Ｏｎｃｅ ｕｐｏｎ ａ ｔｉｍｅ
ＦＳＳ とのＷパロ作品
注 ： できるだけ頑張ってみましたが、この作品をご覧になるときは「ファイブスター
物語」（ＦＳＳ）作：永野護 についての知識がおありになるとよくご理解できるかと思
います。そういうＳＦ的なアレだと……かえってよくご存知の場合はごめんなさい。
今回参考にしたのはこちらのデータサイトさんです。もっとよく知りたい場合はどうぞ→
Ｔｈｅ Ｆｉｖｅ Ｓｔａｒ Ｓｔｏｒｉｅｓ
１
「警告イタシマス。コレ以降ノワタシヘノ攻撃ヲオヤメクダサイ。ワタシニハ星団法ニ従ッ
テ自分ヲ守ル権利ガアリマス。コレ以上危害ヲ加エラレマスト、抵抗サセテイタダキマス。
ソノ際アナタサマニ危害ヲ加エテシマウ可能性ガゴザイマス」
下町の、かたぎの人間なら立ち入りを慎む辺り、酒場や娼館の立て込んだ奥から感情に
乏しい声が切れ切れに上がった。それには、殴打の音が応えた。
「あぁ？ 危害だと？ 加えてみろよ？ 女騎士のダッチハズの分際で、人間様に手を挙
げたりできるってのか？」
「おら、立てよ？ 人間様が許可してやる。でけえ図体して偉そうに。抵抗してみろよ、
ほら？」
「ファティマが人間様に逆らえる訳ないんだからな。黙って殴られてろって」
柄の悪い、酒に酔った男達が、寄ってたかって弱いものに暴力を振るっている、治安の
悪い場所では、よく見られる光景。
「警告シマス、警告シマス……」
立ち上がったのは、ぼろを纏った大柄な青年、と見えた。しかし、赤く爛れてはいるが
端整すぎる顔、人類とは差別化された細い骨格、さらに特徴的な前頭部にはめ込まれたク
リスタルから、戦闘支援用の人工生命体と解る。ファティマだ、男性形の。女性形であれ
ば、あるいは男達にそういう嗜好があれば性的な暴行も加えられていたであろう。そうい
う機能も備えられている、人間に奉仕するための生物。
「ばかみてえにそればっか言ってんじゃねえよ！」と、ボディブローがその腹を襲う。
「掛ってこいっていってんだろこの人形が！ チンポついてんだろうがよ！」
「警告シマス……警告……シマス」
膝からくずおれながらも、ただそれだけを呟き続け、そのファティマは限界に達して機
能を休眠状態にしたと見えた……。
「おい！ おまえら、はぐれファティマを嬲るのもいい加減にしろ！」
知らせを受けてか、駆け寄ってきたものがいた。警察に類する組織か、もしくは、街の
治安を別方向から守っている、そう、ギャングの類。この場合は、後者だった。
「ずらかれ！」
男達は駆け去った。
「騎士だ。はぐれファティマだな？ とりあえずきみの身柄の保護をする。頭を上げろ、
仮マスターとして登録を……」
うっすらと眼を開けた彼は自分を覗き込んでくるブルネットの若い女性の姿を認め、
「マスター……」と呟いた。
「気絶したか。間に合ったかな？」
登録のためにクリスタルに押し当てた自分の人差し指に眼をやりながら、その若い騎士
は彼を担ぎ上げた。
２
５つの恒星によって構成されるジョーカー星団の、ここは惑星アドラー。植民星で比較
的温暖な気候に自由な人々が集うトラン連邦の辺境、ネアポリス。隣の太陽系では星団中
の国家を巻き込んだ大戦が起っているが、辺境ではややきな臭いとはいえいつもと変わら
ぬ腐って自堕落な毎日が続いている。もう文明は爛熟期を経て衰退をハッキリ迎えており、
技術の粋を集めた人型大型兵器モーターヘッド（ＭＨ）とかつての生殖科学の粋によって
作られた戦闘人種の末裔、そして、それらのインタフェイスを担当するために開発された
人工生命体が、国家間の紛争を解決するために惜しげもなく投入されていた。一般人の数
倍の膂力と反応速度を持つ騎士は、特権を与えられ、それがために戦いに出る義務を負う、
それを大多数の一般市民が支える。そういった社会が形成されていた。
彼が人工羊水を満たした育成・養生用ベッドの中で目覚めると、脇に人影があった。
「ああ、気がついたか、おまえ、危ないところだったぞ。３日は意識がなかった。まだちょっ
と関節の所とか症状の重いところがあるから寝てろ」
やさしいアルトの声に、彼はまた眼を閉じた……。
次に目覚めたのは、マットレスの上にシーツを敷いたふつうのベッドの上だった。ベッ
ド脇のデスクについている背の高い女性は携帯端末で各種の情報を呼び出して、書類を埋
めている途中だった。
「話には聞いていたが、騎士を失ったはぐれファティマってのは悲惨だな。全身アレルギー
が出て。組織の医者（マイト）が肝を潰してた。なんで騎士公社に助けを求めなかった？
あるじを亡くしたファティマにだって、最低限の権利はあるんだぞ？
レオーネ……瞳孔に打ち込まれたプロフィールは読ませてもらったが。自己紹介して貰
えるならおまえの口から聞きたい。
わたしはブローノ・ブチャラティ、まあ、後ろ暗い稼業だが、れっきとした騎士だ」
身を起こすと、プラチナの髪、アイスブルーの眼をしたファティマは語り出した。
「わたしは、レオーネと申します。Ｍ型（男性形）Ｌ（青年）タイプ。制作者はボォスの
メーン・マーブル。前のマスターが最初のマスターで……」
「あ、守秘義務があるからな。ストレスになるならその辺はカットで」
向き直ってじっと眼を覗き込みながら、白い顔の女騎士は手を挙げて見せた。いや、こ
の心の繊細な人工生命体は、ただ眼を覗き込まれるだけでも相当なストレスなのだが。
「マーブル、聞いたことあるぞ、あのオバチャン・マイト（技術者）は有名人だ……女騎
士の間では。なるほどブランド品か、男の青年型ファティマなんて初めて見た」と、手を
伸ばして肩の下まで垂れたファティマの髪を指で梳いた。
「ブランドって……母さまはそういうのではございません。大学だけはコークス様と同級
だったと伺っておりますが」
「プリズン・コークス女史と！？ 星団４大マイトだぞ、有名人じゃないか」
ブチャラティはまた眼を輝かせる。
「ふつうの家庭婦人です。子育てが一段落付いたら若い頃からの夢だったと言って旦那様
の資産を全部研究につぎ込んで、女性騎士のために、心浮き立たせる王子様のような、心
利いた従僕のようなロマンチックな男性型ファティマを作るんだって言って、実現させて
しまうような。わたしたちがうまく制作完了していい騎士様に引き取られても、いつも収
支は赤字で旦那様に叱られていて。なんて金のかかる趣味なんだって……裏の物置を改造
した簡素にすぎるラボだったのに」
「だから有名人なんだって。ふつうのオバサンにはファティマなんか作れないの！ 医者
よりすごい生命工学の権威だぞ？ すごい込み入った計算も一瞬でやるような……一種の
超能力が要るらしい。しかも、生物的に安定してる女性形なら量産化もできてるが、男性
形のファティマを何人も産み出すなんて！ まさしく天才だ。
第１作のジョナサンはたしかノイエ・シルチスのエリナ・ペンドルトンなんて超エリー
ト騎士に嫁いで。あんなに自然で青年紳士ふうなファティマをオバ……市井のご婦人マイ
トがって、センセーションを巻き起こしたんだ。第２作のシーザーは悲劇的な戦死でまた
名を売って。
しかも、趣味性が強いって有名で」
「ああ、その、……王子様趣味」と、美青年型人工生命体は眼を伏せた。
本分である身体を使った戦闘や、いわゆる巨大ロボットであるＭＨの制御よりも、気品
ある容貌や優雅な身のこなしを追求した作風は独自世界を築いている。基本、ファティマ
は発明者リチウム・バランス博士の発表した最初のファティマのＤＮＡのコピーを利用す
るため、ほぼ同じ顔、同じ体型になるものだが、そこを、鼻の高さの１度、唇の厚さの１
ミリにこだわる執念が、ふだんごくごく善良な家庭の主婦であるマーブルを狂科学者のう
ちに数えさせている。
「見事だ。きれいだよ、レオーネ」
うっとり言われて彼は恥じらった。
「スペックを、聞いてもいいか？」
基本性能は５項目につきＡ−Ｂ１−Ｂ２−Ｃ−Ｄ１−Ｄ２−Ｅの７段階で評価される。
平均はＣクラスで、Ａ評価がひとつでもあればファティマの総合評価（クリアランス）
ははね上がる……。
「はい」と何気なく受けたその眼をためらいが過ぎる。
「戦闘能力Ａ−ＭＨ制御能力Ａ−演算性能Ｂ１−肉体耐久値Ｂ２…………精神安定性Ｄ１
のクリアランスがＶＳ２（大量生産並み）」
マーブル・ファティマの特徴は、王子様設定が激しいあまりに精神が脆弱なところだ。
ただでさえ不安定な人工生命体が、ふつうに強い騎士を無理に守ろうと頑張りすぎるため
にストレスを感じやすく、そのため全身に影響が出て、スペック通りの機能が保証されず
世間での評価は低い。吟味された外観と相まって、「お嬢様騎士用のお人形」と男性騎士
や騎士団、支配階級には否定的に見なされている。「所詮はオバチャン・マイトが趣味で
作るようなファティマ」ということだ。まあ、女性向けに特化してあるだけに、スタイリ
ストやメーキャップ、ハウスキーピングから子守まで、一般のパワーゲージでは計れない
機能も多数盛り込んであるのだが。
「そりゃまた……派手だな」
レオーネの新しいマスターはにこりと笑って見せた。
「戦闘能力とモーターヘッドの制御能力が２つともＡなんて、それこそ４大マイト並みだ、
ノイエ・シルチスクラスの有名騎士団に入れるぞ？ いいのか？ こんなところでうろう
ろしていて」
「……そこのところが母さまのヘンなところで」
普通はバランスを揃える方に苦心する。なにより、騎士とＭＨとのインタフェイスを引
き受けるという欠くべからざる存在という役割からしてみれば、第一に精神と肉体の安定・
耐久を優先するマイトや騎士団もいるのだ。戦闘能力が人間並みのＡなのに、肉体耐久値
がＢ２：ファティマとしては上級、では強い人間に当たったらぼこられて終わりというこ
とだ。全く使いにくい。５人目にして最高傑作になるはずが、バランスの設計ミスのせい
で台無しになった。
肝心要の精神安定性が「Ｄ１：ボーダーライン」だったおかげで、完成後のおひろめに
出されたレオーネのクリアランスは「ＶＳ２：大量生産並み」になった。これが一段階下
がってＤ２だと、廃棄処分行きだ。いかにレオーネが「バランスを欠いた駄作」かがわか
ろうというもの。ちなみにジョナサンはＢ１−Ｂ１−Ｂ２−Ｂ２−ＣのＶＳ１（良作）だっ
た。
ファティマは緊急時以外は自分の仕える騎士を選べる。それだけが彼／彼女に許される
最大の権利だ。どんな剣豪も有力国家の騎士団も、ファティマ本人の意志に反して彼／彼
女を娶ることはできない。それがこの今なお戦乱に明け暮れる国家群のパワーバランスを
担っている。但し自分の能力を活かせる騎士がその場にいないと見て取れば、ファティマ
は嫁入り先を決めずに次のお披露目を待つことが許されている。
しかし、マーブルは主婦マイトだ。マイトは貴族並みの扱いを受けるとはいえ、金銭的
にはいつも火の車だ。自分の「息子」達には一流のマイスターによるファティマ・スーツ
（正装戦闘服）を仕立ててやりながら、自分はもう何十年も同じローブで学会に出て笑い
ものになっているのもレオーネは知っている。下着ひとつも人間と同じものが着られない
ひ弱な人工生命体はそこにいるだけで維持費がかかる。親に負担を掛けない為、レオーネ
には相手をえり好みしている余裕はなかった。
近隣のマイトたちによる合同のおひろめ会で、参加していた女性騎士たちは、彼の端整
な面差しに一瞬は黄色い悲鳴を上げていたが、立ち会い役についてきた騎士団の上役に自
重を促されて、積極的に娶ろうと声を掛けては来なかった。国家予算並みの制作費にこれ
からかかる高級車なみの維持費を考えれば、「大量生産並み」のランクのレオーネはお買
い得品ではない。嫁入り先に指名されないよう、どの騎士も眼を逸らしてしまった。ぐる
りと会場を見渡して、自分から目を逸らさなかった壮年の男の前に、レオーネは跪いた。
「こちらの騎士様にお仕えしとうございます」
「トランの騎士警察の安月給で、払えるかな？」
彼、スフォルツァは晴れやかに笑って、クリスタルに指を押し当てた。
「Ｙｏｕ ａｒｅ ｍｙ ｐａｒｔｎｅｒ．」
決まり文句が唱えられ、登録が完了した。
３
スフォルツァは確かに安月給だった。出戻りのお買い得品を目当てにあの場に来ていた
だけで、金のかかる新作を娶る気はなかったと後で聞かされてレオーネは胸に痛みを感じ
