リセット
警告！ ここから先は１８禁！
あなたはもしかしてまいねヴェルトをなめているかも知れませんが、今回かぎりはそれ
を捨ててください。ホントーにやってます。はげしく性行為です。でもあんまり美しくも
色っぽくもありません、ごめん。
あとで文句言われても困りますから、ここを見たら悪いことは言わない、ブラウザバッ
クですお嬢さん！
１
知らせを受けて急行した若きパッショーネのチーム・リーダー、ブローノ・ブチャラティ
は、なにか敵のスタンド攻撃を受けて気を失っている部下を回収した。
彼以外のチームの少年達にはとても一人では連れ帰ることができないであろう、端整な
顔をした大男、レオーネ・アバッキオを。
純粋に看護に加え、もともと精神が不安定なところがあるアバッキオのフォローや、事
情聴取から対策の立案まで自分が担当するつもりだった。
預かっているスペア・キーでアバッキオの部屋のドアを開け、足を踏み入れる。数ヶ月
前に無理矢理訪れたときと変わりなく、何もないのに溜め息を吐いて、ブチャラティは背
に負ってきた部屋の主をベッドに放り出した。備え付けのアームチェアをベッド脇に引き
寄せて腰を下ろすと、スタンドを呼び出して左胸にジッパーを取り付けて引き、オフィス
を出るときに持って出た書類を取り出して読み始めた。
アバッキオはしばらくして呻き始めた。
ブチャラティは眼を上げてその様子を見やり、また書類に目を戻……そうとしてまた目
を戻した。
苦しげに身を縮めている。
「アバッキオ？ おい……」
手を掛けて揺り動かすうちに、その体は震えて縮んでいくように見えた。呼びかけに薄
目を開けて応えたアバッキオは、彼の姿をみとめたのか微かに頬を緩め、手をさしのべて
きた。ブチャラティはすぐさまその手を強く握りかえしてやる。
「大丈夫だ……医者が要るか？」
「わから……ねえ……これ、は、……スタンド攻撃……？」
「やはりか。誰にやられた？ あとでムーディー・ブルースで再生して見せろ……いや、
あとでいい、あとでいいから」
すぐさま眉間に皺を寄せてスタンドを呼び出そうとするのを押しとどめて、ブチャラティ
は忠実な部下をベッドに押さえつけた。
ふと違和感を感じて、ブチャラティは何気なく自分の手に目を落とした。
なにやらアバッキオの体の感触がいつもとは違っているような気がして。
張り詰めたたくましい筋肉の触感ではなく、もっと柔らかい頼りないもののような……。
いっときの発作のような痛みの波は引いたようで、アバッキオは呼吸も少し落ち着いて
きたようだ。胸が静かに上下している……？
やはり、なにかがおかしい。
１２月の陽はいつの間にか落ちて、部屋の中は目を凝らさないとものが見えにくくなっ
ていた。気のせいだ、そう自分に言い聞かせながら入り口へ戻って天井燈を点けて、ブチャ
ラティはまたベッドに向き直った。
そこで、足が止まった。
「ブチャラティ……」
顔をゆるゆると持ちあげてこちらを見つめてくる水色の瞳から目を逸らさず、ブチャラ
ティは平静を装った声をなんとか絞り出した。
「自分の名前は言えるか？ あんたの誕生日はいつだ？ 今日は幾日だ？」
「レオーネ・アバッキオ。１９８０年の３月２５日生まれ。今日は２０００年の１２月……
まだ９日にはなってないと思ったが？
あんた、まるで記憶喪失の人間に対するみたいだぜ。頭は打ってねえ」
「ああ、アバッキオ、おまえなんだな？ そうだな」
詰めていた息をそうと知られないようにゆっくりと吐き出しながら、ブチャラティは少
し安心して答えた。ほんの少しだけ。
「……そのつもりだが」
ベッドの上に身を起こしたけが人は、肩をすくめてみて、いつもの服が妙に余ってまと
いつくのに違和感を感じる。手を挙げてみて、袖がもう指先まで隠してしまっているのに
目を見開く。そして、やけに風が通り抜けると思って胸元を見て！
「うわッ！」
「スタンド攻撃なんだな？」
ゆっくりと近づいてきたチーム・リーダーは、冷静な眼で「彼」を見下ろした。
「なんだこれッ！？ あんたか？ どこの誰のをくっつけやがったんだよ、悪い冗談……」
と、アバッキオは狼狽えつつ自分の胸のふたつの隆起をひっつかんで外そうと試みた。
それは徒労だった。
「ムチャするな。自分に返ってくるだろうがよ」
少し困ったような顔になってブチャラティがやめさせた。かなり大きな白い乳房には、
赤い指の痕が残ってしまっていた。
「ってことは、下も……？」
ちょっと背を向けて、恐る恐る手を当ててみたアバッキオが悲鳴を押し殺した。
「……てくれ」
背けた顔、心なしか艶やかになった銀の髪が作る帳（とばり）の陰から、擦れた声が響
いた。
「なんだ？」
つい、ブチャラティは身を乗り出した。
「あんた、ちょっと、見てくれ。とても自分で見る気力がねえ」
「なんで？ ただでいいもん見られるチャンスじゃねえか」
事態を察したブチャラティが、深刻さを排した声をつくって応える。
「そんな中学生みたいなこと言ってんじゃねえよ」
憎まれ口も、今は弱々しい。
「見たことねえからわかんねえとか素で言いそうだな、子羊のレオーネ君は」
ブチャラティは軽口でこの男の負けん気を奮い立たせようとするが、
「バッカッ……
……頼む、確かめてくれッ。おれが本当に女にされちまったかどうか！」
首筋を朱に染めて、プライドの高い男がしんから困惑してリーダーを頼った。
「そんなこと言ってパンツ下ろした途端に元に戻って大砲にご対面させてくれたりするん
じゃねえのかよ」
ごくごく軽く言って、ブチャラティはベッドに近寄った。アバッキオはかなり混乱して
いるらしく、バックルもいちどでは外せないようだ。かちゃかちゃ言う音が待っている方
の気持ちまで変に盛り上げてゆく。
「いいぜ……頼んだ」
「いいぜって、なんも見えねえよ。だいたい前からおまえのジャケット無駄に丈が長げえ
と思ってたぜ……」
身を乗り出したブチャラティは、裾に金具を付けてその重みでシルエットを保っている
アバッキオの黒いジャケットの前をはらりとのけた。
２
「あーこりゃりっぱなお嬢さんだ」
一目見てまずはあっさりと言って、ブチャラティはその内股に手を掛けた。びくりとそ
の肌は応える。処女雪のような白い肌。
「おまえって色素薄いな。
立派な２０センチ砲は影も形もなくなってる。いや、あるか、これがそのなれの果てだ
な……皮まで被って、哀れな姿に」と、無遠慮に女の芯をつまみ上げた。
「やめッ！」
羞恥からか、痛みからか、悲鳴が上がった。そういえばいつもより「甲高い」。
「心弱いレオーネ君が自分じゃ怖くって見られねえっていうからリーダー様が実況見分し
てやってるんだろ？
タマもねえな。見事なもんだ。なんて能力だろうな？ こりゃあ、やられた連中なんも
言えねえわけだ……アバッキオ君、さすがだぜ、よく体を張って調査してくれた」と、指
を当てがって肉の襞を掻き分け、奥の奥まで確かめる……敵のスタンドがどれほどの威力
なのかを。
「おい、マクまであるぜ。ご立派。非の打ち所もねえ生娘だ」
「あったりまえだろ」
顔を覆った両手の下から妙に自信を持ってアバッキオが答えた。
「おれには無えと思うぜ……へえ、こんなんなってるんだな、初めて見たぜ」
問題発言をさらりと投げておいて、アバッキオが気を取られた隙にどんどんその内部を
蹂躙する。
「ちょ、ブチャラティ……」
アバッキオは僅かに顔を歪めた。
「おネエさまのお相手ばっかしてきたからな。そりゃ極上の女ばっかだったけどさすがに
この街で初物は……やっぱきついな。もう入らねえ」
