よふけのなわとび 篇
砂漠の夜は冷え込む。パキスタンを出ようという頃になって、ＤＩＯからの刺客はこの
ところ姿を見せなくなったが、精神的な緊張からか、夜も更けようというのに皆目が冴えてし
まっているジョースタ一行だった。ポルナレフなどは、アヴドゥルを死なせてしまった自
責の念も、まだ身を縛っているらしい。年長者たちが眠らないので、若い二人も困ったよ
うに目交ぜしながら身をすくませている。
「花京院、眠れないならちょっと暇つぶしにトレーニングでもしてみるかね？」
ジョセフが声を掛ければ、
「はい」と、素直に花京院がシェラフから這い出た。
「ハイエロファント・グリーンの触手を、そうじゃな、三メートルばかり伸ばしてもらえ
るか？ その端を、わしが持つことにしよう」
「はい」
蛍光色に輝く触手が、たちどころに現れて老人との間に橋を造った。
「少したるませて、そう、地面に付くぐらい。そして、すこし揺らす。幅は両方三十セン
チぐらい、そうじゃ。右から。
そしたら、振り幅を広くしていく。最大八十センチずつぐらいじゃ。そうそう。なかな
かやるの」
「ジョースターさん、これは？」
言いつけ通りに触手を操りながら、ややいぶかしげに花京院は問いただす。
「そのまま、そのまま。
承太郎！
ちょっとこれを飛んで見ろ。もちろんスタープラチナでじゃ」と、眠れないまま、始まっ
た「トレーニング」をぼんやり見守っていた孫に声を掛けた。
「じじい、なめてんのか？」と、瞬時にスタンドを発現させた承太郎は、かろやかにその
往復する触手を飛び越えはじめた。
とん、とん、とんっ……。
「まるで縄跳びのようですね」
「うむ、縄跳びじゃ」
「じじい？」
「じゃ、花京院、回してみようか。そ〜れ、大波、小波」
言われるままに花京院は触手を操る。
「ちょろいぜ」
無表情のまま、承太郎はスタンドを操る。スタープラチナの頭髪が、ジャンプの度に上
下に揺れてテンポを作る。
「じゃ、ハイと言ったら着地の度にしゃがんで小石を拾う。実際に拾わなくても、ちゃん
と地面に手を突くこと。じゃ、行こうか。
ゆーびんやさん、落とし物、拾ってあげましょ、ハイ、
いちまい、にーまい、さんまい……」
一同あっけにとられたまま、縄跳び特訓が始まった。
「百枚、ええい、もう勘弁してやるわ、次、ポルナレフ！」
「はいよ、じーさん！」
途中から混ざりたくてうずうずしていたらしい気のいいフランス人が、躍り上がって参
加する。
「アン、ドゥ、トロワ、キャット、サンク……」
ご機嫌で飛び跳ねながら、脚を大きく上げてみたり、剣を構えて見得を切ってみたりする。
「花京院、もう一本出せるかな？」
「おやすいご用です」
目を輝かせて、彼も乗ってきた。
「ダブルダッチと行こう。
承太郎、交代じゃ」
縄が二本になって、難易度が高くなったのに承太郎は苦にしない。
「オラオラオラオラオラオラオラーッ」
拳を突き出して素振りも入れて見せる。
「余裕か、生意気な。花京院、スピードを上げるぞ」
さらにスピードを上げるが、一度も脚を引っかけない。
「やるなぁ」
ポルナレフも横で見ていて感嘆している。
「交代！」
「おりゃあ！」
華麗なステップで縄をよけて飛ぶ。
「すごい！」
縄を繰る花京院の方も生き生きとして、顔には珍しい笑みが浮かんでいる。
「じゃ、さらに難易度を上げよう。花京院、この状態から、一分に一回エメラルド・スプ
ラッシュを十秒発射。弾数は加減できるのかな？」
「目分量ですね」
「怪我せん程度で、ほい」
「はい」
「ちょ、まてーッ！」
余裕を見せていたポルナレフが、慌てて剣を構える。が、さすがに全て弾いて身体には
当てない。もちろん、脚は二重の縄に引っかからないようステップを踏んでいる。
「三十秒ごとに発射！」
「ははは、余裕余裕ッ！」
「次は十五秒！」
「十秒！」
「ジョースターさん、それでは休止している時間がありません」と、花京院は冷静に突っ
込む。突っ込んでおいて、花京院は構わずエメラルド・スプラッシュを浴びせ続ける。い
い性格である。
「なかなかやるな。次、承太郎、交代！」
「おう！」
みんな乗ってきて、縄跳びに夢中だ。
「次、ポルナレフが縄じゃ。花京院、自分が入っても大丈夫じゃな？」
