猫の習性
リヴァース（４）
ライオンは猫科の動物であるからして。
「…………………………えーと……」
寝室に足を踏み入れて、ブチャラティは言葉を失った。
数日前に拾ったきれいな野良ライオンちゃんが、ベッドに入って彼を待ちかまえていた。
体長１．８８メートル、鍛え上げられた堅太り、いや、グラマラスなボディは、半分は
もうシーツの中だが、腰の辺りまでめくって身を横たえてこちらに背を向けている露出し
た上半身から見るに、香水だけを夜着にしたマリリン・モンロー・モード。
いや、シャネルの香水なんてしゃれたものは付けていなくて。何もかもなくしてしまっ
た彼女に残った、瓶の底の最後のひとしずく。
由緒正しき、オー・デ・コロンの老舗ブランド、そのケルンの工場にナポレオン軍が振っ
た番号そのままの４７１１の、エッジの立ったシトラスの香りがほのかに香っている。シ
ーツの上には、プラチナの髪を広げ散らして。
右手と右足がうっかり同時に出てしまっている部屋の主には眼を留めず、アバッキオは
ぼんやりと部屋の隅を眺めていた。
そこでは、暴走する彼女のスタンドが、この夜も一人の警官が彼女を庇って撃たれる様
を再生している。
ブチャラティは、後ろから手を伸ばして、その眼を塞いでやった。
「レオナ、もうおやすみ」
そう、囁いてやる。指先が湿ってきたのを感じて、ブチャラティは抱く手に一層力を込
める。
「もういいんだよ……」
おずおずと伸ばされた指が、ブチャラティのシャツの裾を握りこんだ……。
……さて、なんとしたものかな。
安らかな眠りに落ちたライオンちゃんの肩を毛布でくるんでやって、ブチャラティはベッ
ドを滑り出た。
がちゃんッ。
翌朝。とりあえずコートを首まで掛けて、ソファーに横になっていたブチャラティは、カ
フェ・ラ・テが脇のテーブルにぞんざいに置かれた音で眼を覚まさせられた。
「あ、ああ、おはよう、レオナ。よく眠れた？」
慌てて身を起こし、微笑みを浮かべて見せた飼い主様に対し、
「…………がる」
黒いコートドレスに身を固めたライオンは、実に不機嫌そうに背を向けた。
猫の習性。
でかい図体でひとのベッドを占領しておいて、一人で寝かせてやるとすねる。
（２２−０５−０９）
おまけ。
死ぬほどの恥辱
「レオナ、その、なんで昨夜は服を着てなかったんだ？」
なんだか今朝は機嫌が悪い、と思いながらブチャラティは素直に尋ねてみた。引かれると困るので、
特技は封印しているらしい。
「着るものがなかったから」
朱に染めた顔を背けて隠しながら、端的にアバッキオは答えた。
悲惨な夏の記憶を残すものは、全て処分したらしい。ほぼ空っぽのトランク一つで転がり込んだア
バッキオの様子を思い出して、ブチャラティは目のいろを深くした。
「おれの……」と言いさして、身長で自分に勝る恋人に自分の服を貸して、着られなかったときの双
方の心理的ダメージを考えて言葉を切った。
「なにか寝るときに着るもの、買えよ。風邪ひくといけないから」
「うん……」
アバッキオは表情を消して逃げかける。
……おや、泣きそうな感じになってきたな。もっと気を遣ってやるべきだった。この辺の店のじゃ
好みに合わないのかな、フーゴに通販カタログ取り寄せてもらった方がいいかな……。
どうもブチャラティは特技の使いどころを間違えている。
これがフーゴの知ることになったりすると、
「あんた、昨夜マリリン・モンローの真似したんですって？ 身の程知らずにも。
全然通じてなかったみたいですけど」
参謀殿はもうゴキゲンでいたぶりに来る。
「小道具が足りなかったんでしょう。５番ですか？ シャネルの。差し入れてあげましょうか？ ま
あ、あのひとはそういうの疎いですから無理でしょうけど。
でも、単純にあんたに魅力がないだけだったりして」……ぐらい言われる。天使の顔に悪魔の笑顔を
ひらめかせて。
「無駄な努力、いくらでもどうぞ」と、お色気たっぷりなランジェリー、ネグリジェ含む、の通販カ
タログをいくつも差し出してくる。
「えーッ、裸のマリリン・モンロー本人がベッドにいたって、ブチャラティは間違ってもルパン・ダ
イヴなんかしねーよッ」と、ナランチャが異議を唱える。
心身ともに中学生レヴェルの「先輩」たちにからかわれたりフォローされたりして。
アバッキオは泣きそうな気分になって、死ぬほどの恥辱というのにはいろいろ種類があるというの
を思い知っている。
（２３−０５−０９）
蛇足。
…………幹部、そこは、据え膳食っとけ。
イヤしかし、決死の覚悟で側に潜り込んだのに
「狭いでしょ」なんて言われたら殺意抱きますよね。
でも物理的に、とくにリヴァース・ヴァージョンではブチャラティは冬がくる前にダブ
ル・ベッド買うべきだと思う。って、フーゴがまた血圧あげそうだな。
おまけ追加。
なんかいろいろアバッキオが可哀相だ。
ちなみに、「マリリン・モンローは寝るときはシャネルの５番（という香水）しか着けていない」っ
ての、もう知ってるひといないんだろうか。