ブチャラティはどうも冷静な実況見分から逸脱してきたようだった。悲鳴を堪えるアバッ
キオに構う様子を見せない。
「こっちも診てやる。
おおー、これはりっぱな。持ち重りがする胸ってやつだ。おまえ肩こりするぜきっと。
なあ、これどうやって脱がせんの？ まさかかぶりか？」と、顔を上げて、胸元まで這
い寄った。
「まさかだろ？ 右んとこにスナップ付いてんだよ」と、つい次を考えずにアバッキオは
答えてしまう。
「毎朝ご苦労だと思ってたよ、なんだ……ロマンが一気に崩れたぜ」と、聞くなりブチャ
ラティはぷちぷちと前あきのスナップを外して胸を露出させていった。
「おい、ちょっと、痛い痛い……遊ぶなよ、いい加減にしろって」
「すっげえ、やわらけえ……」
すっかり感動を露わに、ブチャラティは両手を使って揉み込んでいく。アバッキオは事
態の急変に付いていくのがやっとだ。
「畜生、なんでこんなことに……」
「ああ、じっくり思い出せ、どこのどいつがこんな楽しいことをしでかしてくれたのかハッ
キリとな」
「楽しいって、あんた！」
「女になっても美人だぜ、アバッキオ」
他人事だと思って、という正当な抗議は目の色が変ってしまったブチャラティの口の中
へ呑み込まれていった。
そういえば、二人して飲む度に、キスしてやろうかなどと洒落にならない冗談を言いか
けてくる上司だったとアバッキオは思い出す。冗談は冗談として、実行に移されたことは
今までなかったのだが。
……実行、されてしまった！
アバッキオの混乱は極まった。
３
「おまえのことは、ずっと抱いてやりたいと思ってたんだ」
耳元で囁かれて、アバッキオは目を剥いた。
「ハァ？」
「ずっとクヨクヨ昔のことを引きずって悩んでばかりで。もっと世の中には見るべきもん
があるだろって、言ってやりたかった」
「はぁ、なんか飲む度にあんたそんなこと言ってた気もするけどな」
「聞いてたんじゃねえか……なら言うとおりにしろよ」
「ちょ、待て、この手は止めろ……そんで女になったらいきなりか……あんたも現金だな」
気がつくともう体を覆うものはなにもなくて、ベッドに組み敷かれて、粘膜の全てを蹂
躙されてしまっている。
目の色をすっかり変えてしまっている上司は、それでも無神経なまでの冷静さは変わら
ずに、
「だって、ずっと我慢してたんだぜ？ 男に抱かれたりなんかしたらおまえは壊れるだろ
うと思ってたから」と言ってのけた。
「今でもじゅーぶん精神崩壊寸前だぜッ！ おいたはやめてもうおれのことはほっといて
くれッ！」
渾身の力で手を押し返しながら、アバッキオは口で勝てないリーダー様に必死で抗弁す
る。
「なぜだ？ やっとこれで障害がなくなったってのに」
ブチャラティはそんな彼を真顔であしらう。
「ハァーッ！？ ブチャラティ、あんたマジか！？」
「大マジだ。
おまえは、どっちかが女だったら愛し合えたのにとか今まで思ったことはないのか？」
「ねえよッ！」
瞬時にアバッキオは言い返した。
「……残念だよ。おまえに少しでもその気があったからこんなことになったんだと思って
た」
たったひとりで１２の時からギャングをやってきた男は一瞬、哀しそうな目を見せた。
「そりゃ残念だったな」
アバッキオはけんもほろろといった様子で首を振って見せた。
それでこの話は済んだと思っていたようだが。
唇を手の甲でごしごしと擦っておいて、脚を閉じようとしたアバッキオはブチャラティ
がそこからどかないどころかジャケットと、おまけにズボンを脱ぎ捨ててまた身を進めて
きたのに気づいて身を起こしかけた。
「ちょ、あんた、なにを……！？」
「おまえも男なら、この状態で歯止めが利く訳なんかないことぐらい解るだろう？」
「それって、待て、ブチャラティッ」
「ブローノだ……」
擦れ声になったブチャラティは、そっと肩を押してアバッキオの身を横たえさせようとす
る。と、けしからぬ指はもう脚の間に入り込んでいたようで、アバッキオは身を震わせた。
「意味ふめ……いたッ……」
「大丈夫……」
「大丈夫じゃねえッ、その手を抜けよッ」
「もっとかわいくしゃべれ……萎えるじゃねえか」
「萎えろッ！ むぐッ」
口を口で塞がれてアバッキオは一瞬びくりと震えた。それに励まされてブチャラティはさ
らに手を進めていく。
しばらくは舌と指とで上下の粘膜を蹂躙しておいて、
「大丈夫だ、ほら、おまえだってその気になってたんだろ？ ほら」と、粘液をすくい取っ
て指先を見せつける。
「そりゃ、おまえが、しつっ……こくあちこち、揉み倒すからッ、生理的反応だって。ハァ、
高校生坊主ッ、みてえなことッ、言ってんじゃ……ねえよ、離せ」と、アバッキオは息を
整えつつも必死で身をよじる。
「気持ちよくなかったか？」
ブチャラティの青い眼はじっとその顔を見つめている。真顔のままにそれは近づいて、
べろんと頬を舐めてくる。
「やッ」
嘘を吐いていると決めつけられると思って、アバッキオは震えた。が、
「判らねえ……今日は調子悪いな」と、呟いた顔は、さらにまた近づいてキスになった。
顎に手を掛けて、口を開かせ、口腔内に舌を入れようと試みてくる。
「んーッ！」
拒絶の声は声にならない。白い額には汗が浮かび始めている。
４
同い年の、きれいな男。自分を拾ってチームに迎え入れてくれた恩人。行き届いた配慮
を見せて、ただ死を願っていた自分に生きる目的と場所を与えてくれた……。普段の生活
でのやりとりだって、気が合っていたと思う。リーダーとしての仕事の腕は確かだし、気
性は穏やかで優しいし、嫌いなわけはない。それだって、せいぜい背伸びをして友人とし
てだ。こちらが下から仰ぎ見て、こいつのために命を懸けてもいいと思っていたのだ。ブ
チャラティの方が自分に劣情を持つことがあるなんて、思っても見なかった。
男が男を求める、そんなことがこの世にはあるとは知っていたけれど。
彼が理想としたマッチョな正義の世界では、それは唾棄すべき異端の所業だった。
尊敬する、なにより大切なリーダー。そのブチャラティに求められている。今はこの身
は女性で、受け入れるに障害はなさそうだ。障害はない？ 障害がなかったらいいのか？
ブチャラティのためならなんだってやると心に決めていた。なんだってやる、それにこ
ういうことは含まれるのか？ でも、ブチャラティは望んでいる、自分はどうだ？ きれ
いなブチャラティ、決まった女はいないはずだ、優しくて、温厚で強いリーダー。街の女
にはもてるほうで……。
アバッキオはぐるぐると思考のループに飲み込まれていった。
「……あんたには世話になってるしなァ」
溜め息と一緒に結論のようなものがこぼれ落ちた。
それは、昔、汚職警官に仲間入りした頃、彼に賄賂を差し出した街娼があるとき酒場で
偶然でくわしたときに言った言葉だった。そしてあっけらかんと笑って彼女は彼に身を委
ねてきた。
積極的な好意ではないが、憎くも嫌いでもない。断ったら少しは関係がぎこちなくなる
かもという微妙な線で、少しは、この男はどういうふうに女を抱くんだろうといういたず
ら気や好奇心のようなものが込みで。
あのときはいったいこの女はなにを考えているんだろうと思ったものだが、つい受け入
れてしまった。それが、回り回って自分も同じ言葉で行為を受け入れようとしている。
苦笑のようなものが、アバッキオの顔に浮かんだ。
それを見て取ったブチャラティは、目標に狙いを定めるとためらわずに突き入れた。
「無理、おまえ、やめっ……もうちょっとゆっくり……ッ、ギャッ！」
「…………ギャッはないだろう……ほら、もうみんな入った」
アバッキオは答えずにただ口を開けたままにしている。