た。騎士警察の予備費から田舎の妹の結婚式の積み立てまでかき集めてようやくレオーネ
の制作費用を払って彼をトランに連れ帰った。お仕着せのファティマ・スーツは里帰りの
メンテナンスに訪れていた「兄」たちが着ていたものより安物で野暮ったいものだったが、
彼は新生活になじもうと努力した。
「マスター、お茶のお時間ですので休憩を取られてはいかがでしょうか。こちらにお客様
の分も御用意いたしました」
「かーッ！ スフォルツァ、王子様ファティマってのはお上品だなァ。こんなんで実戦に
役に立つのかよ？」
荒っぽく冷やかされて、スフォルツァ閉口していた。
「戦闘能力はＡだぜ？ ＭＨ制御は、騎士警察ふぜいじゃあ見せて貰う機会はないけどな。
おう、レオーネ、セレンザさんにおまえの腕力見せてやんな。
いいだろ？ ジャック、ファティマと腕相撲ぐらい」
「ああ、いいよ、兄ちゃんギヴ・アップは早めにな？」
行きがかり上、レオーネはスフォルツァの同僚の騎士と腕相撲をすることになった。丸
太のような二の腕に入れ墨をした、典型的な力を崇拝する男。
「レディ、ゴー！」
「マスター頑張って」
セレンザのファティマ、量産型の無個性な少女が可愛らしい声を掛ける。
「ガンバレよ、レオーネ」
スフォルツァが片目をつぶってみせる。それでレオーネは力が湧き出るような感覚を得
た……。
「ちょ、おい、おい、おい……」
セレンザの腕はみるみるうちに押されて、５秒もしないうちに甲をテーブルに押しつけ
られていた。王子様ファティマは汗のひとつもかいていない。
「はい、レオーネの勝ちィ」
スフォルツァがにっと笑った。
「まさかだろ？ ファティマってのは人間未満って設定じゃあ」
「ま、特例で２Ａ（準騎士級）とか３Ａ（騎士級）とかもあるらしいがな」
「そりゃ、４大マイトのブランド・ファティマだけだって……おっかね」
首をすくめながらセレンザとそのファティマは退散した。出がけに、鬱憤晴らしに軽く
壁をひと殴りしてゆく。半径５０センチ程の穴が壁に開いた。これが平均的な騎士の膂力。
「騎士様に勝って見せてよかったのでしょうか？」
まだ実社会に慣れていないレオーネはインストールされている社会規範だけから先行き
を危ぶむ。あるじの指示があれば八百長してみせるぐらいの智恵はあったのだ。
「マッチョな奴らなんて単純だからな、いっぺん力を見せつけてやればいいのさ、あとは
もうなんも言って来ねえよ」
スフォルツァはそれに細かな情報を与えて修正してゆく。
「だがな、こんな田舎でそんな言葉遣いは不似合いだぜ。てめえで敵を作ってるんだそれ
は」
「は？ しかし母さまが、騎士様の体面を損ねないようにくれぐれも立ち居振る舞い、言
葉遣いには注意しろと」
「だーっ！ 手前のマイト（制作者）を母さまなんて呼ぶんじゃねえ！ 百歩譲ってマイ
トとファティマの心の繋がりがそんなもんでも、一人前の男ならここじゃあ母親のことは
オフクロって呼ぶんだよッ。ホントにオバチャンの作ったようなファティマはッ」
「承知いたしました。オフクロが、言葉遣いには気をつけろと……」
「ソレも違うッ！ 了解、もしくは解りましたでイイッ！」
「しょ、了解」
「でも、あの野郎の腕をくくっと押っつけてやったのはスッキリしたなあ、相棒。おまえ
のパワーゲージ、実はもっとすげえのかも知れねえな」
愉快そうにスフォルツァが笑う。その笑顔のなんと眩しいことか。
「買いかぶりです」
「いや、助かるよ。それじゃ、逃げちまったあいつの分はおまえが飲めや、ティータイム
としゃれ込もう」
「了解」
眼を見合わせて笑うと、何とも言えず胸がいっぱいになった。
４
「マスター、収賄は犯罪と教わったんだが、トランでは法律が変わったのか？ だったら
至急パッチを当てねえと、業務に差し支えるぜ」
業務について半年ほどもして、レオーネは２人きりになった時に切り出した。
「変わってねえよ。空文化してるんだ」
パトロールのための移動デヴァイスを運転しながら、スフォルツァは素っ気なく言った。
身分上従者であるべきファティマがハンドルを握るのが筋だが、スフォルツァはこうい
うものを転がすのが好きな性分で、几帳面なレオーネが目配りをした方が細かな異常を見
つけやすい。そしてスフォルツァは体面にはこだわらないので役割を交換している。
「空文化？」
「法律があっても効力を持ってねえってことだよ」
「じゃあマスターは法を犯してることになるんじゃ？」
「言いにくいことをハッキリ言うんじゃねえよこの石頭」
「残念ですがおれの頭は人類と同様にタンパク質が主成分。元素まで分解しますと炭素、
窒素、酸素それから……」
「ばぁか」
困ったような笑いを見せて、スフォルツァがレオーネの頭を小突いた。
「しょうがねえんだよ。受けとらねえとなお悪いことになる。受け取って、マフィアのや
ることを少ぅし目こぼししてやる。それで市民は少しは困るだろうが、マフィアの連中が
生きるとっかかりができる。それで、多少悪い人間も生きていけるんだ、そういうことよ。
なにも毎日きりきり働いて、牢屋に入る人間ばっか増やすことが人様の暮らしを守るっ
てことじゃねえんだよ」
「でもそれじゃあマスターに対する市民の請託を裏切ることにはならねえか？」
「その市民ってやつも、清廉潔白に生きちゃあいねえ。鵜の目鷹の目で、少しでもお上を
出し抜いててめえがトクをして生きることしか考えちゃいねえ。しゃかりきになって守っ
てやんなくちゃならねえ弱い存在でもねえんだよ。
レオーネ、おまえのオフクロさんみたいな世間をしらねえ優雅なおばさんが作った王子
様にはわかんねえだろうがよ」
目を逸らして、騎士による犯罪を取り締まる仕事に慣れてしまった男は疲れた溜め息を
吐いた。
「オフクロの悪口言わねえでくれッ」
「ああ、ああ、ムキになりやがって、このマザコン」
「マスター！」
５
その日は唐突にやってきた。
「銃を捨ててこちらへ。強盗の現行犯で逮捕します」
レオーネはプログラムされたとおりに発言した。
知らせを受けて現場に急行すると、タイミング良く強盗犯に出くわすことができた。お
手柄だ。簡単な事件の筈だった。
「は、は……スフォルツァじゃねえか、なあ、見逃してくれよ。あんたには毎月『挨拶』
してるだろ？」
これでも騎士だ。
騎士とは星団暦制定以前の超文明時代の遺物である遺伝子改良生物兵器の子孫で、その
血は今や星団全域に拡散しており、偶然の隔世遺伝で能力が発現する。志や努力ではなく、
単なる能力で騎士はその地位を得るのだ。ひとたび地を蹴れば海を飛び越え、山を砕く。
騎士と一般人は厳密に区別され、その力を恐れるゆえ逆差別すら存在する。騎士の犯罪を
取り締まるための国家による警察組織が騎士警察である……。
スフォルツァは硬直していた。貰っていたのは、禁止区域での客引き行為を見逃す代価
だった。開け放たれたドアの奥には血まみれになって倒れている店の主人が見えている。
殺人まで犯した犯罪者だ。見逃してやる訳にはいかない。しかし、こいつが組織に繋がっ
ていたら。長年『挨拶』されていた相手を売ってムショにぶち込んだと組織に知れたら、
報復される。むごたらしく。
「マスター？」
レオーネの意識が主に向いた、と、それを察した追い詰められたネズミの心理状態であっ
たところの強盗犯が銃の引き金に指をかける……。
「レオーネ、銃を持つ相手から気を反らすなッ」
騎士の反射神経はとっさに彼のファティマを庇っていた。
銃声がして、確実に、収賄に手を染めていた騎士の身体を貫いた。
「マスター！」
「ありがとうよ、スフォルツァ。おれの逃げる時間を稼いでくれて。
おい、そこのファティマ、ヤツは重傷だ。手当次第では助かる。そういうときは、何よ
りマスターの命を優先だよな？」
「は……い」
目の前の惨劇に、社会に出たての人工生命体はがくがく震えている。
「じゃあ、頼んだぜ」
強かな犯罪者は星団法の規定で経験の浅いファティマを縛ると、夜の街へ掛けだしていっ
た。
「バカ……やろう、ヤツを逃がすな」
苦しい息の下から、スフォルツァが彼のファティマを叱咤した。
「マスター！ 死なないでください！」
繊細な人工生命体は涙を流しながら彼の命を繋ぐため救急パックから必要な品物を震え
る手で取りだそうとしている。ちいさなジッパーの引き手が、持てない、つまめない……。
「しょうがねえなあ、実戦経験が浅いと、助かる傷かそうでない傷かもわかんねえのかよ。
おまえのオフクロさんにもっと修羅場の経験データ入れといてもらえ。
おれはもうダメだ。さ、顔をこっちに向けろ。
Ｙｏｕ ｍｕｓｔ ｓｅｅｋ ｙｏｕｒ ｎｅｘｔ！
お別れだ」
震える血まみれの手が、彼のクリスタルに触れた……。
「マスター！」
６
その後の記憶は断片的になる。騎士警察としての職務上、スフォルツァはレオーネを連
れ歩いていたから露出は多く、ひごろの鬱屈した思いを人間達は露骨にぶつけてきた。
「ファティマってのは主人を身を挺して守るもんじゃねえのかよ？ おら！」
「おまえの戦闘能力Ａはなんのためなんだよ？ この穀潰しが」
「オ赦シクダサイ、オ赦シクダサイ……」
まずは、長年の同僚を失った騎士警察の男達が。寄ってたかってその一般人の数倍の筋
力をぶつけてくる。
「もう顔見せんな！」
あとは、裏町に捨てゆかれた。来る日も来る日も嘲りを受け、暴力を振るわれ、街を出
れば、野犬にさえ襲われて。
研究室で産まれ、屋内で人目を避けて養育された脆弱な身では、紫外線や夜風にさえ身
を蝕まれた。お仕着せのファティマ・スーツをはぎ取られて、人間の服を仮に纏うと、そ
の化学合成繊維の刺激が敏感な肌を傷める。もうはや王子様ブランドの容姿さえ失いかけ
ていた。
……戦いであるじを失ったファティマは騎士公社に出頭して保護を願うことができます。
大きな街には必ずある騎士の団体のオフィスで、保護されたファティマは瞳孔に打ち込ま
れた登録情報から身元を割り出し、制作者か、嫁ぎ先の騎士の所属団体に返還され、各種
調整を受けた後出戻りとしてまたおひろめに出て、あるじを探すことができるのです。
酷く騎士並びに一般人に虐待を受けるようなことがあれば、出逢った騎士を緊急避難と
して仮マスターと呼び、その保護を受けることができます。そのため、騎士は複数のファ
ティマを所有することが許されているのです。騎士は時期を見て保護下のファティマをマ
イトにみせ、嫁ぎ先を探す義務を有します……。
知識として入力されている非常時の情報も、彼には意味を持たなかった。身を挺して守
り、栄誉を受けるその手助けをすべき主人を、自分のミスから死なせてしまった、しかも、
自分はその主人に庇われた！
……騎士様のお役に立つ存在になるのですよ……
繰り返し教え込まれた母の言葉が脳裏に響く。
彼は存在意義を見失っていた。
もう、心が折れそうになっていたその時に、救いの女神が現れたのであった。
７
「ああ、泣かせてしまったか」
女性にしては低い声に、彼は我に返った。頬の上を、涙が２条、はっきり川を作って流
れていた。
「いいよ、それでスッキリするなら。ファティマってのはナイーヴなんだって、よく知っ
てるから」
ティッシュペーパーを箱ごと取って渡しながら、ブチャラティと名乗った女騎士は立っ
て少し彼と距離を取った。デスクの上のマグカップを取り上げて、随分ぬるくなってしまっ
たというようなことを呟いて、ひとくち、ふたくち啜った。
「オフクロさんにもそのうち逢わせてやるよ。とりあえず、生命に危険があったからうち
の組織のマイトに見て貰ったが。
それで、一応は動けるようになったみたいなんで聞きたいんだが、どうする？
わたしのものになる気があるか？ それとも、なにがなんでもオフクロさんの所に帰り
たいか？」
「それは、いったい？」
「言ったはずだが。わたしはこれでもこの辺のマフィアの雇われ騎士なんだ。非合法な活
動も、やらなくちゃならない。それでも付いてくる気があるかと言うことだ」
服装はやや過激、といっても、ストリートの崩れたファッションではなく、モード系の
過激さで、ジッパーをあちこちに付けたニュアンスはクラシカルなものではないが、明ら
かに良い仕立てのスーツを着た女だった。騎士と言うには余りにもほっそりとしている。
「マフィア……？」
「そうだよ。生まれはもっと田舎でね。騎士なんて普段見たことないから、ちょっと背が
