人魚姫
リヴァース・キューブ ヴァージョンで
人様にリクエスト出しといて、自分でもやってみる鬼畜。
さらっと鬼畜ブチャラティ♂ヴァージョン、と思ったら、そりゃ人魚姫アバは当然とし
て、婚約者はジョルノでしょ。当然小姑フーゴはデフォルト、となると、アバ＆フーゴ＆
ジョルノと女体化の三乗、キューブになりました。新しくて良いか。
そして女体化ジョルノ＠ふられ女には可哀相なのでミスタさんを配置してみました。わー
いまいねヴェルト初のミスジョルだー。いやお初ちゃうやろ。ｃｆ．「ひみつの花園」。
ええと、サイト開設５周年記念お祭り作品と言うことで勘弁してください。
あと、うちは１５禁サイトですからッ！ ものが「人魚姫」なんでさらっとエロいこと
やってますからッ！ ……心がオトナな方のみで、スイマセン。
１
そこは人間の名付けた名で言えばティレニア海の最深部。海底の岩と岩とが重なり合っ
た更に奥、日の光も射さぬ洞窟の中であった。
「用件を聞こうか、レオーネ王女」
暗がりから声が湧き出した。洞窟に身を同化させていたかに見える、それは巨大な蛸で
あった。
「陸に上がることは可能だろうか？」
逡巡の末に、声を絞り出したのは先日はたちの成年式を迎えたばかりの人魚の王女。昔
からの習わしで、水面に出て人間の世界をのぞき見ることを許されたのだが、折悪しく荒
天で、丁度クルーズに出ていたこの近くの人間の王国の王族の乗った船の難破に遭遇した。
すぐさま海底の眷属に号令し、きびきびした指揮で海に投げ出された人間どもや下ろさ
れた救命ボートを救って、将来王位を継ぐものとして末頼もしい様を示したところだ。
その王女が、お手柄の成年式以来ふさぎ込んでいるというのは聞いていた。
全員の命を救うまでは行かなかったことに心を痛めているのであろうと言う者もいた。
しかし、目端の利く者は、王女がれいの病に取り付かれているのではないかと危ぶんで
もいた。
……人間に心を奪われてしまったのではないか。
それは、海に住まう者が時折冒される熱病のたぐいであった。
王女もまた、その病に罹ってしまったとその蛸、ポルポは見た。
「できると言ったら？」
濃い睫毛の下から、小さな眼を光らせてポルポは問い返した。
「あなたももう大人だ。陸に上がって見聞を深めたいという気持ちも解る。あなたは人魚
族として、人間に近い上半身を持ってもいる。陸の上での呼吸に差し支えはなかろう。
ただし、このポルポを魔法使いと知って、その上での相談とすると、ご希望のところは
そのようなものではありますまい。
王女、あなたは陸に上がって人間と同じ暮らしをしたいと思っておられる、違うかな？」
「同じなどと」
背に滝の如く流した淡い金色の髪を震わせて、人魚の王女はかぶりを振った。しかし、
眼を伏せながら、おそるおそる自分の想いを口に出した。
「……ただもう一度逢いたいだけだ」
言ってしまってから、胸に閉じこめすぎて密度の大きくなったその想いを解放した安堵
でほうっと息を吐いた。美しいは美しいが、豊かな髪は髪飾りも付けず後ろへ流しただけ、
見事に盛り上がった乳房も邪魔とばかりにそこら辺の海藻で固く締め上げていて、生真面
目で凛々しさばかりが勝っていた大柄な王女の姿に、なんともいえない艶な魅力が加わっ
たと見えた。
「会うだけか？ それは子供のような。
王女、あなたは人間の男と会って、やつらが愛と申すふざけた行いを自分もやってみた
いのだろうが。
口と口とをかさね、手足を絡みつかせるあのみっともない行いを」
魔法使いは嘲弄した。
水中に住まう者は生殖では身体を接することはない。全ては水を介し、間接的に行われ
る。陸生生物の営みはそれゆえ海の民にとっては脅威で、軽侮の対象でもあった。しかし、
ごくまれに、それに憧れを抱くものも出る……王女もその病に罹ってしまったようだった。
果たして、王女は頬を薄紅に染めて、それを顔色で肯定して見せた。
２
「それではただ脚を付けるだけではダメだ。
人間の男が大好きな、両脚の間についているものも付けないと」
「……はい」
いよいよ王女は小さくなりながらも認めた。
「見なさい、どのような『お道具』がよいか。あなたに選ばせてやろう」
蛸は触手を動かして商品の並んだ棚の前のカーテンを取り去って見せた。
「女学生の未成熟な感じを出した製品がこちら『あたしのはじめて、あ・げ・る♪』」
蛸は女学生が頬を染めてあられもないポーズをとっているパッケージの絵を指し示した。
「少し遊んでるおねえさん風なら、この『いけないことしましょ』」
内側のつくりが絶妙で、と断面図を見せつける。レオーネ王女は思わず白魚の指で両目
を覆ったが、好奇心に負けてその隙間からちらちらと見た。
「さらに遊び慣れたもの向けの、やや緩んだ人妻のつくりの『女のほんとはここから』。
年の行った者はこういうのが好きだったりするのだが、どうかな？」
軽々しい気持ちで親からもらった身体を捨てようとする者を脅かし、さらには未知の世
界へと夢を抱いて踏み込もうとする年若い娘をいたぶる気持ちも混ざって、ポルポはこと
さらにあからさまに作り物の人間の身体を紹介してみせた。人間の男と女のすることを絵
などを使って微に入り細を穿って説明し、あろう事か見本に指を突っ込ませてみたりして。
「……ッ！ そのようなこと、まことか？」
「嘘を申してどうします。いかがですか、王女、まさか怖じ気づいたりはなさいませんな？」
「い、いや……よく教えてくれた。心づもりはしておく」
固い性分の王女はぎこちなく返事する。
「ほほ。人間など、遠くから憧れているのが花、真実を知れば目は覚めます。王女はお立
場もあるのですから、どうぞここでお心を変えられて」
百戦錬磨の魔法使いは王女の心を手のひらの上で転がしてみる。
「それはそうだが……国中のどの医師もこの病を治す術を持たぬと申すので」
「それは事実。
まあ、人間どもの申す至上の快楽などというものにも、出会えることかもしれませんし」
「至上の、快楽……」
うぶな王女がつい、憧れにぽおっと顔を緩めた。
「解った……初々しい感じで頼む」
羞恥に頬を染めて、全てをつくづくと見て確かめた後で、絶え入りそうな声でレオーネ
王女は言った。
「それではこちらに。
王女の身の丈はこれくらい、ならば、そのお体に相応しい人間の下半身はこれだろう。
それに、選んだ女のお道具をつけて、この通り。
これを、あなたの腰から下に付ければよい。そのためには、その腰から下は切り落とし
てもらう」
「切り落とす？」
「当然だ。もちろんまた付けることはできない。生まれた世界を捨てるというのはそれぐ