「どうした？」
「はー、はー、はー」
アバッキオはただ太く息を吐くことしか意識にない。そうやって痛みを逃がすことを本
能が選択している。
「……うご、くな」
「そんなん言っても無理。我慢して、な？ 次からは楽になるから」
「次ィ！？」
本心からの拒絶で体が強ばる。
「当然。おれの女になるんだからな。子供は最低３人な？ 賑やかな方がナランチャもフー
ゴも喜ぶ」
「なに、言ってんだこの野郎……」と、アバッキオは足をばたつかせる。
「お、動けるじゃねえか」と、ブチャラティは眼を細めて脚を抱え上げる。
「ぐぇ……よせ……」とやっと動かした脚は、スティッキィ・フィンガーズが切り離して
除けた。真っ白い太腿の内側に頬を寄せて、弾力が違う、とうっとり眼を細めてブチャラ
ティはそれをベッドの脇へ無造作に置いた。
「こっちも」と、左の脚も切り離されて、アバッキオは絶望した。ブチャラティはなおも
奥へと腰を進める。ぴったりと、下腹部が繋がり合って粘液のかき混ぜられる音が響く。
アバッキオは無意識に耳を塞ごうと手を動かした。
「腕、ちゃんと絡めろよ、ほら」と、ブチャラティは揺すり上げながらもアバッキオの手
を取って自分の首を抱かせる。が、恋人でもないのにそんな真似をしていいのかまたアバッ
キオは変なところに気を回して、手を引き戻して、耳を塞ぎながら自分の拳をただ握りこ
む。爪がてのひらの中に食い込んで突き刺さる。
５
女の身体を使うときの作法としてか、ずっと想いを寄せていたように言っていたのは口
だけではなかったのか、ブチャラティはアバッキオのかりそめの無垢な体をさまざまに愛
しんだ。少しでも官能を与え、痛みを和らげさせようと思ったのだがそれは果たされず、
砂の城のように完成を見ずに崩れ去った。
ほんの少し、それは体の奥に次々と萌したようでもある。ブチャラティはそれを察し、
抽出して育てようとしたが、アバッキオは理性でそれを押しつぶし尽くした。
受ける側からみれば長い長い行為が終わった。
「なあ、これってレイプっていわねえか？」
いまだ整わぬ呼吸の中からアバッキオが精一杯の毒を吐いた。
「ギャングにそんなお行儀のいいこと要求すんなよ」
使い終わったマネキンをもとの倉庫にしまうように、ブチャラティは切り離していた脚
を撫で回しながらきれいに拭いてもとのようにくっつけてくれた。
「あんた、ギャングだったな、そういえば……」
あんまり日頃、ぬるい気のいいところばかり見ていたからすっかり忘れてしまっていた。
「じっと見守っていようなんてぬるいこと考えてたら、３日後には抗争のとばっちりで蜂
の巣になってたり、上の人間にちょっと暇つぶしに慰みもんにされて身を投げてたりする
ような世界だぜ。
いいと思ったらものにしておかないと悔いが残る……今までよく我慢してたよおれは」
「よく言う」
「ホントだよ。きれいなレオーネ。おれは、おまえに惚れてたんだなあ。
なあ、イヤだったのか？ 愉しませてやれなかったからか？
なんでそんなふうに言うんだよ？」
「ばかやろう」
今更に言われてアバッキオは顔を隠して背を向けた。その背が細かく震える。
「女みたいに泣くなよ」
ブチャラティはその顎を捉えて振り向かせて口づける。
「な……んでこんな、こんな体になっちまって……命を預けてもいいと思ったリーダーに、
……体を、自由にされてッ！
あんたならいいかとも思ったんだけど、やっぱだめだった。
勝手に体中いじり回されて、勝手に入ってこられて、かき回されてッ。しまいには汚い
ものぶちまけられて……なんも愉しくなんかねえよッ、そりゃ泣けてくるぜッ」
堰を切ったようにアバッキオは言葉を繰り出した。
ひとつ溜め息を吐くと、ブチャラティはその背を静かに撫で始めた。子供をあやすよう
に、一定間隔で優しく叩く。
「おまえがその気になるの待ってたら世界が終わるぜ、子羊ちゃん」
「よく言う」
「だって、そうだろうが。いつまでもぐじぐじぐじぐじ悩みやがって。
な？ おれがおまえをめちゃくちゃにしてやる。だからおまえは全部おれのせいにして、
好きに不幸ごっこやってろよ」
「不幸ごっこって」
「ああ、ごっこだ。
おまえは腹を決めたらまっすぐ脇目もふらねえくせに、それまでが長げえ。立派な警官
様がおれに拾われて行くところがねえからって、まるきりギャングになりやがって。汚れ
仕事も、進んで引き受けやがって……。
全部、おれが引き受けてやるよ。おまえがこんななのはおれのせいだよ。汚れても最低
でも、おれが丸ごと引き受けてやる。だからおまえはおれのものになるんだ。
きれいな銀色の機関車。さっさと泣きやんだら、今度はまっすぐおれの恋人になってお
れのところに飛び込んで来いよ」
「おれを勝手に規定するな」
「しょうがねえんだよ。こんなにきれいで、女で、しょうがねえんだ。おまえは、男だか
ら、真っ直ぐ強くきれいに生きなきゃならねえって間違ったマッチョ主義に捕らわれすぎ
てたから、女になってみて、人生どうしようもねえ波に流されることもあるってことを知
るべきなんだよ」
「そんな、どうしようもねえなんて」
「どうしようもねえことだって、あるんだ。おれがついてるから。守ってやるから。おま
えはしばらく女になって考え直せ」
「女はそんな弱くないぜ」
アバッキオは故郷の自分の身内の女性達を思い出す。いつも圧倒された。男なんだから、
しっかりしなくちゃいけない、負けちゃいけないと思いこんできたかも知れない。
「ああ、強いとも。……だが、弱くもあるな」
「ばかやろう、ばかやろう。おまえが悪いんだ。悪い男がいるから女がひどい目を見るん
だ」
「ああ、ああ、悪かったよアニェーゼ」
「なんだよ、女の名で」
「おまえはレオーネじゃあねえよ。もう。可愛い子羊ちゃん（アニェーゼ）、それでいい
だろ？」
「クッ……」
アバッキオは言葉を失った。
名さえも奪われて。
名も知らぬ敵のスタンド攻撃を受けて女性になってしまったアバッキオは、思いもよら
ぬ苦難を味わうこととなった。
６
「なんもねえのかこの部屋は？」
冷蔵庫の中を漁っていたブチャラティが呆れ声を上げた。
「たまたまだ！」
疲労からうつらうつらしていたアバッキオ、今はアニェーゼがベッドの中から声を上げ
た。
「待ってろ、なんか見繕ってくるから」
「いいって！」
「その体で外へ出る気か？」
ドアのところで振り向いて、ブチャラティは声を低めた。
「おれの恋人になるって約束しない限りは外には出してやれねえからな」
しばらくアニェーゼはあっけにとられて口をぱくぱくさせた。
「なんてストーカーだ、まったく」
「だってそうだろう？ この犯罪都市で、そんな格好のおまえを歩かせたりしたらッ……
絶対傷付くような目に遭うと分かり切ってるのに。
おれが守ってやるよ、アニェーゼ」
うっとりと言われても、アバッキオは溜め息を吐いて現実を拒絶するように眼を閉じて
かぶりを振るだけだった。
ブチャラティの方は、うっかり理性が負けてしまったことだけれど、日頃鬱を引きずる
この男を一度脳味噌が真っ白がなるくらいに圧倒してやる必要性を感じてもいたので、と
くに致命的な破綻に繋がるとは思わなかった。アバッキオが事態を認識して容認するまで
ぐずぐず言って時間がかかるのはいつものことだし、それも、口でいいように言いくるめ
てしまえるという自信もこれまでの経験からついていた。そうしてきっと、自分ごとこの
状態を受け入れてくれる……。それに、耐え難いようならこのよくできる部下はちゃんと
自分の仇を見つけに行ってちゃんちゃんと討ち果たしてくるに違いなかったから。問題は、
