スラックスを穿いた猫 〜 パラレル高校篇 〜
１
なれそめっつっても……。
昼休みは、ひとりになりたくて屋上に上っていた。空に近い場所は何となく好きで。オ
フクロ手作りの弁当は特待生を外されても内容にたいした変化はない。有り難いことだっ
た。
と、その目の前が陰った。誰かが立っていた。そのまま動かないので眼を上げると、声
が降ってきた。
「そこ、わたしの特等席……」
「ああ、すまん」
弁当箱の蓋を被せて立とうとすると、遮られた。
「いい、２０センチだけずれて」
黙ってそうすると、朝、道すがら買ってきたのだろう、どこかのベーカリーの袋に入っ
たサンドイッチを持った生徒が横に座った。
「いいのか……？」
「ここの眺めは最高だから」
あっさり言って、パックを開けるとツナサンドをぱくつきはじめた。
「ああ、……そうだな」
おれなんかの横で、という意味はきれいに無視された。
学校の外周を桜並木が取り巻いて、それは県道ぞいにゆるやかにカーヴを描いて続いて
いる。そのまま市の後背の丘陵地に続くと見えて、途中で曲がって大学の馬術部の馬場を
取り巻いて右へ折れ、クラブハウスの陰に消えたそれはずっとこの学校を取り巻いて一周
して、また裏の幼稚園のところから現れて、プール脇を通って体育館裏を経て戻ってくる。
今はもう緑が輝いている季節だけれど、入学した春にそれを見下ろしたときには胸がいっ
ぱいになった。
我が世の春は、その通り１ヶ月しか保たなかったんだけど。
全国大会で活躍する名門サッカー部のしょーもない悪事を曝いた空気の読めない正義君、
レオーネ・アバッキオは期待のサッカー特待生からそんな評価に変わっていた。
「あんた、……女子？」
横に並んだ生徒はジャケットは同じ制服のものだったが、スラックス姿だった。
「ああ、うん、トラウマがあるって言ったらスラックス着用を認めてくれたぞ」
「ああ、あんたか、ブローノ……ブチャラティ」
穏やかでない単語が出て、ちょっと言葉に詰まると、隣のクラスのおかっぱの男装の女
子は、
「別になんもないぞ？ チャリ通なんだ。いろいろ嫌でさ」と、あっさりと言ってのけた。
「あんた……大物？」
そりゃ、今時の短いスカートで自転車に乗るのはいろいろ面倒だろうけど。
「さあ？ なんかみんなそう言いたがるな」
彩りのパセリも、気にせずバリバリかみ砕いていた。
おれのことも全然頓着しないし。
大物のブチャラティとはそうやって一緒に昼飯を食う仲になった。
２
「その頭、目立つぞ。色抜いてんのか？」
ひと月も過ぎた頃、たぶんクラスの連中皆が聞きたくて聞けないことを、こいつは聞い
てきた。
「なんもしてねえって！ もともと色素薄かったってオフクロが言ってた。ずっと坊主刈
りだったからおれもこんなになるとは思ってなくって」
おれは髪を振り乱して声を荒げた。
スポーツ推薦の特待生を外れて、髪を伸ばしてみたら、ちょっと人目を引く色の淡さで
なお悪目立ちして。家中をさらえて出してきた幼い頃の写真でオフクロは生活指導の教師
を黙らせた。
「なるほど、だろうな」
にこりと笑ってみせる笑顔がまぶしくて、おれは黙り込んだ。
「ちょっと触らせて」
言うなり撫でてきたのには驚かされた。
「なに使ってる？ さらさら……、うわーきれい天使の輪！」
「なんか英語の。あねきたちと共有で。おれは顔だけでもってるからせいぜい気を使って
見苦しくなくしてねえと誰にも相手されねえってずっとガキの頃から耳タコで」
思いも掛けずサッカーで名門に推薦入学できて、思い上がって失敗した。ホント情けな
い。
「そんなことはないぞ」
ブチャラティは頭をかき混ぜながら笑った。
「そりゃもう一度見たら忘れられないハンサムだけどな。
だいじょぶだよ、わたしはおまえがふつメンでもブサメンでもけっこういいと思うけど
なあ、その性格」
「だって、気がちっちゃくて、融通きかなくて、引きずるタイプで、うっとーしくて」
「ああ、なるほど、そうかもなあ」
「否定してくれよ……」
