持っている女（ひと）
その朝シリーズ番外編 キャット・ファイト２
１
「大丈夫！ おじいちゃまのおうちでちゃんとお留守番できるよ！」
アンジェラは喜色満面。タルティーニの首に手を回して宣誓して見せた。
「それはもう。万全の体勢でお預かりいたしやすから。なにも心配することはございません
ので。どうぞ楽しんでいらしてください」
アンジェラを軽々抱きあげて、タルティーニは緩みがちな顔を必死で引き締めている。
「ああ……自分が遊びに行くのに子供を預かってもらうなんて、ほんと、申し訳ないんだ
が」
石頭はまだぐずぐず言っている。
「そんな！ どうかもっともっと頼ってください。今回はお仕事がらみでもありますし、
アバッキオさんが気に病む必要は無いんですよ」
タルティーニはグリマルディーニ老のためだけでもなく、精一杯の美辞麗句を費やして
いる。アンジェラはネアポリス支部の構成員達にとっての天使だ。グリマルディーニの配
下のもの達は表裏全員が間近で面倒をみられる機会を楽しみにしている。今回、結婚５周
年を記念してボスからのプレゼントとして地中海クルーズが贈られ、ブチャラティ夫妻は
夫婦水入らずで１週間の船旅に出ることになった。当然、子供はネアポリスで一番安全な
場所、グリマルディーニ邸に預けることにして。
「ああ、今度このクルーズ会社を買収するらしい。老舗で商売は堅調って話だが、ときど
きポカをやって笑えない規模の事故を起こすって噂もあるから、調査を兼ねてな」
海に来られてゴキゲンな自称しがない漁師の娘は歯を見せて笑った。
「イヤなのか？ ボスが付いてきたいって言うのを今必死にローマで食い止めてるフーゴ
の苦労を無にするつもりか？ いいんだぞお前がその気なら。わたし独りで乗って独り寝
の徒然にその辺のイケてる金髪のオフィサーを総ナメしてやっても」
「バッ、バカ野郎！ 子供の前でなんだ！」
アバッキオはプラチナの髪を翻して声を荒げる。
「嘘だ。そんなこと、あるわけないだろ？ な？ アンジェラ」
一転、ブチャラティは愉快そうに娘を振り返る。
「うん！ マンマは浮気なんかしないよ？ だってパパのことを心から愛してるんだもん
ね？」
明るい栗色の髪の天使はすぐさま笑って見せた。
「くぅッ」
朴念仁は言葉もなく引き下がる。天気は明朗。風は微風。クルーズに最適のこの季節、
海の苦手なこの男にも心を脅かすものはないと思われた……。
「行ってくるッ。
タルティーニさん、アンジェラは任せた。
アンジェラ、タルティーニさんの仰ることを良く聞いて、お利口にしているんだぞ？」
覚悟を決めて、アバッキオは娘に別れを告げた。
「うん、わかった！」
「どうぞ、お任せ下せえ」
明るい返事を受けて、桟橋の２人は乗船口へと移動した。
２
「いらっしゃいませ、アバッキオご夫妻様」
チェックインで金髪の美形航海士に出迎えられてもうブチャラティはめったとない笑顔
になっている。
「こんにちは。世話になる」
「どうぞ、よい旅を」
「よろしく」
アバッキオは恨めしげな顔を隠すついでに屈み込んで荷物を引き渡した。
「スーペリア・スィートご利用のお客様には専属のバトラーが付きます。どうぞご利用下
さい」
「初めましてシニョーラ、航海中の御用を勤めます。トロイネンです」
進み出たのは制服に身を包んだ渋い紳士だった。金髪がネイヴィーのジャケットに映え
る。
「よろしく、シニョーレ・トロイネン」
ブチャラティはゴキゲンでバトラーと熱い握手を交わしていた。
……ジョルノッ気を利かせすぎだッ。
アバッキオはもう眉間に皺を浮かべている。
結婚５周年記念というので気を遣っているのはネアポリス支部だけではない。実は昨夜、
アバッキオは念入りに船旅のレクチュアを受けている。
……この季節はハイシーズンなんです。世界一周クラスじゃないとはいえそりゃ高かっ
たですよ。こう言えばしみったれたあんたのことだから絶対チケットを無駄にしないだろ
うってから言うんじゃあありません。なんでハイシーズンなのかって、季節が良いからで
す。温かくなってきたってだけじゃあないんです。地中海はこの季節ベタ凪。揺れません。
ホント大丈夫ですからッ。
フーゴはいくつになっても人に反撃のいとまを与えないしゃべりをする。
……もし、万々が一、あんたの繊細な三半規管が不調を訴えるようでしたら、はい筆記
用具。いいですか？
レセプションにあんたみたいな無駄に敏感なひと用の薬がありますから見栄を張ら
ずに貰いに行ってください。かれらもプロですから、そこは親身にサーヴィスしてくれま
す。
スタッフに新前のひとがいたら、どうやってやり過ごしたか聞くのも手です。
僕の調べた限りでは、アメリカの……っていう耳の後ろに貼るパッチが一番効くよ
うです。ヨットマンの御用達だとか。
東洋の秘術の手首の秘密のスポットを刺激するのもいいそうです。『シー・シック・
ベルト』というのを売っているようなら試してみてください。売ってなかったら、プラス
ティック・ボトルのキャップを包帯ででも手首の内側に巻いてみてください。手首から３
センチほど下がったところです。なんでも暗示が大切、とくにあんたみたいな思いこみの
激しい人は……自分はダメだって思うのが一番いけないんです。解りましたねッ！？
身体を締め付けないというのは絶対です！ ネクタイとベルトは緩める！ 特にお
腹は締めるとまずいそうですから。楽な服に着替えてください。ドレスコード？ なんの
ためにサスペンダーがあると思ってるんですッ！ あんたのそのスタイルじゃ、ベルトなん
かしなくたってトラウザーズはずり落ちたりしないでしょッ！
あとは、胃袋を全く空っぽにしない程度に何か入れて、とくに水分を採ってくださ
い、船室で横になるなり、景色を眺めるなりあのひとに弄ばれるなりしててください。あ
あ、細かい物は見ない。
仕事も多少はありますが、まずはあのひとへの慰労休暇ということを優先してくだ
さい。あんたもね。
うまくいったら今度は山にしてもらいますから。
……ボスはコドモですからね？ あんたが海がだめだって知れたら永遠に休暇は強
制的に海を持ってきますよ？ しゃんとしてくださいねッ。
はい、復唱。
薬の名前はッ？ ベルトの名前はッ？ 酔ってしまったら気をつけることはッ？
そうッ。よろしい、ではよい旅をッ。夜更かし禁物。アンジェラを寝かしつけたら
あんたもさっさと寝るんですよッ。
……ありがとうよ。
５年も経って、住む世界も別れて、もう顔を合わせるのは年に一度くらいだというのに、
フーゴにとって自分は面倒をみてやらなくてはいけないこまった大人らしい。おやすみの
キスをしにやってきたアンジェラが不思議そうに顔を二度見していた。
……パパなにかいいことあったの？
アバッキオはいっそう微笑んで、娘の頭を撫でてやった。その髪の感触が手のひらに蘇っ
て、なんとか頬を緩めた。
２０年前はハンサムだっただろう金髪執事はゴキゲンなシニョーラ・アバッキオを船室
に案内してもう５メートルも先を歩いていた。
３
バルコニーにはジャグジーまで付いた超高級スィートを「船出まで船内を探検してこら