男に戻った後のアバッキオが自分との関係を続けてくれるかと言うことで。
……下手すると出ていっちまうかもしれねえなあ。
ブチャラティははじめて最悪の事態というものを想定した。
……まぁとりあえず、甘いもん喰わせて機嫌を取るか。
完全に女扱いだった。
ブチャラティは朝な夕なにアニェーゼの耳に、睦言でも囁くように頭を切り換えること
を刷り込んだ。
「誰だって、失敗はするし、しょげることはある。おまえは完璧を目指しすぎるんだ……
そんなやつはどこにもいない」
「あんたもか？」
「ああ、そうだ。わけもなく滅入ったり、やりきれない気持ちになったり」
「あんたでもそうなのか……そういうとき、あんたはどうする？」
アニェーゼは悲しげな目をして、自分を支配しようとしている男の顔をじっと見た。
「ああ、そうだな、尊敬できる親しい友人か、きれいでやさしい恋人と一緒に過ごせたら
いいと思ってたよ」
「あんたにはいるんだな……」
それはアニェーゼにもすてきな考えに思えた。ブチャラティにはそういう相手がいる、
寂しいような痛みが胸を過ぎった。が、
「いや、いなかった」
案に相違して、ブチャラティの返答は違った。
「いなかった？」
「そういう存在に、おまえがなれるんじゃないか、なってくれたらいいと思っていたよ。
おまえに出逢ってからは」
青い眼がじっとアニェーゼを見つめていた。
「堕ちきったと言いながら、普段の生活態度は几帳面だ。ものの扱いも丁寧で、使ったも
のはちゃんともとへ戻すし、書類も隅々まで丁寧に書いてくれる。おまえは人間として基
礎がちゃんとできてる……そういうところを前から尊敬してるよ。好きだ」
「……い、今更ッ」
アニェーゼは困惑してかぶりを振る。プラチナの髪がシーツの上にもつれる。
「ああ、今更だがな。こういうことでもないと言えないだろ」
ブチャラティの指はやさしくそれを梳いて整えてやった。
「あんたのことは、尊敬してた……友達になれるなら、嬉しかった……友達で良かったん
だろ？」
顔を覆ってしまった両腕の隙間から、アニェーゼの色の薄い目がブチャラティを見上げ
る。
「ああ……だがこの姿を見てしまっては。
最高だぞ、このおっぱいは。
見事なお椀型で。柔らかさとバランスが取れてる。
乳輪は大きめだがその分色は薄くて。乳首はちっちゃくてつんと尖ってる。理想的じゃ
ないか」
はやすように言う「心から尊敬していたリーダー」に、アニェーゼはすっかり引いてい
た。２人だけで飲んだときの男同士の趣味の会話で、そういえばブチャラティは乳房にこ
だわりを持つタイプと感じたような気がしていたが、ここまでアツく語られるとは。自分
はそんなにこだわらない方だった。まだまじまじとは見つめられていないが、今自分の体
に付いているものは、大きさといい形といい慎みがないような気がしてそんなに好きだと
は思わない。
こんなもののせいで。
まったく因果なことをしてくれる能力者だ。
アニェーゼは溜め息を吐いて、自分にとんでもない運命にたたき落としてくれた敵のこ
とを思い出そうとしていた。
７
……最近なんだかたちの悪い病気が流行ってるらしいな。アバッキオ、その件でおまえ
にちょっと調べてきて貰いたいんだ。
……あれか？ アジアの方で流行りだした今までのワクチンの効かない風邪ってやつか？
こっちにまで来たってのか？
……違う。そういうふうに言い紛らわして引きこもっちゃいるが、まったく別物だ。１
週間やそこらで元通り姿を現すんだが、ひとによっちゃあげっそり痩せて。精神の方に来
るらしい。治った後も人が変わったみてえになったり……とくにパートナーとの仲がおか
しくなるらしい。
……なんだそりゃ？ あっちの方の病気か？
……皆目分らん。おまえも気をつけてくれ。
……ハハッ、おれはそっちは今は休業中だから大丈夫だが。
……まだだめなのか？ 遠慮しないで遊んできていいんだぞ？ シマの中だと気恥ずか
しいんなら隣のシマで遊んだっていい。向こうさんのリーダーには話を通しておくから、
……リーダー、ご親切だな。下半身の心配までしてくれなくっていいって、ハハッ。
気軽に言って出てみたが、「患者」は心当たりがないというばかりで、そうでなければ、
たちの悪い風邪を引いただけだ、なんでもないとムキになる。いったいどうしたことかと
途方に暮れながら街をさまよっていると、頬のそそけた女といきあった。
「ああ、失礼。どうぞお先に、シニョーラ」
道を譲ってやったのに、その３０前後のブルネットの髪を短く整えた女は立ちつくして、
彼を見上げていた。
「なにを余裕な。あなた、男だからと言って偉そうにするんじゃないわ」
「いやべつに偉そうになんか」
姉たちに頭を押さえつけられて育ったので、年上の女性に強く出られるとつい従ってし
まう。柄が大きいのと彫りの深い顔立ちのせいで尊大に見えるかも知れないが、じつは気
が小さく口ベタで女性にはまともに太刀打ちできない情けない男なのだ。
「その身で思い知りなさい。大きな身体が女性に無言の圧力をかけていたことを！
ライク ア ヴァージン！」
雷に打たれたような衝撃を感じて気を失った、たしかそういうことだった……。
スタンドに拠らない回想を終えたアバッキオ、今はアニェーゼは、自分の髪が三つ編み
お下げに編まれているのに気づいて、それに指を突っ込んで荒くほぐした。
ソファがないから、ブチャラティまでベッドに上がり込んでしじゅう体を寄せ合って過
ごしてしまう。話をしているだけならいいが、ふとした拍子にブチャラティはその気を起
こしてアニェーゼのからだを組み敷く。そして彼女はどんどんからだを拓かれていってし
まう。もう、痛みは感じない。それどころか、行為を思い描いただけで体の奥が何となく
うずくようにされてしまっている。
事態が落ち着いたらソファを入れよう。いや、それ以前にブチャラティを家に寄せない
ようにしよう。アニェーゼは固く心を決めた。
「ひとの頭で遊ぶな」
「きれいなプラチナ・ブロンドだ。腰が強いんだな。編んでも跡が付いてない」
ブチャラティは満腹した猛獣のような機嫌の良さだった。
「あんたもだろ？」
「いや。ほどいたらすごいぞ？ 見るか？」
「別に」
かぶりを振るアニェーゼの頭に腕を伸ばして抱え込んで、ブチャラティは言った。
「おまえの頭を、いっぺんスタンドで切開してジフで擦ってやりたいと思っていたんだ」
「ハァ？ ジフ？」
「そう。クレンザーでその古臭い脳味噌をゴシゴシ擦って錆を落としてやらないとって。
これも機会だ。男だからこうしなくちゃならないとか、清く正しく正義を追求しなくちゃ
ならないとか、そういうことは忘れるんだ。そうして、ただの傷付きやすい女の子みたい
なまっさらな心で、自分がどういう人間で、なにを、どうしたいのか考えてみるんだな」
「ブチャラティ……」
ほんの少しほぐれて開きかけた心は、
「但し、ここから出ることは許さない。おまえは今とっても魅力的な女なんだからなッ」
という決めつけにあってまたすぐに閉ざされた。
「今日はなにがいい？ ドルチェになにか好きなものつけてやるからいい子にして寝てろ。
まだ節々痛むんだろ」
それはおまえがいろいろ無茶やるせいだとは言い出しかねて、アニェーゼはうつむく。
まったくこのストーカーは彼女を息つく間もなく蹂躙して、官能の極みを味わわせて自分
なしにいられないようにしようとしているようだった。そんな、安っぽいポルノみたいな
ことは現実にありえないだろうに。
そして、彼女がまた黙って思いを巡らせている隙にキスを一つくれて彼女を「監禁」し