らい大それたことなのだ。思っていたのと違っていたからといってほいほい帰ってこられ
ては困る。
あなたの下半身は施術の代価としていただく。こういう物も、引き取ってくれる者がお
るゆえ。構いませんな？」
「構わん。自由に処分するがよい」
「ご立派だ。しかし、ことの成り行きまではこのポルポにも保証はできぬ。あなたが多大
な代償を払って手に入れた身体でも、思う男の心を振り向かせることはできないかもしれ
ぬ。
思う男の心が得られなかったときには、あなたは海の泡となって消えてしまうよ。
王女、見せてもらおうか、あなたの覚悟を」
魔法使いに見据えられて王女も顎をあげて言い放った。
「見せるとも」
台の上に横たわった王女の上に大きな刃が用意された。人間の世界で、一瞬のうちに首
を切り落とし死刑囚の負担を少なくするという噂の処刑用具にそっくりな。
「気持ちが固まったら、そこのハンドルを引くといい。気が変わったのならお帰りはこち
らだ」
「王女レオーネの名にかけて、わたしはこれくらいで怖じ気づいたりしないッ！
王子、あなたのもとへ今参るッ！
おらッ」
凛々しく叫ぶと王女はハンドルを引いた。刃が落ち、王女の下半身は切り落とされた。
激痛の中、ポルポの声が響く。
「さすがだ。では、この作り物の下半身を付けておく。あなたの身体の拒否反応を抑える
ための薬を届けさせる。毎日飲みなさい。多少の副作用は出るが、あなたのその覚悟なら
乗り切れるだろう。
幸運を祈っているよ、レオーネ王女」
遠のく意識の中で、レオーネ王女はただ王子の面影を思い浮かべて痛みに耐えた。
３
眼を開けると、まばゆい地上の陽の下で、まさしくその同じ顔がレオーネ王女の顔を覗
き込んでいた。
「おお、あなたはあの時化の夜にオレを助けてくれた人魚だな？ 逢いたかったぞ」
なんと、王子は一目でレオーネを自分の命の恩人と認めてくれた。おまけに、逢いたかっ
たと。思いもよらぬ言葉にレオーネは眼を潤ませた。
……そうです、王子、わたしです。あなたに逢うために人魚の身体を捨てて脚を付けた
のです……？
感極まってまくし立てながら、途中からレオーネは自分の喉を押えて絶望的な面持ちに
なった。
「声が出ないのか？」
肯くしかできない。全裸の美女をマントで包みながら、王子は現況と、彼の方の気持ち
を順に語ってくれた。
「皆は夢だと思っているが、オレは信じていた。極上の人魚の美女が魚たちに号令してオレ達
を助けてくれたのだと。イルカたちは救命ボートを押してくれたし、カニは絡んだ綱や帆
を切って逃げるのを手助けしてくれたな？ 波に呑まれたものたちはさまざまな魚たちが
代わる代わる押し上げて、浜へと運んでくれた。
最後まで船に留まっていたオレのことは、あなたが抱いて運んでくれた。
別れの時の言葉は覚えているぞ。
わたしはレオーネと申すもの。この海に住まう人魚です。
今宵あなたのお命をお救いしたことを、後悔させないでください。よい王におなり下さ
い。この先、海を怖れることのありませんように。海は恐ろしく残酷なところですが、美
しく豊かなところでもあるのです。
またお目にかかりましょう、できれば近いうちに。
そう言ってオレにくちづけてくれた。
そうだったな？
だからオレはあなたを捜して、毎朝この同じ浜をうろついていたのだ。
……もっと早く来てくれるものと思っていたぞ。結構オレはましな顔立ちだとひとには
言われていたが、あなた恋しさにずいぶんやつれたそうだ、恨むぞ」
からりと笑うさまに、レオーネはただ涙を流して肯くしかできなかった。自分の告げた
別れの言葉を、一字一句覚えていてくれた、自分があの夜以来、眠ることも、食べること
も忘れて周囲にあやしまれたのと同様、王子の方でも自分を捜し求め面やつれしたのだと
告げられた、なんと、申し訳なくも誇らしい……。
王子の命を救ったのは、自分の名で招待したものたちには責任がある、まして、近在の
者が、いやな風が吹いていると止めるのを、予定が狂うからと押して船を出させたのも自
分だ。たとえ臣下といえども我が客が残らず安全に退避したと判るまでは退避はできぬと
言い張った姿に心を動かされたから。決して凛々しい姿やこの国の王子の身分に惹かれて
のことではない……。
「なに、オレのことが忘れられずに人間の姿になってオレに逢いに来てくれたのか？
ああ、愛しい人、オレも同じ気持ちだ。なんてけなげな。魚を指揮してオレ達を救ってくれ
た気高い姿も良かったが、いまここに人間として現われた艶っぽい肉付きも堪らない。
命の恩人にまた巡り会えた以上の感動がオレの胸を轟かしている。あなたの腕を取って、
この身を投げ出し、あなたの心を得たいと願うことをせずにいられない！
美しい人、オレの恋人になっておくれ」
レオーネはもう望外の喜びに何もかも忘れてうなずいていた……。
「愛しい人、なんて素晴らしいんだ……！」
直情な王子は介抱するはずのベッドでそのままレオーネに情熱をぶつけ……レオーネは
あんまりトントン拍子に物事が進むものだから呆然としていた。
……とりあえず、ポルポに感謝だ。
人間との「愛の行為」は思いっきり痛かったけれど。
４
ネアポリスの人々はネアカでロマンティックなことが好きなので、少し前に王子を救っ
てくれた人魚が王子を忘れかねて人間になって追ってきたという話を丸呑みにして喜んだ。
だいたいが、庶民派のブチャラティ王子は日頃から街によく出てきていて、「毎年恒例の
こぎり名人コンテスト！ 丸太輪切り競争」なんてのにも飛び入り参加して手にマメを作っ
てまで３位入賞を果たして街の衆から祝福されたり(しれっと守護霊を呼び出して手伝っ
てもらうなんてイカサマをやってはいるが)、小腹が空いたなんていって浜で上がったば
かりのホタテを網焼きにしてもらってかぶりついたり、その辺の老婆に献上されたピッツァ
を歩きながら平らげたりするので人気者だった。その王子が遭難以来毎朝曰くありげに浜
を探し回っているのだから、きっと美女の人魚に一目惚れしたんだなどという噂は既に拡
がっていたのだった。
かくて自称(？)人魚のレオーネ姫は王子の恋人として宮廷に迎えられた。なんといって
も美しいし。均整の取れた肉感的な体つきといい、淡い金の長い髪といい、どこの令嬢も
文句を付けられずに引き下がってしまった。口が利けない点は、海の底との環境の違いな
どを考えて、周囲は納得した。賢くてカンがいいので、眼は口ほどにものをいう、という
やつで、日常生活に不自由はない。なにしろ差し出口をしないのが王族の恋人としてかえっ
て好ましい。真面目でがんばり屋なので、練習の成果があって立ち居もすぐに不自由しな
