乙女の憧れ
その朝(８４)
「ムシュー、そのピアスイケてるな？ 左右で一つのハートができるわけ？
でも、そればっかってのもアレじゃね？ ムシューってお洒落さんなのに、他のは着け
ないの？」
ローマは新パッショーネの本部。お茶の時間には年若い最高幹部達が揃って和やかに歓
談中。久し振りにネアポリスから出てきたナランチャが素直な目をしてポルナレフに話を
振った。
「あ、ああ、これは、な」
さまざまな偶然と奇跡の絡み合いで無事肉体を回復したフランス人スタンド能力者は、
追憶に顔を緩めた。
「妹の形見なんだ。それで……」
一瞬、済まなそうな雰囲気がサロンに流れ、それを洗い流すようにさらに明るい声が上
がった。
「ムシューの妹？ 幾つ違いよ？ 美人だっただろうなー？ もったいねえ。そりゃ肌身
離さずになるよな」
ミスタが役割を心得て、目を輝かせて身を乗り出した。
「やっぱプラチナ・ブロンドのグラマーちゃんなわけ？ 写真とかねーの？」
「いや、髪はブルネットだったが、そりゃもう村一番の美人で。背が高くて、スタイルも
抜群の。
……そうさ、だからあんな人間の屑にも目を付けられて」
語るうちに日頃すけべえでノリの良い年長者が目を落としてしまったので、一同はまた
表情に困った。
「女子中学生とか、そういうの好きだよな？ ハートが半分こになって、親友同士で分け
て持つとか、恋人とお揃いになってるペンダントとか、写真を入れられるようになってる
やつとか」
ミスタはなにしろ打たれ強い。さらに経験から話題を引っ張った。
「ああ、解るか？ ホントは彼氏と分け合うものらしいんだがな。そこは理想が高くて身
持ちの堅い良〜い子だったから、買ったはいいが、相手もいなくて、それで、おれと半分
こってことになって」
いいおにいちゃんはやにさがる。そりゃ、こんな大甘でハンサムな兄がいたら、他の男
なんか目に入らないだろう。少年ギャング達の意見は無言のまま一致する。
無惨なさまの妹の遺体から、半分だけのハートのピアスを回収して、この血の熱い男は
復讐を誓ったということらしかった。
「でもそれじゃあ随分強力な虫除けになったことでしょうよ。女性の片方だけのピアスは
その片割れをすべき守ってくれる男性がいるという証ですし」
フーゴがぎこちなく頬を緩めて知識を披露した。そういえば、ルチアもいつの頃からか
右にだけピアスをするようになったなと思いを巡らせている。無くしたと思っていた自分
のを気がついたらちゃっかり彼女がしていたときには飛び上がったものだ。指摘すると、
彼女は真っ赤になって開き直った。だってあんたなんにも贈ってくれないじゃないの、花
とか食べて消える物ばっかりで、と。
それはこちらが気を遣っているのだ、立場の違いを弁えて、いつでもただの友人と言い
抜けられるように証拠を残していないのだ、人の気も知らないで、とげんなりしながらも、
愛しいひとの乙女らしい可愛らしいところをまた感じることができて心が浮き立っていた。
「おんなのひとって束縛しあいたいものなんですかねえ」
ふと、そうひとりごちてこのメンバーの中で決まった相手のいる唯一の存在に眼をやると、
あからさまにわたわたと左手を隠した。
「ああーッ！ アバッキオ今日は指輪してるぜ！ チクショオ、ペアリングか！？」
ナランチャが席を立ってわめき立てた。
「い、いやちょっと今日は、ブチャラティが絶対してこいって言うから」
アバッキオはうろたえる。本人にも解っていないのだ。それは、幹部会のブチャラティ・
ファンクラブの要求だ。季節はもう夏、組織の掌握も落ち着いた頃合いで、「ポルポの猫」