ているストーカーは出かけていってしまった。
８
携帯が鳴っている。発信人を確認して「アバッキオ」はひとつ咳払いをして取った。
「あー、おれだ」
「アバッキオ、あんた大丈夫なんですか？」
「あ、ああ」
「例の流行病の調査で下手打ってやられたってホントですか？」
「ブチャラティには言ったけどな。伝わってるんだな？」
「ええ。落ち込んでるからそっとしといてやれって。そんなにダメージが大きいんですか？」
「ああ、こりゃ精神的にクるな。……だが、体もキツイ。ちょっとしばらく出歩けねえ感
じだな。迷惑掛けて済まん」
「いえそんな……ブチャラティ、あんたんとこ行ってます？」と、フーゴが探るように尋
ねてきた。
「ああ、なんか異常に親身で気持ち悪いぐらいだぜ？」
ちょっと、苦笑が唇の端に上った。
「なんだ、そうですか。そうですよね。
……当然です。あのひと結構あんたのこと大事にしてますし」
あからさまに声音が明るくなるのにアバッキオはいぶかしく思って尋ねてみた。
「なんかあんのか？」
「いえ。…………ブチャラティは、あんたのところで仕事とか、してるんですよね？ 最
近アジトにも寄りつかなくて。携帯鳴らしても電源切ってるし」
そういえば、あの忙しい男が、この部屋では携帯を使っている様子はほとんどなかった。
恋人への礼儀は地味に守っていたようである。アバッキオにとっては有難迷惑だが。
「なんか気ィ遣いすぎなんだよな。言っとくぜ」
「……いえ。………………ちょっと、街でヘンな噂になってて」
「ハァ？」
アバッキオはぎくりとする。窓の側へも寄ったことはないが、声などが漏れているのだ
ろうか。この姿になったことが、街の噂になっているということだろうか。
「…………いえ」
フーゴはためらっている。しかし、彼には確信がある。フーゴの電話の要件がこれなの
だと。
「言えよ」
「…………これは複数の筋からの情報です。決して怪しいものではないはずなんです」
フーゴはまだぐずぐずと前置きを言っている。
「殴んぞ？」
「ブチャラティが、どっかで女性を引っかけて……夢中だと。
クラリッサの店の情報だと……下着の一枚から貢いでるそうで。
でッ、でもッ、あんたのうちにいて看病とかしてるんでしたらデマですねッ、ホント、
ありえませんよね、ハハハッ」
しまいにはフーゴは乾いた笑いに紛らわす。
……そのパンティー今おれ穿いてるよ。ってゆーか穿かされた。
アバッキオは深い深い溜め息を腹の底から吐いた。
行き届いた心配りで不自由なく過ごせたのだが。そういう、女の細々したものを全部調
達したのは……やはりブチャラティ本人だったようだ。
「呆れないでくださいよ。これくらいのことの事実確認もできないほどあのひとここ２日
行方不明だったんですから」
「そりゃ、悪かったな、おれのところに引き留めて」
「いいえ。これで解りましたから」
フーゴは露骨にすっきりした様子を電話口ながら見せる。
「だいたい、ブチャラティが半死半生のあんたをほっといて女なんかにうつつを抜かすわ
けがないんです」
……いや、おれには抜かしてたけどなってなに言ってんだおれ。
アバッキオは突っ込んでしまってその内容にまた打ちのめされている。
「あ、半死半生って言っちゃってすいません。そんなに重傷でもないですよね？」と、フー
ゴは関係ないところに気を遣って見せた。
なおも言葉を継ぐ。
「ブチャラティはあんたを大切に思ってますよ、ホント」
「大切にって、おまえ」
アバッキオはそこに過剰反応する。
思いがけなく欲望を刺激する姿形の生身の女に、ちょっとタガが外れてしまっているだ
けだろう、アバッキオはそう認識しているが。
「だって、やっぱり年が近いし。やっぱり子供のぼくらじゃちょっとした子供の頃の話を
するにも世代が違いますしね。子供の頃の４年って大きいですよ、小学校だって、ぎりぎ
り一緒に通ってる時期があるかどうかですし。酒はなんとかアジトとかで付き合えても、
外にはちょっとおおっぴらにはついていけないし。あっちのほうだって、ねえ。娼館まで
お供したのってあんただけですよ。
あんたは社会人の経験もあったし、そういう苦労とかの話も打ち明けてできるでしょう。
あんたが入って、解ったんですよ、ぼくら。ブチャラティはほんとに一人で頑張ってきて、
誰か心の底を見せて付き合える相手がずっと欲しかったんだって。
ちょっと、ぼくらへこんじゃいましたけどね」
軽く笑ってフーゴは言ってのけた。
娼館にまで連れて行かれたのを知られていてアバッキオはかえってへこむ。心身共に回
復していなくて恥ずかしい仕儀に至ったのは、さすがに秘密にしてくれているようだ。
「だから、あんたが下手打ったって聞いて、ブチャラティが顔色変えてすっとんでったか
ら、しばらく２人にしといてやろうって３人で決めたんです。ええ、ミスタも真面目にパ
トロールこなしてますから。ご遠慮なく。そんで、はやく体治して仇を討って復活してく
ださい。……できれば年内に。ナターレの見回り強化した方がいいって言いだしたのあん
たですからね。自分が言い出したことには責任持ってくださいよ？」
「ああ……解った」
「じゃあ、ブチャラティがそっちに戻ったらこっちに連絡入れるように言ってください。
目に余るようでしたらポルポさんに言いつけますって」
「そりゃ、怖い」
「当たり前です」
余裕を取り戻して、フーゴは通話を切った。
……誰か心の底を見せて付き合える相手がずっと欲しかったんだって。
フーゴは１３で組織に入った。すぐさまブチャラティの側近に回されて、ずっと近くに
いて彼を見てきた。そのフーゴの言葉だけに、信頼できるものはあった。
銀髪の佳人はようようベッドから下りてみる決心が付いた。
９
今日もブチャラティが泊まるなら魚。いい鮭が入っていた。ブチャラティは自分がリン
ゴが嫌いだから、差し入れにもリンゴを持ってこない。そろそろあのしゃりしゃりした感
覚が恋しくなっている。もう市場は冬の景色だ。葉物の野菜が減ってきて、煮物用の根菜
が目に付く。潰したジャガイモが食べたくなるのは母方の血のせいか……。
歩き始めると市場の活気に乗せられるように気分が浮き立って、「アニェーゼ」はしば
らくは無心に食料を買い集めた。
「アニェーゼ」は街の人が遠巻きに噂しているのを居心地悪く感じた。自分の姿はやはり
異様なのではないか？ もしかして、もとの背の高い、筋肉の付いた体に無理矢理まるい
乳房だけ付けた異様な体になっているのではないか？ 無精ヒゲの生えたむさ苦しい顔に
戻っているのではないか、それとも、さらに変化が進んで、けだものの耳や、羽毛、長い
尾が生えてきてしまっているのではないか。
下着は買い与えられたものを付けているけれど、衣服はいつものアバッキオの部屋着を
着て出てきた。随分丈が余ってしまって、見苦しくなっているのだろうか。
冷や汗が頬を伝う。
鏡はないか、と店頭をきょろきょろしてしまう。
「プリンチペッサ！」
お姫様、という声が聞こえた。
お姫様のような美人が来ているのだろうか、こんな下町に。そんな女性と、行き会いた
くない。こんなまがい物の体で、美しい非の打ち所のない女性と向かい合ったら、我が身
の情けなさで地に倒れ伏してしまうだろう……。
「お姫様、どこから来たんだい？」
親しげに声を掛けてくるのは、この店の親爺だった。
「具合でも悪いのか？ 陰で少し座っていくかい？」
「おれの……こと？」
「そうだよ、氷河の国のお姫様。ここいらで見ない顔だが、誰かに会いに来たのかい？」
「あ、ああ、そうだ、あにきが病気で」
慌てて打ち合わせていた通りを口に出す。