くなった。ダンスもこなす。上半身の身のこなしはさすがに優美で、人魚の王女というふ
れこみも頷ける。海の底の育ちなので火を怖れ、猫舌なのがちょっと可愛らしい。金銀財
宝、とくに真珠や珊瑚などは見慣れているので興味を示さないのも経済的で助かる。ただ、
赤い色は珍しがるので、王子がルビーを指輪にしてプレゼントしてやった。それに全身で
喜びを表現してみせるのも初々しいし。なにより王子を心から愛し、王子のことだけを考
えているというのが誰にも解るので、皆の眼は好意的だった。
王子が辺境に巡視に行くときもレオーネはお供していった。うっかり山賊に出くわして、
身を挺して王子を庇ったつもりが、自分が極上の美人であることを忘れていて、良い獲物
と見て山賊達は逆に盛り上がってしまった。そこは王子と、お付きの武官たちが我に返っ
てみごと山賊退治に成功して、一同は盛り上がったが、レオーネは王子を危険な目に遭わ
せてしまったとしょんぼりしていた。またそれが可愛いと王子はご機嫌だったりして。
「王子の理想の愛人じゃないか……」
そう、「愛人」として。
５
幸せな日々は続かないのが世の習い。
「ジョルノ姫がお越しになりました」
恭しく告げられて、恋人達の楽しい語らいは中断した。
どなた、と眼で尋ねるレオーネに、王子は明るい顔で答えた。
「オレの婚約者だ」
レオーネの顔が凍り付いた。
「母君はジパングの王女だ。……訳ありでな。一応王女の称号は持っているがそう呼ぶ者
はいない」
気さくな方なのですか、とレオーネは眼で問いかける。
「いや……行儀はいいほうだが」
本人が入室したので、話はそこで中断した。
「久し振り。どうした？ 綺麗な顔が今日は怖いぞ」と、王子は屈託なく声を掛けた。
……それは怖くもなるだろう。
侍従や女官は揃って心の中で突っ込んだ。美しく整った姫の顔は、いつもと大して変わっ
ているようには見えなかったが、そこは幼なじみの婚約者の間柄だから判るのかもしれな
い。
「先だってお船が沈んだときにも参りました。あのあと随分おやつれと窺って案じていま
したのに」
今の王子はもう幸せに光り輝いている。幼い婚約者にもそれが判るだけに表情が強ばっ
ているのだ。
「いや、それはもう彼女のお蔭でよくなった。おまえの方は？」
「あのクソ野郎が僕をベッドに引き込もうとしたのでおん出てきました。しばらく滞在を
許してください」
単刀直入に要件を話す金髪の姫君は、独自のセンスのドレスで着飾っていた。まだ幼そ
うなのに、胸元を開けていて、大きなテントウ虫のブローチを付けていて。前髪は上げて
みっつの巻き毛を鶏冠のように形作っている。
「それは大変。幾らでもいていいぞ。クソ野郎というのは前言ってたおまえの母君の夫だ
な？」
さっと立った王子は両手を広げて婚約者に近寄ると、ハグしてやった。
「そうです」
「一大事じゃないか。うちから厳重に抗議してやる。
おまえの身に大事がないか聞いてなかったな……心配はないと思ってるが」
「ベッドを茨のブッシュに変えて叩き込んでやりましたから。命を絶っておかなかったの
が心残りですが」
「まあ命まで取るのはまずいだろう。
義父に挑まれたおまえの心の傷は深かろうがな」と、慣れた様子で額にキスをしてやっ
た。自然と言えば自然、ごく親しい親族のような微笑ましさだ。
「紹介しよう、オレの命の恩人だ。
レオーネ、人魚の王女様だ。今は人間になって、オレの恋人になっている。口が利けな
いから、その辺は勘弁してやってくれ。
レオーネ、オレの婚約者のジョルノだ。ジパングの王族で、幼なじみなんだ」
「よろしく」
金の眼を煌めかせて、ジョルノはレオーネに右手を差し出した。礼儀を叩き込まれたレ
オーネはその手を取ってうやうやしく身をかがめた。
「部屋へ案内して差し上げろ。大変な目に遭われたのだ、ゆっくりしていただけ。献上も
ののチョコレートあったろ？ 出してやって。
ジョルノ、また後でな。晩餐はおまえの好物にさせよう」
「お構いなく。では、ごきげんよう」
礼儀正しくジョルノは退室した。そのあとで、レオーネが王子に取りすがった。
６
……婚約者がいらしたなんて！？ と、眼は語っている。
「ああ、成人した大人同士、心と心が通っていればあとは誰にも許可を得る必要はない、
うちはそういうところなんだ」
……あちら様に失礼では？
もう真っ青、涙目である。
「王族の結婚は国事行為だ。割り切りで。みんなそんなもんだよ。オレの母も、オレがあ
る程度育ったところで別居した。今は遠い街で自由にしている。そこは、まあ、品位を落
とさぬ範囲内でな。
国際社会の最後のところは、最終決定者の人間関係だ。あいつは信じられる、そうでな
きゃ、ここまでなら損を覚悟で肩入れしてやりたい、そう思わせることが大事だ。嫌いな
やつだけど、ここまでは信用できる、ってのもアリかな。そのために、ガチガチに親戚づ
きあいを固める、そうでなくても、夜会や園遊会で何度も顔を合わせとく。それが外交で、
王族の仕事だ。
おまえはきれいで場を盛り上げてくれる、そういうところでも助かってる。もちろん、
相手してオレが楽しいってのが一番の存在意義だが。オレの心はおまえにある。
しかし、結婚はジョルノとする。そこは譲れない。我慢してくれ」
思わぬ言葉に、レオーネは圧倒された。頭の中で受容するまでいかなかった。
「国のものも、慣れてる。おまえを日陰者として侮ることはない。
ゆくゆくはそれなりの称号と領地を授ける。化粧料も付ける。不自由はさせないよ。
公式の場では、ジョルノを立ててくれ、それでいい」
立て続けに思っても見なかったことを浴びせかけられ、ただレオーネは沈黙した。
「な？」
そして、抱きしめられれば、快楽に理性をとばして押し流されてしまう。陸に上がって
から、判断力が衰えている。ポルポの付けてれた下半身が、自分の行動を支配している。
我と我身が信じられないレオーネ王女だった。妹がここにいたら色ボケと叱りとばして
くれるだろうかとふと思っていた。
晩餐の後は、３人で歓談となった。地図を持って、おずおずと差し出せば、察して王子
はとある島を示した。
「ジパングは東の果ての島国だ。金が豊富に出るのだが、遠い上に鎖国していて、この辺
の国との行き来は少なかった。少し前に方針が変わってな、とりあえず国を選んで取引を
開始して金を売りさばこうというので縁組みされたのさ。
うちとしても、ジパングの金は押えておきたいからな。
それよりも、ジョルノ自身が宝だ。なみの大人より頭がきれて、物事の先を読む力があ
る。そして度胸。これでまだ１５だぞ！ 末頼もしい天才だ。
オレはまだ１０歳のジョルノに引き合わされて、その野心に惚れ込んで縁組みを決めた