あっさり言われて、おれは縮こまる。もうひと月も毎日昼を一緒に食べながら、いろん
な話をしてきたのだ。しょうもない本性も、ばれた頃だ。
「でもそこがいいんだしなあ」
ブチャラティはずっとおれの頭を撫でていた。
「面白いよ、おまえ、うん」
おれ告られた？ もしかして告られた？ 顔に血が上るのを感じながら、おれはずっと
頭を撫でられていた。
３
「おい、この学校の女子はレヴェル高いなッ！」
感動を抑えきれずに言うと、ブチャラティは面倒そうに反応した。
「一応新都ではいちばん可愛い子が揃ってるってことになってるけど。今更？」
「ちがーう！ 合唱コンクールの練習、始まったろ！？ おまえのクラスも。今日から音
取りだってのに、伴奏の子もう完璧だったぜ」
「まあそれはそのくらい普通だろ。コンクール出る子だっているんだし」
「やっぱさすが名門だよなあ。選曲もちゃんとした合唱曲だし。楽しみだぜ」
「向山中学（ムカチュー）はどんなんだったんだ？」
「悪かったな、田舎で。……いい曲でも伴奏が難しいと候補から外されて。無伴奏になる
ことだってあった」
「そりゃ災難だな」
「一昔前のフォークとかやる気のねえ選曲ばっかりで。今の合唱曲って、バスの出番ちゃん
とあって楽しいんだなあ」
「ああ、そう」
そういえば冷淡な返事だったけど、その時はあまり気にしていなくて。それから練習期
間はおればかりがゴキゲンだった。
「大学の講堂でリハーサルもやるんだな？ あそこ音響いいから楽しみだな。客席もいい
し。やっぱガッコは設備で選んで正解だったよ」
「生徒の質は不問か？ サッカー部の膿を出し切ってくれた正義君」
ブチャラティは皮肉に笑んだ。
「やめてくれ。やっとうなされなくなったんだから」
おれはふと我に返って頭を振った。自分で見ても淡い色の髪が目の前を過ぎった。おれ
はもうサッカーはしない。県下で最強のサッカー部が組織的にやっていた万引きを告発し
て、学園は大変な騒ぎになった。乱闘のとばっちりで、主将は眼の上を切って、スポーツ
できる視力を失った。事件が表沙汰になって、今年の大会は全て出場辞退。スポーツ名門
校の名は地に落ちた。「正義」を行ったのだからとおれは退学は免れたが、入学から僅か
２ヶ月で、針の筵の高校生活が始まった。
「うなされてたのか？」
……ナイーヴだな。
夏服になって、意外と胸があったのが判ったブチャラティはそう言って、こちらへ身を
乗り出して頬を撫でてきた。
「やっと笑うようになったのに。……悪かったよ、ごめんな」
こっちは開襟の胸元から眼が逸らせなくて、固まってただ首を横に振った。
昼休みにも練習が入るようになって、合唱コンクールの前はあまり話せなかった。クラ
スが違うとこういうとき損だ。
コンクールは、大学の講堂を会場にして行われる。朝のホームルームと指示が教室であっ
て、１０時の開始までに敷地内を適宜移動する。バス停ひとつ分だからまあいい距離。ブ
チャラティのＡ組は特進コースだからみんなまじめで練習もちゃんとやってたんだろう、
廊下から聞こえてくる声はそこそこ揃っていた。ブチャラティは背も高いし、アルトなん
だろうな、落ち着いた話し声は好ましかった。ステージに並んだＡ組を見ると、スラック
スの女子生徒はいなかった。並び方や態度も採点されるから、スカートに合わせさせられ
たんだろうか。Ａ組（特進）だから、そういうのにこだわる女子がいそうだ。ブチャラティ
の生足を拝んでやろうとおれは目を凝らす。背が高いから後ろの列かな……？
いない？
目を凝らして見ても、ブチャラティの姿はなかった。ソプラノにも、男声にも。
演奏を終えて客席の所定の位置に戻ってきたＡ組を見ていても、ブチャラティの姿はな
かった。
先輩達が部室で「戦利品」のスナック菓子をぱくつきながら声高に話していたのが思い
出される。
……大学のラグビー部なんかよぉ、移動教室の途中でウロウロしてる中等部や高等部の
女のコよく部室に引き込んでまわしてるって言ってるぜ、アクってのはそのぐらいやって