「アバッキオの妹なんだ。たちの悪い風邪でやつがぶっ倒れて、面倒みるために田舎から
来て貰った」
落ち着いた、張りのある声が降ってきた。
「そんで、おれの恋人だ。な？ アニェーゼ」
「ブチャラティ」
自分より小柄な南部イタリア人を、こんなに頼りに思うことがあろうとは。庇うように
両肩から首の前に回された手をしっかりと押さえて、アニェーゼは切ないような気持ちに
なっていた。
「ああ、それでか！ 初雪の精かと思ったぜ。よく似てる」
気のいい親爺はイタリアーノ丸出しの性格で地元のギャングのリーダーの恋人を誉めあ
げる。
「一目惚れなんだ。優しい子だが、内気で困る。アニェーゼ、ダヴィデさんにご挨拶しろ
よ。
だが、この子に手を出したらあにきが怖いぜ？」
手だけでくるりと向きを変えて、アニェーゼを庇うように腕の中へ抱き込みながら、ブ
チャラティは少し照れたような顔を作ってみせる。アニェーゼは慌てて、小さな声でこん
にちは、とやっとやっとで言った。
「解ってるよ。あんたの恋人でアバッキオの妹なら、この街でちょっかいをかけるような
ヤツはいないさ」
「そうしてくれるといいな」
買い求めた夕食の材料をみな持ってくれながら、ブチャラティは機嫌良く付き従ってき
た。
「だめじゃねえか、勝手に出歩いたりして」
「なんか……作ろうと思って」
「いいんだよそんなことは。ただ坐っててくれ。……ああ、可哀相なあにきの世話のして
やってくれな」
ことさらにブチャラティは顔を近づけて囁きかける。
「熱いねえ、まったく」
ダヴィデが声を掛けて２人を送り出した。
精神が立ち直れば、朝はアバッキオの方が規則正しく早い。着替えて洗面も済ませたア
バッキオが枕元のカーテンを引き開けると、下から手が伸びて胸元を確かめた。
「おはよう、アニェーゼ。今日もいい乳だな」
悠々と四肢を伸ばし、完全にベッドを自分のものにして、ブチャラティが微笑んでいた。
「ばっかやろう。朝からそれしか言うことがねえのかッ」
振り払った手は屈託なく足の付け根を探り当てて、
「今日もいい……もがッ」
枕でぶん殴られて、乱れた髪の奥から青い瞳がまだ笑っている。
「フーゴが怒ってたぜ。これ以上さぼるんならポルポさんに言いつけるって」
「そりゃ、怖ええ」
ベッドの上に身を起こして、けろりと若きギャングのチーム・リーダーは笑った。
「仕事しろよ。おれはちょっとひとりで考えるから」
「だが」
「解ってる。うちにじっとしてるよ」
「そうしてくれ。なんかあったら携帯鳴らせよ？」
あっさり引き下がってくれて、アニェーゼはほっとした。
１０
アニェーゼはベッドに腰掛けて、眼を閉じた。深く思考を巡らせる時のくせだ。
フランスの、哲学者が昔、難しいことを考えた。
この世にあるものを、疑い倒す。
この目に映るものは、皆幻覚だ。手に触れるものも、耳に聞こえる音も。今まで確かに
あると思っていた常識も、伝え聞いた歴史も、絶対の規範である神すら、幻でしかないと。
全てのものを疑って、疑って、この世の全てを拒絶して。
その底に残るものはなんだろう？
彼は、ただ闇の中で疑い続ける自分の不動の意識の存在を発見した。
アニェーゼも、心をまっさらにしてみようと思った。
もう自分は男ではない。鍛えた体も失った。レオーネ・アバッキオとして得た地位も信
頼も、とうに失ってしまっていた。なんにもない自分。
体を鍛えても鍛えても鍛えられなかった弱い心も、必要ない。
か弱い女の身体になって、名前を失い、寄る辺ない身になって、何を大切にしたらいい
だろう？
……スタンドは、まだ出るだろうか？
もしスタンドが出なかったら、その時のことを考えて、まだ試せないでいる。今まで部
屋にはいつもブチャラティがいて、彼女を監視していた。ブチャラティに、スタンドが出
なくなったと言うことを知られたくなかった。
スタンド能力者としての自分は、まだ残るだろうか。
スタンドがあれば、チームにはいられる。
ブチャラティの側にいることができる。
ほんの少し、心に灯りが点ったのを感じて、アニェーゼは狼狽える。
ブチャラティに対する気持ちが残っている。
自分を拾って、居場所を与えてくれたひと。尊敬の気持ちは持っていた、命を懸けても
いいと思っていた。
女の身体の自分に強い執着を見せてくれた。そして辱めを与えて……
……あれは辱めだろうか？
ブチャラティとしては、とりあえずは本能からの行動としても、悪意はなかった。むし
ろ好意からだと言い張っている。ずっと、恋人に対する態度を示してくれている。それは
性急で強引で、とても付いていけないけれど……殺してやりたいほどの憎しみは感じない。
男同士だから許されないという枠は、女の身体になることによってもう超えている。
だからって、あんなに急に。そして、容赦なく何度も。
怒るべきなんだろうか、絶対許してはいけないんだろうか、そんな規範やら嗜みやらこ
そが取り払うべきもので、まっさらになるということはそれに惑わされずに自分の心をみ
つめるということで……
真っ直ぐ自分に心を向けてくれるのは嬉しい。
率直に自分の造形を褒めてくれるのは嬉しい。
大切に体の隅々をいとおしんでくれるのは嬉しい。
ブチャラティに愛されるのは嬉しい……。
だが、ただただ守られるだけの存在になるのはいやだ。それは、自分のプライド。自分
のことは自分でする。それでこそ自分というものが存在する意味がある。自分がイヤだと
思うことを自分にも、他人にも許さない心、それが自分の拠って立つ基盤。それを失って
は自分ではない。
閉じていた眼が、ゆっくり開かれた。
それが、心の底に残った真実だった。
１１
「やっぱり来たか」
その夜、訪れたブチャラティにアニェーゼは毒づいて見せた。
「やっぱりってのはなんだ？ ご挨拶だな。
おれのきれいな恋人、今日はおまえと離れていて寂しかったよ。やっぱみんなにも話し
てチームに顔出してもらうか」
ブチャラティは構わずに言葉を並べ立てる。今夜もご機嫌だ。
「やめろ。スタンドも出ねえのに」
恥ずかしくなって、アニェーゼはかぶりを振る。
「出ないのか？ 本当に？」
ジャケットを脱いで掛けながら、ブチャラティは何気なさそうに尋ねてくる。もう能力
者としてのアバッキオを必要としてはいないかのように
「いや、試してみてないけど……怖くて」
「なんだ」
ふと笑って見せたブチャラティは、アニェーゼに頬を寄せてきた。
もう、その気になっている。
「……なあ、どうなんだよ？」
「……ッ、ンンッ」
「ここんとこ、イイだろ？」
ブチャラティはしきりに責めるが、ベッドの上の美人は意地でも反応を示さないようで
ある。
「舐めて、……みろよ？ わかる……ん、だろ？」
苦しい息の下から、薄青い目を開けて見上げ、挑発する。
「判ってっから聞いてんじゃねえか」
２人の肌の間からは、淫らな音がハッキリと響いている。
「だっ……たら、いいだろ、別に……ッ」
「おまえの可愛い口から聞きたいんじゃねえか。ここか？」
「やめッ……クッ……ッ……………アァッ！」
「うわ……だからイク時には言えよ、あーあ、搾り取られるところだった」
「……言えるか、バカ」そんなはしたない真似、と恨みがましい目つきでアニェーゼはブ
チャラティを見上げる。腰から下がだるくて動かせない。
「強情な子羊ちゃんにはお仕置きしちゃうぞ？」
「ヒッ」
まだ敏感な芯をつまみ上げられてアニェーゼがびくんと震えた。
「そう、腰上げて」と身を入れ替えて潜り込むと、胸元まで顔を進めてきた。
「子羊なのにこーんな立派なおっぱいして。けしからん。ちょっと絞ってやろう」