高くてすばしこいだけだと思ってた、周囲みんなが。父がギャングのちょっとした騒ぎに
巻き込まれて、その時に組織に保護して貰ったんだが、そのとき、どうもこれは騎士じゃ
ないかって。それで子飼いの騎士として一通り仕込まれて。
見るか？」
ブチャラティは一瞬で奥の棚まで跳んで、飾ってあったオレンジをひとつ取って戻る。
手元が光ったと思った次の瞬間にはオレンジの皮が辺りに飛び散って、また反対側に跳ん
だと思ったらガラスのデザートボウルに皮を剥かれ、輪切りになったオレンジが載ってい
た。
「おあがり。腹減ったろ？」
「あ、はい、恐れ入ります……」
背を向けて、こちらを振り向いたと思ったら、オレンジにピックが２本突き立っていた。
「生ものを切るにはレーザーブレードは向いていないんじゃないでしょうか？ 切り口が
まだ生ぬるいです。その右手の中指の指輪に内蔵されているんですね？ 光剣（スパッド）
はお使いにならないんですか？ かさばるから？」
遠慮無く一切れ摘みながら、レオーネは見たことから考察を述べた。
飛び散ったオレンジの皮を掃除すべく箒を取りに行っていて、一瞬虚を突かれた顔になっ
た女騎士は、すぐに微笑みを浮かべて言った。
「ああ、いや、ちょっと練習中でね。すごい視力だな……まあ、スパッドはたしかに持ち
歩かないな。わたしはとくに、騎士に見えないのが取り柄だから」
スイッチひとつでレーザーの刃の出るスパッドは、騎士や貴族階級の身分証明でもある。
一般庶民には持つことを許されない特権武器だ。モードの切り替えで、エネルギー弾とし
て銃のように発射することも、それを連射することもできる。しかし、騎士の反射神経は
飛び道具の類を全てかわしてしまうから、結局はレーザーでも、刃の付いた実剣（スパイ
ド）でも、手に持って相対するのが騎士の戦いとなる。それは大型兵器モーターヘッドを
使用する時でも。
「ううむ、やっぱりオレンジは冷えてないとうまくないかな？」
自分でも一切れ食べて、顔の小さい女騎士は眉根を寄せた。
「いえ、果物類は冷やしすぎると甘みを感じにくくなります。結果、食味が落ちます。食
前にほんの少し冷やす程度が一番味を引き立てる食べ方で」
「さすが。それも入力された知識か？」
「ええまあ。よろしければ料理も多少はして差し上げられますが、マスター」
ごく自然に口をついて出た言葉に、ブチャラティは顔を輝かせた。
「いいのか？」
「はい、今ベッドを下りますからお待ちください」
「ちょっと、待て、立ち会いの騎士を今呼ぶから」
慌てたブチャラティが隣室に声を掛ける。と、賑やかな声がして少年が２人入ってきた。
「ブチャラティ、やつはＯＫした？」
「大丈夫なんですかね？」
駆け寄ってこようとするのをブチャラティは手を挙げて止める。ベッドを下りるレオー
ネの挙措は、この上なく優雅だった。輝きを取り戻したプラチナの髪が、さらりと肩を滑っ
て背に流れる。見とれている間に彼はブチャラティの前に跪いた。
「騎士様、どうぞわたしをお連れください」
「Ｙｏｕ ａｒｅ ｍｙ ｐａｒｔｎｅｒ．」
騎士２名を見届けに正しき登録がなされ、レオーネはブチャラティをマスターと認める
こととなった……。
「……マスター、こちらの方達も騎士なんですか？」
まだ学校に行っていてもおかしくない年頃の少年達。あっちこっちに跳ね放題の黒髪を
オレンジのターバンというかバンダナでなんとかくくってまとめているのがナランチャ、
大胆にカッタウェイにしたスーツの前身頃の下にはなにも着けていないこれはまた過激な
ファッションのフーゴ。２人ながら身体のあちこちに包帯を巻いている。
「ああそうだ。２人とも腕は確かだぞ」
胸を張る女騎士を喜びを以て見つめながら、レオーネの新しい生活が始まった。
８
「マスターこれはさすがにまずいでしょう」
ブチャラティは憧れの王子様ブランドのファティマにさっそくファティマ・スーツを調
達してきた。流体金属などを使った特殊素材の服で、ブランドものだと１着が１０００億
など平気でかかるという。その分物理・光学兵器による攻撃には強く、銃で撃っても穴ひ
とつ開かない。高額な生物兵器であるファティマの命を守るための考え尽くされた衣服で
あった……筈だ。
「胸元を開けるのは星団法違反です。この前改正があって、顔以外全身、肌を出しちゃあ
いけなくなったんじゃあ？」
「女ファティマじゃないんだから、胸元が開いてたってなんもいいものは出てこないだろ。
大丈夫、大丈夫」と、ブチャラティは大きくＶ字に開いて、革紐で編み上げになった前あ
きをゴキゲンで指でなぞっている。
「人間と同じような服も違反の筈です」
「ここは辺境だ。星団法が伝わるまで時差があるのさ。だいたい、マフィアが星団法なん
か後生大事に守るわけないだろ。破ってこそギャングの心意気を見せられようってもんだ。
この辺のファティマはもっとフリーダムだぞ。色気のないほっかむりなんか絶対無視だ！
騎士と産まれたからにはきれいな格好のファティマを連れて歩かないでどうする」
ブチャラティは涼しい顔をしている。
「ここを撃ち抜かれたら死んでしまいます。ファティマ・スーツは装甲服でもあるんです
よ」
静かに白い胸を指さされ、ブチャラティは残念そうな顔をして引いた。
「ちぇ。じいさん耄碌したかな？ 解った。星団法は守る方向で、うんととんがったのを
頼み直すから。だが、届くまでは着てろよ？ それ。ファティマは人間の服着たら死ぬん
だから」
「死にませんけど」
「全身拒否反応で赤むけだっただろうが！ トラウマものだぞ！ あれかられいのマイト、
チキンがダメになって！ 間の悪いことにその夜パプリカ煮だったとかで絶叫したって言っ
てたぞ」
それは医学系のマイト（技術者）として不覚悟なことだとレオーネは冷淡に思った。ま
あ、ブチャラティの献身的な看護があって彼はおひろめ参加時点での美貌を取り戻してい
るが。確かにあの頃の己が身は見るも無惨な有様だったとも思う。ほんの少しの傷も負わ
せないよう心を込めて育ててくれた母親にはとても診せられない姿だった。
「これも外せよ。肌の弱いファティマにピアスさせるなんて可哀相なことしやがって……
ひどいマスターだったんだな」と、ブチャラティはアバッキオの耳朶を摘んでそこに残っ
た前のマスターの痕跡を消そうとする。
「あ……」
思い出したようにレオーネはそこに手をやった。もう身になじんでしまって、着けてい
ることも忘れていたダイヤモンドのピアス。
……騎士警察のファティマは制服だから。普通のファティマ・スーツがこれでもかって
宝石で飾ってるのはひとりで遺されたときに困らないようにだってな。なんかあったとき
のために、付けとけよ。
明るい笑顔が目蓋の裏に蘇る。これを、使えば良かったのか。後知恵に、また涙腺が緩
む。と、途端に新しいマスターは狼狽えた。
「あ、済まなかった、大切な品だったのか……持ってていいから。ただ、今は身体が弱っ
てるからやめろ。ほんとやばかったんだから。今も腹がふくれるほど抗生剤処方されてる
ぞ。解ったな？ いい子だ……」
ブチャラティはいつまでも繊細なファティマの頭を抱いて撫で続けた。
「今ちょっと支部の予算使い切ってるから、落ち着いたらポケットマネーでなんか買って
やるから。直に肌の上はアレルギー怖いから、ブローチでも、すっごい飾りのついたベル
トでも。おまえの身体に障らないものを。な？ だから泣くな……」
９
「まあとりあえず使えるファティマただで手に入ってラッキーだったじゃん」
アジトにしている潰れカフェ跡地でみんなで食事を採りながら、ナランチャは屈託なく
笑った。レオーネは当然一同の食事を調えた。
「こんなにご馳走を並べられても入らないぞ！」
食卓を見て、ブチャラティは顔をしかめながらも愉快そうに言った。
「入るはずです。騎士様は一日３７００カロリーは必要なんです。一日拝見しておりまし
たがマスターは食べなさすぎです」
「よく貧血起こしてるよな」
ナランチャが肯いた。
「そんなに食わなきゃならないものなのか？ いや、その、うちは貧乏だったし、組織じゃ
あ厄介になってる身の上だから」と、ブチャラティは途中から口ごもる。
「お預かりしているお金でじゅうぶんご用意できますから、召し上がってください。それ
でマスター達はほっそりしていらっしゃるんですね」と、芸術的な手さばきでレオーネは
シチューを取り分けていく。
「ブチャラティはいっぺんファティマに間違えられて逆ギレしてましたね」
ほくほく顔で席に着きながらフーゴが暴露した。
「言うなって、それ」と、ブチャラティは顔を覆ってしまった。
「美人ってことじゃん」
「お年頃の女性にそれは失礼なことだとわたしには入力されていますけれど」
骨格じたいが華奢にできているが、ファティマは人間の女性を刺激しないように乳房や
尻が発達しないように体格を制限されている。そのファティマに見間違えられると言うこ
とは……。
「ブチャラティにはこれからより魅力的になって貰いましょう。では？」
フーゴが促した。
「始めようか」
夕食が始まった。
「うまーい！ ブチャラティほんといい拾いモノしたよなー。そういうところがブチャラ
ティって地味に運強いぜ。マフィアに拾われてからも騎士だって解ったから大事に育てて
貰えたし。騎士だったからギリギリで命拾いしたのはおれもだけど」
少年騎士達はそれぞれ訳あってマフィアの配下に入ったらしい。ナランチャのファティ
マはエトラムル（非人間形態）なので日常傍にいて世話を焼いてくれるというわけにはい
かないのだそうだ。
エトラムルはＭＨに据え置き型で、戦闘以外には使用できない。安くて騎士のえり好み
をしないのはいいが、世の中うまくいかないものである。
「美味しいですよ」と天使のような顔をほころばせているフーゴのファティマに至っては、
少女形態なのだが意思の疎通が図れないのだという。
「あっさり受けてくれて助かったよ。こっちはもうエトラムルにするしかないかとせっぱ
詰まってたし。頭をいじって言うこと聞かせるのはもうパープルで懲りたし」と、ブチャ
ラティは言った。
「え？」
レオーネは聞き返した。
「その子。パープル・ヘイズ。頭ちょっといじってフーゴをマスターと認識するようにし
たんだけど、……やっぱり組織のマイトってやることが乱暴で」と、黙ってフーゴの陰に
隠れるようにしてスプーンを口に運んでいる少女を指で指した。前頭部には紫色のクリス
タルをはめ込まれ、眼には表情を読ませないコンタクトを入れられている。現れたとき被っ
ていた大きなウィンプル（被り物）は外して脇に置いてあった。華奢な肢体を菱形のモチー
フの薄紫のオールインワンのぴったりしたスーツで包んでいる。
……これが悪名高きプラスチック・スタイルか、とレオーネは嘆息した。皮膚呼吸はで
きているのだろうか。
ファティマは人間の負の感情を刺激しないよう露出を控えることという星団法のたがが
緩んでいた１００年ほど前は、退嬰的というスタイルが流行った。どこの有名騎士団も、
二の腕や脚を露出したファティマを見せびらかした。人間の女性の方でも、ファティマに
見まごうファッションをして歩くようになり、良識派はとうとう堪忍袋の緒を切った。星
団暦３０００年をもって星団法は一気に改正、反動の時代がやってきた。思い思いの髪型
をしていたファティマの頭部は顔だけを出して被り物で覆うことが求められ、どんどん大
胆になっていた腕や脚の露出は厳禁となった。それに反抗したカリスマ・ファティマスー
ツ・マイスターのなんとか夫人が星団法をクリアしながらも逆方向に過激なスタイルを発
表して、もう、なにがなにやら。
そのなんとか夫人のデカダン（退嬰的）・スタイルなら兄が誂えて貰ったのを見て知っ
ているが、あれはともかく、全身の身体の線が露出して、乳首や性器のかたちがありあり
と見え、肋骨の数まで数えられるといった過激なプラスチック・スタイルは勘弁して欲し
いとレオーネは心で眉尻を下げた。
「パープル、お代わりはいりませんか？」
フーゴが気を遣って聞いてやっても、彼のファティマはぼんやりと空になった皿を見つ
めている。ファティマに自発的な会話は禁じられている。レオーネは鍋を持ったまま立ち
つくしてて待っている。
「レオーネ、パープルにお代わりをあげてください。とても美味しいです。この子も喜ん