のだ。心の同盟者だ。色恋なんて感情はオレ達の間には必要ない。そうだな？ ジョルノ」
王子は熱く語って、ジョルノと肩を組んで見せた。
「ええ、ブローノは僕の最大の理解者です」
美しいが表情に乏しい顔は、まっすぐに王子を見つめていた。
……ジョルノ姫の方では王子をお慕いする心はないのだろうか？
レオーネは危ぶんだ。
「ジョルノは他国へ輿入れして王妃となるだけでは飽きたらず、自分が一国の主となり、
大陸に号令する覇者になりたいと言うんだ、大物だろ？ そして、それができるとオレは
見た。時代は変わるぞ」
王子の声は昂揚を示している。
「だが、まだ子供だしな。輿入れは１８になってからだ。レオーネが心配することはなに
もない」
王子の手は無情にジョルノの肩を離れ、レオーネの手を取って握った。
「僕も王族の習いは心得ています。どうぞお気遣いなく。ブローノの心の慰めとなって下
さい」
ジョルノの言葉は殊勝だが眼は笑っていないのだった。
女官連中が気を揉んでいるのがレオーネには見て取れた。
……大丈夫なんだろうか？
７
「さあ、時計は１２を打った。これから先はオレは私人だ。レオーネ、愛しい人」
妃に去られて以来酒に逃げている父王を助け、王子は公務も相当数を負担していた。過
労死寸前の王子のストレス対策として、レオーネが支持されているという面もあった。そ
の夜も甘い時間が準備され……ている筈だったが、それは婚約者の登場によって破られた。
「ブローノ、お話が」
王子の寝室に、ジョルノは踏み込んできた。
「取り込み中だ、あとにしてくれ」
帳を下ろしたベッドの中から、王子は返事した。かなり呼吸は荒い。
「待ちます」
女官たちがおろおろ退出を求めるが、ジョルノはがんとして動かない。ためらったのは
数瞬で、王子は中断を解いた。静まりかえった部屋に荒い息と、なにやら湿った肌の触れ
あう音が響く。
「姫様、どうかご退出を」
いたたまれずに女官が声を掛けた。
「構いません、お続け下さい」
女官達は気まずそうに目交ぜをして押し黙った。
レオーネの吐息がさらに荒くなった。あからさまに昂奮の度合いが判るほどに。声の出
せないレオーネで良かったと女官達は密かに思っている。
「あなたたちはお下がりなさい」
頬を染めて俯く女官達をジョルノが追い出した。
「ジョルノ……」
王子もジョルノを追い出しにかかる。自分も極まってきたのだ。
「どうぞお構いなく」
「といってもだな。
……急ぎか？」
「参る途中気付いたのですが。
ペルーディアの代官は無能です。あそこで関を通る手続きが滞っているために流通が遅
滞していて、周囲にも影響が出ているのです。お国のためになりません。早急に手を打た
れるがよろしいかと」
天才は他国の問題点もすぐに見いだして解決策まで提案する。
「流石だな。明日申し置く。ありがとう」
「いいえ、容易(たやす)いこと。あなたのためでもあります」
「もう行ってよいぞ」
「いえ」
ジョルノは断った。
「かかりそうなんだが。あとで部屋へ出向く」
さすがに帳から顔を覗かせて、王子が頼み込んだ。額には汗が滲んでいる。
「いいえ、お待ちします」
ジョルノは動かない。
根負けして王子も行為を再開する。すぐそばに婚約者が、未成年の乙女がいようが極め
ずにオレないのだ。まったく奇跡のような身体だ。つくりものだけに。
８
２人の呼吸はいっそう荒くなる。ベッドが激しくきしみ始めある。ジョルノはそっと席を
立って、帳を引き開けた。
まさしく、彼女の婚約者は恋人を組み敷いて、その身体を貫いていた。
「ッ！ 彼女はマーシャルアーツが得意で。稽古を付けてもらっていたんだ」
顔を向けて、ブチャラティ王子はジョルノに冷静な声で取り繕った。
「それでだいしゅきホールドとやらを極められて身動き取れないわけですか。
お気遣い無く。僕もそれなりの教育は受けています」
……どこで習ったんだそんな知識。
さすがにブチャラティ王子も引いた。レオーネの方はもう顔を隠して消え入りたい様子
だ。
「お手伝いしましょうか」
まったく表情を変えずに見下ろしている少女の様子に、さすがに王子もレオーネの上か
らどいた。それでも隆としたものは中断する気をみせていない。
「子供が見るもんじゃない。部屋へ行っていなさい。あとで必ず行くから」
「もう子供じゃありません。とうに初潮はみました。僕のことも抱いてください」
「うちじゃあ１８才になってないと未成年と見なされるんだ。未成年相手に行為を持つと
王族でも追求される。
強制的に割礼を受けさせられて前科が一目瞭然になるうえに、青梅をひと樽食わせられるんだ」
「それはかるく死ねますね……黙っていれば解りませんよ」
「王宮で、そんなことあるか。さっき女官に案内されて来たろうに」
「婚約者の間柄じゃありませんか」
「ああ、国同士の約束だ。だから、オレには両国の王と国民に責任がある。まだ式を挙げて
もいない未成年の婚約者を抱いたりなんかできない」
そこのところは堂々と、実は結構遊び人だった王子は宣言した。
「初婚年齢の上昇は生涯出産数の低下ひいては人口減を招きますが？」
天才児は一般論にすり替えた。
「うちの経済規模ではその方が助かる。多く産んでも育てられないんだ。可哀相な子供は
減らすべきだ……国力がついて、産まれた子供皆に十分な栄養と愛情、教育を与えられる
ようになるまではな」
王子は堂々渡り合う。十分な栄養、愛情。若い母親から産まれたジョルノにはそれらが
与えられただろうか。黄金に覆われたジパングの宮廷は、ジョルノには虚ろだった。
「わ……かりました。では、結婚式を挙げたら、必ずぼくのことを抱いて世継ぎを授けて
もらいます」
「誓ってそうするとも」
目と目の間に、火花が散った。
ジョルノはきびすを返して部屋を出て行った。足音が立ち去るのをしばらく耳をすませ
て確認すると、ブチャラティは恋人に向き直った。
「とんだ邪魔が入ったな」
シーツを身に巻き付けて震えているレオーネを抱きしめて、ブチャラティ王子はからり
と笑ってその耳に囁いた。
「愛しているのはおまえ１人だ、レオーネ」
その夜、不安に戦(おのの)きながら、海に繋がる外堀に面したバルコニーに出て、レオー
ネはさまざまに物思いした。自分を愛しているという王子の言葉に偽りはないように思え
るのに、王子はまた、婚約者と結婚すると誓ってもいる。
ふと、禍々しい響きが耳に蘇る。
……王子の心を勝ち取れなかったら、おまえは海の泡となって消えてしまうよ。
ポルポとの誓約はどうなってしまうのか。婚約者が部屋を訪れて、自分を抱くように願っ
たのに、王子は自分を愛しむことをやめなかった。女としてそれは晴れがましいひととき