から言うのー！
……おれらのはちょっとしたコドモの悪戯だからー！
……おまえもその辺田舎っぽいこといってんじゃねーよ。
……たまにしか甲子園にいけねー野球部と違ってサッカー部は全国大会常連、日本代表
だって出した新都学園、スキャンダルなんてよゆーでもみ消せるし！
怒りに目の前が真っ赤になって、気がついたら２，３人を殴り倒していた。部室を駆け
だして、職員室に飛び込んで……。
思い出す度に叫びそうになるこの春の「武勇伝」、今はそれに気を取られている場合じゃ
ない、「ウロウロしてる中等部や高等部の女のコよく部室に引き込んでまわしてる」、今
気にするべきなのはこっちだ。
おれは講堂を抜け出して、高等部とのメインルートではなく、内部生がよく使いそうな
ショートカット、その大学の体育会クラブハウスに近い辺りを探し始めた。
「ブチャラティ！」
「頭の白い正義君」の噂は大学の体育会にも広まっていて、身体のでかい先輩達に凄まれ
たり、胸をえぐる言葉を浴びせかけたりされたが、おれは思いつく場所全てを探し歩き、
虚しく高等部校舎に帰り着いた。見間違いなら良いがとＡ組の教室も覗いてみたが、やは
りブチャラティは不在で、金賞を取った特進組はそんなことは気にぜずクラスの団結の成
果に酔っていた。
「どこいっちまったんだよ……」
一息つこうと屋上のドアを開けると、尋ね人はそこにのんきに腰を下ろしてアイスをぱ
くついていた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ！？」
言葉にならない悲鳴を上げておれは腰を抜かした。
「どうした？」
「おまえ、どこいってたんだよ！？」
「え？ バックレた。きらいなんだ、合唱コンクール」
おれは再び言葉にならない声を今度は低く吐き出して頭を抱えた。
「勝手なことするなよ」
「え？ いいじゃないか、わたしひとりいなくても大丈夫だって」
けろりと笑ってブチャラティは言ってのけた。
「みんな合唱コンクールに一所懸命になってんのに、ひとりでこんなとこいて……なんだ
よ、心配したじゃねえか」
「心配だって？ なんで？」
「ああっ、だって、大学の方の体育会はなんかガラの悪いのがいるって話聞いたから、あん
た途中で恐い目に遭ってないかと……笑うなッ！」
「ああ、結構バカ多いんだ……いいじゃないか。一度あの『クラスの団結の祭典』をバッ
クレてやりたかったんだ、はは、愉快だった」
「バックレるって！ 言ってけよ、女の子がいきなりいなくなったら心配するだろ、ここ
にもいなかったら職員室行くとこだったんだぜ」
「だって、断って出てったらバックレることにはならないだろ」
まだとぼけた顔をしてブチャラティは言ってのけた。
「女の子ってだれが女の子だ、１６５だぞ。わたしより小さい男子は１０人はいるぞ、１
年だけじゃなく」
「おれよりちっちぇえよ！ スラックス穿いててもつるんでなくてもおまえはカワイイ女
の子なの！ 当然いると思ってる場所におまえがいないと心配だよ！」とおれは被せた。
「……バッカじゃないのか」
大物なブチャラティはそう言って笑った。もう、おれには理解不能。
「愉快って……おれのクラスだって出たのに。聞いて欲しかったよ。いい曲だったのに」
おれは顔を上げられないままに頭をかいた。
「おまえがひとりでわたしのために歌ってくれるならともかく。あんな大勢でくっさい歌
詞を歌うのなんか興味ないな」
ブチャラティは素っ気なく言ってのけた。
音楽に興味がないのかも知れない、そういえば、今までも音楽を聴いていることはなかっ
た。口ずさんでいることも。
「まあ、おまえが無事なら良かったよ」
溜め息を吐いて付け足すと、アイスの棒を指揮棒みたいに振りまわして、ブチャラティ
はなんだかゴキゲンになっていた。
４
「なあ……おれたちって付き合ってるのか？」
いつもの屋上で、弁当を食べてしまって、もう季節的に暑くなってきて日陰に移動して