でいると思います」
「恐れ入ります」
依頼の言葉を受けてはじめてレオーネは少女の皿にシチューのお代わりを注いでやった。
「あーりーがーと？」
虚ろな目をしたままに、パープルが礼を言った。礼儀はともかく、こんな状態でＭＨの
制御ができるのだろうかとレオーネは心配になった。出すぎたことだが。
「レオーネは言葉が丁寧すぎるんだよなー。なんか聞いてて堅苦しくなるぜ。なーブチャ
ラティ、言葉直してやっていい？」と、ナランチャが言った。
「構わないが」
ブチャラティも同様に思っていたので、短く追認し、フーゴを伺う。
「ファティマはこういうしゃべり方をするものですよ」
今までそっとパープルを気遣っていたのを気づかれないように、フーゴは敢えて固い口
調をして見せた……とレオーネは見た。
「しらねーって。おれ、ファティマってこっち来て初めて見たし」
「それが一般人ってものです」
フーゴはあっさり言った。自分は一般人ではないと言いたげに。
「いいじゃないか、わたしたちはギャングなんだし」
「マスターのお言葉とあらば改めます、が、公式の場ではご容赦ください」とレオーネは
返事したが、
「それが固てーっての！」と、ナランチャは場を和まそうと大きな笑い声を挙げた。
……いつかきっと治してあげる。
そっと手を取って囁いた言葉に、パープルが返した。
「ありがとうございます……マス、ター？」
１０
「話が途中になった。実は急いでいるんだが、おまえはＭＨを動かした経験は？」
口をナプキンでぬぐいながら、ブチャラティが確認した。
「ございませんマスター」
「レオーネ、ねーよでいいんだって」
「失礼しました、ねえよ」
つい口元を緩めながら、ブチャティは事情を説明する。
「ＭＨはあるんだ。まっさらの新品、一点ものだ。ちょっと偏屈なマイスターを、飲ませ
たり抱かせたりで抱き込んで、設計図を引かせた」
「それは楽しみです」
ふと、白い顔が明るくなる。
「組織の方でなんとか組み上げて、わたしが貰い受けたんだが、ファティマがいない」
「今までお持ちではなかったのですか？」
「いなかったのか、でいーって」
「いなかったのか？ マスター」
「いや、何度か見合いして、多少いじくったりだまくらかしたりして乗せたんだが……わ
たしはファティマ使いが荒いらしい」
「は？」
素でレオーネは問い返した。
「潰した。みんな。やっぱり女の子のファティマは怖くていけない」と、ブチャラティは
やや恥ずかしげに目を逸らして髪を指でいじくった。
「ブチャラティがお転婆すぎるんですよ」
フーゴが溜め息を吐いた。
「いや、お転婆ってそんなもんじゃねーって」
ナランチャが首を振って見せた。
「まさか、お二方の怪我は……？」と、レオーネが少年達を見やって言う。
「模擬戦で。いや、一番最近のはパープルが暴走したんだ」
「ブチャラティ、パープルのせいにしないでください」
「あんときのファティマ、口から泡吹いてたじゃねーか！ ブチャラティの取り回しにファ
ティマが付いてこれてねーんだって！ 吐いたり鼻血吹いたりは普通だし！ ２番目の子
の時はファティマコクピットをシェイカーにしちまって、内臓破裂だったろ？
……あ、生きてるよ？ 一応」
……大統領閣下がお若い頃、メガエラ様を娶られる前はそうだったと聞いたけど。閣下
は剣聖の血も引くエリート騎士でいらっしゃるが……。
絶句しているレオーネに気づいてフーゴが言い足した。
「あ、今ファティマ・コックピットの方を少しランクアップしてますから。耐Ｇとか、外
部刺激のカットとか。
……ぼくこれでも『３本線』ですから。戦闘心理学と、ＭＨ開発と騎士資格。医学も人
間相手の医師資格程度ならありますから、多少の怪我は診てあげられます。心配しないで」
複数分野の博士号持ちならジャケットに３本の飾り紐状身分証（シグナル・ボーダー）
を付けることが許される。フーゴの過激なスーツのジャケットにそれが付いていないのは、
剥奪されたか、本人がそれを隠したがっているかだ。複数の博士号を有することを示す３
本線以上なら貴族扱い。スパッド所持が認められる。４本ならマイスター（技術者）、５
本がマイト（工房持ちの科学者）だ。
「見に行くか？ 今なら格納庫だ」
気まずくなった場を取り繕うために、ブチャラティは立ち上がった。
「スティッキィ・フィンガーズ。カワイイだろ？」
白地に関節など所々に濃い青の装甲を被せてある人間型の大型兵器。全高は１６メート
ルほど。コクピットは胸部がパイロットたる騎士の、頭部がナヴィゲーターかつ各種パラ
メータ調節を行うファティマ用だ。全方位型のモニタという入力情報、騎士の反射速度と
筋力による動きという出力情報をファティマが調整することによって、この精密兵器（Ｍ
Ｈ）は騎士の動きを完全トレースして闘うことが可能となった。結果、既存の兵器では全
く対応できない。戦争は、今や特権階級である騎士同士のＭＨ戦で行われるようになって
いるのだ。往時の核兵器に相当するような、大陸ひとつを吹き飛ばす大火力の兵器も開発
されてはいるが、各国首脳の駆け引きの末、星団法で使用は禁止とされ、抑止力にしかなっ
ていない。
外部装甲にある程度は自然に修復する素材を使っているので、シルエットがところどこ
ろいびつなのは回復途中と見えた。トゲを戴いた特徴的な頭部をしている。胸が大きく張
りだしているのはコクピットを納めているからで、極端にウェストが細く、肩が大きく、
腰回りの装甲が大きいのは様式美だ。
……可愛いというより。
「パワフルに見える」
「実際凄いぞ」
「おれのエアロスミス返してよー。全治３ヶ月？ 困るって」
「ぼくのヘルマイネは全損です。小さいころから苦楽をともにしてきたのに」
「いやおまえのそれは自業自得だから」と、少年騎士達は掛け合い漫才。それをよそに、
レオーネは感慨深く自分が搭乗することになるＭＨを見上げていた。
……そりゃあうちの子たちは宮廷でこそ輝く仕様だけれど。
母親、メーン・マーブルが彼に語って聞かせた言葉を思い出している。
「国家の支援を受けた大きなファクトリーなら、ちゃんと練習用のＭＨもあって、稽古を
積んでおひろめに出ることもできるでしょうけど、ごめんなさいね、うちはそんな余裕が
なくて。ローンでやっと買えたシミュレーターだけど、稽古だけはちゃんとしてね。
やっぱりなんといっても騎士様はＭＨ戦で勝ち星を挙げなくちゃ。うちの子たちが、い
つか星団のどこかで、ＭＨを討ち取ったってニュースを聞けたらいいのだけれど。
レオーネ、あなたもいつかはＭＨに乗り込むことでしょうけど、その心構えだけはして
おいてね」
……オフクロ、おれはあんたに届くような武勲を立てて見せるぜ！
もうしっかり言葉はギャング仕様になっていた。
１１
「これが仕様と、マニュアル。曲者だからちゃんと読み込んで理解しておいてくれ」と、
渡された分厚い紙の資料をレオーネは食い入るように読み始めた。２，３ページも読み進ん
ですぐ、「曲者」ぶりを察知する。
「こんな！ 戦艦なみのエンジンを積んでどうしてこれだけの出力しかないんだ？ どこ
か出力系を見直した方がいいぜ。
フーゴ様？ あんたはいったいこれをどう思う？」
「せっかちですね。武装のページまでちゃんと読むといいでしょう」
「武装！？ 盾を装備してないのは完全攻撃型ってことか？ じゃあスパッドは何本装備
で？ オイ、ふつう頭にはバルカンを積んで組み合ったときのために備えるもんだろうが、
胸にはコクピットを潰すミサイルとか……！？
！！！
マスターッ！？」
口をだらしなく開けて絶叫したレオーネに、ブチャラティはとぼけた顔をして肯いた。
「そういうことだ」
「あんたこれ……尋常じゃねえぜ」
「今向こうの太陽系でやってる大戦では肩にもうひと組腕を装備したＭＨが投入されてる
そうですよ。メヨーヨの、そう、アシュラ・テンプル。もう、ＭＨ設計も研究が行き着く
ところまで行き着いて、尋常じゃない方向へ行っちゃッてるんです。
ブチャラティなら使いこなせる、上層部はそう判断して、彼女にこのＭＨをくれたんで
す。あとはあんたが頑張るだけの話です」
フーゴはそう言って包帯を巻いた首の回りを無意識に撫でていた。
「で、見せてよ、戦闘能力Ａ」
郊外の荒れ地に誘ってナランチャが笑った。
「４大マイトでもそうそういないんですよ？」
フーゴが眼を煌めかせる。
「そうそう、手に入れておいたぞ。おまえのだ」と、ブチャラティはファティマ仕様のスパッ
ドをレオーネに投げて寄越した。
「スパイド（実剣）の方が好きなら取り寄せるが」
「どっちもいける……マスター、あんたは？」
グリップの各種のスイッチを確かめて、レオーネはブレードを出した。使いやすい長さ
に調節する。練習用、弱出力の淡いサックス・ブルーの刃を検めて、レオーネはグリップ
を両手で握り、下段に構えた。
「これでいいんだ。さあ、来いよ」
２人の身長分間合いを取っていたブチャラティは、笑って手招いた。まるきり手ぶらで。
「いいのか？」
大股に、静かにレオーネは間合いをつめた。ロングのジャケットの裾が広がる。向かっ
て右脇から左の肩まで斬り上げた！ と思ったときには相手はもう５メートルほども背後
へ飛び退いていた。
「すごい足運びだ。滑るような。どこの流派かな？」
冷静に評しながら、ブチャラティはぴょんぴょんと着地地点を様々に変えつつ周囲を移
動している。レオーネは油断無く構えを下段に戻し、眼だけで動きを追っている。観戦し
ている少年達も、騎士の視力だからそれを見守っていられる。常人ならとうにブチャラティ
を見失っていて、なにやら風の音だけがしていると思っているところだ。
狙ってか、ついうっかりか、その動きがパターン化してしまっていたらしい。予測地点
に、レオーネが踏み込んだ。光が散った。
「うッ……」
片膝を突いたのは、レオーネの方だった。
胸元が１０センチほども切れていた。物理・光学攻撃には強いはずのファティマ・スー
ツが。
「怪我をしなかったか？ １枚だけにしたつもりなんだが」
「ブチャラティッ！ せっかくのファティマスーツを破ったら替えがありませんよッ」
フーゴが手をメガホンに声を掛けた。
「あ、そうか、どうしよう？」
ほっそりした女騎士はとぼけた顔で小首を傾げた。
「多少の修理の心得はあるッ。マスター、その指輪で闘うつもりかッ？」
中指にした指輪から、接触する一瞬だけレーザー・ブレードを出して斬る。とてもまと
もな立ち回りではない。ほんの小刀代わりだと思っていたのに、とレオーネは混乱する頭
をどうにか整理している。
「ああ、やっぱり解ったか。
慣らしとく必要があってって言ったろ？ わたしだって出入りの時にはそりゃスパッド
を使うさ」
出入りもあるのかとレオーネは少し引いていた。が、
「慣らすって、まさかアレのために？」
「そうそう。話が早いな」
「無理だッ！ 不確定要素が多すぎる！ ＭＨは手をやられたら白旗挙げるしかないんだ
ぞッ！」
「そこは優秀なファティマが脱出路を開いてくれるんだろ？ 信頼してるよ、レオーネ」
ひらひらと手を振って見せて、また軽く飛び上がると、女騎士は全速力で駆け寄って斬
りかかってきた。
さすがにもうレオーネは特殊な太刀筋を見きわめ始めた。レーザーの刃が刃を受け止め
る小さな音と光のひらめきが続く。しばらく打ち合った後は離れて間合いを取り、また隙
を窺う。
「キレーだなあ」
「彼、なかなかやりますね」
「世の中広いんだなあ。騎士に太刀打ちできるファティマっているんだー」
のんきな感想が囁かれていた。
「頑張るなあ」
「張り切ってますね」
「お、今分身出てた」
「調子いいと出せるらしいですね」
少年騎士２人はもうピクニックモードになった。敷物を広げて腰を下ろし、おやつを摘
みながら観戦。たまに携帯端末でゲームなんかしたりして。
「ファティマってお茶煎れてくれたりするもんだって、あいつが来て初めて知ったよなー。
マスター（はぁと）って、コンタクト入れててもわかるうっとりした目つきで。いいよ
な、そういうの」
「ナランチャッ！ パープルが気にするじゃないですかッ、パープル、きみはいいんです
よ……」とフーゴは慌てて傍らの自分のファティマを見やったが、星団法に従った大きな
マントの下のパープル・ヘイズはただ自分の世界に閉じこもっているだけだった。