だったけれど、王子に恋い焦がれた者同士として、申し訳ない気持ちにもなる。かといっ
て、身を引くことはいまさら考えられない。王子と別れて暮らすなど、思いもよらない。
部屋を去る前に、一瞬殺意にも似た感情を眼だけに込めたジョルノの顔が思い浮かぶ。
婚約者の立場を使ってなにか手を打ってくるのではないか。王子や城の人々に迷惑がか
かってしまうのではないかとレオーネは思いを巡らせる。
……どうしたらいいの。
真珠の涙が海に落ちた。その波紋は遠く海の底の城に届いていた。
９
その薬は毎夜、海沿いの窓に届けられる。免疫を抑制して、作り物の下半身の融合を促
す薬だ。まじめな質のレオーネはそれを苦さをものともせずに毎朝服用しているために、
身のこなしにぎこちなさはなくなってきている。その夜も、レオーネはポルポからの配達
魚（にん）を待っていた。
「姉様お久しゅう。陸のものの虚飾に満ちた装いがお似合いですこと」
長い前髪を跳ね上げながら身を現したのは、妹姫だった。
……パンナコッタ！
「口が利けなくなっているというのは本当でしたのね。おいたわしいこと。けれど、同情
は致しません。考えなしのお振る舞いの報いとお思いになるとよろしいわ」
もともとはっきり言う性格だったが、自分を心配してやって来た妹姫のつれない様子に
レオーネは淋しく微笑んだ。ふと、妹姫の姿が依然と変わっているのに気付いて、自らの
うなじに手をやって身振りで問いかけようとする。
……どうしたんだ？ その……
そこへ王子がやって来た。
「愛しいひとよ、さあ、公務の時間は終わった。これからは私人のブローノ・ブチャラティ
の時間だ。今夜もたっぷり愉しもう」
その声を聞きつけるなり、パンナコッタ王女は身を翻して、後ろ手に持っていた短剣を
振りかざして王子に迫った。
「死んでくださいッ！」
……なにをするッ！
魚の下半身で陸に上がった頭でっかちの王女は、レオーネに突き飛ばされてずでっと転
び、そのまま床を顔で滑って部屋の隅まで行って壁にぶつかって止まった。
「おいおい、大胆な挨拶だな」
剛胆な王子は大股に歩いていって、ぺんっと手首をはたいて短剣を手放させると、やや
姉より小柄な人魚を抱き上げて戻ってきて、寝椅子に座らせた。
……パンナコッタ！
王子、もうしわけありません、お怪我は？
おろおろする様子から言いたいことは察した王子が、
「おまえが庇ってくれたから、大丈夫。
妹さんなんだな？ 美形な家系だな」と笑って見せた。
……なんだってこんなことを！？ その髪はどうしたの？
レオーネはパンナコッタの両肩を掴んで眼で問いただした。
「だって、このままじゃあ姉様が海の泡になっておしまいになるじゃないですかッ！
だからあたくしはポルポにかけあって、姉様が消えないで済む方法を聞き出してきたん
です！
……あたくしの髪と引き替えに、この短剣をもらって参りました。これで、姉様を袖に
した男を害すれば姉様はもとの姿にもどれるんですッ」
「オレはレオーネを袖にした覚えはないんだが」
実に真剣な顔でブチャラティ王子は突っ込んだ。レオーネは困ったように微笑んだ。
「ネタは挙がってるんですッ！
あんた、婚約者にせっつかれて式だけでも挙げることになったでしょうがッ！
それも明後日！ あ、真夜中の鐘がもう打ちましたね？ じゃあ明日ッ！
もうタイムリミットはあと１日なんですよッ！
姉様と愛を誓ってくれないんだったら潔く死になさいよッこの二股男がッ」
レオーネは顔を蒼白にした。道理で最近、日中は忙しそうにしていて、レオーネは公務
の邪魔だといって宮殿の奥に軟禁状態だった。
「うーん、心配させたくなかったから言わなかったんだが。
でも、実質的なお床入りは延期してもらったし。やっぱり未成年に手を付けられない、
というか、ぶっちゃけあの子を相手にその気にはならないんでな」
王子はしれっと言ってのけた。
「それをはっきりあの女に言ってやって下さいよッ！
それが一番確実で誠実でしょッ」
「それができないから困ってるんだろ。
前にも言ったが、オレの愛は変わらずレオーネにある。それじゃあいけないのか？」
双方の生命の危機に直面しても、堂々と王子のスタンスは変わらない。
「誓約は絶対なんですッ！
どれだけ口先であんたが姉様に愛を誓ったって、あんたが明日神の前であの女を妻にす
ると誓った時点で姉様はあんたに裏切られたことになるんですッ！
想いを掛けた男に裏切られた時点で姉様は海の藻屑となって消えてしまいますッ！
それを防ぐためには、この剣！
これであんたを殺さなくてはいけないんですッ！
二股の報いにこの剣にその汚らわしい血を吸わせなさいッ」
髪を振り乱したパンナコッタ王女は王子から短剣を取り戻した。
「いやそれは困る」
「困る困らないの話じゃないッ」
パンナコッタはまた振りかぶってブチャラティに斬りかかった。しかし、人魚の姿のま
まで陸に上がったパンナコッタは立ち居もままならない。ブチャラティは悠々それを避け
た。と、その背を押してパンナコッタの前に出そうとする者がいる。
「おい、ジョルノッ」
ブチャラティは振り返ってたしなめた。
「ちょっと献血したらどうです。血は僕があとで補いますから」
とんだ修羅場にジョルノは幸運を感じている。ここでライヴァルに実家に帰ってもらえ
れば彼女の片想いは実る。
「いや血だけじゃダメだって話だろ」
往生際悪くブチャラティはパンナコッタの剣を避け続ける。
……ッ！
とうとうレオーネが飛び出していって、王子を庇った。パンナコッタは危ういところで
剣を引いて叫んだ。
「姉様、どうしてこの男を庇うんです！」
……だって、愛しているんだ！
はらはらと真珠の涙を零して。眼は口ほどにものを言う。一同はその言わんとすること
が理解できた。
１０
頭を冷やして皆で善後策を話し合うことになった。
「姉様と結婚してもらうわけにはいかないんですね？」
「王子の結婚は国事行為だ。議会の承認が要る。王女以上の称号を有する相手じゃないと
承認が得られない」
真顔でブチャラティ王子は言い切った。
「姉様は正真正銘人魚のクラウンプリンセス、ゆくゆくはティレニア海一帯を超えた海底
王国を統べる女王におなりの方ですッ！」
パンナコッタが吠える。
「さすが、気品があると思った。やはりおまえは最高だよ」
すかさず手を取って王子はレオーネを褒める。目を見ながら、本気だ。
「それは信じられるとしても、結婚には教会の祝福が必要だ。あいにく教会は人外との婚
姻をみとめていない。
人魚ってのがファンタジーと言い抜けるにしても、今度は信者としての身元証明が必要
