男だが、時折、ぞっとするような別世
界の感覚を見せつける。
「おまえら、わかッてんのかッ！？ おまえらのリーダーの頭をぶち抜くって言ってんだ
よッ！」
存在を無視されたチンピラが、いきり立った。
「セックス・ピストルズ！ 出番だ、配置に着けーい？ ……あら？」
「しらねーヨ」
「飯喰わせてくれねーで、良くユーヨナ」
「ミスタ、オレたちゃアンタのこと見放してんダゼ」
弾倉に潜り込むはずの小さなスタンド達は、ミスタの肩の辺りでやさぐれていた。
「おーい頼むよ！」
ミスタが慌てて首を左右に曲げて、スタンド達を見やる。
思わぬ事態にチームの一同は当てが外れた。
「なにやってるんですかぁ！」
「ここでそれはないだろー！ なんのためのスタンドだよ！？」
「おまえ、そんなんでどうするんだよ！ ブチャラティ！ 今おれが……」
「構わん。スタンドなしで全弾真っ直ぐぶち込め！」
ブチャラティが一喝した。
「バカか、おまえに当たるぜ」と、チンピラが喘ぐ。
「信じたぜ、ねーさん、あんたを……」
ミスタは構えると、スタンドの誘導を受けない弾丸を６発全て真っ直ぐ発射した。
「スティッキィ・フィンガーズ！」
すぐさま、ブチャラティは自分のスタンドを発動させて、自分の頭からへその辺りまで、
上半身をまっぷたつにジッパーで切り開いてその場から左右に分けた。ブチャラティの肉
体のあったはずの空間を通過して、あり得ないものを見たといった顔のチンピラの体に弾
が突き刺さる。
「お見事」
言うなりブチャラティの手が動いて、ジッパーをまた閉じ、上半身が繋がった。
「お見事、じゃないですよ、アジトで発砲して……あーあ、掃除はミスタに任せましょう
か」
フーゴが、蜂の巣になった身の程知らずの死体を蹴転がした。
「それはお手柄のミスタに悪いだろう。ナランチャ」と、ブチャラティはナランチャを見
やる。
「えーなんでオレ……アバッキオ、手伝ってくれよなー」と、見やったアバッキオは眼を見開いて硬
直している。
「いやーねーさん凄いわ。仮にも恋人の前で自分の顔まっぷたつに切る女っていねーよふつー。どー
やんのソレ？」
ミスタは明るく、素直にリーダーの能力に昂奮していた。
「もしかして、……彼に能力見せたのはじめてだったりします？」
フーゴが今更に尋ねた。
「いや、どうだったかな……嫌われてしまったかな？ これは……フォローしきれなかったらどうし
よう？」
ブチャラティは、はじめておろおろと狼狽えていた。
呆然としながらも、食事の仕込み時間が近づくと、体が勝手に動くようになっているのがアバッキ
オ。もう、フーゴははっきり尊敬している。と、その手が止まった。
「おかしい」
「なにが？」
ナランチャが覗きに行く。
「食材の減りが速すぎる。ジャガイモとか、ソーセージが根こそぎ。……ナランチャ！」
「おれ、できあがったものを摘むならやるけど、生のジャガイモなんか喰わねーよ」と、ナランチャ
は背を向ける。
「摘み食いも禁止だ！」と、アバッキオはその頭に拳骨をくれる。
「ネズミですかね？ イヤだな、フケツなのは困りますよ」
フーゴが立ち上がって覗きに来た。
「それにしては食い散らし方がおかしい……チ。ムーディ・ブルース！」
無造作に彼の青い人形を呼び出して、巻き戻しを始めた……。
「なに、なーに？ 何がはじまんの？」
ミスタは興味津々だ。覗き込んだキッチンの奥の暗がりで、青い人形が形を変えた……。
「ナーだいじょーぶカ？ ミスタあとで叱られたりしねーカ？」
「心配ねーヨ。オレたちニ喰わせネー奴らがワリーンダゼ」
「ヤメヨウヨォ、ミスタが怒られるヨォ」
「だったらｂT，オマエだけイイコチャンしてロヨ」
勝手に食材を持ち出して宴会を始めている小さなスタンド達……。
「ヤッター！ ソーセージめっけ！」
「ｂU、デカシタ！」
「今度オマエニ突撃ヤラセテヤルゼ」
「おっ、おまえらーッ！」
ミスタが真っ赤になって怒鳴った。
「ウヒャーッ」
呼び出されたピストルズたちは、小さくなって震えている。
「いーや、それより、怖いのはあのお兄さんだと思うぜ」と、ナランチャがミスタの肩を叩いてキッ
チンのドアのところを指さした。
真面目で大柄な賄い係の背が揺れている。それに合わせて、長いプラチナ・ブロンドが、細かく揺
れている。筋肉の乗った両腕が固く握りこまれて……。今、それが持ち上がった。
「謝れ、謝るんですッ」
フーゴもさすがに焦った。
「おまえ、面白いスタンド持ッてんな！」
がっしと拳銃使いの肩を捕まえて、アバッキオは盛大に吹き出していた。涙が出るほどに笑って、
大きな手でその背をどやしつける。
……笑ったよ。
……ええ、笑いましたね。
年少組は、ふと、リーダーの姿を探して目をさまよわせた。
自分が始末をする気でモップを取って来ていたブチャラティは、そのさまを目の辺りにして、目を
潤ませていた。
「ミスタ、ありがとう。おまえをチームに入れて本当に良かった。今日ほど自分の判断が間違ってい
なくて嬉しいと思ったことはない」
足を進めて、両手をさしのべ、ブチャラティは感動をそのまま体現した。熱い抱擁で。
……彼女が待ち望んだ情人の笑顔は、一瞬にして引っ込んだ。
、 ＜２−３−０９＞
蛇足。
ミスタさんのブチャチームにおける存在意義の話。
トンマーゾさんは一緒に死んだ恋人さんともどもけっこー小さいころから可哀相なブチャを可愛がっ
ていてくれたということで。いいひとは長生きしない業界。
バカップルは例によってこんな感じ。
ナランチャは、１人１人なら真面目な彼らがお互いのことになると余りにもバカになってしまうと
ころを楽しんでいると思う（ついでに近視眼的に世話焼きになってしまうフーゴのことも）。
「おれの安らげる場所はあんたの側だけだ」
エキサイト翻訳に掛けてみました。
Il luogo dove io posso sentirmi a mio agio e solamente Suo lato
せっかく年表書いたのに、いろいろ時系列が食い違ってきてる。どうしよう。