「……彼はとくにそういう方向に特化されてると思いますけどね」
「でも、もしかしてありゃあ戦闘能力Ａどころか２Ａあるんじゃね？」と、もう１時間も
ぶっ続けで立ち会いをやっている２人を顎で示して言う。
「ファティマのパワーゲージも実はブランドによる先入観があったりしますからね。そう
でなければシークレット・モードで、ごく相性のいい相手だといい数字が出るとか……そ
れよりブチャラティは紹介者さえあって然るべき所に出れば小天位ぐらいは取れると思っ
てたんですが」
「おめーが紹介してやれよ、お坊ちゃんなんだろ？」
「判りますか？」
フーゴはちょっと眼を見開いて見せた。
「バーカ」
やすやすと認めるなとナランチャは呆れてみせる。
「代々マイトを輩出しているうちで、そりゃ、デルタ・ベルンのアトワイトには負けます
が、回廊のご先祖の肖像画なんて、シグナル・ボーダーをしてないひとがいないぐらい……
ぼくに騎士能力が出たって、名誉より先に母様が不貞を疑われたくらいバリバリの研究
一族で。うちには騎士やファティマがいつも出入りしていて、研究用のファティマもひと
りふたり所持してたんで……」
「ふーん」
「ぼくが騎士としての自分を認めていないから、パープルはぼくを主人と認めないのかも
知れませんね」と、天使の顔を歪めてフーゴは苦く笑った。
「パープルが今逝っちまってんのはフーゴのせいじゃなく、あのバカマイトがヘンな頭の
いじり方したからだろ？」
ナランチャは考えずに相手した。天才の論理を追うと、一緒に鬱に取り込まれるとでも
いうように。
「直接的な因果で言うとそうですけど」と、頭のいい少年はひとり考え込んだ。
と、地響きがしてブチャラティたちが立ち会っているあたりの地形が変わった。
「なー今の剣聖技っぽくなかった？ 浮島……？」
「まさか、でも」
「浮島は別名ソニック・ブレードともいい巨大なストーム・ウェイヴを発生させる最高ラン
クの剣技です。ただいまのブチャラティ様のは手から衝撃波を発生させた単純なショック・
ブレードと分類されます」と、パープルが抑揚のない声で解説した。
……なんか勘が掴めてきた、もういっちょーッ！
ブチャラティのノリノリの声が切れ切れに聞こえてくる。
「努力したら剣聖技出せると思ってるところがあのひとの非常識なとこだよなー」そうい
う脳の端っこで、最近パープル口数多くね？ とナランチャはふと思った。
「ＭＨでも分身出してみたいって言ってましたっけ」
「生身でも出ねーよ、おれ」
「剣聖は今空位なんでしたっけ？ 慧茄様が預かってるんだったかな？ 偶然でくわして
天位を下ろして貰うってのはもう無理として……やっぱり本場バキンラカンにちょっとヴァ
カンスにいって貰いましょうかね……」と、ぶつぶつとフーゴは作戦を練り始めてしまった。
「なあーもう日が暮れるぜ」
「ブチャラティーッ！ ぼくもうお腹がすきましたーッ」
手をメガホンに、フーゴが声を掛けた。家にいたときは、そんなはしたないことなんか
思いもよらなかったのに。いや、家にいたときは空腹を感じたことなど無かった。一般人
の子供が初等課程を終える頃に博士号をひとつ取ってしまったフーゴは次の博士号までは
予定の範囲内だった。そのうちにＭＨの設計で認められてひとつぐらい歴史に名前の残る
ＭＨを世に出して、ＭＨマイトとして名を残す、そんな野心も抱いていたというのに、３
つめ、望まぬ騎士能力が現れて彼の周囲は一転した。騎士の能力があるものが一般人に暴
力を振るうことに法は厳しい。今まではただの天才児のかんしゃくで済んだもので家が吹
き飛び、死者が出る事態になって、彼は未来を失った。
……まあ、命と理性と運動能力は保全されたんだし。
フーゴは割りきって市井の生活を楽しむようになった。これがふつうの騎士が起こした
傷害致死だと、彼は死刑、もしくは一生寝たきり生活という罰を受けるところだった。
彼が自分の過去に思いを巡らせていたのはほんの一瞬だったが、ブチャラティとそのファ
ティマが「軽い立ち会い」を終えて戻ってきたのはそれから１０分ほども後だった。
「楽しかったーッ。久し振りに思いっきり身体を動かしたなッ。見たか？ ショック・ブ
レードはそろそろ習得できそうだ。途中から手加減を忘れてたが大丈夫だったろ？ レオー
ネ」
昂奮に顔を紅潮させて、ブチャラティはゴキゲンだった。
「マスター、冗談言っちゃいけねえ、余裕でひとのことしごいてくれて、ああ、いけねえ、
肺機能がもう……」と、そのまま酷く咳き込んでレオーネははいつくばってしまった。
「え、ちょっと、済まなかった、病み上がりなのに、おい、大丈夫か」と、ブチャラティ
は血相を変えてその背をさする。
「しっかりしてくださいよ、ＭＨに乗せる前からファティマを潰すつもりですか？」と、
フーゴが屈み込んでレオーネの手を取って、酸欠を起こしていないか爪を見て確かめた。
「ちょっと、パープル、手伝って。自走式担架取ってきてください」
「はい、マス、ター」
まったく、虚弱なファティマを持つと騎士も大変。
「でもやっぱ楽しそー。ま、おれはスミスさんがいるから浮気はしねーけど」
ナランチャが両手を頭の後ろで組んでちょっと笑った。
「本当に、ご迷惑をお掛けして……」
「いーから寝てろって」
「ホント、気をつけてくださいよ？ 彼には頑張ってもらわないといけないんですから」
「解った解った」
結局レオーネはそのままベッドへ直行し、彼らはまた今まで通り「ジャンクフードで適
当に夕食」に戻った。ブチャラティはフーゴにこっぴどく説教されていた。
「それで、どうです？ 使い物になりそうですか？」
「こちらの動きを飲み込むのが早い。反応速度も申し分ない。具合が良くなったら早速乗
せてみよう」
「ホント、頼みますよ……寝込んでる間に彼のサイズは取れてますから、明日の午前中に
コクピットは上がってくると思います」
「頼んだ」
隣室で打ち合わせをしている若い騎士達の声を遠く聞きながら、レオーネは自己嫌悪で
唸っていた。習得途中とはいえ立て続けに高レヴェルの剣技を目の辺りにしたのだ、受容
と解析が追いつかなくて頭痛もしている。と、ドアが開いてひとの気配がした。静かに歩
み寄ると、チューブに入った簡便な栄養食を枕元において、パープルがちいさく呟いた。
「レオーネ、元気、なる……」
「ありがとうよ」
横たわったままのファティマが応える。
ほんの少し、少女型人工生命体の頬の筋肉が緩んだ。
１２
「ホントに大丈夫か？」
一晩寝込んだだけで、レオーネはＭＨへの試乗を求めた。
「ええ、ご迷惑かけて申し訳ありません。ＭＨが２機とも使えないのでしたらマスターが
ちゃんと動けないといけませんでしょう？ すぐ慣れます」
まだ顔色が青い。言葉も素に戻ってしまっている。ブチャラティは申し訳なく思うが、
それより今度こそ自分の意のままにＭＨを操れるという期待の方が大きい。気がつくと、
ファティマを置き去りに１メートルほども進んでしまっていて、慌てて２，３歩戻ること
を何度も繰り返している。
「スティッキィ・フィンガーズ、おまえの『先生』を連れてきたぞ」
格納庫の扉を開け放ち、ブチャラティは愛機に声を掛けた。
「先生って……」
微妙なたとえにレオーネは口ごもる。
「この『先生』の言うことを良く聞いて、ちゃんとわたしの動くとおりに動いてくれよ」
大きな電気騎士の足の先を愛おしげに撫でて言い聞かせる。まるで魂を持つ生き物でも
あるかのように。それはしかし、彼らファティマの認識とも共通するものだった。
「よろしく、スティッキィ・フィンガーズ」
レオーネは感慨をもって大きな機体を見上げ、脇にしつらえられた搭乗用のデッキから
ファティマ用コックピットに滑り込んだ。
「……ファティマ用って４点シートベルトだったっかな？」
まず、実家で慣れ親しんだシミュレーターとの違いに狼狽える。
＜きみが転げ落ちないように４点式に変えたんです。ちゃんと締めてくださいよ＞
スピーカーからフーゴの声が流れてきた。
「了解」
＜きみは足が長いから遮られてちょっと下の方の視界が取りにくいかも知れません。とり
あえず今日はそういう不具合のピックアップから＞
「了解」
＜ブチャラティはとにかくはしゃぎますから、最初は半クラッチぐらいの気持ちで繋いで
いないと。全部直結で繋いだらたぶん一蹴りでこの大陸を飛び出ます＞
「そのくらいのパワーはありそうですね」
冗談は言わないタイプとフーゴを認識したので、レオーネは慎重に受けとめた。
「もともとＭＨに乗るとハイになるひとでしたが、最近はもうゴキゲンで。きみの外見が
いいことはもちろんですが、自分のファティマを持てたことが嬉しかったんでしょう。騎
士として選ばれたことが。よくあのひとを選んでくれました＞
「選んだって……」
レオーネは独語する。
「緊急避難では、あったんですが。でも、あのファティマ用ベッドの中にいた数日、目が
覚めるといつもあの方はおれを見守っていてくれた。あの、医者の心にも傷を残し、自分
でも眼を背けた酷い状態のわたしを、見捨てないで、ずっと世話をしてくれていた、あの
方なら、わたしの能力の全てを受け止めて、引き出してくれる、そう感じたのです。ファ
ティマがお仕えする騎士を選ぶときは、そういうものだと思いますよ……」
＜あと、この子の仕様は飲み込んだと思いますが、とにかく立ち上がりが遅いんで、その
辺の最初のエネルギーのやりくりをはやく覚えてください。イレーザー・エンジンは半永
久機関ですから、あったまりさえすれば無限にパワーは供給されます＞
＜もういいだろ？ フーゴ。習うより慣れろだ＞
じれたブチャラティが割り込んだ。メンテ用のステップ類はもう後退して、発進の為に
周囲を空けているようだ。
レオーネは渡されたキーをファティマ・コンソールの鍵穴に差し込んで起動した。パイ
ロットのブチャラティの方はもう起動を掛けていたようで、両側からのサインを受けてよ
うやくエンジンが掛った音がし始めた。
＜イレーザー・エンジン起動を確認。コンソールに電源が送られたと思いますが、確認し
てください＞
「来ました。モニター起動を確認。視界は良好です……足元、３０センチばかりはそうで
すね、わたしの足先で隠れます」
＜解りました。ちょっと考えときます……死角になっちゃうかな？＞
＜わたしがフォローすればいいだろう。こっちにも外の画像は来てる。ファティマ・コッ
クピットの画像はどこに出るんだ？ フーゴ＞
＜あんたこの子は初めてでもないでしょうに。左下です＞
＜きれいな顔を拝みながらだと戦闘中も和むじゃないか……ああ、モニターの光が映りこん
でアイコンタクトがきれいだ、レオーネ＞と、溜め息が入る。
＜勝手に甘い雰囲気をつくんないでください。入り口の扉開けますよ？ 浮かれて飛び出
ない。まずは右足から……いや、まず首から回してみてください＞
＜そういうんじゃなく、時々見て具合が悪くなってないか確かめないとと思ったんだ＞
「ご配慮恐れ入ります。ですが大丈夫ですから、まずこの子に馴れさせてください」
＜解りましたよ。まずは首から。レオーネ、そっと繋ぐんですよ？＞
関節の鳴る音がして、ゆっくりとＭＨの首が左右に揺れた。人間の顔を模した唇までつ
いた１次装甲の上を、青いヘルメットのような外部装甲が覆っているせいで、往年のコミッ
クのマスク・ヒーローのようだ。
＜うん、スムーズだ。右手を動かすぞ＞
＜レオーネ、どうです？ ジャイロを使って、首を振ってもファティマ・コックピット内
は水平を保つようにしてみましたが、多少傾いた方が掴めるなら配慮します＞
「どうでしょう？ たしかに三半規管は弱い方かも知れないんで。今日の動作確認の間ずっ
と意識はしておきます」
＜お願いします＞と、開発関係者だったらしいフーゴの細かいチェックを無視してブチャ
ラティは右手、肘から下、腕全体、左手と少しずつ動作の確認をしていった。
＜開けますよ？ くれぐれも気をつけて。これをやっちまったらぼくらＭＨなしですから
ね？ 組織にペナルティ喰らいますよ？＞
フーゴはくどいほど念を入れて開扉ボタンを押した。
＜いいからさっさと開けろ。ゴキゲンだ。右足から行くぞ？ ワンツー＞
ごわん。
言わんこっちゃない。腕を勢いよく振りながら出て行こうとして、肘のところで扉の端
をぶちぬいた。
＜ブチャラティ？ 修理費用は持ってくださいね＞