に愛する人とローマでデイトをさせてやれと彼らは団結してボスに要求を出したのだ。
……なんであなたたちにそんなことを言われなきゃならないのか解りませんね。
絶賛片想い中、まだまだ逆転して、４年ばかし先に生まれただけ、スタンド能力も実戦
向きでなくメンタルも弱い図体がでかいだけのでくの坊から初恋の人を寝取る気満々のボ
スはふて腐れて見せた。
……ああっボス！
代替わりの粛清をまぬかれたオッサン達は、身もだえしながらも、ジョルノをまさしく
中学生と見て年長者の分別を披露し始めた……。ジョルノはふてぶてしくそれを聞き流し
た。十把一絡げのそういう幹部どもをあしらうコミュニケーションを面倒ではなく思うよ
うになってきている。
それにしたって。
日頃はつけていない指輪を、ジッパーで亜空間から取り出して、誰にも見せない笑顔で
指にはめて見せたブチャラティの表情をジョルノだけは見て知っている。
……そりゃ最高の笑顔でしたよ。とびっきり色っぽかったですよ。だからって、簡単に
思いきれるものじゃないんですよ。あなたたちだって無駄に長生きしてるんですから経験
や知識ぐらいあるでしょう！？
叫びだしたいのを、少年は必死に堪えてなんとかこの日を迎えたのだった。
そこはかわいらしく半べそにでもなってそういう本音っぽいことも漏らしてみた方が幹
部どもの共感を得られたかもしれなかったけれども。
「どうぞご勝手に。今大車輪で仕事を片付けてる最中と思いますから」
つんと横を向いて、眼を閉じ、かわいげのない１６才のボスはそれより先の会話を拒否
してしまった。
……そういうもんだったのか。
アバッキオの胸を追憶が過ぎる。
滅びることのなき愛、そんな文句が刻んであっただろうか。安っぽい、クロームメッキ
のペンダント。二つに割れて、想い合う同士で分けて首から提げることができた。幼い頃
の自称婚約者の、気の強そうな横顔が脳裏に浮かんで消える。町で一軒の小間物やの店先
に並んでいたソレは、女子中学生の憧れだったと聞いた。誰があれを恋人から贈られるの
だろう、誰の胸を飾るのだろうと乙女達はきゃあきゃあ言っていた。毎日ではないにせよ、
十日に一度、二十日に一度くらいはお昼やおやつの時間の話題に上っていた。その頃はま
だ同世代では唯一の親公認のカップルだったから、アナベラと自分はその最初の２人の最
有力候補として上がっていた。
……こっぱずかしい、そんなの、できるわけないだろ！
直情なレオーネ少年は、アナベラからせっつかれる度に吐き捨てていた。
……だいたい高いって！ 中学生の分際で、買えるもんじゃないぜ。
たしかにそれは、中学生の小遣いでは少し背伸びした品だった。
……だって、レオーネ、あんたあたしに、なんにも証になるものくれないじゃない！
……おまえが勝手に言ってるんだからな。おれの……嫁ッ……だなんて……おれが申し
込んだんじゃない。おれが買ってやる筋合いはない。
純情な少年は、口ごもったことすら恥と感じて苛立った。それを、未熟なまま自称婚約
者にぶつけてしまう。
……ひどい、レオーネ！
黒髪を翻してアナベラは走り去った。
その頃から、アナベラとは溝ができはじめていた。男女のことも解りかけてきた頃だ。
意識すればするほどに、態度はぎこちなくなった。自分に好意をあからさまに向ける相手
に優しくしてやるなんてことは、その先を期待していると言っているようで彼にはとても
できなかった。
小さな田舎町でも、中学に上がると少しは世界も拡がる。多少の人の出入りもあって。
今思えば、田舎にしては目鼻立ちの整った少年を自分が独占し続けることはできないとう
すうす感じて、アナベラもあせっていたのかもしれなかった。