れては」とバトラーにとっとと追い出され、２人はいろんな船内施設を見て回っている。
「プールがあるぞ」
ブチャラティは指を指してみて、その隣にある物に目を留めた。
「なんだ、あれは？」
身の丈の倍、４メートルほどのコンクリートの壁に、所々カラフルな石をはめ込んであ
る。下には厚めのマットが敷いてあるようだ。
「意外にポップな外装だな」
海の子はそれだけで、プールに何人ひとが出ているか、女性の水着の傾向はどういう雰
囲気かをチェックしている。どうせ自分は色気のないフィットネス用のセパレートしか持
ち込む気はなかったが、フーゴ同様お節介な親友にどうせ凹凸がないんだから露出で勝負
するしかないだろと色もカットも大胆なビキニも持たされている。意外とあのカラフルな
壁にはこのビキニも映えるかも知れないなんてブツブツ呟いているが、傍らの夫はふとお
山の子の本能がうずき出していたようだった。
「あれは、アレだろ、登るんだよ」
短く言いおくと、妻をほったらかしにふらふら近づいていった。
「こうやって、ここに手を掛けて。競技用の人工壁だ。こんなところにもあるんだな」
言うなり、手を掛け、足を掛け、童心に戻って見る間に登り切ってしまった。
「あのォ、シニョーレ、お怪我をなさいますから、専用のシューズをお履き下さい」
横に控えていたインストラクターに声を掛けられて、真っ赤になった山育ちのライオン
は足を踏み外しておっこちた。さすがに空中で姿勢を建て直したのと厚いマットのおかげ
で怪我はなかった。
「声をお掛けしない方が良かったですね」と駆け寄って怪我の有無を確かめられながらイン
ストラクターに謝られて、アバッキオはなお小さくなった。
「さすが、山育ちだけあるな。こんなにするする登れる物なのか。あの辺なんかオーヴァー
ハングしてただろうが」
ブチャラティは感心して見せた。
「ええ。ここはルートによっては中級並みの難易度まで設計されていますから。フリーク
ライミング、競技の細かい種目名で申しますとボルダリングという種目です。壁は５メー
トルまで、縄などの器具を使わない登り方です。初心者から中級者までお楽しみ頂けるよ
うになっておりますので、どうぞ航海中ご利用下さい。女性も楽しめますよ」と、インス
トラクターは喜色満面に客引きする。
「できれば、次からは動きやすい服装で。専用シューズをレンタルしてご利用ください」
「いや、……もういい」と、アバッキオは消え入らんばかり。
どうせ気合いを入れたブチャラティはまたとんでもないスーツを仕立ててくるだろうと
思って、向こうを張ってブランド・ショップに出かけてキレイめの色のジャケットとパン
ツを張り込んできたアバッキオは、尻に手をやって確かめてグッチの縫製のたしかさに感
謝した。
「そう落ち込むな。わたしはおまえのカッコイイところをこの期に及んでひとつ追加でき
てとってもゴキゲンだ」
ちょうど近くにあったカフェにアバッキオを引き込んで、頭をヨシヨシしながらブチャ
ラティは少し早いお茶の時間を決め込む。乗船中はチップ以外全ての飲食サーヴィスにか
かる費用が払い込み済みというのでなんでも試してみる気になっている。
「悪かったよ」
「いい顔をしてた、とっても」
そう言うブチャラティの顔も全開の笑顔だ。
「……そうか？」
籐のテーブルに突っ伏したアバッキオがやっと目を向けた。と、出航の鐘が鳴った。
「船が出るぞ、桟橋の見える方へ出よう」
子煩悩で律儀者のおとうさんは見送りのアンジェラとタルティーニに手を振るためにい
そいそとデッキへ移動した。
４
優等生はバトラーと額を寄せ合って相談し、早速寄港地セミナーの予約を入れてきた。
航海中の暇を潰すために、世界一周クラスのクルーズでなくてもクルーズ・ツアーは各種
講習会が用意されていて、ひと旅行中にいろいろな知識をつけることができるようになっ
ている。だいたいは、船上ダンス・パーティに気兼ねなく参加できるようにダンス講習会、
寄港地でのツアーを楽しむための寄港地セミナーが組み込まれている。あとは、「あなた
の人生を変えるスマイル・セミナー」やら、「あなたをより引き立たせるカラー・コーディ
ネート教室」やら、「夜空を楽しむ季節の天体観測講座」やら、「三つ星シェフに学ぶ地
中海料理教室」やら。もちろん独りで楽しむ客のために、図書室やジムも大がかりな物が
準備されている。
「あんたはいいのか？」
バトラーに持ってこさせたパンフレットを検めながらアバッキオは船室でブチャラティ
に尋ねた。
「どうせおまえはアンジェラに手紙を書いてやるために夜ムーディで復習するだろう？
そのときに一緒に見るからいい」
ブチャラティは調査のための仕事も込みだから、旅行先でまでお勉強をするつもりはな
い。まるきりアバッキオの性格を読んで、利用することにためらいがない。まあそこがパー
トナーたる由縁で。アバッキオもそこのところは飲み込んで、話を続けた。
「マジョルカ島にも行くんだな！ あそこは憧れの島なんだ、うちの母方の、そう、ドイ
ツから来たばあさんがずっとマジョルカマジョルカ言ってて。向こうの人間は温かくて海
のきれいなところが好きなんだが、その中でもマジョルカ島が特別らしい……。
やっぱり、ショパンの話とかもあるから。
才能があってやさしい年上の女に面倒みて貰いながら、ああいう温かいところでゆっく
りするなんて、男にとっても憧れだよなッ。
ああ、マジョルカにあんたと行けるなんて……おれ、やっぱり幸せ者だなあ。
オフクロが、おれのことを女運がいい子だって昔言ってて、そんな訳あるかって思って
たけど、ミスタのやつが言ってた、どん底であんたに拾ってもらったりとか、やっぱおれ
は『持ってる』」
アバッキオが珍しく頬を染めて語り出したので、ブチャラティは黙って聞いていたが、
ついに遮った。
「違うぞレオーネ」
莞爾と笑んで、続ける。
「『持ってる』のはわたしの方だ」
ふと呆けた顔に口づけて、続ける。
「初めて欲しいと思った男を手に入れて、一緒に暮らして、可愛い娘も授かって。
ほんの気まぐれで調査に出た仕事ですんごい野心持ちの男の子を引っかけて。
煮詰まって、どうしようもないと思っていた仕事から抜け出させてもらって。
ツいてるとしか言いようがないだろ？」
「ああ、あんたはほんとうに女神だよ」
２人は心から幸せな笑顔で抱き合った。
「お仕度の時間でございます。ディナーのご準備をお願いいたします。ご面倒でもドレス・
コードはお守り下さい。シニョーラを美容室にご案内いたします」
丁度そこでドアの外からバトラーの声が掛かった。
「いいところだったのに。面倒だがしょうがない。行ってくる。きれいにしろよ？ 期待
してるぞ」
初日の夜は正装のディナーだ。主催の船長からの挨拶もある。ブチャラティは手を振っ
て出かけていった。
「……逆だろ」
笑わされて、取り残されたアバッキオはタキシードを引っ張り出した。
５
客船アンフィトリテ号はカジュアル・クラスの中型船で、ネアポリスを出港し、西地中
海を時計回りに回ってシチリアはメッシーナ、チュニジアのチュニス、マジョルカ島パル