フーゴは冷たく確認した。
＜さ、さあ行こうか＞
「すみませんマスター、クラッチを切るのが遅れました。ダメージの逆流そちらに行って
ませんか？」
＜い、たくないったら痛くないッ＞
＜見栄を張らない！ レオーネはどうです？＞
「はい、わたしは大丈夫です……マスター走るのはまだ無理ッ」
レオーネは両手を鍵盤楽器を演奏するように駆使して各種パラメータ変更を細かく行っ
てゆく。足首のサスペンションの状態をチェック、油圧や冷却の値が正常かどうかを細か
く確認、上がってくる様々な警報を検めて危険度の高いものから対応。この役目があって
こその大型人型兵器だ。
＜レオーネ、こっちは暖まってきたが、この子は腹がいっぱいになったかな？＞
「マスター、まさか？」
「脚を使って走る」ことはさすがにもうやめて、高圧の空気を地上に吹き付けることによ
る浮上移動に切り替えている。大質量の「ロボット」ではその方が効率がいい。姿勢制御
も申し分なく行えていて、あとは、立ち回りの稽古がくるとレオーネは予感してはいた。
座標を確かめると、昨日立ち合いの稽古をやった荒れ地辺りに出ている。
＜出せるのか？ 出せないのか？＞
＜ちょっと！ ブチャラティ、なんでも一日で終わらそうとしない！＞
移動用のデヴァイスで追ってきていたフーゴが通信を入れてくる。外からの通信はこの
注意音のあとで入るのか、とレオーネは記憶する。
＜なんでも明日回しにしておいて後悔したくない。レオーネ？＞
「出力はグリーンです。機関も異常ありません。エネルギーを送ります。２分……１分で
実働可能です」
＜解った。安全装置を外せ。丁度そこに的がある＞
レオーネが確認すると、錆びた油井の汲み上げやぐらが立っていた。
＜レオーネッ！ 安全装置を外すのはエネルギーが指先に来てからッ＞
「解ってます、フーゴ様。マスターあと３０秒お待ちを。目標捉えました。距離送ります。
縮尺はモニター右でよろしいですか？ ターゲットスコープの類は？」
＜そんなもん、眼と勘でじゅうぶんだ。まだか？＞
「マスター停まってください！ このままだの速度だとあと１００秒で目標に突っ込みま
す！ 立ち止まって斬るのではッ？」
＜そんなもん、戦闘中に据えもの斬りをさせて貰えると思うか？ 突っ込んでいって、す
れ違いざま斬り上げる＞
「無理ですッ」と抗命しても、
＜安全装置を外せッ＞と求められれば従ってしまうようにプログラムされている。
「ア、アイアイ、マスター」
細い指先が解除ボタンを押した。
＜来たな？ あとは耐ショック姿勢ッ＞
＜ブチャラティッ！＞
フーゴがヒステリックに止めた。もう、２人の目の前にはやぐらが迫っている。
「はいッ」
＜スティッキィ・フィンガーズ ユー・ガッタ・ムーヴ！＞
やや膝を曲げて沈み込んで溜めを作ると、電気騎士の右手の指先からレーザー・ブレー
ドが出て、大きな手の動きに従って目標のやぐらをまっぷたつに斬った。滑るように移動
していたスティッキィ・フィンガーズは反動で姿勢をやや崩したが、なんとか踏ん張って
姿勢を整え、１キロほど進んで静止した。しばらくホバリングしていたが、ブチャラティ
の指示で地上に降り、完全に機関を切って停止した。
＜うーん、まだなんだかおおきな雨合羽を着ているみたいだ。こうぴぴっと思った通り動
くようにはならないのかな？＞
ブチャラティはコックピットを開けて外の風に顔をさらしながら首をひねっている。
＜何言ってるんですか！？ 上出来ですよ！ 曲がりなりにもはじめて剣を出して的を斬
ることができたんですから！ 今までの苦労が報われました！ ああ、ほんとにレオーネ、
きみは最高です！ ……レオーネ？＞
今までで相性最高のブチャラティの新しいファティマは、新装のコクピットの中でゲロ
を吐いて失神していた。胸部のパイロット・コクピットはたいして動かなかったが、頭部
のファティマ・コクピットは動きに連れて随分振りまわされたものと見えた。
＜ブチャラティッ！＞
モニターでその様を見たブチャラティが外からファティマ・コクピットを開けて見せ……
そして彼女はこっぴどく「技術顧問」に叱られた。
「本当にみっともないところばかりお見せしてしまって」
気合いでコントロールして格納庫までＭＨを引っ張ってきて、レオーネは自走式担架に
乗った。
「いや、済まなかった」
ブチャラティもしおらしげにそれに付き添う。
「ブチャラティ！ ほら！ 彼が可哀相だと思ったらちゃんとしたファティマ・スーツを
一刻も早くスカルラッティさんに作ってもらってくださいッ」
大きく胸元を開けた「退嬰的デザイン」のせいで、シートベルトですり切れた白い胸を
指し示してフーゴは眼を三角にした。
「いえ、でも、血が沸き立つ感じでした。やはり、わたしはそうプログラムされているの
だと全身が理解しました。またＭＨに乗せてください。次にはきっとマスターの思うがま
まにあの子を動かして見せます！」
「よく言ってくれた！」とブチャラティはその手を取って頬を寄せる。
「ああ、じゃあ、フィードバックは明日以降にしますから、ええと、……ごゆっくり」
すっかり置いてゆかれて、フーゴが最後には口の中だけで呟いた。
１３
あとは少しずつ身体を慣らしながらということで、朝の６時からナランチャに迎えに来
られて軽い散歩とかいって２０キロを猛スピードで跳んだり跳ねたりの「そぞろ歩き」し
たり、多少の機能は搭載されていたらしいパープル・ヘイズに危なっかしい手つきで料理
を手伝ってもらったりとなんだか楽しい日々が続いて。
「レオーネ、頼むから言葉を改めてくれ。ＭＨ戦じゃあおまえがみやびな敬語でくっちゃ
べってる間に状況変わってるんだ」
演習を終えてコクピットを出ながらブチャラティが頭を掻きながら申し出た。
「申し訳ありません。善処いたします」
レオーネも、もう慣れてなんとか８０％の機能は引き出せている感触を得ているが。
「『済まねえ、これから直す』ッ」
「済まねえ、これから直す……？」
「それでいい」
にこりとブチャラティは笑って見せた。
「レオーネはそれでいいと思いますけどねえ」
会話も通じないパープルを横目にフーゴが溜め息を堪えた。これまでは気にしないよう
にしてきたのだが、寄り添って気持ちを通わせていっている２人を見ていると、やはり切
ないような気持ちになるらしい。ファティマに感情移入しすぎるのは騎士として危険と彼
は学問として修めたのだが、実際騎士としてその可愛らしい外観のファティマと対すると……
お年頃でもあることだし、いろいろと微妙だ。
「でも言ったら直すんだからいいじゃん」
ナランチャは世話の焼ける兄貴分ができたような感じで単純に楽しんでいた。
深夜、ブチャラティの私室からは、通信の声が漏れていた。
＜ブチャラティ、コリオリの連中だが、上の方での話し合いはもう諦めた。奴ら、聞く耳
を持たんのだよ。向こうの太陽系でやってる戦争のせいかな？ どうも皆血気にはやって
いかん……そのうちおおっぴらに騒ぎを起こすと思うから、やらせておけ。騎士警察の方
には話を通してある、そっちで引き受けて貰うつもりだが、ひょっとしたらひょっとする
から、いつでもＭＨを出せるようにしておいてくれ＞
「承知しました。試験は順調ですよ、なんならわたしがぶっつぶしても」
＜荒事はひとさまにやってもらうのが結局は安上がりだ。おまえはやることが派手でいかん＞
「どうもすいません、と一応言っておくべきですか？」
＜心にもないことを……＞
本部の上役からの通信を切ってしばらくすると、ドアが開いてレオーネが入ってきた。
「マスター風呂もらったぜ」
「ああ」
いちいち言わなくてもいいのに、言葉を荒くしても律儀なところは変わっていないとブ
チャラティは唇を緩める。特注の天然繊維のパジャマを着込んで、厳重なことと言ったら
ない。
「こちらへおいで」
「ああ」
跪こうとするのを手で遮って、ベッドに並んで腰掛けさせる。
「体はもういいのか？」
「おかげさまで」
第一ボタンまで留めた胸元を外して、自分の眼でブチャラティは確かめる。
「ほんと、ファティマってのはデリケートだ」
真っ赤に爛れていた肌も、今は張りを取り戻して白く輝いている。
「恐れ入る」
手を当てて、触感を確かめている主人に少しおののきながら、レオーネは律儀に言葉を
返した。
「おまえ、前のマスターには可愛がって貰ってたのか？」と、瞳の中を覗き込みながら、
ブチャラティは問題発言をした。人間に対するときのくせなのだろう、言っても言っても
この騎士はファティマの心に負荷を掛ける行為をやめない。
「マスターッ！？」
「無粋かな？」と、両頬をとらえて、すばやくくちづけた。途端に彼女のファティマは心
を乱した。
「ファティマ、しかも男型と寝るほど不自由してねえって仰ってててててッ」
「ああ、手前のファティマに手を着けるなんて騎士としては２流なんだってなあ。だから
硬派な騎士団じゃあ男ファティマを取るのがステイタスなんだろ？」
「い、いえッそれはどうでしょう、兄たちも男性の騎士様に嫁いだのは居りますがそこの
ところまではッ、オフクロからは自然なことだからお受けしてじゅうぶんお慰めするよう
にとッ」と素の口調に戻ってそこまで言ったところで美青年型ファティマは今度は羞恥で
全身真っ赤になった。気がつくともう上半身は脱がされてしまっているし。
「そうだよなあ、こんなに可愛いんだから。あたりまえだよなあ」
にっこり笑って、ブチャラティは彼のプラチナの髪をゆっくりなで下ろしている。
「カワイイってッ！？」
「あ、失礼だったかな？ ごめん、きれいだよ、レオーネ」と、言葉を変えて、彼の主人
は眼を潤ませて彼をそっと突いた。状況に応じて、プログラムされた動きで彼は横たわる……。
「マスター……」
「大丈夫、シーツも換えた。おまえの身体の負担にはならないよ」と、ブチャラティはの
し掛かる。
「法にも触れない」
うっとりと言って、またくちづけた。
「はい……」
翌朝のこと。ご機嫌な女騎士はチームの技術顧問を捕まえて耳に囁いた。
「フーゴ、おまえがもうなにがなんでもパープルのこと治したくなるような情報を教えて
やろうか？」
「なんです？」
「いやー参った。ファティマにインストールされてる技術ってハンパないわ。もう、あら
ゆる方面が超一流」
「は？」
「テ・ク・ニ・シャ・ン。一般人の野郎が鵜の目鷹の目ではぐれファティマを狩る気持ち
が解ったーッ」
「ブチャラティーッ！！」
真っ赤になって怒鳴る美少年を笑っていなして、ブチャラティは朝食の席に着いた。
「マス、ター、コーヒー」
白いエプロンを掛けてコーヒーを運んできたパープルに僅かに微笑みかけられて、フー
ゴはまた飛び上がっていた。
「あ、ああありがとう、パープル」
「なんかいいカンジになってきてね？」
ナランチャがにかっと笑った。
１４
地響きが先ほどから続いている。居住区でＭＨを持ち出しての立ち回りは違法どころで
はない。コリオリ・ファミリーの無法はもうファミリー同士の抗争といったレヴェルを超
えていた。
「ブチャラティッ！ あれ放っといてイイのかよッ！？」
地元のケーブルＴＶ局が命知らずにも映像を撮って流しているのを皆はアジトで見いっ
ていた。
「騎士警察には通報した」
冷静な顔をつくろってブチャラティは応ずる。騒ぎは昔から世話になっているリーダー
の締めている地区だ。
「やられてるはトンマーゾさんのチームでしょう？ あそこはＭＨ持ってませんよ？」
「ＭＨを出してきたら逃げろと言ってある。上の方からの指示だ。わたしは大ごとにする
から出るなと言われた」
「だからって！ 騎士警察は最近怠慢していて、コトが終わってからじゃないと来ないじゃ
ないですかッ」
「怪我すんのがイヤなんだぜ、やつら。今補償がちゃんと下りねえから」
騎士達の論争を聞きながら、レオーネは頭痛を堪える表情になった。
「どうした？ 大丈夫だぞ、今日は出番はない」
ブチャラティは彼に目配りしてやって、手を伸ばしてその頭を撫でた。
「マスター……だめだ、騎士警察は……」
「ああ、おまえは前そこにいたんだっけか。守秘義務に反することは言わなくていい。マ
フィアもそこまで非道じゃない」
非道をした結果を毎日目の辺りにしているので腰が引けているのだ、この若い騎士たち
は。
「それにしても遅いですね。ここまで暴れたら普通来るもんですが」
