知恵袋
その朝（１７）
１８禁な内容なのでよい子は読まなくてよろしい。
天然なおねえさんと真面目男のバカップルなお話
「大丈夫、おまえは何も考えなくていい……」
優しい微笑みで、彼女は抱いてくれた。汚れきった身体を、いとおしむように抱きかか
え、出土した貴重な遺物のように大切に扱ってくれた……。慈愛のようでいて、それでい
て、官能もまた確実に導かれ、呼び覚まされた。新鮮な体験だった。
それからずっと、お互いの負担にならないように、遠慮がちに結んでいる関係は続いて
いるが、アバッキオはどうも困惑している。
「ブチャラティ、あの、あのな……」
年少組が解散した夜９時過ぎ。人気のないのを見計らって、アバッキオは恋人にお願い
をすることにした。
「どうした？ 今夜はもう上がっていいぞ。……あとでな」
最後に付け加えた小声の一言は、艶めかしい。１年越しの片想いと公言するだけの想い
は、本当に抱いてくれているらしい。
二人っきりの時は、本当に、素朴な甘え方をしてくれるし、下へも置かない尽くし方を
してくれるし。ただ、本当に、特殊な育ちをしたせいか、変なところで世間知らずで、変
なところで変な知識がある……。それが不快というわけではないのだけれど。
「ああ、あとで、行くけど、行ったら、その時は……。
なあ、……ええと、フ、フロラ、あんたは、おれのこと、大切にしてくれてるよな？」
「ああ、こき使って済まない。どうした？ なにか欲しいものでもあるのか？」
本部からのややこしい書類を睨んでいたブチャラティは、目を上げて、かがみ込んでい
る色男を見上げた。
アジトの２階の事務を執るための部屋。ちょっとした書棚とキャビネが置いてあって、
日中は誰かが音楽なんか聴きながら留守番をしていたりする。テーブルの端には、誰かの
置き忘れた雑誌がまだ１冊残っている。
「いや、そうじゃなく……もう、拾って貰って随分になるから……」
「ああ、そうだな。今度食事にでも行こうか。通りの端にうまい魚料理を食べさせる店が
あるそうだよ」
「ああ、それもいいが、おれは、おれはあんたがいればいいから……」
「欲がないな。おまえがいるだけで満たされるのはわたしの方なのに。なにか足りないも
のがあるならすぐに言ってほしい。出来る限り努力はするから」
真っ直ぐに目を見上げて、素でそんなことを言う。
「じゃあ、あの………………」
言おうとするが、真っ正直に想いを寄せてくるブチャラティに対して、あまりにも自分
の要求は生々しいようでとても口に出せない。根は真面目な大男はただ真っ赤になって口
ごもるばかりだ。
真面目だから困っているのだが。
「なにか悩みがあるのか」
とうとう、ブチャラティは書類をまとめて片付けた。椅子を引いて向き直り、真っ正面
からアバッキオを見つめる。
いよいよ大男は困り果てる。
「言ってくれ。お願いだ。おまえが悩む姿はもう見たくない」
「いや、たいしたことじゃない」
恥ずかしさに、アバッキオは顔を背けた。
「遠慮するな。わたしとおまえの仲じゃないか」
「……軽蔑されそうだ」
「そんなこと！」と、ブチャラティは席を立って、すぐさま距離を詰めて頬を寄せる。
「そんなこと、あるわけがない。わたしのレオーネ。おまえの全てを受け入れると、言っ
ただろう。信じられないのか」と、両の手で頬を挟んで、鼻も触れそうな距離で見つめる。
「そんなことはない！ けれどあんたはあんまり無垢だから……」
真っ直ぐの真心で愛しんでくれるから、申し訳なくて口に出せなかった。
「言ってくれ」
瞳の力に負けて、条件をつける。
「軽蔑しないと……」
「もちろん」
約束を取り付けても、まだ、アバッキオは唸っていた。
やがて、耐えかねて、消え入りそうな声で言った。
「……たまには普通にやらせて欲しい」
「普通って？」
ブチャラティはごく無邪気に問い返したが、ふと、自分のスタンドを呼び出して、部屋
のドアを切り裂いた。
「スティッキィ・フィンガーズ！」
「忘れ物ですっ！ その雑誌、ぼくの！ 今日買ったばかりでまだ読んでないんです！」
顔を朱に染めたフーゴが、直立不動で叫んでいた。
瞬時に顔を覆ってへたり込むアバッキオに代わって、ブチャラティは自分のスタンドで
物知り少年を羽交い締めに引き留めた。
もちろん、外へ通じるドアはちゃんと閉めた。
「ぼくはなにも聞いてません！」と、顔色を見ればバレバレのことを言うフーゴの頬をぺ
ろりと舐めて、ブチャラティは言い訳を封じた。
「普通って、なんのことだ？」
ごくごく素直に不思議そうに、ブチャラティは聞いてきた。
