猫の恩返し
１
「なあ、ここって結構数学高度？」
１学期の期末を控えてアバッキオがしょぼくれて尋ねてきた。
「クラスに拠るな」
ブチャラティは涼しい顔。
「宿題の答えが全滅だったことってないぜ。マジメにやったのに。へこむよ、ちょっと見
てくれ」
「あーあ。まあおまえには先生も期待してないと思うから地道に他の科目を……？」
ノートを押しつけられてブチャラティの言葉が途切れる。
「な？ どこが違うのか全く解らん」
「いや、合ってる」
ブチャラティは意外そうに目を瞬かせた。
「……やっぱり？」
「まて、問題が違うだろ。ここ、問１の（１）は２Ｘー６じゃなくて３Ｘ＋６。次はここ、
Ｘは２乗だ。写し間違いでないとしたら……どこでやった？」
「おまえの借りてやったかも。昼休みだったから」
「それでだ。問題集が違うんだ。同じ出版社でも特進はハイクラス、普通科はスタンダー
ド。装丁はほとんど同じだな……気付けよ」と、自分のカバンからオレンジと黒の幾何学
模様の表紙の問題集を出してくる。アバッキオの手の中のものと付き合わせる。
「無理だって！」
真面目なスポーツバカは喘いだ。
「おまえにハイクラスはそりゃ無理……へえ、合ってるな」と、ノートを繰ってゆくブチャ
ラティが感嘆の声を上げる。
「時間ムッチャかかったけど。今、ヒマだし落ち着いて考えられるから」
「板書したんじゃなく、答えだけ口頭で突き合わせたんだな？ それじゃあ『不正解』に
なる筈だ。でもこの問題に対してはこれで合ってる、大丈夫だ……。
バカじゃないとは思ってたけど、へえ……几帳面、イコールの位置ちゃんと下まで合わ
せて」
「笑えよ」
「いや、それって大事なんだよ」
ブチャラティはいつもと同じとぼけた顔のまま、閉じたノートでアバッキオの頭をペン
ペン叩いた。
「意外。いやー。失礼した。へー」
それ以降ブチャラティは親身に勉強を見てくれるようになった。
２
「おまえ、５月の中間は意外に良かったから、これは大化けするかもってことで残れたら
しいぞ」
「どこからそんなことを……ああ、張りきってたからな、あの頃は」
「それは、わたしもここは５年もいるからそれなりに……蛇の道はスネーク？ もともと
一般で入れるくらい内申も良かったんだってなあ」
ヘンな格言だと思いつつ、レオーネ君そこはスルー。
「なんでもマジメにやっとくもんだな」
しみじみと肯くのへ、
「芸は身を助く」
ブチャラティももっともらしい顔をして見せた。
期末も良くて、このまま腐ってはもったいないから頼むという教師側からの依頼も取り
付けて、ブチャラティは夏休みからいよいよおおっぴらに面倒を見はじめる。特進の課題
をこっそり手伝わせてレヴェルに付いてこられるようにしたり。
「来年は一緒のクラスがいいなあ」なんてしおらしげにしてみたり、飴と鞭。
「球技大会とかでも堂々と応援できるし、修学旅行も一緒に回れるし」
「おおッ、そうだなッ」
単純なレオーネ君は巧く乗せられて猛勉強。ちなみに球技大会のサッカーではディフェン
ダーをやって粘り強くひとりカテナテオ（イタリア式堅守）。誰からもパスをもらえなく
ても勝利に貢献して地味に見直されていた。
３
「こことここに親のサイン貰ってきて。あと、春休みに補習あるから予定開けて」
「あ、ああ……？」
と、３学期の末には超法規的措置（？）を取って、アバッキオを２年から特進に転科さ
せてしまった。
「マジかよ、すげえ……」
「特進に来たからにはうちの大学は滑り止めだ。新都は新都でも公立の方を狙って貰う。
高校で特待生を外れた分の親孝行だ。ガンバレ」
「イヤ、無理だから！」
レオーネ君のハートはチキン。
「大学も一緒の方が楽しいのに……」
上目遣いでドキリとさせておいて、
「うちの体育会はバカばっかだからな、サッカーの全国制覇を阻んで看板に泥を塗った正
義君のことを手ぐすね引いて待ってるぞ。サッカー推薦がぽしゃった先輩もいたから大学
へなんか行ったら逆恨みでいびり殺されるな」と、だめ押し。
震え上がったアバッキオは最善を尽くすことを約束させられた。
「と、猫だって恩返しぐらいはするぞ。美味しいお弁当の礼だ。オフクロさんにヨロシク
いっといてくれ」と、二人して桜餅なんかぱくつきながら屋上で進級祝いのお花見。
……いやあの弁当おれが作ってたんだけど。アバッキオは口の中で呟いて、また今年も
がんばろうと決意を新たにした。
……とりあえず明日は煮込みハンバーグ？
０５−１１−１０
蛇足。
装丁がそっくりなのは数研出版のスタンダードとトライアル。お世話になりました。弟
の学校はトライアルでね。時々全く同じ問題があるので紛らわしい。
やるべき問題を取り違えて全問不正解ってのは昔やりました。手応えあったりするとホン
トにへこむんだ、アレ。
特進は一部（ブチャなど最優秀）を除き授業料の減免はなし、スポーツ特待生は減免有
りということでお願いします。いやよう知らんけど。特待生を急に外されたのになんも言
わなかったアバママ偉いなあ。マ王の渋谷ユーリくんのママみたいに息子を信頼してたの
かな？ きっと黙ってパートに出たりしたのであろう。そりゃレオーネ君弁当は自分で作ん
ないとね。
お代わり！
冗談じゃねえッ 帰る