それでも別の場所に移動することは考えられなくて、ふたりずっと風に吹かれていた。タ
イミングを計ってその日はずっと黙っていたから、ブチャラティの方もなにか話があると
察していたようだ。
「クラスの奴らに聞かれたんだけど」
合唱コンクールをばっくれたブチャラティを真っ青になって探し回ったのが眼にとまっ
ていたらしい。
「そういうことは一度ぐらいデートに誘ってから言ったらどうだ」
真顔で返されて、おれはまた言葉を失った。
……ってことは、誘ってもいいのか？
……誘うって、どこへ？
……どういうところがいいんだ？
そこまで考えて、またいつもの先走りだと思いあたって、とりあえず、
「ああ、じゃ、一緒に飯喰ってるだけだって言っとく」と、言っておいた。
「誘えよ！」
頭をはたかれて、慌てて見上げると、ブチャラティは愉快そうに笑っていた。
待ってた？ おれから誘うの待ってた？ だって、マイペースで、自由で、ガッコでア
イスは喰うし（どこから持ち込んだんだろう？）、合唱コンクールはバックレるし、自分
が話したかったらおれが寝てても起こすし、次の時間当たるつってんのにひとの宿題邪魔
するし、寒かったら平気ですり寄ってくるし！ 猫みたいな、猫みたいな、ホントに気ま
まな猫みたいなやつが！
やっぱりどっかで女のコだ。
「こんどの休み、どっか行くか？」
胡座をかいたまま、両手を膝の所において、勇気を振り絞って聞いてみたら、
「残念、今度はオッサンの病院に顔出すからダメだな」とあっさり断られた。
「オッサン？」
「一応養父？ 今病院入ってるんだ」
「大変だな」
「まあ気楽だ。だからうちに来ても大丈夫。今度と言わず、今日来るか？」
「今日ーッ！？」
きょとんとした顔で尋ねてこられても。
「ちょ、心の準備ッ！」
「ああ、レオーネ、おまえについていつも思ってる気持ちを言ってやろうか」
「な、なんだ？」
「カワイイ」
にっこりと笑われて、おれはがっくりと肩を落とした。
偶然同じ方向で、休憩地点として丁度いい距離だったので、学校の帰りはブチャラティ
の家に寄ることになった。部活は退部したままだったから、ほぼ毎日。スーパーで好きな
銘柄のペットボトルの茶を買って、スナック菓子を仕入れて、だべったり勝手におのおの
本を読んだり、試験勉強をしたり。
「お茶でいいのか？ スポーツドリンクとか大瓶で飲むんじゃないのか？」
「部活の後でもなけりゃしねえよ。うち、オフクロが静岡県民かってくらい茶が好きで。
毎正時がお茶の時間。甘い飲み物なんてうちで出たことねえよ」
「いい習慣だ。知ってるか？ スポーツドリンクはあれ一本で角砂糖７，８コは糖分が入っ
てるんだ」
「まあ、栄養補給だからなあ」
「動いてないときに飲むとてきめんだってこと」
「詳しいな」
「オッサン、糖尿なんだ。酒が好きで、甘いものも好きで。最近太ったなって思ってたら
一気だった」
白い顔は、いつもと同じにほとんど無表情だった。
「治るんだろ？」
「もう眼は失明した。酷いひとは脚を切ったりするらしい」
「凄いな……大丈夫か？ おまえが」
「ああ、……まあ、育てて貰った恩はあるんだけど。なんかもういろいろ麻痺してて」
もう、胸がいっぱいになってなにも言えなくなって、ただ黒いおかっぱ頭をおれはぽん
ぽんとかるく叩いてやった。
５
「すごいぞ、レオーネ。中世の感覚だと、女がズボン穿いてるだけで魔女狩りに引っかか
るらしい」
フローリングのリヴィングで寝っ転がって図書館から借りた本を読んでいたブチャラティ
が、身を起こすなり言った。そういう自分は、夏服でもスラックスを通している。暑くな
いのかなとこちらは不審に思ったところだった。帰宅して私服に替えても、色気のないショー
トパンツ。生足は拝めてもなんだかつまらない。カワイイっていうか、美人なのに。顎の
線とかしゅっとしてて、顔が小さくてお人形みたい。
「へえ。何の本？」
「ジャンヌ・ダルクの話。視点が彼女と恋をする男の視点で中世の雰囲気がよく解る……