マ・デ・マリョルカ、フランスはマルセイユを巡り、最後はまたイタリアのチヴィタヴェッ
キアに入る。一週間で４ヶ国を回るお得な旅だ。一度も上陸しない「航海日」も１日取っ
てあって、観光に忙しくて休めないということもない。船会社ＮＲＢクルーズは地中海ク
ルーズを中心にヨーロッパのクルーズをいろいろ手がける会社で、ブチャラティが言った
とおり時々事故を起こすのが玉に瑕の老舗だ。近頃は事故に備えた保険も厳しくなってき
ており、買収はパッショーネを見込んだＮＲＢクルーズ社側からの申し出というのがフー
ゴの見解だった。老舗というのが伺えるスタッフのもてなしで、船長はスピーチも堂々と
していてユーモアにも溢れており、楽しい旅が約束されていることをすぐさま客に信じさ
せたようにアバッキオは感じた。
味に頓着しないブチャラティは久し振りの夫婦水入らずの正装ディナーというだけでゴ
キゲンだった。アバッキオはそういうブチャラティを見ているだけで幸せ。幸せなディナー
が果てると、さまざまな娯楽の時間になる。ショウ、ダンス、シアター、バー。さまざま
な娯楽施設が客を招いていた。
「さて、証明しよう。わたしがどれだけ『持ってる』か」
ブチャラティが向かったのはカジノだった。
クルーズ船の目玉はカジノだ。カジノが合法な国の船はほとんどが船内に本格的なカジ
ノを有する。アバッキオは真面目が禍いして結局一度も足を踏み入れないでこの年まで来
てしまって、聞いただけで腰が逃げる。それをブチャラティががしっと掴んで引きずって
いった。ついつい機械相手の賭博へ目を向けるのを、ブチャラティは目ざとく引き留める。
「こら、スロットなんか行くな、格好悪い。せっかくこんな立派なカジノがあるんだ、周
りを巻き込んで遊ばないと」
「いや、だって、知らないし。……あんた、経験あるのか」
アバッキオは声も小さくなる。言わずもがななことまで聞いて。
「ああ多少は教えてもらったがな。筋がいいそうだぞ」
「ブラック・ジャックか？」
フーゴが天才的な記憶力と戦略を駆使して負けないカジノ・キラーだったことを思い出
してアバッキオは聞いてみた。
「あれは確かに戦略どおりやればある程度勝てるらしいがな。
あいにくわたしはそんなに頭が良くない。
わたしの得意はこれだ」
ドレスの裾を捌いて大きなテーブルに進み出る。緑色に白で枠を描き出し、所々赤と黒
の数字や文字の入ったルーレット・テーブルには、もう既に５人ほどが取り付いていた。
「失礼、暫く混ざらせてもらえます？」
「ようこそ、美しい方。何か召し上がりますか？ このテーブルでは１ユーロから、最高
１万でお遊び頂けます」
若い美人の参加者を迎えたと見て、そのテーブルに着いていたシューターが声をかけて
きた。まずはレートの確認、教科書通りの応対だ。
「結構です。シャンパンをご一同に。それから、とりあえず１万を替えてもらおうか」
豪快な参加表明にテーブルがどよめく。
「ありがとうございます。こちらをお検め下さい。シニョーラのレートは一枚５００にな
ります、ご記憶下さい」
「解った」
「おい、……なんだ？」
いきなりの大盤振る舞いにアバッキオが飛び上がった。小声で尋ねる。
「ああ、飲み食いの勘定は取られないから。単に、こうやって挨拶すると受けが良いんだ。
応援してくれるから、目が増えるんでイカサマもされにくい。
ルーレットはいろんな人間の掛け金が飛び交うからからな、名前書いとくわけにも行か
ないから、そのテーブルで腰を落ち着けて遊ぶときは自分用のチップってことで両替して
もらうんだ。ほう、サファイアがきたな」と、手を出して盆に載せられた両替されたチッ
プを受けとる。
「その、海の瞳とドレスの色に合わせて」
シューターが目配せする。ウェイターが注文の品を持ってくる。シャンパンの栓が抜か
れ、歓声が上がる。
「シャンパンが来たようです。それではお美しい参加者に」
前からテーブルに着いていた客のひとりがグラスを掲げる。世界的な観光地だ、各国か
ら客は集まっているが、そこはイタリアーノの本場だし、旅先と言うことでみなカッコつ
けたがるのだ。
「乾杯！」
一同は乾杯し、見計らっていたシューターが鐘を鳴らして声をかけた。
「プレイス・ユア・ベッツ（掛け金をどうぞ）」
６
ルーレットが回り出す。派手に挨拶をしたせいか、見物の客が寄ってくる。こういう「ご
挨拶」ねらいの応援団だ。資金だけのことでもなく、ルールの解らない初心者、言語の違
いなどもあって自分で賭ける勇気のない客は、派手な動きのあるテーブルに雰囲気だけ味
わいに集まってくるものだ。そういう見物客を楽しませるために、客の方も振る舞いが芝
居がかってくる。これもカジノの楽しみ。
「女性が参加だから赤といこう」
ほんのちょっと見得を切るように格好をつけて、紳士がピンクのチップをテーブルに積ん
で、滑らせて赤の欄に置いた。
「その裏を張って黒」
どんっと、隣の男がチップを積み上げる。この男はアズーリ（空色）。確かに、それぞ
れが違う色のチップを使っているようだ。
「そろそろ０が出そうじゃないか？ わたしは１回休むよ」
そう言ってエメラルド・グリーンのチップのトレイを手にテーブルを一歩離れた老人が、
ウェイターを呼んでマティーニを注文する。
皆、思い思いに意思表示をしてチップをテーブルに置いていく。また、それぞれがパー
トナーを連れていて、楽しげに囁き交わしたり、陽気にグラスを傾けたりしている。見物
客たちは、賭けないまでもその客の行いに対して感想を述べたり、自分の予想を開陳した
りする。ただ円盤を転がる球の行き先を予想するだけの場が、賑やかに盛り上がってゆく。
「おい、どうやったらいいんだ？」
アバッキオは本場の雰囲気に目もくらむ思い。
「まあ、安全確実に偶数奇数で賭けてもいいし。ホントに赤が来るかも知れないしな……
お前の好きな数というのはどうだ？」
「……プロのシューターは狙った目に入れられるって本当なのか？」
アバッキオは声を低めた。
「心配なら球を入れたあとに賭けてもいいんだぞ？
なに、そんな凄腕はそんなにいないって話だ。この業界も人材育成は難しくってな」
ちらりと眼をやると、シューターはブチャラティに目を当てて微笑んでいる。
「シニョーラ、どうなさいます？」
「わたしは女は赤って感覚は好きじゃないんだ。自分で着るドレスも青の方がいい。
……おまえの青い妖精さんも、きれいで大好きだ」
小声で付け足して、いっそう華やかに笑う。サファイア・ブルーのロングドレスは今日
もその黒髪と白い肌を引き立てている。奇跡的に無地だ。……なんだかあやしげなモチー
フが所々ついていて宇宙服みたいだけれど。
「黒にしよう。最初はご挨拶で５」
テーブルの、黒でダイヤを描き出した欄に、自分のサファイア・ブルーのチップを５枚
置いた。
「ちょ、おま、それ２５００ユーロ！？」
小心者はすぐに換算して慌てる。
「はい、黒に５。もうございませんか？ 締め切りますよ？」
「はは、黒に来るか？ じゃあ、黒の多いところとなるとこの列３つに１０」