「おい、ナパーム出してね？ あの一帯更地になるまで焼かれるぜ」
「やっすいデヴォンシャのくせに偉そうな。あんなのわたしたちが行ったら瞬殺だ、なあ
レオーネ、……どうした？」
「ます、たー、騎士警察には、ＭＨはない。怠慢で出ないんじゃないんだ、３年ほど前か
ら予算が削減されて、拠点以外の地方にＭＨ配備はされなくなった。一般に知られると犯
罪抑止力がなくなるから、怠慢で出さないように見せかけてるだけで……だからおれも、
警察でのＭＨ搭乗経験が、なかった……」
血を吐くように言い切ると、レオーネは頭を抱えて突っ伏した。
「おい！」
ブチャラティが腰を上げてレオーネの様子を窺う。
「ひでー話」
「あり得なくはないですね。確かに、３年前からＭＨの出動は確認されていません、ええ
と」
「去年の１２月１７日の北支部の焼き討ちには消防が派遣されました。警察はあとの現場
検証だけでした。その前の、６月２１日のＭＨ同士の乱闘騒ぎでは、騒ぎが一段落付いて
から特殊部隊の派遣でした。一昨年の８月６日の秘密工場の暴発事故のときも現場の対応
は消防だけで、調査は州警察の受け持ちになってました。その前、４月５日にＭＨ使用の
強盗団を潰したのはこちらのナランチャ様ですし。確かにここ３年間のＭＨを使用した事
件での騎士警察のＭＨ出動はありません」
突如、パープルが眼を輝かせてよどみない口調でフーゴの必要とした犯罪データを口頭
で読み上げた。
「助かります」
言葉はそっけなくも、隠しようもない笑顔でフーゴが労った。
「ブチャラティ……」
顔を伺うより前に、女騎士は支部長に判断を仰いでいた。
「……とうちのファティマが言ってます。確かにそれを裏付けるだけのデータはありまし
た。このままではひと地区まるまる焼き尽くされますが？」
＜解った。ブチャラティ、出ろ＞
「ありがとうございます」
＜やるからには今後１０年はうちに刃向かう気がなくなるように徹底的にやれ＞
「先日とお言葉が違うような？」
＜費用対効果と言うことだ＞
「承知」
通信を切ったブチャラティは、頭を両手で押さえて丸まったままのレオーネを片腕で襟
首を掴んで持ち上がるとその両頬を張った。
「ブチャラティ！ 彼は貴重な生体コンピュータ！」
フーゴが止めた。
「解ってる。レオーネ、眼を覚ませ。いつまでもピイピイ泣いてるんじゃない。出撃だ。
ちゃんとスティッキィ・フィンガーズを動かせたら今夜も可愛がってやる」
「ヤー、マスター……ｉｔ’ｓ ｍｙ ｐｌｅａｓｕｒｅ．」
頬を右手で押さえ、レオーネはよろめく足で姿勢を正した。
１５
「フィードバックは出た分は盛り込めたと思います。あとは初陣だってことでヘンな緊張
からいつもの調子が出ないことぐらいですね、心配は。
初陣はいろいろあるもんだって聞いてます。コーラスの武帝が討たれたのもＭＨの初陣
だったそうじゃないですか」
「あれもほぼひとりで組み上げたマシンだったな」と、無意識に不吉なことをブチャラティ
は口走る。
「ちげーよ、フーゴ、初陣はウリクル様が戦死して、武帝は重傷だったんだ。そのあとの
大侵攻で、本陣に掟破りのショート・ワープしてきたブーレイにやられたんだってば」と、
戦記絵本でその動乱について詳しいナランチャが突っ込んだ。一応戦闘服に着替えようと
いうのに、誰も席を外さない。ブチャラティは威勢良く下着姿になって、防護タイツに足
を入れた。パープルがてきぱきと介助する。全身を防護し、戦闘中も快適さを維持する特
殊素材製戦闘服には、大きなエクスクラメーション・マークが全面にプリントされている。
「家紋ですか？」
フーゴが眉を寄せた。
「そんなもんうちにあるか。気合いだ。動物で言うなら警戒色」
手をぐりぐり細かく振って白い革手袋をはめながらブチャラティはあっさり言う。
「前から思ってたけど、ブチャラティってすげえ趣味だよな」
ナランチャが笑った。
「男の趣味はいいということにしといてくれ」
心臓を守るプロテクターの内蔵されたジャケットを後ろから着せかけられ、ブチャラティ
はジッパーを引き上げた。肩や肘には、動きをトレースしてＭＨに伝えるための端子が取
り付けられている。そのそれぞれをいちいちパープルが通電確認してＯＫを出した。
武者震いを隠すために盛り上がる騎士達を放り出して、レオーネは先にコクピット入り
した。起動キーを差し入れて、回す。パイロット側の入力がないので応答はない。その、
暗いままのコックピットで、レオーネは語りかけた。
「スティッキィ・フィンガーズ、初陣だぜ。おれと、マスターのためにその力を発揮するん
だ。おまえを設計してくれたマイトと、ここまで組み上げてくれたフーゴ様に、おまえの
勇姿を見せて差し上げるんだ。行こうぜ、相棒」
その時、お支度の遅い女騎士が仲間達との別れを済ませてようやくパイロット側起動キー
を回した。
ヴィン……フィフィフィフィフィフィ………。
モニターが一瞬光ったのち、また暗くなった。密閉されたコクピットの外で、居残りの
少年騎士たちがやいのやいの言っているのか微かに聞こえる。
……かぶっちゃいましたかね？
……今までそんなことなかったろ？
……昨日電源落とした後になんかやったかな？
……ブチャラティあんた今なんかやりました？
……やってない！
ボゴッと足元から音がして、非常用の伝声管が通じた。なぜだかレオーネはブチャラティ
が自分の拳でこじ開けたような気がした。
「レオーネ、冴えない話だが、原因はなんだと思う？」
「さあ、単純にタイミングの話だと思うぜ」
「今キーは入っているか？」
「入ったままだ」
「もういっぺんやり直しだ。抜いてくれ」
「了解」
「よし、こちらも抜いた、入れ直せ。
スティッキィ・フィンガーズ、起動！」
……沈黙が応えた。
「マスター？」
「ここは気合いかなーッて思って」
「だめだったな」
……なに遊んでるんですかーッ。
外から切れ切れに声が聞こえる。
「もう一度、ゴー！」
「スティッキィ・フィンガーズ、どうしたんだ？ だだをこねるな」
「もう一度！」
「レオーネ、このだだっ子をぶっ叩け」
いらいらとブチャティが言った。コンソールを蹴上げる音がもう聞こえている。
「マスター、こいつは科学技術の粋を集めたッ」
「接触不良なら叩けば直るッ」
「叩くにしてもどの辺りをッ」
「知るか。ＭＨ制御Ａのその優秀な頭で考えろッ」
……なに原始的なこと言ってるんですかーッ、あんたたちの力で叩いたら本気で壊れま
すッ、くれぐれも短気は慎んでッ！
「フーゴそっちで調べは付かないのかッ？」
……やってますッ！ Ｘ線まで掛けてますけど異常はないですッ！
「ゴーッ」
「頼むぜ、機嫌を直せよ」
「レオーネ、もしかしてそのキー偽物とか」
「ありえねえぜ、マスター」
……西地区が更地になっちまうぜーッブチャラティ！ トンマーゾさんが化けて出たら
どうすんだよーッ！
ゆかりの深いチームリーダーの名を出され、ブチャラティがコンソールをドンと叩いた
音が伝わってきた。
「……あの、もしかして、いつもはマスターが先にキーを入れてたんじゃねえか？」
「おうそうだ、いつもおまえがフーゴに捕まってたから」
「じゃあ、そちらから入れねえと」
「ヘンなところで引っかかるな……入れたぞ？」
「それは騎士様が優越というコンセプトなんじゃねえかと……じゃあ、ゴー！」
やっとエンジン起動音がして、モニターが立ち上がった。
＜イレーザー・エンジン、起動を確認。心配させないでくださいよ＞
フーゴからの通信が入った。
１５
「もったいつけてくれたなスティッキィ・フィンガーズよ。どうやってこの恥を雪ぐつも
りだ？」
レオーネは腹に力を入れた。
「おれもおまえも一緒だ。大事にしてくれる大切な女性のために、持てる全ての力を出し
て闘う、そうだろ？ じゃあ、キーの順番が違うなんて些細なコトで騎士様を患わせるん
じゃねえよ。さあ、エンジンをぶん回せ。出力をさっさとＭＡＸまであげろ。騎士様の大
切な恩人が危機なんだ。ちょっとでもいつもより劣った動きを出すんじゃねえ、ねじの一
本、チューブの一筋まで全力の性能見せやがれ、解ったか！」
ヴォム！
その瞬間、エンジンの周囲が輝きだし、動力が蓄積され始めた。
＜出力上がりました。ぼくらはついて行けませんからここでケーブルの映像から情報管制
してます。自分で適当に情報収集してください。あ、回線は繋いでおきますから勝手にそっ
ちのデータは入ります。適宜相談はしてくれてかまいません＞
「了解」
＜フーゴ、現況をくれ＞
＜そっちに映像送ります……右下に出るはずです。レオーネ、調整してやって＞
「あ、はい」
＜無理だ！ 自走砲なんかでＭＨが捕まるわけ無いだろう！＞
映像を見るなりブチャラティは絶叫した。抵抗がないとみて、かさに掛ってやりたい放
題の敵に対し、トンマーゾたちは現有の戦力での抵抗を試みたようだ。
＜ブチャラティ、ポルポさんには騎士警察のことを報告したんですよね？＞
＜だからといってその情報が下に伝わるとは限らない……フーゴ、こっちからトンマーゾ
さんへ繋げ、あと５……３分で行くから持ちこたえてくれって＞
＜了解＞
「マスター、その地点に５分は無理だ」
＜なんのための高出力エンジンだ？ レオーネ、スティッキィのケツをひっぱたけ。１分
以内にワープ準備。座標はあの安物量産型ＭＨの真上だ＞
「了解！」
＜ブチャラティ、この子の出力はそんなことには使えませんッ＞
＜ワープテストなんかやったっけ？＞
＜設計上は可能です。レオーネ、ワープ・システムは右コンソール下を開いてください。
対話型入力システムですが緊急時用のスキップモードが存在します、使ってください＞
＜ちょ、パープル！＞
留守番の騎士達の混乱を尻目にレオーネはワープ準備を淡々と行った。
「マスター、座標固定できた。出力クリア、秒読み入るぞ」
＜ＯＫ。タイミングは任せる＞
「真上に出る。直後の行動に注意だ」
＜暴れてやる。舌噛むなよ。どれだけ弁当（余剰出力）喰うかな？＞
「未経験で数字が出せねえ」
＜概数でいい＞
「……ヘタすると腰抜けるぜ」
＜そりゃきついな＞
＜だからダメだと言ってるでしょうがッ ルート送りますから地道に浮上走行していっ＞
「スリー、ツー、ワン、ゼロ！」
格納庫から、頭の青いＭＨの姿は消えていた。
＜上出来。おまえ運強いな＞
西地区を蹂躙していたコリオリ・ファミリーのデヴォンシャを踏みつぶして出現したＭ
Ｈの中で、ブチャラティはゴキゲンになっていた。
「強いのはマスターの方だろ。奇跡的にエネルギー残ってるぜ、近かったからかな？ 右！」
右足を取られて青い頭の電気騎士は横倒しになった。
＜格好悪ッ！＞
ブチャラティは手をぶんぶん振って起き上がろうとする。その眼前に敵が迫る！
「マスター！ デヴォンシャは重ＭＨだ、この子の今の体力じゃのし掛かられたら押し返
せねえッ」
＜押し返せないだとッ？ じゃあアレはどうするんだ？＞
「出せねえよッ！ あと２分はチャージにかかるッ」と問答している間に抑え込まれた。
辛うじて立ち上がっていたのだけが幸い。
「マスター！ 火力の反応！ 頭部ミサイルが発射された、１２発！」
＜潰せ＞
「はい……って、この子火力ついてねえんだって！」
手を伸ばした火力管制用のコンソールはダミーになっていて、レオーネの指は虚しく平
らなプラスチックの上を滑った。
＜あ、そうか＞
「着弾する、３，２，１、ショックに備えろ！」
叫んでおいて、レオーネは腹筋に力を入れた。至近距離での爆発に、モニターが光量を
自動的に調整した。すぐさま視界は回復する。
「被害は軽微。左顔面に多少の外装剥離、以上！ 面の皮厚くて助かったぜ」
＜フーゴの美的感覚に感謝だ。もう少しパワーを寄越せ、押し返して間を取る＞
「もう少しって、ええと、１千ｈｐも出せるかな？」
＜それだけあればじゅうぶん、相手の呼吸が読めるか？ 今押してくるから、よしッ＞
急激にＧがかかってレオーネは呻（うめ）いた。警戒音がさっきから鳴っているのに気
づく。最重要を示す音だ、どこの箇所だろう……？
ドドォン。
敵ＭＨがうつぶせに地に伏していた。土煙が立つ。
＜ハッ、お返しだ。レオーネ、ちょっと跳ぶ。チャージはあと何秒だ？＞
「マスター！ さっきの転倒で膝の関節がやられてる！ 右！ 跳躍には強度が足りねえ！
こけるぜ！」
＜ちぇ、こないだもそんなこと言ってなかったか？ フーゴ！ 納入業者換えろ！＞