冒頭からいきなりレイプ・シーンだぞ、タカラヅカはよくこれを上演できたな」
「レイッ……ジャンヌの！？」
読んでいた雑誌を取り落とすと、ブチャラティはしれっとして続けた。
「残念、ふつうの村娘だ。へえ？ 興味湧いた？ やっぱおまえもそういうの好き？ な
るほどこの作者掴みが巧いってこういうことかあ……」
「や、違ッ……」
取り乱して起き上がる。相手はごくごく普通に楽しげに追求してくる……。
「次、予約いれといてやろうか？ 学校の図書館」
「いいからッ、バカッ」
「最初だけじゃなく全編エロエロで、そういう意味で面白いかも」
「バカッ、女がエロエロ言うなッ」
頭に血が上って、もう、まともなことを言えない。と、ブチャラティは膝で寄ってきて、
頭を抱えてきた。うわ、そんな引き寄せないで……胸、当たるッ！
「もーう、カワイイッ！ 可愛い可愛い可愛いッ、鍵掛けてしまっておきたいッ」
「カワイイっておまえ、身長１７８の男をッ」
必死でふりほどくと、眼を覗き込んで聞いてきた。
「レオーネ、誕生日いつ？」
「……………………３月２５日」
「早生まれじゃん。だからか」
ふて腐れて黙り込む。見上げてとりあえず聞いてやる。
「おまえは？」
「９月。どうだ、おねえさんだぞ」
何日かまでは言わなかった。秘密主義だ。いつも、結構。
「先にヴァレンタインが来るな……覚悟してろ、すっごく恥ずかしいめに遭わせてやるか
ら」
「覚悟って」
うふ。
猫のようなコはゴキゲンに笑っていた。と、すぐに真顔になる。
「あ、おまえの気持ちを聞くのを忘れてた。抜かったな。わたしは好きなんだけど」
ああ、そんなさらっと言うなあ！
「もしかして、中学の時から付き合ってる彼女いたりしないか？ 桜花女子高とかに」
そんでそんな妄想設定聞いてくるなッ！
「いねえよッ！ いたらこんなとこのこのこ付いてくるかよッ」
「こんなとこって」
ああ、そこに引っかかるな！
「おんなのひとり暮らしって意味だよッ！」
「ひとりじゃないんだけど……期待してたのか？」
「そーじゃないッ！ ……あァッ話どんどんずれてるって」
「ずらしてるのはおまえだ」
きょとんと言う。
観念しておれは言う。ああ、こんなシチュエーションじゃなくて、もっとちゃんと言い
たかったよ。
「好き……ですッ」
「あは、……良かった」
首を縮めながら見上げたスラックスを穿いた猫は、花が咲くように笑っていた。と、す
ぐ距離を詰めてくる。
「ちょ」
潤んだ大きな眼を見てそれをおれは押し止めた。両肩をちゃんと押さえて。
「これぐらいこっちからさせろよ」
そっと言って、やっとキスに持ち込んだ。
２１−１０−１０
蛇足。
高校生の彼らを描いてみようって、舞台はニッポン、うちの田舎の学校を２つ融合させ
ました。ロケーションは母校、形態は有名私学で。うちのガッコ特進とか特待生とかなかっ
たんで。なんかやっぱりレオーネ君は浮いてます。そんで、やっぱりブチャは女の子で。
日本の学校なので同学年にするためにはアバは早生まれでブチャの方がおねえさんになり
ました。高一なので身長はちょっとまだ成長途中の数値にいじりました。いくらスポーツ
特待生でも高一で１８８はちょっと引くわ（現実にいたらごめんなさいよ）。
万引きは犯罪です。ダメ！ × ゼッタイ！
新都（市）って、ネアポリスを直訳してみたんだけど読みは「にいと」じゃいやよね。
でもまあその辺はスルーでお願いします。
わたしは合唱コンクールはバックレたことはないかなあ。トイレに行ってる間に出番が
終わってたことはありました。さらばわたしの１ヶ月の成果。
運動会の競技を黙って抜けたことはありました。男子と女子が途中でくじを引いて組に
なって一緒に障害走をするという競技で、たぶんツンデレだったんでしょう、同じクラス
の男子が「えーまいこなんかと同じ組だぜ、サイテー、この回レヴェル低いよ」なんて大
きな声出してるの聞いちゃったんで。当時はないーう゛でねえ。学園ドラマみたいに飛び