ブチャラティの様子を見ていた客が駆け込みで賭ける。
「さて、どう出ますかね？」
見物客がまた囁き交わす。
「はい、ノー・モア・ベッツ、このままお待ち下さい」
シューターが鐘を２つ鳴らして掛け金を締め切った。これから、球が止まるまで一同は
それぞれ固唾を呑んだり、軽く摘んだり、喉を潤したり、連れと話したりする。
カラリ。
球は黒の１３に止まった。
「黒の１３！」
どよめきが起こる。
「来た！ シニョーラ『持って』ますね！」
「大当たりだ、さすが！」
口々に褒めそやす。
「ははは！ な？ わたしは持ってるだろ？」
ブチャラティはいっそう得意げに笑った。
「ご運を下さい！」
再度グラスが差し出され、触れあわされる。
７
「ああああんた、これ幾らになったんだ？」
アバッキオはもう手が震えている。
「一番簡単な二者択一だ、倍にしかなってない。焦るな。どんどん行くぞ」
「え、ちょ、待て、２５００の倍って……」
「じゃあ続けて黒行ってみよう」
「乗った！ わたしも黒に１０！」
「わしは前半分に行ってみよう」
「そろそろ親が来るんだと思ったんだけどなあ、シニョーラに暫く稼がせるのかな、じゃ
あ、無難に偶数で」
それぞれに場を読んだり、自分のポリシーに合わせたりして適度な額を賭けていく。色
とりどりのチップが行き交う。黒のカジノ・ルーム共通チップは、お試しで１，２度だけ
遊んでみる客のチップだ。賑わうテーブルは、こういう客も増える。それを巧みに交通整
理するシューターの客捌きの見事なこと。まあ、遊び慣れた大人のすることだから、常識
外の金額を賭けたり、全部の枠に小金を置いたりといった無茶もない。
「おや、失敗」
次には外してブチャラティは目を瞬いた。
「あんた！ まだ５分で！」とアバッキオは横で悲鳴を上げる。ブチャラティは笑って、
損得の計上はアバッキオに任せることにしたらしい。
「ははは、シニョーラ、残念」
前からいた男が自分の儲けを引き寄せて笑いかける。
「ここで大きく一点張り」
ピンクのチップの紳士が潮時と見て賭に出た。
「こっちは地道に行きますよ。じゃあ今度は中の３分の１で」
アズーリの男がチップを滑らせた。
「じゃあわたしも地道にこの列」
ブチャラティはまたチップを無造作にひとつかみ置いた。アバッキオは瞬時に枚数を数
える。１５枚！
「地道じゃねえだろ、３分の１しか当たらねえ！」
倍率を示したリーフレットと首っ引きで真面目人間は還元率をもう覚えてしまった。
「それでも２分の１よりは当たるぞ」
「どうぞ、お好みの賭け方で」
シューターは変わらず微笑んでいる。左右を見渡して、鐘を鳴らした。
「ははは、見ろ、当たった！」
手を打って喜ぶ。その合間にも、
「レオーネ、あれのフルーツ盛りは旨そうだな、ちょっともらってくれ」
「ああ、お願いします！」などとしっかり飲み食いするし。
「当たったーッ！ シニョーラ、皆さんも！ またシャンパン空けましょう！ 一緒に喜ん
でください！」
一点で大当たりを出した「ピンク」の紳士が歓声を上げる。
「これは豪気な」
「お相伴にあずかりますよ」
盛り上がって、テーブルには人が集まってゆく……。
「アルトゥロさんがいないからここじゃあいつものが飲めないな……ええと、バラライカ。
ウォトカ増し増しでいけます？」
「できますが、シニョーラ。
……よろしいんで？」
ウェイターが連れのアバッキオに確認を取る。
「ああ。……大丈夫、このひとザルだから」
アバッキオはもう自分は水にして妻のお楽しみを最後まで見届ける気になっている。
「盛り上がってますね！ 先生もいかがですか？」
同行の女性に声を掛けられて、東洋人の女性が背を向けた。
「明日にしよう。今日は日が悪い」
……ネアポリス発の船になんかするんじゃなかった！ いまいましいッ。
個性的なファッションに身を包んだスレンダーな女性は長めの前髪を首を振って払いやっ
た。
８
大きく勝って、大きく負けて。サファイアのチップはルーレット・テーブルを忙しく行
き来した。アバッキオはその都度一喜一憂している。いや、途中から諦めて、この剛胆な
佳人が愉快にしているということだけを認識して、許している。カジノは盛り上がって、
他のゲームのテーブルも、大きな勝負が行われるようになっている。見るだけの客もこれ
が本場のカジノかと目を輝かせて楽しんでいる。
「おや、もういけない。レオーネ、アンジェラにおやすみを言う時間だな？
皆さん、お名残惜しいがこれで最後にします。ええと、３０日は結婚記念日だったな？
じゃあ最後は３０に賭けて終わろう」
時計を見て、ブチャラティは結構な額になったチップを、残らず３０の数字の上に押し
出した。
「シニョーラ！」
「これは豪気な」
「３０は黒か赤か？」
「赤だが、どうする？」
「最後はシニョーラに取らせるだろう！」
「ここで全部取り返すかも知れないぞ！？」
「もう球は入っている、どうだ、シューターの顔を読むんだ！」
「さあ、どうでしょう？」
シューターは微笑み続けている。
「ええい、シニョーラに賭ける、わたしも３０！」
「とりあえず手堅く後半」
「もう少し……ネイバーベットというやつで、３０の周り５つに一点賭けを２ずつ」
テーブルはいっそう盛り上がった。
「赤の３０！ シニョーラ、お強い！」
高らかにシューターが数字を読み上げる。ブチャラティに肩入れした客達が歓声を上げ
る。
……ディーヴァ（女神だ）！
……なんて凄腕のギャンブラー！
畏れの混じった溜め息が上がる。
もう仕舞うと宣言したブチャラティに、計算機を叩いたシューターが共通チップで返す。
「楽しませて貰った、じゃあ、一割取っといてくれ」
眼をやったブチャラティは、チップの分をさらっと数えてひとつかみ押しやった。
「あ……りがとうございます、シニョーラ。またのお越しをお待ちしております」
百戦錬磨のシューターも、さすがに言葉に詰まった。
また歓声が上がった。
「まあざっと３０は稼いだかな？ そうそう勝たせてもらえないと思ったが結婚記念日を
出したのが効いたか？ ご祝儀だ、２度はない。これに味をしめるとむしられるぞ」
「あんた……解った」
小声で言い交わしながら部屋へ向かう。
ゴキゲンで部屋に引き取るブチャラティが、廊下の隅に目を留めた。
この船はチヴィタヴェッキアには永遠に着かないぞ！
クロスを張った白い壁に、乱れた筆跡の落書きがあった。
「トロイネンさん、これ。消して置いた方が良いな」
無造作にバトラーに言いつけて、とっとと部屋に入った。
９
翌朝、アバッキオは日課のランニングのためにいつもと同じ時刻に起き出した。
「おはようございますシニョーレ。新聞をお持ちしました」
待ち受けていたバトラーが新聞とコーヒーのセットを持って現われる。
「ああ、走ってくる。まだ寝かせておいてやってくれ」
「畏まりました。当船は一周３５０メートルでございます。ジムももう開いておりますので、
どうぞご存分に」と、前日に好みを聞いておいたスポーツドリンクを入れたボトルを手渡
して一礼した。
「ああ、ありがとう」