「知りません！」
「いや、もういいから！」
サラウンドで二人は叫んだ。
「待て、今までの様子からみると、とても恥ずかしい内容のようだな……あっちの話か？」
と、女幹部候補生は縄張り内のいざこざを取りさばくときのような真剣さを見せる。黙秘
する二人を前に、よせばいいのに順を追って推理してみせる。
「普通にしたいということは、今までのが普通じゃなかったってことになるな……そうだ
な？」
「ぼくは関係ないですから、誰にも言いませんからもう帰してください」
黙ってかぶりを振るアバッキオの横で、フーゴが泣きそうな顔をした。
「関係なくない。ここはチームの参謀たるおまえに役だって貰わなくては。頼む」
真面目に頼み込まれて、フーゴはいよいよ消え入りたい。
「そしてアバッキオ、おまえは、それが不満だった、そういうことだな？」と、ブチャラ
ティは畳みかける。
「悪かったな。もっと早くに言ってくれたらよかったのに。
それでフーゴ、普通のやり方ってのはどういうものなんだ？ わたしの知るやり方は間
違っているらしい」
「知りません！ あんたたちがどんなアブノーマルなプレイをやってるかなんて、知りた
くありません！」
涙を流さんばかりにフーゴは身もだえして、なんとか逃げ帰ろうとしている。アバッキ
オの方は、もはや何を言う気力もなく、極限まで縮こまって、穴があったら入りたい心地
を体現。
「だって、普通がどんなのか知らなかったら、アブノーマルかどうかなんか解らないだろ
う。げんにわたしはポルポさんの言うとおりに……」と、ブチャラティは漏らした。
……ああ、やっぱりポルポに仕込まれたんだな、と、二人は密かな疑問の答えを得て心
中肯いた。
すぐさま手を挙げて遮って、
「もしかして、その、女性の方が、上、とか」と、天才児は極力婉曲であからさまでない
言い方を選んだ……つもり。
「そうだ。わたしが奉仕してやりたいんだから」と、ブチャラティは素直に認めた。
……そうだろうな。ポルポの身体にのしかかられたら普通の女は潰されるだろう。
二人は素直に納得した。
「ええと、普通は、男性が組み敷くんだと思います。映画とか、見たことないんですか？」
冷静に、冷静に、と呟きながら、フーゴは指摘した。
「そんな余裕があるか。おまえだって、ここに来てからはオペラも一幕見ばっかりだって
この前零してたじゃないか」と、ブチャラティは怒ってみせる。アバッキオはとんだ性教
育に心の底から溜め息を吐いた。
「じゃあ、今日から彼に教わってください。中世の頃だと、普通の正しいやり方以外は異
端だったそうですから。この頭の固い人はものすごく悩んでたことでしょう」
「フーゴ！」
アバッキオは顔を真っ赤にして叫んだ。
「異端だって？」
ブチャラティは真面目に驚いた。
「今はそんなの、何やったっていいんですよ、お互い納得してれば。縛ろうが叩こうが、
別なところを使おうが」
心の底から迷惑そうに、天才児はめんどくさそうに言った。
「もういいでしょ？ 帰して下さいよ。それから、そこにあるぼくの雑誌取ってください。
ああ、『カトリックなんだから自然に任せる』とかバカなこと言ってないで、ちゃんと
用心してくださいよ？ 子連れのギャングなんて笑いものですから！」
緩んだ拘束を恐るべき力で振り切って、天才児は立ち上がると、雑誌をひったくるなり
出て行った。
「……今度ぼくに初体験奢ってくださいよ！ 極上のお商売の女性！ 美人で黒髪の背の
高いひとに限ります！」と、涙目でアバッキオに念押しすることを忘れずに。
言葉もなく坐り込んでいたアバッキオは、こくこくと肯いて見せた。心の中で思ってい
たのは……
……とりあえず、ポルポ、いつか殺してやる！
その教え込んだ技術でいい目を見させて貰っていたことは都合良く棚上げして。
「さすがはフーゴ、物知りだなあ」
ブチャラティはごくごく素直に賞賛を顔で表現していた。
（０９−０２−０９）
蛇足。
封印していた幻の第３作。ポルポショックを書いちゃったので出してみた。
いやそんな、中世だろうが聖職者だろうが、ヤルひとはヤッていたよ？ ヤルやつがいた
から細かくこれ禁止これ異端ってうるさかっただけで。詳しいことは「傭兵ピエール」
（マエストロ佐藤賢一作）を読もう♪ だから宗教改革が起るんだな。
そして、真面目なやつはどの時代にもいます。きっとあなたが思う「高校生でもこれく
らいは普通〜」というレヴェルよりさらに真面目な田舎のお兄ちゃんのアバッキオの感覚
はぬるいです。（その１８「素朴な疑問」ただいま制作中♪ しばしのお待ちを）