出しちゃったんですよねえ。ゴメンなとか言って迎えに来たけど、そのまんまサボっちゃっ
た。てへ。
ブチャが読んでたのは「傭兵ピエール」佐藤賢一。エロエロで、主人公がヒーローして
いて、中世ってこんなかーってよく解ってお勧め。やっぱさー史実のジャンヌ・ダルクは
あの最期が可哀相だよね。だからこの作品で補完しとくとベネ♪
いろいろ裏設定があって、やっぱりポルポ（入院中の養父）は鬼畜。
まあそういうトラウマで、ブチャは女の子らしい格好をしない。写真も撮らせない。
フーゴもナランチャも当然いる。その用途（児童ポルノ）のために買われてきた美少年
たち。同居していて、アバが勇気を出して押し倒したときに丁度ナランチャ帰宅したりし
て流血沙汰に。……などなど。
ブチャは音痴じゃないけど本人は音痴だと思ってて合唱コンクールはいつも口パクだっ
た。ふたりでカラオケ行って嬉し恥ずかしデュエットでもすれば歌うようになるでしょう。
ああ、日本を舞台にすると平和だなあ。
おまけ。
「それ、なに？」
ブチャラティはアバッキオの弁当箱を覗き込んできた。
「ああ、煮込みハンバーグ。トマトソースで。弁当だと味がしっかりしみてる方がいいか
ら。喰うか？」
「ありがとう」
「うちのオフクロ料理巧いだろ？」
「ああ！ ほんとに！ ……それは？」
「ツナコーン。ツナマヨにコーンはいるともう最強だよな」
「……おいしい！」
「おまえ、オフクロさんは？ 毎日パンで飽きねえか？」
「いない。昔離婚して出て行って、父が死んでからオッサンが身元引き受け人になってく
れたけど、オッサンは独身だから。家政婦さんが来てくれてて食うには困ってないけど……」
アバッキオはブチャラティの細い喉とか手首とかを眉をひそめてじっと見ていた。
……レオーネ君そこでなんかヘンだと気づこうよ。
弁当をもう一つ作ってくれと言おうとして、帰宅部の分際でどうしてそんなに腹が減る
のかと突っ込まれることを予想した彼は……。
「オフクロ！ 明日から弁当おれが作る！」
と、嬉し恥ずかし屋上で、翌日。
「……よかったらこっち食べてみてくれ」と、やっぱり餌付けを試みるレオーネ君でした。
おまけその２。
「おまえ部活は？」
毎日放課後遊んで貰っていて、ふとアバッキオは問うてみた。
「ああ、助っ人、文化系の」
「文化系の助っ人ってなにやんの？」
「演劇部の代役とか、……裏方の方が多いけど。家庭部でバザーの前にクッキー焼くの手
伝ったり、文芸部の会誌の穴埋めにエッセイ出してやったり、カット描いたり、美術部じゃ
あモデル、器楽部じゃあクラリネット、ときどきトロンボーン」
「万能だな」
「じつは尺八も得意だ」
「女がそういう冗談言うなーッ！」
「いちど試してみないか？」
「なッ……絶交するぞッ」
……ときどき真実を言ってみてガス抜きをしているブチャであった。
「女のコじゃ殴るって言えないじゃないか……」
（……ああ、癒されるよレオーネ……）
当然モデルってのはヌードで、文化祭のときにレオーネ君一緒に回ってて絶叫したりす
る。
「ああ、うん、このポーズはきつかった」
原作表紙並みに身体をねじりつつＣの字を作るとかのジョジョ立ちで。
「ちょ、おま、服ーッ！ 服ーッ！！」
「皺描くのが大変だろうが。自前の皮でもじゅうぶんこの辺皺だ。先輩自分で言っといて
描きながら泣いてたな。
……いい加減静かにしないと舌入れてキスするぞ」
「！ッ」
素直なレオーネ君両手で口押さえてますが。
「今度おまえにも見せてやるからギャーギャー言うな」
「！！ッ」
「おまえならおさわりもＯＫだ」
「！！！〜〜〜〜〜ッ」
「ってことで、ふたりきりになれるところに行こうな」っと、襟首ひっつかんで退場。
「マジメに人体を追求してる先輩なんだ。ホントにスケベはなしで。だからこっちもサー
ヴィスだ。ってゆーか、そういう情熱に敬意で対応したんだ。……解れよ」
「……ああ」
……その先輩って露伴？
お代わり！
冗談じゃねえッ 帰る