「えッ？」
「ぎゅう〜」
下から両手で乳房を握りしめて、乳搾りの真似事をする。
「ちょッ、待てッ、あんたなにを、痛い、痛い痛いッて、やめ〜〜〜ッ」
アニェーゼは必死にふりほどこうとするが、下半身に力が入らないために効果はなかっ
た。
「出ねえかな？ 出たらいいのに、ちょっとぐらい」と、けしからぬリーダーは舌を出し
て吸い付いた。
「この変態ッ！ やめろッ、ムチャ言うなッ」と、異議の申し立てはそれくらいで、言葉
は次第に意味を失っていく。
「や、あ、あ、んッ…………んッ……ん？ ちょ、あんたなにをッ？ あぁッ……」っと、
意識に靄がかかるとまた新たな形に導かれている。
「ほおら、入った、入った。ちょっと自分で動いてみろよ、馬乗ったことねえか？ 背筋
まっすぐ立てて、そう、いい子だ……」
「なんてこと……こんな、淫らなッ」と、息も絶え絶えにされる。
「淫ら、淫ら、ああ、いいぜ……どうよ？ 脳天まで貫かれるようだろ？」
「この……野郎……ッ、いや、もうだめ、もう、……もう突かない、で、壊れッ、る……」
「壊れろッ」
もう後がないかのようにお互いの体を極め尽す２人だった。
１２
「ブチャラティ、あんた、心をまっさらにして考えろって言ったな？」
やっと静かなひとときが訪れて、アニェーゼは話し出した。
「ああ」
「今日、考えてみたよ」
「ああ」
ブチャラティはもう意識を手放したがっている。礼儀の返事だけが返る。
「これだけは譲れねえってことが、あったよ。
あんたには悪いが、この始末は自分で付けさしてもらう」
しばらくあった後、溜め息が返った。
「おまえは頑固だよな。これだけは譲れねえ、これは許しちゃおけねえ、そればっか抱え
て、両手が塞がっていつもおたおたしてる。なんも持つなよ。それでも生きてこられる……
おれみてえに」
「ブチャラティよ、あんたはなんでも組織のために切り捨てて、自分の心なんかないみた
いに言っちゃあいるが、人間それはありえねえだろうがよ」
「ああ、そうだな……今度のことで解ったよ」
手を伸ばして、脇に絡めてきた。アニェーゼはそれを振り払わない。
「おれのことじゃなくて！
人間として、これは許せねえ、組織のことでも、これだけは聞けねえってことがあった
ら、……その時はおれに言えよ。おれはあんたのものだから。おれだけはあんたに付いて
いくから」
「おお、頼もしい言葉だな」
微笑んで、手は後頭部まで上がって頭を近づけ、キスになる。と、そのままとうとう手
は動かなくなり、忙しい男は眠りに落ちたようだった。
「怒るかなぁ。まぁ、一生このまんまって訳にもいかねえしな」
その端正な顔を見下ろしながら、アバッキオは心を決めていた。
１３
久し振りに真っ直ぐ見つめてくるその目を見たときに、ブチャラティはもう覚悟を決め
た。
「出る。あの女をぶっ飛ばして来る。止めねえでくれ」
「ああ……」
ブチャラティは一瞬寂しげに目を瞬かせた。
「服、調達してくれ。動きやすい服な？」
「解った」
「絶〜っ対！ おれとは判らない格好にしてくれッ」
「ああ」
ブチャラティは恋人の最初で最後のドレスアップを頑張ったようだった。
モーヴのラムウールのニットはふんわりとオフタートルで白い首筋をすっきり見せてい
る。シンプルなシルエットが豊かな胸とくびれたウエストを引き立たせている。チャコー
ル・グレイの長いタイトスカートが全体のシルエットをＩの字にして脚の長さを印象づける。
「そら、伊達メガネだ。賢そうだろ？ ネアポリス大で法律を専攻してる感じだ。クール
で、正義感が強くて……ギャングには見えねえよ」
ちょっとくちづけて、頬を滑った指は手ぐしで長い髪をまとめて緩く三つ編みに編む。
右側に寄せて、首の横から前に出した。
「いろっぺえ」
機嫌良さそうに微笑んで、ブチャラティは口紅まで出してきた。
「いつもより優しい色でも差してみろよ」
ほんとうに女らしいローズの口紅。なんでこんな目に、と眉尻を下げながら、アニェー
ゼは鏡を見てルージュを引いた。
「上出来」
そこまではエスコートを、と言うのを断らずに肩を並べて歩いた。ほんの数歩のうちに、
ブチャラティから手を絡めてきて、繋いだ。
「ムーディちゃんはもう出ねえのか？」
「出る、大丈夫だ。昨夜見た」
「なんだ……」
だが、ムーディ・ブルースでは戦闘の役には立たない。
ブチャラティはしばらく手を取ったまま歩いていたが、ようよう口を開いた。
「なあ、アニェーゼ、無理に行かなくってもいいんだぜ？」
「そんなわけにはいかねえよ」
「相手はどこの組織のもんか判んねえんだろ？」
「そういうんじゃねえ。別口だ。だが、野放しにしておくと危険な能力者だ」
「解った。済んだら復命に来いよ」
「ああ」
「愛してるぜ」
「バーカ」
角のところでちょっと手を振って見せて別れて、麗しの子羊は出陣した。
自分を生まれも付かぬ姿にしてくれた仇の能力者を探して、アバッキオは街を歩き回っ
た。と、いくらもしない間に、「彼」の望みは果たされた。
「この国の男性は女性に優しいと言われていますが、それは、男の感性、男の論理の上で
のこと。それは女性を対等の相手と見なしていない間違った尊重の仕方なのです！」
カフェのテラス席でいちゃつく男女に余計なお世話の啓蒙行為をしてやっている金切り
声に、少しずつ、人だかりがしはじめている。
「そ、そんなことはねえよ？ おれは女性を尊重してるさ。男より大事に思ってるぐらい
だ」
「じゃああなたも女性になってみたらいかが？ そうして、男性に大切にして貰う経験を
したらよいでしょう。きっと、どれだけ歯がゆいものか身を以て知ることができるでしょ
う」
「待ちな！」
ブルネットを短く切った女性が振り向いた。
「あなたも女になってみた？ どう？ いかに女性が不当に虐げられているか解ったことでしょう！？」
忘れもしない！ 頬のそそけた、ショートカットの女。目だけがぎらぎらとしていて、
美しく装って自分と周囲に心地よい外見での印象を与えることを拒否している。女性とし
ての優しいたたずまいを拒否することが自分の使命と思いこんでいる主義主張がそのまま
外見に現れて、自然、負の波動を発してしまっている。
「ライク・ア・ヴァージンッ！」
下着に見まごう肌も露わなコスチュームの金髪女性のヴィジョンが表れる。唇を尖らせ
て、キスを送る扇情的なポーズを取る。彼女が否定したいであろう、女性のある種の典型
的な姿。彼女には自分のスタンドが見えないのだろうか。
「あんたの言いたいことは解る。女がいろいろ大変だってのは身にしみて解ったよ。……
だが、
やってることはテロリストも同じだ」
うるさそうにアバッキオは足を進めて彼のスタンドを出してためらわず相手のスタンド
に拳を叩き込ませた。顔を覆った蠱惑的なスタンドは瞬時に霧散する。
「よそでやってくれ。
あんたがおれを女にしてくれたのは意味があったな。……女なら女を殴っても問題じゃ
ない」
容赦のない拳がブルネットの女性の頬に振るわれた。
「……んッ」
能力者がもんどりうって気絶すると、アバッキオは体を震わせた。慌ててその場から遠
ざかる。彼の体を変えていた異変が能力者の失神とともに終わりを告げたらしい。少しの
苦痛をもとの体を回復できる喜びで耐えて、アバッキオは本来の性別に戻った。
１４
ブチャラティはアジトのオフィスで今日も書類をやっつけていた。寝込んだアバッキオ
の看護と称してずっと詰めていたから、書類仕事が溜まっていたのだ。
上から回ってくる指示書、注意書き、支部のチーム間での情報・連絡。パトロールに出
