誰がために鐘は鳴る
リヴァースモード生還篇（４）
覚悟の旅でブチャとナラが戦死の後、ボス・ジョルノが頑張ったおかげでアバッキオだ
け生き返りました。アバッキオを人質にされてフーゴは組織に呼び戻されました。その数
年後、女体化アバッキオがフーゴの奥様になっているのはオトナの事情。裏をご参照下さい。
いつの頃からか、春４月の初めには、ネアポリスの聖モニカ教会で必ず死者のためのミ
サが行われるようになった。いつもはローマ暮らしという若い美しい夫妻が、必ず出席し
て、古い友人の死後が安らかであるように祈りを捧げる。成功者であるらしく、多額の寄
付が教会にはなされ、二基の墓には心づくしの花が供えられる……。
「復活祭も済んだところだってのに、なんでレクィエム！？ もっと賑やかで華々しいプ
ログラムをやりましょうよ！」
ネアポリスに本拠地を置く管弦楽団の練習指揮者がマネジャーに噛みついた。曲目は、
ヴェルディのレクィエム一曲。たった一日のスペシャル・プログラムにこの大曲は負担が
大きい。
「スポンサーのご要望だ。チケットは全部引き受けてくれる。場所もちゃんと新オペラハ
ウスを押さえてくれてる。
指揮者もソリストも合唱団も全部指定の上で、この日ここでこの曲をやれっていうご依
頼だ。……断れんよ」
「それって、エノイサップ社の社長ですか……？」
４月に必ず死者のためのミサを行うという近年のネアポリスの密かな有名人である。
そして、イタリア全土を支配するという新興マフィア、パッショーネの支配下の数々の
会社を経営する最高幹部の１人ではなかったか！？
「そういうことだ。ゲネプロ（総合リハーサル）込みで３回も合わせればいけるな？
絶対気を抜いた演奏をするんじゃない……命が惜しかったらな」
マネジャーの声はオフィスに重々しく響いた。
「……解りました。ど派手で泣けるコンサートにして見せようじゃありませんか」
指揮者の方も、覚悟を決めて胸を張って見せた。
「友人を偲ぶチャリティ・コンサート」は、主催者エノイサップ社社長の好意で、「友人
を偲ぶ気持ちのあるひとなら誰でも」チケットが配布されたために超満員の入りになった。
ひごろオペラハウスに縁のない街の衆も、一張羅を着て集っている。そして、「エノイ
サップ社の取引先の重役連中」も招待され、見るからに金と地位ある、なんともいえない
迫力を備えた紳士達が特等席や桟敷に揃っている。
そして。
「お見えになった……！」
ただ彼女のためにこのコンサートは企画された！
何年か前の４月、心からの友と死別した美しい貴婦人が、その夫にエスコートされて現
われた。「死者のためのミサ曲」にふさわしく、露出を控えた黒一色のドレス。黒レース
の手袋に、結い上げたプラチナの髪には正装用のレース付きの小さな帽子。その下には、
遠くジャポネから取り寄せたいぶし銀に黒く象眼の映える飾り櫛を挿している。控えても、
抑えても輝きを放つ豊麗な肉体美と憂わしげな美貌。
レオナ・アバッキオであった。
桟敷席ではなく、指揮台の真正面のホールの真ん中特等席に、２人は陣取った。
……なんてお美しい。
ざわめきはひととき静まり、一同の心は１つになった。
あんなお美しい、臈長けた方が、心から「友」のために祈っている。地位ある人々が、
今日のこの日、彼を偲ぶために集まっている。そうだ、ネアポリスの皆に愛された彼は、
あの日逝ってしまった……。
開演のベルが鳴り、緞帳が上がる。指揮者が現われる。拍手、そして、第１曲「主よ、
永遠の平安をかれらに与えたまえ」が始まる。
……え？ ヴェルディなのに！？
耳をそばだてさせるか細い導入から歌声は始まる。
「平安を」切実な呟き。地の底からの訴えに、天使の声が応える……。
ヴェルディは宗教曲を書かせても一流だ。嘆きには嘆きを、怒りには怒りを音楽で用意
する。感情の起伏の大きいイタリア人たちの心を手のひらで転がして、聖書の世界に魂を
遊ばせる。
……キター！
やや軽いクラッシック・ファンが密かに楽しみにする隠しトランペットが突如２階席か
ら現われ、最後の審判の日の天使のラッパを再現する……！
非日常の昂奮が音楽絵巻を鮮やかに彩ってゆく！
最終曲、「主よ、怒りの日の永遠の死からわれらを解き放ちたまえ」の大フーガ、クラ
イマックスの「主よ、主よ、主よ！」の連呼に、感極まって繊細なレディが涙を零した。
夫の社長が手を伸ばしてそのすすり泣く顔を胸に抱き取る。落とされた照明のもとで、
白いうなじがふるふる揺れていた。それさえもが、演出の１つのように絵画的で。聴衆は
感動を際だたせられる。
最後、合唱の激情は収まり、「解き放て、解き放て」と呟くように曲は終わる。
夢から覚めるように拍手が起こるのがこの曲のならいであった。この日も、拍手は散発
的にはじまり、やがてホールを揺るがす大きさになった。
「いいコンサートだった！」
聴衆の感想といえばそれだけで、その夜、ネアポリスはカタルシスに酔った。
「フーゴ、ありがとう……」
涙に濡れた眼で奥方に見つめられて、パンナコッタ・フーゴ社長は私財を投じた甲斐が
あったと背筋をせり上がるぞくぞくした快感に震えていた。
１６−０８−１２
蛇足。
誰得？ フーゴ得なコンサートの話でした。
金と権力があったらやりたいよ、自分のためのコンサート！ 「その朝」のアバッキオ
じゃあ思いもよらないけど、リヴァースのアバッキオ奥様にはなんてったって奥様にベタ
惚れで組織ナンバー２のフーゴご主人様（おまけにクラシックにご理解がある！）がいるん
だもん！ いや、やりたいのはわたしです。とくに指揮者とか誰ってほど濃いクラ（ッシッ
ク）・オタ（ク）でもないですが。
きれいに着飾った奥様とデイトできて、奥様のお嘆きも（自分の負い目も）フォローで
きて、いい演奏聞けてもうウハウハ……まあ、もっと明るい曲ならよかったけどねという
フーゴでした。そのまま寝室直行できるといいんだけどね、そこまで世の中甘くない。泣
くなフーゴ、人生長いよ……。
ほとんどノリはご法事なので、教会でのミサはジョルノ様もミスタさんもスーツ来て畏
まってると思う。ジョルノ様は口は「自己満足ですね」とかいいながらも神妙にしている？
どうぞとかいいつつ内心そんなものが今更なんの役に立つというのかと冷ややかに見て
いるか……どっちだろう？
エノイサップというのはｐａｓｓｉｏｎｅを逆から呼んでみたホントお遊び。実際はこん
な判りやすいネーミングはしないと思う。
純粋に演奏会としてはベルリオーズの「レクィエム」」も派手でいいんですが（このひ
とはフランス人）、イタリア人ならヴェルディ聞かなくてどうするってことでプログラム
はヴェルディになりました。解りやすいから初心者向けかもよ。ユーチューブにも落ちて
ますから、冒頭５分だけでも聴いてみませんか？
ホントあの最後のドミネ（主よ）！ の連呼は軽くイけます。