になる。身元の知れないただの遭難者の美女とでは議会の承認が得られないということだ。
あちらを立てればこちらが立たず。『国益になる結婚をする』、『国民にロマンスの夢
を提供する』、両方やらなくちゃならないってのが王子のつらいところだな。
私人としてのオレの心と体は永遠にレオーネ１人のものだ……恋人としてやっていくのが
一番だと思ったんだが」
レオーネの眼に輝きが戻った。
「公認された王族の恋人には化粧料が支給される。妥当な金額のものならオレからのプレゼン
トは破局した後も返還を求められないし、オレと死に別れたとしても年金は生涯保証される。
子供だって認知してそれなりの領地と称号を与えて……」
「呆れてものも言えません」
手を伸ばして姉姫の耳を覆うようにしながらパンナコッタがおおげさに頭を振った。
「交渉決裂か……残念だな」
「なにをこの鉄面皮！ 人でなし！」
レオーネは言葉もなく顔を伏せて、ただ真珠の涙を零している。
「オレはレオーネを心から愛しているし、譲歩できるところは譲歩するつもりだ。しかし、
助けて貰っておいてなんだが、オレの命は国のもので、くれてやるわけには行かないんだよ」
「じゃあ姉様に死ねというのですかッ」
「もとの身体に戻せというなら策がないでもない……ジョルノ」
「出来ますが、高くつきますよ」
「おまえにはいつでも好きなだけ最高級のプリンとチョコレートを出すように厨房に申し
つけておく」
……まるきり子供扱いだ……パンナコッタ王女は眉一つ動かさない王子の婚約者の胸の
痛みを他人事ながら案じた。
１１
「発声器官に損傷はみられないというのがこちらで保護したときの医師の所見だ」
ただべそべそする当人をほったらかしに、合理的な三人は額を寄せて話し合った。
「そこは、拒絶反応を抑えるための薬の副作用で。姉様はバカ正直に飲み続けてたと思い
ますから、服用をやめれば麻痺は取れるはずとポルポは言ってました」
パンナコッタはポルポを締め上げて姉王女を無事に取り戻す手だてをいろいろ調べてき
たらしい。
「呼吸はなんとかしていたようだが」
「そこのところは、曲がりなりにも支配階級ですから。ある程度水陸両用なんです」
「どうりであの夜も陸まで連れて行ってくれたわけだ」
王子の眼が懐かしげに細くなった。と、それも僅かの間。
「問題は気合いでぶった切った下半身の再生だな？」
「そうです。あの形態は海で暮らしていくには必須なんですから」
「まあやってみるか。
覚悟はいいか？ オレはできてる。
スティッキィ・フィンガーズ！」と、言うなり王子は自らの守護霊を呼び出してレオー
ネの下半身を切り落としていた。
切り落とされた本人も、その妹も、意外な成り行きに声も出ない。
「あらゆるものを切って、繋ぐ。これがあるから王族として曲がりなりにも尊敬を勝ち得
ているのさ。そして、それはこの子も同じだ。
ジョルノ」
「お約束の件、必ず履行していただきますからね」
顔色一つ変えぬジョルノ王女も、黄金に輝く守護霊を呼び出した。レオーネ王女の指に
はまった王子からの贈り物の指輪を力任せに抜き取ると、それを頭上に掲げる。
「ゴールド・エクスペリエンス！
これでこのいやらしい半魚の女の下半身をつくりなさい」
冷ややかに命じると、黄金の守護霊の拳をぶつけられた指輪は次第に形を変え、まさし
く人魚の下半身へと変化した。
「これでどうぞ。
もとの姿に返したんですからとっとと海の王国とやらへ帰ってください。
あとは分を弁えて二度とこの方の前に姿を見せないで」
「ジョルノ」
ブチャラティ王子の顔が苦く歪んだ。それも、
「ブローノ、今まで、……ありがとう」
恋人の声を聞くと無情にそちらを向いて笑顔になってしまう。
「レオーネ……久し振りに声が聞けたな。
はじめてオレの名を呼んでくれて……いい声だ」
２人は最後の抱擁を交わしあった。
「さあッ帰りますよ姉様ッ！ こんな鉄面皮の好色家どもの住む城なんて汚らわしいとこ
ろ、姉様には相応しくありませんッ！ 姉様にはこれからいくらでも誠実で働き者の伴侶
をあたくしが見繕って差し上げますッ」
レオーネは泣く泣く妹姫に引っ張って帰られたのだったが。
１２
「レオーネ……達者でな」
鉄面皮ながら、王子は声を湿らせていた。その背を見つめるジョルノ王女の眉が曇った。
「なーおまえ純粋にコドモだから相手してもらえないんだと思ってる？」
暢気な声がジョルノの背に掛った。
「荒事になりそうだからッてんで連れてこられたんだけど。本性は鉄砲魚でね、オレ。スナ
イプなら得意だけど、出番無くて良かったわ。
こんなきれいな姫様泣かすなんて、王子もひでえな」
にっかりと笑った男は半魚の姿をしていた。
「僕、泣いてませんけど」
ジョルノ王女は声をつくろった。
「ウッソ、今もう泣きそーだった。タッチの差だろ？」
大きな手が、ジョルノの頭を絡み取って、広い胸に乱暴に押しつけた。
「僕の母が若い頃……今も若いですけど、魔法使いにさらわれて。保護されたときには身
ごもっていたそうです。それが僕。義父は体裁を整えるために結婚させられた一族のもの
で。くにのものはみんな知っています。得体の知れない魔法使いの子と蔑まれて育って。
義父なんか鞭で打ったりもしました。女の子で、美しかったから政略結婚に使えるとぎ
りぎり生かされてきて。
ブチャラティは、幼い頃引き合わされて。僕が、自分だけの王国を打ち立てて、だれの
妃になってではなく、ぼく自身が王になってみせると言ったらいいなそれって笑ってくれ
て。それは末頼もしい、同盟を結ぼうって、頭が良くて心の強い、魂の輝いているやつは
好きだって言ってくれて……。
ブチャラティだけが僕を僕として好きになってくれたのに！」
ジョルノは声を詰まらせた。
「お姫様、そこで目的と手段が逆転しちまってるぜ。おまえは女王になるために王子と政
略結婚するつもりだったんだろ？ 王子が目的になってどうするよ？」
ふつーの女の子みたいにな。半魚の男は心中付け足した。
言葉に詰まってポロポロ泣き出したジョルノを見ると、さすがにそこは海の男とはいえ
南国だから、そのままにはせずに抱きしめて、優しい言葉を掛けてやった。
「でもまあ、いちおー勝ったか？ 試合に勝って勝負に負けたカンジだけどな、結婚って
形式は勝ち取ってるからな、ここから巻き直せばいいな？
おまえも美人ッちゃ美人だし、胸はそりゃ大人になれば大きくなると思うし。揉めば胸
腺が発達しておっきくなるって話だしな」
「ブローノは淫行条例を盾に僕に指一本触れてくれません」
男の胸に顔を埋めたままにジョルノは言った。
「じゃーオレが揉んでみる？ 巧いよオレ」
「僕の魅力を向上させるためならそれもやぶさかじゃあありません」