ているナランチャやミスタからの報告書……。
と、表のドアが開いた。階段を登ってくる足音がする。ゆっくりとした、体重の載った
音。それは、彼が頼りにしている大切なひとの足音。それは近づいてきて、部屋の外で立
ち止まる。ノックの音。
「入れ」
穏やかに、入室を促す。少し身をかがめて、銀の髪のライオンが入ってくる。もう、彼
は子羊ではない。
「終わった。もう、元に戻った」
「そうか」
それを一瞥して、ブチャラティは仕事に戻る。ほんの数日だけの、彼の恋人に心の中で
別れを告げる。さて、彼の親友で部下は、もとの彼に戻ってくれるだろうか。１発２発顔
に喰らうぐらいは覚悟しているが、永遠に彼のもとを去ってしまうだろうか。
「どうした？」
立ちつくしているアバッキオに目を留めて、ブチャラティは腰を浮かせる。もう彼は自
分の気持ちに気づいてしまったので。ほんの少しも、彼を無視してはおれないので。
彼は立ち上がって２，３歩足を進めると、真っ直ぐアバッキオに対した。
「それで、おまえは、どうしたい？」
彼を見つめていた片想いの相手は、やっと心が決まったように口を開いた。
……来る！
本能は眼を閉じて痛みを逃がそうとするが、ブチャラティの意識はほんの少しも愛しい
相手から目を逸らすことができないでいた。
消え入りそうな声で、震える目蓋に少しの媚びを乗せて、アバッキオはやっと口に出し
た。
「抱いてくれ」
痛みを堪える表情でその言葉を受けたブチャラティは、眉を開いて、笑みを浮かべた。
「ああ」
ブチャラティは、両手をさしのべて恋する相手を迎え、抱きしめた。
（２９−０３−１０）
おまけ
「レオーネ、おまえはほんとうに甘っちょろいやつだな」
ドアをジッパーで開きながら、彼の大切な上司が部屋に乗り込んできた。
「あの女、まだこの辺りをうろうろしてるみてえだぞ」
「ああ……あんたッ！？」
「まあ、おれは楽しませて貰ったからあの女に感謝しこそすれ恨みはねえからな」と、胸
元を押さえていた手を外してみせる。
「畜生、こんだけにしかならねえなんて、あの女手を抜きやがッたかな？
……おまえ、巨乳趣味はなかったよな？」
スレンダー美女になったリーダーは、小首を傾げてアバッキオを見上げていた。
「約束だからやらせてやるよ」
「い、いいッ」
思い切り顔をぶんぶん横に振って、アバッキオは飛び退いていた。
「遠慮すんなよ」
一歩で近づいて、ブチャラティはアバッキオをその手の内に捕らえた。
「おれがおまえとやりてえんだよ。な？
畜生、届かねえ、屈んでくれ」
せいいっぱい首を伸ばしても届かない愛しい部下の唇に、ブチャラティは命じた。
厳かに、それは下りてきて重なった。
ａｎｃｏｌａ（もういっちょ）
うっかりチームの皆に会わせていたりすると、後が大変。
「うひょ〜美人！」
まずミスタが反応して、ブチャラティは露骨に牽制する。
「アバッキオの妹だからな！ 手なんか出すんじゃねえぞ？」
「おいくつなんですか？」
さすがのフーゴもちょっと頬を染めて尋ねる。
「２０……」
うっかりアバッキオが素のままで答えると、
「えーっ、じゃあ双子なの？」とナランチャが短絡する。
「ちがッ、従妹だ従妹！」
正直者は慌てた。
「複雑なうちみてえだよ」と、訳知りにリーダーがごまかした。
「スタンドはねーの？」
無造作にミスタが尋ねた。
「スタンド？」
アバッキオは素で小首を傾げた。出るかどうか解らないし、出たとしても元通りのムー
ディ・ブルースなんだろうか？ 女性型のムーディもなんだか見てみたい気がする……。
「ちょっと！ 普通のひとにそういうこと言っちゃ混乱しますよッ」
フーゴが慌てて紛らわしてくれて、ブチャラティはホッとした。
そして、彼女はそれきりアジトには現れなかった。
「アバッキオ、あんたそれでどうしてたんですか？ 寝込んでるって言うわりには一度見
に行ったら部屋にもいなくて」
事件が片付いた後、フーゴがさらりと聞いてきた。
「あいつが、おれの妹を無理矢理……しやがったから、飛び出して……外をぶらついてた」
アバッキオは考えていた言い訳をもそもそと口にする。
「ああ、そうですか。無理矢理はいけませんよね。あのひともらしくないことをしたもん
です」と、フーゴはあっさりと流した。
「結局おれはあいつの側にいるしかないと解って」
「そうですね」
フーゴは短く返した。
「アニェーゼって、あんたの妹でしたっけ？ 従妹って聞いた気もしますが」
「妹みてえなもんだッ」
突っ込まれて、すぐさまアバッキオは狼狽える。
「そうですか、よく似てました。顔立ちだけじゃなく、ちょっとした仕草ひとつひとつが
ね」
淡々と、参謀は彼を追い詰める。
「そうか？」
「ええ。あんたんちって、ドアが小さかったでしょ？」
「ああ、田舎家なんでな……それが？」
「背が伸び始めた頃、よくドアのところに頭をぶつけた？」
「そうだ」
「あんたって、ドアを通るときにことさら身をかがめるんですよね。それは、背が高いか
らくせになってるんだと思ってたんですが」
「あ、ああ……そうかもな」
「アニェーゼもなんです。彼女、背は、まあ、このへんの女性にしちゃ高いですが、それ
でも、ドアにぶつけるほどじゃあないのに、ドアを通るとき必ず身をかがめるんです。そ
れが、あんたとまったく同じ仕草で……アバッキオ」
「な、なんだッ！？」
虚を突かれたアバッキオは震え上がった。
「ぼく、あんたとアニェーゼとに同時に逢ったことないんですが」
フーゴの青い眼が。彼をじっと見つめていた。
「しょうがないだろッ！ 話を聞いてすぐに飛び出したんだからおれはッ！」
「そして彼女が姿を消すとすぐに帰ってきたと」
「なんだよッ」
「……あんたも波瀾万丈な人生ですね。警官になったりギャングになったり……女になったり」
最後にはずばりと小声で斬り込んだ。
無言のままに肯定するのをつめたい目で確認して、フーゴはそれきり書類仕事に意識を
戻した。
「ぼくには関係ないことですから。ぼくはブチャラティが幸せなら別にどうでも」
「……幸せ、なのか？」
「蕩けるような顔してました」
「そう、か」
蛇足。
「女の身になってみれば」というキーワードに後付で持ってきたマドンナの名曲ですが、
コリャ意外と行けたな。どちらかと言えば本編「その朝」シリーズのおねえさんのブチャ
アバ・ソング。
「ヴァージンの時みたいな気持ち」って。文字通り荒野を歩いてきたようなブチャおねえ
さんが初めて出逢ったサイコーに感じさせてくれる相手って、ヴァージンってそんな感じ
るものかな？ よう知らんけど。
これを書くために頑張ってユーチューブで流して聞いていたけれど、マドンナさんの曲
はどっちかっていうと「マテリアル・ガール」の方が好き。歌詞といい、メロディのノリ
といい。まあその辺は好きずきで。
女になったアバッキオを見てしまったら、抑えていた気持ちのタガが外れてしまった幹
部という話で、エロエロな展開になるはずが、やっぱり深く悩む話になってしまって。わ
たしにエロは無理と、裏まで作ったのにどうもすいません。
でも、各所で見る女体化アバッキオはどれもこれも色っぽくていいですなあ。あのジャ
ケットの前部分は、おおきなおっぱいのためにあるんですよねッ！？ ナランチャとかフー
ゴは貧乳派も巨乳派もいるのに、アバッキオ貧乳絵はほとんどなかったです。流石皆さん、
解ってらっしゃる！ ってことで、アバッキオのオッパイに食いついて離れない幹部がで
きました。でもいろいろ鬼畜ぅ！ これは拒絶反応示されてもしょうがないわ、という意
味の裏でもあります。ごめん。
冗談じゃねえッ 帰る