急吹かしで一瞬に長距離を浮上走行することで代用してブチャラティは目的の距離を稼
いだ。ただ、それを伝えられていなかったファティマはコクピットで吸収しきれなかった
横Ｇを肺に受けて咳き込んだ。
＜あんたが荒っぽいんです！ 削り出しのカスタムメイド！ 代替業者なんかいません！
設計強度超える力かけといて言わないでください！
レオーネ、ただ立って浮上走行には堪えますか？ 危機レヴェルを早急に送ってくださ
い＞
フーゴが割り込んだ。
「ああ、姿勢保持には支障はない。今の動作でも目立った損傷はうけてない。……目標ま
で必要チャージ時間は７２秒！」
＜ふふん、上出来だ＞
いつもの立ち回りでは脚を使ったジャンプで相手をかく乱するブチャラティだが、今回
は浮上走行を続けたまま相手と距離を取って時間を稼いでいる。レオーネは各種の計器が
悲鳴をあげ続けるファティマ・コクピットで目標出力をやりくりするために１０指を忙し
く動かし続けている。自分のコクピットの空調まで切って節約だ。
「マスター！ あと１０秒で出力クリア！ 右指先搭載小口径レーザー・ブレード稼働系
に不具合報告なし！ 回路開きます！」
＜いい子だ、愛してるよ！ 来たな？ 跳ぶッ！ 耐ショック構えろ！＞と、その言葉を
裏切らずに膝を曲げて飛び上がろうとする動きを察してレオーネは叫んだ！
「マスター！ ジャンプは無理ッ」
＜大丈夫、この子にはもう右手さえあればいい。
スティッキィ・フィンガーズ ユー・ガッタ・ムーヴ！＞
敵ＭＨの真上に跳んで、右手の指先から出したレーザー・ブレードで頭から斬り下ろし
たブチャラティのＭＨは大きな地響きを立てて地に降り立った。
切断面から放電し、各種のオイルを吹いていたデヴォンシャは、しばらくしてボッと火
を噴いた。
「マスター、避けないと、この子まで燃えてしまうぜ」
＜あー、駆動系逝ったかな？ 脚動かないわ＞
「だからジャンプは無理って言ったのに……浮上走行で平行移動そっと行けねえか」
＜うーん、エア漏れてないか？ モード切り替えたんだけど動いてる気配がしない。浮い
てさえいない気がする＞
「そこは最後の砦なんだが……フーゴ様？」
＜なんで脳天唐竹割りなんて技をＭＨが披露してやる必要があったんですかッ！？ 普通
に横に斬ればいいでしょうッこの派手好きのお転婆ッ！ 最低限浮けばこっちのコンヴェ
アで引いていけますからちょっと手配してきます……
気を抜いていちゃいちゃしてないでさっさと出てきなさいッ！ 蒸し焼きになります
よッ！＞
フーゴに難しい判断を委ねたあとは、さすががマスター、とか、いや、初陣を飾れたの
はおまえのおかげとか言葉でいちゃつきはじめた２人をフーゴが一喝して締めた。
１６
＜いいですかッ、遠足はおうちに帰るまでが遠足ッ、ＭＨ戦も同じッ！ 相手を倒して終
わりじゃなくて、ちゃんと粛々と退場する手段まで考慮に入れて闘うのが上等な騎士のや
ることですッ＞
「済まない」
なんとかＭＨを下りて、携帯通信器の前に２人頭を垂れて、お説教タイムになった。
＜結局消防が来て火を消すまでこんがり焼かれちゃって！ どうするんですこの外装ッ！＞
とうとう３台目も大破させてしまったので、フーゴも怒る、怒る。
「それより、フーゴ様ッ、こいつを設計したマイトのところへ連れてってくれッ、一発殴っ
てやんなきゃ気が済まねえッ！
ただのお飾りＭＨじゃなくこいつを作ったなら、火器は全身つけといてもらわねえとッ！
初陣なのにこんなあばた面にされてッ、可哀相じゃねえかッ。騎士はどんな局面からで
も、なにを使っても勝ち残らなきゃならねえんだッ！」
レオーネが気負いこんだのを聞くととたんにフーゴは腰砕けになった。
＜あ、はい、そうですね、実戦が解ってなかったかも知れません、ちゃんと申し伝えてお
きますから、落ち着いて、ええ……初期設計には入ってましたから、次からすぐ使えるよ
うに搭載しておきます、はい＞
耄碌したマイトには名義だけ貸して貰って、自分でこつこつ線を引いてきていたマシン
をマフィアに来てはじめて実体化させた将来の天才ＭＨマイトは、クレームを受けて小さ
くなった。
初陣を経てたくましくなったパートナーをブチャラティは頼もしそうに見上げた。
「勝ったな」
「ああ」
「おまえのおかげだよ」
汗と煤に塗れた顔で、２人は見つめ合っていた。
拝啓
母上様には変わらずご健勝でお過ごしのことと拝察いたします。
わたくしことレオーネは嫁ぎました騎士様とはあいにく死に別れ、母上様にはご心配を
お掛けしたことと拝察いたしますが、幸い、ほどよいところで良き騎士様に保護され、た
だいまはこちらをご主人様と呼ばせていただいております。
先だってはご主人様の新しいＭＨでの初陣にお連れいただいて、無事に勝ち星を挙げる
ことができた次第にございます。大変お褒めを戴いたことをここにご報告申し上げます。
ゆくゆくはお時間を戴いて、里帰りのメンテナンスなどさせていただくお話もございま
すので、その時のデータなどお渡しできるかと存じます。どうか弟たちの制作にお役立て
ください。
それでは短くはございますが近況報告ということでこれで失礼させていただきます。
母上様のご多幸と研究の成功を心よりお祈りしております。末筆になりましたが、旦那
様、お子様たちにも宜しくお伝えください。それでは、研究に根をお詰めになってお疲れ
の出ませんように。
敬具
メーン・マーブル博士
あなたの息子 レオーネ
「まァッ、よかった、レオーネが生きていたわ。それだけじゃなく、ＭＨ戦で勝ったと！
ああ、良かった、あの子には強く、強くと気合いを入れすぎてバランスを欠いて、可哀
相なことになってしまったから気になっていて。よかった、ロストしたと連絡を受けて心
配していたけど……」
名前だけで差出人の住所のない手紙を読んでいたボォスの主婦マイトが、ホッとしたよ
うに手紙を胸に抱いて吐息した。
「それは良かった」
傍らで新聞を読んでいた紳士が、心からの相槌を打った。
「じゃあ、そのデータを制作中のアナスイに入れられるわね。良かった」
「うむ」
「アナスイは、男女可変型なのよ。騎士様のお好みに合わせて、仕上がった後でも性別を
変えることができるの。いいでしょう？」と、うきうきと研究室の方に歩み去った。
「そ、それはどうかな……？」
マーブル氏は自分の理解を超えた世界に行ってしまった妻を心配そうに見送った。
ケーブルＴＶが撮っていた「街を蹂躙するＭＨをまっぷたつにしたマフィア配下の新型
ＭＨ」の映像は戦時ながら星団中を回り、トランにブチャラティ（とレオーネ）ありと名
を轟かせた。
未来、未来、ずっと未来、世界が２巡も３巡もした果てで、ふたりが出逢って、仲良く
暮らせればいい、そんな話。
１２−１１−１０
おまけ。
「デザートはこちらに」と、レオーネが鉢に盛り上げたフルーツを持ってきた。
「うわーッ、初めて見た！ これ、ウサギリンゴってやつ？」
「ええ、そうです」
「ぼくも実際食べるのは初めてです。パープル、おあがり。皮は残すんだよ」
「はい、マスター」
「これナニ？ 反対側に皮ついてんじゃん？」
ナランチャが目ざとく別ヴァージョンを探し出した。
「ああ、それは……キツネさん」
見ると、耳は短かく、逆方向に一本太く皮を残して立ててある。
「じゃあ、こっちは？」
その尻尾部分に細かく切り目を入れて、カールさせてある。
「リスさん、です。それからこっちがおんぶウサギ」
「うちのシェフより凄い」
フーゴが舌を巻いた。いや、ウサギリンゴは正統派シェフの芸のうちには入らない。
「さすがは主婦の作ったファティマ……もしかして人参で花とか、ソーセージでタコさん
とか作ったりしないだろうな？」
くすくす笑いながらブチャラティが確かめた。
「そういうのは一通り入力されています。メロンを御用意頂ければカーヴィングもご覧に
入れられますが」
……オバチャン、そんなことより肝心要のメンタルのゲージを上げてやれよと若き騎士
達は皆突っ込んだ。
おまけその２
マーブル・ファティマ 一覧
ジョナサン Ｂ１−Ｂ１−Ｂ２−Ｂ２−Ｃ：ＶＳ１（良作）青年型
エリナ・ペンドルトン（ノイエ・シルチス）に嫁いで今もらぶらぶ。
シーザー Ｂ１−Ｂ２−Ｂ２−Ｂ１−Ｂ２：ＶＳ１（良作）青年型
ジョセフ・ジョースター（ＳＷ財団）に嫁ぎマスターの解毒剤を得るために決闘し辛く
も勝利のあと死亡。
ノリアキ Ａ−Ｂ１−Ａ−Ｂ２−Ｃ：ＶＶＳ２（高級）青年型
ジョウタロウ・クウジョウ（ＳＷ財団）に嫁ぎ暗黒組織との戦いで敵首領の重要な情報
をもたらし戦死。
ハヤト Ｂ１−Ｂ１−Ｂ１−Ｂ１−Ｂ１：ＶＶＳ２（高級）少年型
シノブ・カワジリ（カメユー騎士組合）に嫁ぎ、女性としてダメダメな主人にシニカル
な目を向けつつも関係は良好。
レオーネ Ａ−Ａ−Ｂ１−Ｂ２−Ｄ１：ＶＳ２（大量生産並み）青年型
パトリキ・スフォルツァ（トラン騎士警察）に嫁ぐもロスト。ブローノ・ブチャラティ
（パッショーネ）に保護され、嫁ぐ。関係は良好？
アナスイ 制作中。男女可変型（予定）。
おまけその３
「それで戦闘能力ナイショの２Ａはどうやって出したんだ？」
「ええと……オフクロが秘伝のアップル・パイのレシピと引き替えにコークス様から聞き
出した『戦闘能力値を上げるパラメータ』がうまく効いたらしくって」
「そんなものと引き替えになるんですか！？」
「女性マイトってこええ」
「『女性の心を読むテクニックのパラメータ』もバーターで渡したから、コークス様のファ
ティマも後期型は結構女性の扱いがうまくなってる筈で。
料理関係のデータは共有してるから、あそこの子たちも和洋中華は完璧、麺も打てれば
寿司も握れるぜ」
「男のマイトとは着眼点が違うな」
「あなたには解らないでしょうけどなんつって師匠のバランシェ公の研究資料自慢げに見
せつけられたから、わかんなーい、あなた凄いのねつっといてコークス様がお手洗いに立っ
た隙にバッチリコピって来たとか」
「女の友情って……」
「おかげで出力のやりくりだけは得意だぜ」
「…………」
蛇足。
スタンド能力者のレオーネ君の能力値を、戦闘能力はＡで特殊能力はそこそこなのにメン
タルがＤランクでいけねえよ、といろいろ考えていたら、まるでそりゃファティマ＠ファ
イブスター物語（永野護）みたいだなと思って、そういう残念なスペックのはぐれファティ
マのレオーネ君がマフィアの女騎士ブチャラティに拾われる話ができてしまいました。お
かあさんロボットＳＦ頑張っちゃった。
ＦＳＳは結構好きで、独身時代れいの設定本全部買いそろえたくらいはまってました。
だから世界観はちゃんと出せたと思ったけど……いきなりＳＦな話になってごめんなさい。
おばちゃんマイト、メーン・マーブルはオリジナルです。メーンはＭａｉｎｅと綴りま
す、そういうこと。あの世界、美男美女いいじいさん渋いオジサンは出てくるけど、オバ
チャン、おっかさんは出てこなくって。作者が若かったせいもあると思いますが。もうあ
の頃の作者の年追い越しちゃったわ。長期連載って怖いわね。
物語は止まっていて、たぶん年表に書いてあるアマテラスのアドラー大侵攻は書かれな
いだろうし、ジョルノも出てこないので、ふたりはきっと仲良くずっと暮らせると思いま
す。ミスタさん出せなくてすいません。おかあさん最大３人しか動かせなくって。あ、１
人にひとつ付くんだったらファティマ＝スタンドにすればいいのにムーディちゃんディス
ちゃってごめんなさい。あまりにもブチャラティに真っ直ぐ忠誠を向けるアバッキオって
ファティマっぽいと思ったから。それにしても王子様教育をうけたからって敬語でしゃべ
るアバッキオは違和感あった。何様よ。すいません。
「騎士に飛び道具は効かない」筈なのに、ファティマを庇って死ぬなんてどんだけどんく
さいんだスフォルツァ。まあその辺は原作のエピソードを無理矢理再現するためってコト
で温かくスルーしてください。賄賂貰ってたのスフォルツァになっちゃったし。レオーネ
悪くないじゃん。
指からレーザーを出して斬る技の名前を欲しかったので、「スティッキィ・フィンガー
ズ」の元ネタ関連で。アルバム「スティッキィ・フィンガーズ」の中の一曲、「ユー・ガッ
タ・ムーヴ」。聞いてみたら威勢のいい曲じゃなくゆったりしたバラードでした。まあい
いさ。