アバッキオは船内のランニング・コースを一周し、ついでにスポーツ施設を総チェック
して戻ってきた。
「ゴルフの打ちっ放しがあった。ここはコースはないそうだ」
「ふうん」
「バッティング・センターまであったぞ！ やっぱり、五輪競技になったからな、野球は
こっちでも人気が出るかもな」
「野球？ なんだそれは」
起き抜けというわけでもないのに、仕事人間は初めて聞いた顔をした。
「アメリカ人のやるスポーツだ。太平洋の周りの、アメリカの子分の国じゃあ主流らしい、
２回か３回前？ のオリンピックから正式種目になったんだよ！ ネアポリスでもクラブ・
チームができてた。棒きれで、敵の投げてきた球を打ち返して、その球が生きてる間だけ
グラウンドを回って進んで、１塁２塁３塁、ホームまで帰ってくると一点取れる」
「なんだそれは。難しいな」
話を聞き流しながら、ダイニングで朝食を採るためにささっと化粧をしている。そう。
旅行中ということで薄化粧もしているから、アバッキオも少し嬉しい。
「ルールが複雑なんだ。だからちょっと」
「イタリア人には無理じゃないか？」
ブチャラティはハッキリ言う。だいたい、イタリアといえばカルチョと思っている。自
分で積極的に応援することはないにしても。
「だが、どんなへタッピでも一度は攻撃のチャンスが回ってくる。カルチョでＰＫやＦＫ
を入り立ての小僧が蹴らせてもらえるか？ そこがいいんだよ！ とりあえず球を転がせ
ば、すばしっこいやつなら１塁まではたどりつけたりするらしい。あとは、そいつを生か
すためにチームでいろいろ……そういうのはジャポネーゼが得意で」
アバッキオはやけに口数多く野球を説明する。
「熱心だな」
「ニッコロがはまってな。……カルチョは結局ストライカーが球を持ってくから。ガキ大
将はいろいろ大変なんだよ」
「なるほどな」
「まあ、ちょっと見ピッチャーとキャッチャーしか動いてないスポーツだけどな」
妻の態度が冷淡なのを察してアバッキオはどんどん視線を下げた。
「ああ、それで」
「なんだ？」
「イタリア人ならやれるな」
オリンピック中継を見て、「なんだこのでくの坊が野に散って暇そうにしている競技は？」
と言っていたのをアバッキオは思い出す。
「あんたなあ……」
肩を落としたアバッキオの背をぽんぽん叩いて、ブチャラティはドレッサーから立ち上
がった。
「さ、めしにしよう」
ドアの外では、バトラーが恭しく頭を下げていた。
１０
……結構面白いぜ。
アバッキオは妻に却下された野球の弁護を心中まだ続けている。
体力に劣る子も、オーダーが回ればＰＫのような相手との一対一の戦いを経験すること
ができる。まぐれでもボールが転がれば、必死に一塁を目指して走り出す。そういう魅力
が野球にはある。ボールを選んだり、当たりに行って塁に出ることだってできる。上級生
達が、そこを甘く見てやって、「テイク・ワン・ベースだ！」とみそっかすたちを塁に送
り出しているのを見ているから、大人達も微笑ましい気持ちで新しいスポーツを受け入れ
た。塁に出た平凡な子達は、自分で球の行方を見極めて、それなりに駆け引きをしたり駆
け通しに駆けて喜色満面でホームを踏むのだ。たしかにこれは面白い！
溜め込むタイプのアバッキオのような人間にも向いている。娘を預けてネアポリスのバッ
ティング・センターへ月イチでウサを晴らしにいっているのは内緒だ。うまくヒットして
快音を発してボールがネットに突き刺さるのは五感を刺激する爽快感がある。……うっか
り最初のころはまって手のひらにマメを作ってしまったから、月一以上はまらないよう自
重しているが。そういうわけで、マキーシーの海辺の家には金属バットがある。まあ、手
頃な武器としても使えることだし。
……明日は１０分ぐらい打ってみよう。
久し振りにホームランをかっ飛ばしてみたくなったアバッキオだった。
案内された朝食の席では、席に専任のウェイターがにこやかに声を掛けてきた。
「おはようございます！ 『ドンナ・サフィール』。昨夜はカジノを盛り上げてくださっ
てありがとうございます！」
豪遊のおかげでもうあだ名がついてる。
「『サファイアの女（ひと）』だとさ」
アバッキオが肩をすくめる。
「はは、あんまり目立ってもな。それとも今夜もアンジェラの学資を稼ぎに行くか？
チーズ・オムレツを」
ブチャラティは機嫌良く卵料理を指示している。
「うむ……」
アンジェラのためという大義名分を出されてアバッキオは黙り込んでしまった。
「シニョーラ、このルバーブのジャムはいかがです？ ちょっと変わった味ですよ？」
このウェイターも金髪だ。はたちかそこらで、瑞々しい魅力に溢れている。馴れ馴れし
くないギリギリの線で親しみやすく品を勧めてくる。
「そうか、試してみよう」
ブチャラティも笑顔を惜しみなく振りまいて相手する。アバッキオはみっともないこと
を口走らないように、すっかり黙って栄養の摂取に専念している。
「今日もお天気で何より。メッシーナは一日中晴れの予報です。どうぞお楽しんでいらし
て下さい。あ、紫外線の予防はしっかりと、ね！」
「解った、ありがとう」
ここが船旅のいいところ。寝ている間に次の町に着いている。同じようでも寝台列車よ
り優れているのは、寝ている間のストレスがほとんどないところだ。
「よかったな、金髪の男の子と仲良くできてッ」
部屋への帰り、アバッキオは見苦しいと知りつつ噛みついてしまう。
「みんな染めた金髪だ。天然の金髪は１０人に２人もいない。やり過ぎだろ」
こともなげに言って、ブチャラティはアバッキオの髪を手で梳いた。
「……解るのか？」
「天然物を見慣れてるからな。やっぱり一番好きなのはおまえの髪だ。怒るなよ、あとは
ちょっとした目の保養」
ブチャラティは腕を絡めて二の腕をポン、ポンと叩いて機嫌をとる。
「ああ……」
メッシーナは下船して一日観光。作ってあった荷物を受けとって、下船口へ向かう。上
等の部屋から出入りの案内があるから、遅れると下のクラスの客の案内が遅れる。マジメ
人間は時間厳守で移動した。
「行ってらっしゃいませ」
バトラーから船長、係員一同に送り出されて、シチリア島観光に繰り出した。
１１
「おや」
戻ってみると、部屋の装花が変わっていた。多少の掃除やベッドメイクは予想していた
が、花が変わると雰囲気も少し違って見える。出たときピンクやオレンジが主体で元気が
出る感じだったが……。
「『ドンナ・サフィール』のために青い花を選んでみました」
バトラーが恭しく頭を下げる。青や濃い青紫の花の落ちついた雰囲気もまた高級な部屋
には似合う。
「きれいだ、ありがとう」
ブチャラティは笑顔の大盤振る舞い。
「すごいサーヴィスだな」
アバッキオは顔が引きつっていた。
「おーい、一緒にどうだ？」
ジャグジーからはブチャラティの声がしている。
「あんたッまだ明るいってのに外の風呂なんてッ！ 見えたらどうするッ」
「景色を楽しみながら入るための風呂だろ、こんなところの風呂は。すごいぞ、青からピン
ク、オレンジまで。ああいう色のストールいいと思わないか？」