ある日とうとうその品は店頭から消えた。そして、アナベラの胸にそれが光っているの
が見られるようになった！
……とうとう買ってやったのか？ やるなあ、レオーネ。
男友達から言われて、レオーネ少年は驚いた。そんな覚えはない。それでは別の誰かに
贈られたのか？ 惑乱するままにレオーネは婚約者を捕まえて問いただした。
……ああ、これ？ 自分で買ったのよ。
アナベラは白い胸元に光るハートの片割れをつまみ上げて歪んだ笑いを見せた。
……だって、あんたあれだけ言っても買ってくれないんだもの。あたしにだって女とし
ての立場とか見栄とかあるんだもの。
いいでしょ、これぐらい！ お小遣いをはたいたわ！ あんたの誕生日にいいもの
贈ろうと思ってたのに、今年はお菓子だけになっちゃうけど、……我慢しなさいよ、あた
しに恥ずかしい悔しい思いをさせたからなんだから。
最初居丈高だったアナベラは、途中から泣きそうな顔になった。
……幾らだったんだよ？
つい、レオーネは尋ねてしまっていた。
……なによ。…………１００。
ふて腐れて、アナベラは答えた。
あの頃はまだユーロじゃなかったなあ。懐かしい通貨単位を思い出してまた溜め息が漏
れる。
……なんだってそんなむだ遣いするんだよ！？
田舎の真面目少年は悲鳴を上げてしまった。
……いいでしょ！ 関係ないでしょ！ あたしのお小遣いなんだからッ！
アナベラの目にはもう涙がにじんでいた。思わず、レオーネはアナベラの手首を握って
いた。
……それ、２つでなんだろ？
しばらく考えて、レオーネは解決策を提案した。
……そうよ。
……１個なら５０だなッ？ 寄越せよ、もう片方。
……なによ、返してくる気？ そんな恥ずかしいコトしないでよ！
……おれがおれの分を買取るッ。それで、して歩いてみせればいいんだなッ？
……レオーネ？
……持ってこいよ。おれも、貯金箱取ってくるから。また、ここで。
……今ここに、ある。
ハンカチに包んでポケットに入れていたハートのペンダントの片割れを、アナベラはそっ
と出して見せた。レオーネ少年はそれを指先でそっと摘み上げて、陽にかざした。
……こんなもんに、５０も出しやがって……。待ってろ。
チ、と顔を背けて、レオーネは家へ向かって走り出した。５０リラは少年にとっても痛
い金額だったが、なにかすまないような気持ちがこみ上げて、勢いでやってしまった。家
の裏の石段のところでたたき割った豚の貯金箱はあとでそっと接着剤を使って復元した。
もちろん、貯金はきっかり５０リラだけ取って、あとの小銭は復元なった豚の胎内にまた
納めた。
……ほら。
小銭だらけで５０リラを掴んでアナベラの手のひらに載せてやって、レオーネはハート
の片割れをつまみ上げた。
……それと、これは、おまえにもらったんだからッ。おれは、おれが買うはずのおまえ
の分の代金を立て替えてもらってた分を今払ったんだからなッ。まだ中学生だからッ。２
人分は出せなくて悪かったなッ。
……レオーネ……。
アナベラが不思議そうな顔をして、小銭を握り締めた。
……おれの誕生日は、菓子だけでいいッ。いつものアレ。旨いから。おまえのアレ、
……いつも楽しみにしてるから。頼む。
つい、言わずもがなのことまで言ってしまっていて。
……もう帰れッ。
真っ赤になった少年は、半分のハートのペンダントを握り締めてもうずんずんと歩き出
していた。ギザギザの断面が握り拳の中で痛かったのを覚えている。
翌日、ガラにもなくシャツの前のボタンを開けてそれをした襟元をよく見えるようにし
て学校に行ったので一騒ぎになった。少年達からは勇者扱いを受けた。誇らしいと言うよ