「ああ、グイドさんに任せな」
「嘘ついたら許しませんよ……」
とりあえずキスは巧いみたいだ、ジョルノは薄目を開けて男を見上げていた。
「とりあえずあなたの出番はなかったようよグイド……グイド？ まあッ、手が早いんだ
からほんとにもうッ！
ギルガッあたくしたちは清純な愛を育てましょうねッ」
保険として連れて行った鉄砲魚の半魚が姉姫の恋敵をしっかり口説いているのを振り返っ
て見て、パンナコッタ王女はもう１人のお付きに声をかけた。
「えーッ姫様オレとそんなになるつもりあったわけ？
そりゃオレは姫様に拾ってもらった身だから心はとーぜん捧げてるけどよ？」
思わぬ告白ににっかと笑ったトビウオの半魚の顔をみて、パンナコッタ王女は失言に気
付いて真っ赤になった。
１３
ついでにパンナコッタ王女は父王に訴えて海岸がちょっと荒れる程度の津浪を起こして
いったので、災害対応のため結婚は１年延期された。
「ほんとに迷惑な女です。でも、延ばすのは１年かぎりですからねッ。来年には必ず僕を
妃にしていただきますッ。そしてゆくゆくは大陸全土に号令する一大王国を樹立しましょ
うッ」
「ああ、そうだな、ジョルノ。おまえの黄金のような夢に賭けよう」
初恋のひとが虚脱ぎみであることを、ジョルノのプライドは認めようとしなかった。
王子の恋人が「海の底の国へ帰って」から３ヶ月が過ぎようとしていた。ロマンティッ
クなことの好きな国民は、海から人魚の歌声が聞こえると噂するようになった。王子の恋
人が王子を偲(しの)んで歌っていると。その噂は王子の耳にも届いた。
ある夜、ようやく時間を作って、ブチャラティ王子は外堀に面したバルコニーへ出て、
その噂の歌声を聞こうとした。しばらく月の昇る様を眺めることとなったが、とうとうそ
の声は彼の耳に届いた。
それは異国の旋律のようだった。
王子の耳には慣れない音の連なりで、洗練されてはいないが、魂を揺さぶる響きがあっ
た。
やや低いが味わいのある声は、たしかに風に乗って海から流れてくるようだった。
木々よ 梢を揺らして伝えてください
わたしはあのひとをまだ愛していると
池よ 水面を波立てて語ってください
わたしはあのひとのことを忘れられないと
どうしてわたしの似姿を描いて残しておかなかったのでしょう
あの日 あの人を魅了したわたしの一番輝いていた姿を
あのひとの指が梳いて 絹糸のようだと言ってくれた髪を
あのひとの唇が触れて 赤い痕をいくつも残してくれた肌を
わたしの姿はもうあの頃とは変わってしまっていて
あの人がわたしを愛してくれていたことを もう自分の中に探せないのです
「レオーネか？」
王子は身を乗り出すと、声のした方へカンテラをさしのべて照らした。
「王子」
求めるひとの姿が淡い光に浮かび上がった。淡い金の髪を首筋にかかる位の丈に短く切っ
て、豊かな胸回りには海藻をぴっちり巻き付けて。豊麗なのに凜としたたたずまいだ。すん
なりした腕を岩について、よじ登った腰から下は、別れたときと同じ魚の下半身が付いて
いた。
「ああ、声は出るようになったんだな、良かった。妹さんの見立て通りか」
「はい……」
「髪、切ったのか」
「ええ」
ペナルティだったのか、けじめなのか、美しい人魚の王女は哀しげに小首を傾げて見せ
た。
「その髪型も似合う」
２人はしばし見つめ合った。ふと、王子の姿がバルコニーから消えた。
仕方ない。２度と逢わぬと約束したのだ。レオーネは、もう少し余韻を楽しむことにし
てしみじみと王子の去ったあたりを見上げていた。
「こっちだ」
カンテラの明かりがまた点って、バルコニーの真下辺りが明るくなった。王子の声がし
て、その顔が淡い光に浮かび上がった。
「緊急脱出路になってるんだ。こっち、近づけるか？ 小舟が通れるくらいには掘ってあ
る筈なんだが」
声を潜めて手招いてくる。レオーネは招かれると嫌と言えない。水を蹴って恋しい人の
胸に飛び込んでいった。
「ちゃんと繋がったんだな？ 動きに不自由はないか？ その姿も美しいぞ、オレのレオー
ネ」
一度は胸に抱いて、そして、腕を緩めて顔を両手で持ってじっと見つめ、愛しげに頬ず
りし、口づける。別れる前と少しも心が変わっていない様子で。
「逢いたかった」
２人異口同音に言って、また、見つめ合う。
「オレのことをまだ思ってくれているか？」
「はい、王子」
「じゃあ、いいな」と言うなり、また守護霊を呼び出して、王子はレオーネの腰から下を
ぶった切った。
「王子ッ！？」
「じゃあ付け替え自在と言うことだ。離れて暮らすのは淋しいが、おまえが泡になるのは
困るからな。達者で暮らせよ。逢いたくなったら今のように歌ってくれればすぐここに来
るから」
できる守護霊は返す指で亜空間を空けて保管されていた「極上品の人間の下半身」をと
り出してレオーネにくっつけた。
「これが王族の超能力だ」
レオーネは久々に繋がった足先の感覚に戸惑いながら、はしたない予感に身を蕩けさせ
ている。
「まあ……」
「こっちの姿も魅力的だ……愛し合うにはこっちでないと」
王子の手はもうつなぎ目を検め、あとは撫でさすって、作り物の下半身との神経の接続
を確かめている。生気を取り戻した下半身はかつてのような輝きと反応を取り戻している。
使えそうだ。
「王子、でも、ジョルノ様とのお約束が」
レオーネはかたちだけ婚約者を気にした。王子はもう脱出用小舟に恋人を押し倒してし
まっている。
「そんなの、オレはした覚えはない」
言葉少なな王子は自分が服を脱ぐのに忙しい。確かに、二度と逢うなと言ったのはレオー
ネに対してであって、約束でもなかった。
「あの、でも……」
「嫌か？ オレはまだ独身だ。嫌がる女を抱くとまずいが、双方合意の上ならなんの障害
もない」
ふと手を留めて、王子はじっと眼を見合わせる。海の民にとって何より親しみがあって、
尊い、澄んだ海の青。レオーネにはあらがえない。
「嫌じゃ、……ありません……」
「うん、良かった」
にこりと笑って、王子は恋人にのし掛かった。
１４
「よくもよくもよ〜くぅ〜も〜！
なんで大陸一の美貌と頭脳を誇る僕より、あんな半魚の頭の弱いおっぱいおばけのほう
がいいんでしょう！？」
オペラグラスを手に監視していたジョルノ姫が柳眉を逆立てた。
「そこんとこは個人の趣味だからしょーがねーんじゃね？」
背後に立つ男がその胸に手をあてがってやわやわと指を動かす。
「おめーの体格だとこの辺がベストサイズだと思うけどなー。まーあと1，２年でぐっと
育つカモだけどよー」
「揉めば育つって言ったから揉ませてやったんじゃないですか。嘘つき」