黄昏の海と空を指さして、うっとりと柵に身を持たせる。
「……色だけならな」
……あんたの場合とんでもないプリントも加わるから、と顔を出したアバッキオは、ブ
チャラティがしっかりビキニを着込んでいたので少し安心した。
「あ、今ちょっと残念に思ったろ？」
ブチャラティはその顔を見やってニヤリと笑った。
「え？ いや別におれはッ」と、心を乱すのを、手を取って、引き寄せて、足を払った。
ざぶん、と濡れライオンの出来上がり。
「なにすんだこれ買ったばっかのッ」
水流の出る風呂にアバッキオは手を足をばたつかせる。
「ああ、ランドリー出しとけば仕上げてもらえるから」と、ブチャラティは手を伸ばして
ベルトを外す。
「ちょーッ脱がすなッ」
「海に落ちたら衣服は水を吸って泳ぎの邪魔になるから脱ぐものなんだぞ。だから水兵の
ズボンは裾が広がって脱ぎやすいラッパズボンなんだ」
「知らねえッ、だいいちこの深さで溺れるかッ」
「今にも溺れそうにおたついてたくせに。
レオーネ、虎とライオンの違いを知ってるか？」
「ライオンはインドにもアフリカにもいるけど虎はアジアだけだ」
「うぅーん。近いが違う。アジアの湿気の多い森に住んでる関係上、虎は泳げるんだ、猫
の仲間の生き物として、例外的に」
「虎がか？ すげえな。猫はそうだ、水が嫌いだな」
ナランチャが拾ってきた猫が余りに汚いのをフーゴが嫌がるので、洗おうとして大騒ぎ
になったことをアバッキオは懐かしく思い出している。
１２
「それでレオーネ、もしかして、おまえは泳げないんじゃないか？」
「は？」
ブチャラティはもう背後を取って、シャツも脱がしにかかっている。
「山の育ちだもんなあ。プールも見ない振りしてたろ？ 昨日」
「いやそんな、いくら何でも。あんた、ネアポリス（あそこ）で市警に奉職しようッてん
だ、警察学校で一通りは習ったって」
アバッキオはいっそうじたばたする。
「それで、泳げるのか？ ……しまった、お湯の味しかしない。チェルッティさんに聞く
ぞ？」
ぺろりと頬を舐めて、ブチャラティは凄んで見せた。まだ警察で警官をやっている旧友
の名前なんか出したりして。
「……浮くことは浮く。顔に水をつけるのも平気だ。ビート板に掴まれれば進みはする。
……手のかきと足のかきが合ってないんだそうだ。フォームとスピードを問われなければ
一応前へは進むし、息継ぎもできる。競技会に出るんじゃないし、とりあえず死なないか
らってことで合格が出た」
顎を引いて、上目遣いに猫科の人類は白状した。
「……それは泳げないって言うんだよ、レオーネ。筋肉が重いんだなきっと」
「いいやッおれは水に浮くこともできない奴らとは違うッ」
ぶるぶると頭を振ってアバッキオは言いつのる。
「教えてやろう。明日はチュニスか？ まあカルタゴ遺跡なんかうっちゃってもいいし、
早めに切り上げて帰ってきてもいいし」
「いいーッ」
「プールサイドのおまえを見てキャーキャー言うご婦人を見るのも楽しみなんだがなあ？
水着は持ってきたよな？」
「あんたこそ、……もっと大人しいデザインの水着はないのかッ」
明るいマゼンタのビキニは曲玉のような模様が散っている。尻が上を向いて足が長く、
胸を大きくないなりにきれいに見せるカッティングだ。かといって、小娘のようにフリル
でごまかすわけでもない大人のデザイン。さすが、プロは解っている。
「おや、おまえがわたしの貧弱な身体について心配をするとは思わなかった」と、ブチャ
ラティは水圧で少しかさが減っているような自分の乳房を背後からアバッキオの背に押し
当てる。
「悪戯はよせッ」
まだまだ初々しい反応が返ってほくそ笑む。水着の包みの中に、胸をこっそり盛り上げ
てくれるはずのパットの替わりに「大丈夫だ、自分で思うほど悪くない。堂々としてろ」
とサンドラのサインの入ったカードが入っていたのには焦ったが。
「いいじゃないか。いい感じに黄昏れてきた。このままここで始めるか？」
「え……」
アバッキオが言葉に詰まる。いや、室内の方を見やって全力で振り切って離れて、湯の
中に沈み込んで隠れた。
「ンッンー！ 失礼。夕食のお支度のご案内に参りました。本日のドレス・コードはノン
フォーマルでございます。シニョーラ、美容室のご予約はなしでよかったでしょうか？」
職務に忠実なバトラーが、夕食の仕度を促しに来ていたのだった。
「なんだ残念。船旅ってのは忙しいもんだな……ああ、ノンフォーマルなら自分で適当に
やる」
ざばーッと立ち上がったブチャラティは戦利品のアバッキオの服をひっつかんで水の滴っ
たままバトラーに手渡して言った。
「乾かしてやってくれ。明日まででいい」
「畏まりました」
ブチャラティは、堂々とタオルを広げて待っているバトラーに歩み寄って、身体を覆い
隠すと、部屋付きのシャワールームへと消えた。
最後の一枚は剥かれていないことだし、同性だし、恥ずかしがる方が恥ずかしい、と判っ
ているのにアバッキオはひとりジャグジーの中で小さくなっていた。
「シニョーレ、こちら側にもバスルームがございますが、……バスローブをこちらに置い
ておきますので。お時間には遅れませんように」
「……悪い」
ジャグジーの水流にもみくちゃにされる自分の髪を、アバッキオは鼻下ギリギリまでお
湯に浸かったまま眺めていた。
１３
ドライヤーで髪をガーガー乾かしながら、ブチャラティは鏡越しにバトラーに問いかけ
た。
「明日昼適当に観光は切り上げて帰ってくるから、プールを使えないかな？ インストラ
クターは別に付いてなくていいんだが。……このでかい猫を泳げるようにしてやりたい」
「フロラッ」
とりあえずタイだけしていれば大丈夫、とインフォーマルの服をバトラーに選んでもらっ
ていたアバッキオが血相を変える。ブランド物の新品ではないけれどどれもちゃんとした
仕立てのオーダーものだから、一瞥してその堅めの嗜好にバトラーはいっそう敬意を持っ
て接する。
「畏まりました。手配いたします。乗船時間は４時ということになっておりますが、３０
分ほどはお早めにいらしても融通がききますのでご心配なく。温水ではございますが、日
のあるうちがよろしゅうございましょう」
「頼んだ」
まあ、ギャラリーがいない方がいいし、これからアンジェラも大きくなるのだから、あ
の海辺の町で暮らすのに父親が上手に泳げない、何かあったときに後れをとるかもしれな
いのではブチャラティも安心できないだろうと思って、アバッキオはなんとか自分を納得
させた。
「それと、夕食後はダメなのか？」
ブチャラティの方はすっかり鬼教官の顔になってしまっている。
「おいッ」
アバッキオがさすがに引いた。
「シニョーラ、お腹が一杯になっている時は危のうございますよ。アルコールも入ってお
りましょうし」
バトラーが穏やかに、しかし断乎として却下した。アバッキオは感嘆する。
「それに、シニョーレは今夜、セミナーが入っておられた筈。たしか」
「ああッ、『三つ星シェフに学ぶ地中海料理』だッ」
アバッキオが引き取ってセミナーの内容を叫ぶ。
「ディナーのあとにそんなもん見て身が入るのか？ 参加者はご婦人ばっかりなんじゃな