「あ、……はい！」
大波小波から始まって、郵便屋さんも、ダブルダッチも、花京院はこなしていく。軽い
運動のせいだけではない頬の紅潮を見せている。
「次、承太郎、合図をしたら、エメラルド・スプラッシュの代わりに十秒小石を投げてやれ」
「じじい」
「大丈夫！ 楽しいです！」
花京院は言葉通り、さらに触手を引き出して、襲い来る小石を全てはたき落とした。右
に、左に、フルコースを同様に跳びきった。
「じゃ、ダブルスと行こうか。承太郎、入れ。二人で協力して飛べよ？」と、少しもペー
スを落とさずに言う。
「はい」
「おう」
最初はおっかなびっくりのダブルスだが、一分も飛んでいるうちに息が合ってきた。
「ポルナレフ、合図をしたら、十秒間突きまくれ。怪我しないでできるかな？」
「はい！」
「３、２、１、今じゃ！」
シルバー・チャリオッツの剣が、容赦なく突き出される。
「オラオラオラオラオラオラオラーッ」
剣先は全て拳によって止められる。
ランダムに、ハーミット・パープルの茨が足先を掬おうとするが、それも二人は軽やか
にかわし続ける。花京院がよろけそうになって、承太郎が手をさしのべた。
それ以降、二人は手を絡め合って、どこかの民族舞踊のような息の合い方。
「ちぃーッ！」
ムキになったポルナレフがムチャクチャに突きを入れる。
「ちょっと、ポルナレフ、反則ですよ」
触手を縦横無尽に張って防ぎながら、花京院が抗議する。
「はい、おしまい」
ジョセフが声を掛けたときには、三人とも息が上がってしまっていた。心地よい疲労に
顔を緩めて、みんなして座り込んだ。
「はあ、はあ、とても楽しかった！ ジョースターさんはさすがです。遊びながらのトレー
ニングなんて」
皆に水を配りながら、花京院が尊敬のまなざしで老人を見る。
「まあ、なんでも役に立つもんさ。子供の頃、わしらはこうやって知らず知らずのうちに
足腰を鍛えていたもんじゃ」
「ぼく、縄跳びで遊んだの、初めてです……体育の授業ではありましたけど、こういうの
はやらなくて」
花京院は一人の友だちもなく育ってきたのだった。一同、その孤独を思いやって言葉を
なくす。
「あ、ヘンなこと言ってすみません。ああ、なんだか疲れましたね、よく眠れそうだ。す
いません、お先に失礼します……」
曖昧な笑みを浮かべて、花京院は背を向けた。軽く汗をぬぐって、シェラフに入り、す
ぐさま寝息が聞こえ始める。
「おれも寝るぜ」
承太郎がごろりと横になった。
しばらくその様子を窺っていたポルナレフが、真面目な顔を作って老人に声を掛けた。
「あんなきれいな、良く気の付く心の優しいやつが、一人の友だちもおらず、ほんの他愛
もない遊びもしたことがなく育ってきたなんて！ なんて可哀相なんだ。生まれながらの
スタンド使いというのは哀しいもんだな」
「おまえも生まれながらにスタンドを持っていたそうじゃないか」
「ああ、だが、おれには妹がいた。シェリー、妹だけは、おれがどんなバケモノでも愛し
てくれる、ずっと……そう信じられたから、生きてこられた」
そのシェリーを失ったからもあって、彼は自分の身体を戦士に鍛え上げたのである。
「これからおまえたちが仲間になってやればいい」と、ジョセフは人好きのする笑顔を浮
かべた。
「仲間……そうだな」
気のいい男は、すぐに破顔して見せた。
（もう、たった一人、このひとさえいればいいという相手を見つけてるみたいだけどな）
と、思った内容は、ちらりと承太郎を振り返ってみせることで老人には伝わっただろう。
（一人だけしか見ていないのでは困るのじゃ……）
老人の考えは、愛の国の男には伝わったかどうか。
「まあ、これで今夜はおとなしく寝てくれたようじゃ。これがスポーツの効能というもの。
いくら若いからと言って、こう毎晩盛ってくれてはこちらも寝不足になってしまう。ポル
ナレフ、火の番は頼んだぞ。３時になったら交代しよう」
「……って、じいさん、目的はソレかい！？」
策士のジョセフ・ジョースター、まだまだ健在であった。 チャン、チャン。
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