「ごめんやっぱ体質とか遺伝とかもあったカモ」
「だったらあの妹だってぺったんこだったじゃないですかッ」
「パンナはおめーとほとんど同い年だもんよ」
人間はいろいろ着込んでてすぐ触れねーからめんどい云々言いながら、その男は巧みに
王女の服を緩めていく。それをジョルノも咎めない。眼はまだ恋人達の様子を追っている。
「あ、もうッ！ 結局やることは一つしかないんですかあのひとたちはッ。ケダモノッ！
許しません。かくなる上は式の後早々にたっぷり慰謝料取って離婚してくれますッ！
内陸工業地帯に鉱山をひとつふたつあの農場と荘園もそれから美しいと自慢のあの城館
もぶんどってくれましょう」
「それよりすぐ破談にしちまった方がいーんじゃね？ 純潔を捧げるだけ無駄じゃん。
追っても無駄だと思ったらさっさと撤退しねーと火傷するぜ？」
「何言ってるんです、もう黒こげです。
僕は幼い頃からブチャラティ王子に純潔を捧げるのが夢だったんですッ。
傷物にしといた上に不貞による離婚の方が慰謝料がはね上がるし僕の方がお可哀相って
ことになって対外的に立場が上になるんですッ。
バツイチなら素性の知れない愛人でも公然持てることですし……ねぇ、グイド」
ジョルノは流し目をくれてやった。
「あっそ。オレは気が長いほうじゃないんで、お早めにね」
グイドと呼ばれた男はもう下着の中まで手を突っ込んでいる。ジョルノはそれを咎めな
い。しばらく吐息が荒くなっていくだけの時間が過ぎて。
「どうよ？ もう王子のことなんかどうでもよくならねー？」
「あ、ん……そこまで。指一本でも挿れたら殺します」
ぎゅっと腕を留める指に力を入れて、蕩けかかった顔を見せないようにしながらもジョ
ルノは最後の一線を許さない。実らなかった初恋にまだしがみついている。今は、まだ。
「えーッ、まだダメ？ 魚類はかけるだけだからオレ中に出すってのやってみてーのに」
半魚の男は鱗に覆われた下半身をジョルノの尻に擦りつける。
「挿れるものも付いてない癖に偉そうに」と、その尻に手をやってジョルノはつねりあげ
る。
「じゃーポルポんとこ行ってすっげーの付けてもらって来ちゃうからな、覚悟しろよ。泣
いてもカンベンしねーからな」
グイドは軽く言って引いた。しかし、口は引き下がりながらもけしからぬ手は動きを止
めない。頭が下がって、じゅうぶん悪戯されて昂ぶりを示しているちいさなふたつの蕾を
ついばもうとする……。
「あ、あ、だめ……ッて言ってるでしょォーッ！」
突然背後に顕れた守護霊にぶちのめされて、ジョルノ姫の半魚の愛人候補は海に叩き込
まれた。
「はははッ怒っててもきれーだけどな、おまえは。まあ、泣くよりゃいいよな。
また呼べよ。ぜってー王子のこと忘れさせてやるぜ」
「呼ばなくても来るくせに。手術費用とやらを稼ぐ方が先でしょう」
一瞬で顔をつくろってジョルノは言い捨てた。
「おまえに貢ぐ真珠探す方が優先だぜ。
待ってな、おまえの両のおっぱいよりでっかい山こさえてやるからな、ハハッ」
めげない半魚はそう言いおいて泳ぎ去った。
「バーカ……
本当に、半分魚のひとは単純でいいですね」
口は見くだしながら、ジョルノは怒りと嫉妬、そして悲しみの気持ちをきれいに洗い流
されているのを感じていた。
１５
「意外な結果だったが、レオーネ王女は大柄だったから一儲けしたな」
「一切れ食べれば永遠の命を保証される」処女の人魚の肉、半身を売りさばいたポルポは
ご機嫌で金勘定をしていた。
「これでまたバカな人魚が人間になりたいって言ってくれば儲けられるよ、いい商売だ」
美しいティレニア海の底も底、光も差さぬ洞窟に低い笑い声が響いた。
それから３年後。
「１８になったぜ、王子様。
もう身も心もオレにメロメロなんだけどよーどォーしても初めては王子に捧げたいって
いうから頼む、式だけ挙げちゃってくれよ。
初夜を済ましたらあとはバッチリこっちで引き受けるから」
グイドが困り果てた顔でジョルノを押し立てて現われて言うことには。
「それはめろめろとは言わないんじゃないか？」
しっかり突っ込んでのけるブチャラティ王子は、やあ久し振り、なんてさわやかにジョ
ルノに目配りする。
「一応まだ破約してませんし。ジパングと手切れになると困るのはおたくの国ですからッ」
高姿勢を保ってはいるが、膝元で子供達を遊ばせている初恋の人の姿にジョルノはすっ
かり心を乱されている。
「ああ、やっぱり人間の世継ぎは欲しいしな。
つくりものの下半身だとできないんだよやっぱり。ジョルノ、おまえの方でオレをまだ
見限っていないならお願いしたいよ」
さらっと鬼畜なのは変わっていない。
人魚の下半身とならできたと言うことだろうか。王子が愛おしそうに抱き上げているの
は人魚の双子に半魚の男の子の三つ子……。側にはレオーネが申し訳なさそうにしている。
ぐらりとよろめきそうなジョルノを後ろから支えながら、
「そんで試してみたらジョルノの方がヨかったりしてー？ あらグイドさん捨てられちゃ
うのかしらー困ったわー」と、グイドがからっと笑って見せた。
「そんでどーよ、王子。１８になったジョルノは？ 育ったっしょ？」
気合いを入れて胸元を開けたデザインのドレスだ、ジョルノは頬を染めてブチャラティ
王子を見やる……が。
「ああ、そうだな。綺麗になったよ、ジョルノ」
王子は一瞥しただけで、きれいに感情を見せないで言った。１００％の社交辞令だ。
「式は盛大にやろうな。ここを足場に、おまえだけの王国を打ち立てる。
幼い頃からの約束だ。おまえの野心に掛けよう、ジョルノ。オレはおまえの同盟者だよ」
それでも手を取って凛々しく王子は言い放つ。半泣きのジョルノは気を取り直したよう
にうなずいた。レオーネはそれを憧れの視線で見つめ、グイドはこめかみを手で押えなが
ら苦笑していた。
１６
昔々あるところに。
美男美女の王子とそのお妃と、それから人外のその愛人達は仲良く暮らしていた。教会
は、人外のものにはノータッチだし、国民達もそこはロマンチックでアバウトなお国柄で、
野心家の美貌の姫もまじめな人魚の王女も魅了してのける王子を熱狂的に支持していて、
国はよく栄えたらしい。
ティレニア海の深海、光も差さぬ洞窟に、半魚を道案内に人間の貴婦人が訪れた。
「赤ちゃんが全くできないか、できても女の子だけという薬を。
世継ぎが生まれたら今度こそ僕はお払い箱になってしまいます」
「ないでもない。値段はそんなに高くはないが……覚悟を見せろ」
タコの魔法使いが笑顔を見せた。
「ジョルノそれはちょーッとやばいかもよ？」
「グイド、うるさい」
わるだくみというものは浜の真砂のように数が知れないものである……。
１０−０５−１４