いのか、なにが目的なんだ、けしからん」
きれいに髪を乾かし終わって、いつもの真っ直ぐなボブのスタイルを整えたブチャラティ
は頭頂部の編み込みにかかっている。ひと束ずつ取った髪を巧みに編み込んで抑えていっ
て、ピンで留める。ほんの３つほどの編み目で多めの髪の頭頂がビシッと落ち着く。いつ
見ても鮮やかな手並みだ、と見とれていたアバッキオが言葉の内容に気付いて周回遅れで
怒鳴った。
「バッ、バカヤローッ」
「お支度が整いましたようで」
きれいに無視してのけて、バトラーがブチャラティの立ち上がるのに手を貸す。
「ああ、そっちもキマったな。今夜も最高だ。じゃあ、行こうか」
「シニョーレ、あまり予定を入れすぎても興を削ぐ物でございます。ここへはお楽しみに
参られたはず。当船をお楽しみ頂くにやぶさかではございませんが、お体に障らない程度
にどうぞ」
忙しくしすぎだと遠回しに注意されて、アバッキオは恥じ入った。
１４
「それ以上料理が得意になってどうするんだ？」
金髪のウェイターにサーヴされて機嫌良くその日のメニューを平らげながら、ブチャラ
ティは尋問に入った。
「ああ……料理屋をやろうかと思って」
「レオーネ？ 金なら送るぞ？」
やりての美人妻は短絡する。
「余ってるよッ！ だが、今まではアンジェラを見るためって言えたが、アンジェラもも
う秋には幼稚園に上がる。当然だ、子供には集団生活が必要だ。我を抑え、自分の役割を
果たしながら社会の中で生きていくってことをちゃんと学ばなくちゃあいけねえ」
……あーマジメ人間は言うことが違うなーとブチャラティは慣れでスルーした。まあ可
愛くていいけど、アンジェラがその通り受けとって悩んだりしないようにそこんとこは自
分がフォローしないとなと思っている。
「アンジェラを幼稚園にやるのはいいとして、それが料理屋とどう繋がるんだ？」
「だから、父親がなんもしねえでぶらぶらしてるのを見せるのは教育に悪いッ。
黙ってて済まなかったが、もう時々は近くのトラットリアや市場に料理を教わりに行っ
てる。あの町の味付けや、あそこで上がる魚の料理の仕方なんかをな。
そんな気の張らねえ、町のもんのふらっと入れる店ならやれそうだって話にもなってて。
酒屋とか、八百屋の仕入れの方なんかも悪くない感触で」
「……意外と行動力あるな、おまえ」
そういえば、拾ってすぐの頃。小僧どもにはちゃんと喰わせなきゃいけないだろうと勢
い込んで、町に出かけていったと思ったら、ニッコロを引っかけて、あっという間にアン
ナやノーラを師匠に家庭料理を教わっていた。町の連中の支援を取り付けて、もとは潰れ
たリストランテだったとはいえ、あのアジトの厨房でチームの賄いを引き受けてしまった。
ブチャラティはふと胸を突かれる。
うまくやれなくて、いつも自分はダメだと思いこんでじたばたしてはいても、心に高い
理想を抱いていて、いつもそれに向かって努力しようとしている。
それを、自分は尊いと思って、尊重してやりたいと思っている。
「ああ、いいんじゃないか」
グラスを掲げて、ブチャラティは容認してやった。
「あんたのあの家を、……手を入れることになってもいいか？ 店は別な場所にしたらい
いってならまた考えるが、そうするとアンジェラから眼を離してしまうことになるから。
なんとか、隣に家の建ってない方の空きスペースにちょっと建て増しをして」
「レオーネ」
「ああ、ダメか？ ゴメンな、勝手に」
アバッキオはディナー・テーブルに隠れそうに縮こまった。
「じゃあやっぱり、今夜も稼がないとな？」
顎を上げて笑うと、ブチャラティはウェイターにシャンパンを空けさせた。
「門出だ。リストランテのオーナー・シェフのアバッキオ氏に乾杯」
「……まだ早い……乾杯」
あっけない成り行きにアバッキオはついて行けないでいる。
「おめでとうございます」
ウェイターも輝く笑顔で祝福した。
１５
その夜はずるずると負けていった。お料理教室を終えたアバッキオアが顔を出したとき
にはもう１０万も負けていた。もう１万、もう１万と、どんどん追加するチップがシュー
ターに吸い寄せられて次々消えた。
「フロラッ、もういいッ！ 取り戻そうなんて思うなッ」
アバッキオはもう紙のように蒼ざめきっている。かれの概算では損失額はゆうに昨夜の
儲けを吐き出してしまっている。
「うーん、やっぱり今日は邪念があるからかな？ じゃあちょっと休憩しよう」
「帰ろうッ」
「バカ、皆さんが気を回す。うろたえるんじゃないッ『ドイツ軍人はうろたえないッ』ん
だろ？」
「おいッ、ひとの先祖をそんな茶化し方するな」
アバッキオは瞬時に声を低めた。目が剣呑な光をたたえている。
「戦後こっちへやってきたばあさんが、どんだけ苦労したか一晩中語ってやろうか？ ……
軍とは無関係だったのに」
おや。
ブチャラティはひやっとした。ドイツ系とありありと判る容姿ではよくからかわれてき
たというのに。それに、イタリアーノのくせに思い詰めるきまじめな性格も。
……まだまだいろいろ知らない地雷があるな。
「チップはキープしておいてくれ。ちょっとお茶を飲んでくる」
言いおいて、アバッキオは連れてブチャラティはテーブルを離れた。紅茶を淹れてきて
もらって、隅のソファで２人で腰を落ち着けて飲んだ。
「悪かった。だが、おまえはそんなに心を乱したりしないでくれ。ほんのちょっと、風向
きが悪いだけなんだから。
こういうときは、賭け事じゃあよくあるんだ。
嵐を避ける漁師みたいに、そっとやり過ごす、それがうまい切り抜け方だ。
大丈夫、決済はカードで最終日にまとめてやれるし、それまでには絶対取り戻す。フー
ゴ程じゃあないが、盛り上げるテクだけじゃあない、そこそこ負けない必勝法も教わって
る。大きく負けたりはしないよ。
もちろん、負け越しても余裕で払えるだけの金はプールしてあるよ。店だって、明日に
も持たせてやる。昔から言ってたじゃないか。大丈夫だ」
手を取って、余裕で微笑んでみせる。
「解った……だが、あんたもいけねえぜ」
「ああ、もう言わない。おまえはちょっとシャイだが立派なイタリアーノだからな」
目を合わせて、額を近づけてこつんと当てた。
「シャイは余計だッ」
……まあ、生粋のイタリア人でも、内気で人付き合いがヘタとか、マジメ過ぎて周りと
うまくいかないってやつは良く聞くけどな。
そうしてはみ出した人間が、流転の末にギャングの世界に吹きだまる。そういう人間に
よく出くわすと思ったら、そういうわけかとふとブチャラティは長年の疑問に答えを得た
ような気になった。
「落ち着いたか？ じゃあちょっと方針転換して地味に行ってみようか」
にっこり笑ってブチャラティはテーブルに舞い戻った。
１６
「さて、再開と行こうか」
残り数枚になったサファイアのチップに、さらに１万ユーロを積み増しして、カジノの
女王は反撃を開始した。
いじめすぎたかとちょっと後悔していたシューターも、見事な立ちなおりっぷりを確か
めると、今度は誰にも儲けさせないように散らしてきて、客達はじわりじわりと削られて
いった。