りは恥ずかしい思い出だ。
結局それっきりで、半分だけのハートのペンダントは机の引き出しにしまわれてしまっ
た。アナベラに去られても、捨てたりはせず、ずっとまだそこにあるのではないかとアバッ
キオは自分の家の自分の部屋をつかの間思い出していた。母は不肖の息子の部屋を片付け
てしまったりはしていないだろう。ずっとあの頃のまま。あの緑滴るムカーイの懐かしい
家、父の作った日曜大工の家具の温もりを手に蘇らせていたりして。
「おれも持ってたよ。昔、幼なじみの子と分け合って」
ふと、口に出してしまっていた。
「おー、やっぱ色男は違うなァ！」
ミスタが顔を綻ばせて背を叩いてきた。
「それブチャラティには内緒だぜ！」
ナランチャが弾ける笑顔を見せる。
「それ、昔言ってた婚約者さんと、ですか？」
フーゴには経緯を話したことがあったから、少しかすったような痛みの表情をして見せ
た。
……ふ。
ジョルノは聴いていない振りでほんの少しの軽侮の気持ちを鼻息に乗せてみせた。
女神に愛された男は、そういう一同の反応はもう敢えて受けることにしてしまっていて。
「ああ、でも結局一度つけたきりで。仕舞いっぱなしになっちまったなあ」
苦い笑みを見せると、フランス人は肯いてくれた。
「ああ、おれも、シェリーが生きてた間は、デスクの抽出に入れっぱなしだったさ」
それにしても。
……見かけによらず女に優しいんだな、この男。
薄青い目の眼差し同士がいっとき交差する。
アバッキオとポルナレフは、地獄の旅の間には接点がなく、その後もネアポリスとロー
マに別れていてほとんど話をしたことのなかった２人だが、お互いに対する印象をほんの
少し良くしていた。
２８−０９−１４
蛇足。
その昔、別冊マーガレットとかの裏表紙はだいたいこういう乙女の憧れのアクセサリの
通信販売の広告だったなあと思って。今もこういうのあるんでしょうか？
ハートを半分にしたペンダントとか、南京錠＆鍵のペンダントとか。写真を入れられる
ようになってるペンダントとか。鍵付きの日記帳とか。ペアのマフラーとかセーター、し
かも手編み！ とか。そういう結局は買えないままの乙女の憧れ、男子には理解しがたいん
だろうなと思って。
でも、そういうこっぱずかしいノリに敢えて載ってくれる優しい少年って、いいですよ
ねえ。やっぱそういうのも、少女漫画の中にしか居ないのかしら。
ポルポルくんのあのピアスはそういう乙女ピアスなんじゃないか、という指摘をどこか
で見たので、うちの「女に優しいオトコ」にちょっと思い出を捏造しました。
「不治の病」でアバパパには「おまえは女の望むようなことをなんかしてやったか」と問
われてなんもしてないと答えたアバッキオでありますが、押し切られてこれくらいやって
やってもいいでしょ。「お迎えライオン」でも、彼女をお迎えに言ったりとか地味に気を
使ってやったりしてたことだし。あーこれだからアナベラも１５の年まで思い切れなかっ
たんだなあ。罪な男だ。
そんでもって思いっきりルチアのことは「ただの友人ですから」と言い張っている「その
朝」シリーズのフーゴちゃんですが、ネアポリスの人間もローマの人間も、いい加減婿入
りしちゃえよと思ってると思います。たぶんブチャラティに怒られて覚悟をきめるんだと。
よそんちにまで厄介掛けて匿ってもらっといてただの友人のわけあるか。
そんでもってマドモアゼルなフーゴはピクシヴの方でじわじわとボス・ジョルノに口説
かれて年相応の恋愛をやっております。いやーどーかなー。性格破綻者なボスに１８禁な
感じでいたぶられてるってのも捨てがたいけどね(オイ)。