「今夜は渋い流れのようだね。昨夜はこっちも稼がせてもらったことだし、ここらで切り
上げて奥方にサーヴィスでもするかな、おやすみ」
ピンクのチップの紳士が勝負を投げて精算した。
「読めませんな、確かに。こういう夜は深追いしないのがツウです」
アズーリのチップの男も精算した。アバッキオは泣きそうな顔で暗算し続けている。随
分持ち直したが、それでも万単位の負けだ。
「まあ、見てろ。向こうのバカラのテーブルに美人がいたって、よそ見したらひどいぞ」
と、ブチャラティはまだ余裕。
「しねえよッ」
「４点張りを５箇所、それぞれ５で。数字はここと、ここ、こことここだ」
ざらりとチップをテーブルに出し、読み上げたの数字を含む４つの枠線の交点に置いて
ゆく。
「おい？」
ルール上はどこにいくつ賭けてもいい。手間と金がかかるが、安全確実に当たりを狙え
る。ただ、手間だし、他の客の邪魔になることだし、なにより野暮といってカジノ側にも
客にも嫌われる。一度に５箇所というのはぎりぎりだ。お茶を飲んで時間をとったのは、
客が減るのを待っていたのもあったのかとアバッキオは舌を巻く。
しかも、ルーレットのホイールを見ると、選んだ数字は巧みに円盤上に散らされている
のが解る。確率的にまんべんなく、それも、一度に４箇所を押さえられる張り方で、合計
３７のポケット中２０を押さえている。外す方が難しい。
「黒の４」
「やったか！？」
アバッキオはすぐにテーブルを見る。
「はははッ、地味に取ったろ？」
４点張りなら９倍。外した残り４箇所の没収と比べると……。
「黒字だな。当分これで行く」
「だが全部外すと大きいぞッ」
「外さないのさ」
昂然と顎を上げて、もとギャングの幹部候補生はテーブルを見やった。シューターは尊
敬を込めて彼女を見返し、賭け金を募る鐘を鳴らす。
「どうぞ、賭け金を（プレイス・ユア・ベッツ）」
「同様に、４点賭けを５箇所、今度は５，７，１１，２１，３６」
細い指が、５つの交点にそれぞれチップを置いてゆく。今度も綺麗にホイール上に五芒
星を描いて散らばっている。どこに落ちても抜けはなさそうだ……？
球が投げいれられた。賑わいの去ったカジノ・ルームに、球の転がる音が響くようになっ
てきた。
「ノー・モア・ベット」
シューターが鐘を２回鳴らす。
……おい、２０番台が薄いぞ？
テーブル上を見ていたアバッキオが注意する間もなく、球は回転を遅くしてコトリと２６
に落ちた。
「黒の２６」
「おや、抜かった」
ブチャラティは舌を出した。
１７
「フーローラー！」
アバッキオは肺から声を絞り出す。
「そんな子供の学資を先物に突っ込んで溶かしたみたいに言うなよ？ お遊びだろ？」
軽く笑いながら、ブチャラティはまた真正面からホイールを見つめて数字を選び出す。
テーブルからチップが回収され、鐘が鳴る。
「プレイス・ユア・ベッツ」
「ええと、同様に……」
それからは持ち直して、ほぼイーヴンまで戻してその夜はお開きの時間が来た。
「さすがはドンナ・サフィール」
つい成り行きを見守ってしまっていた客がため息をつく。
「ついつい付き合ってしまいましたよ」
２分の１の賭けに専念したり、休んだりして参加していて、虎の子の最初の５００から
１，２枚だけチップの残ったトレイを振って見せながら、隣の客が笑った。せこいようだ
が、本人が長く楽しめたのならこれも作戦。
「楽しませて貰った。チップを」
「ありがとうございます」
前夜同様１０％のチップを示されて、シューターは恭しく頭を下げた。
……せっかくイーヴンまで戻したのに１０％もチップをやったら赤字ッ！
さすがにプライドに掛けてアバッキオは口には出さなかった。
「……あんたの強いのには呆れたよ」
アバッキオは一晩で１０才ほども年をとった気になって部屋へ引き取った。
泥のように眠って起きるとそこはもう対岸、アフリカで。
「おはようございます、『ドンナ・サフィール』！ 昨夜は怒濤のリカヴァリーだったそ
うで！ もしかしてプロのギャンブラーでいらっしゃるんですか？」
ウェイターはキラキラの笑顔で話を振ってくる。もう、ぼくシニョーラのテーブルにお
付きしてるのが誇らしいですよ、と胸を張る。
「ははは、だったらどうする？」
ブチャラティは余裕で調子を合わせる。
「サイン……は頂いちゃ行けないことになってるんです。じゃ、お写真ご一緒に撮ってい
ただけます？」
もじもじとウェイターは上目遣いになる。
「ああ、こちらも望むところだ。じゃああとで船宛に送るよ」と、ブチャラティはカメラ
を取りだした。
「シニョーラ、失礼ですがデジタルカメラをお使いでは？ よろしければ船内に出力環境
は整ってます。データを頂ければおかえりまでにはプリントしてお届けできます」
さすが、観光サーヴィス業に従事するものは最新のカメラ周りに詳しい。
「これは参った。時代はほんと変わったな」
「観光の船ですから。フィルム写真でも船内にラボはありますよ。
ちょっと、お願い」
同僚を呼び止めて、その夫をほったらかしに若い女性としっかり２ショット写真を撮っ
ている青年だった。
「よかったな。きれいな男の子と写真が撮れて」
やさぐれたアバッキオはただキャベツをもりもり食べていた。
「蝶々にでもなる気か。泣くんじゃない、今日はチュニスでおまえとの２ショットを２０
枚以上撮る約束をしような」
「ちょ、あんた、今日は昼で観光切り上げるって」
「ああ、４時間ある。ええと、１時間に５枚なら１２分に１枚撮る計算だ、いけるだろ？」
「はい、どうぞ楽しんでいらしてください」
夫婦の仲に波風を立てるつもりのないウェイターは気安く請け合って、アバッキオにコー
ヒーをサーヴした。
「グラッツェ！」
アバッキオはヤケになって叫んだ。
１８
それで約束通り１２分どころか１０分に１枚ペースで２ショット写真を撮りまくって、
アバッキオ夫妻はチュニス観光を終えて船に戻ってきた。昼食は船で採って、約束通りプ
リントされた２ショット写真に感嘆したり、ウェイターと話していてイスラムの歴史地区
はまるきりスルーしてきたことに気がついてアバッキオが天を仰いだり。
「また何度でも来れるから」と言ったブチャラティが、あからさまに失言したような顔を
して照れ笑いしていたり。
食休みのあとは、水泳教室。
プールサイドには一文字が手のひらサイズの落書きがあった。先に出てきたブチャラティ
は足を止めてそれをつくづくと見ると、振り返って監視のスタッフに声を掛けた。
「ちょっとこれは不吉かな？ うちのナイーヴな旦那様が気に病むから消しといてくれ」
ブチャラティはこともなげに言って、シャワーを浴びに行った。
おれたちは海の藻屑になる宿命だ。
監視員は低く呻くとデッキブラシを取りに行った。
あとは、何食わぬ顔で金槌の旦那様にじつに漁師町らしいスパルタな教え方で泳ぎを叩
き込んで。
「なんだ、泳げるんじゃないか、そう、上手、上手。
顔を上げるな、横を向くんだ。ウーノ、ドゥーオ、トレー、クァットロ、はい右。ウー
ノ、ドゥーオ、トレー、クァットロ、左ッ」
手を取ってゴキゲンでバタ足の稽古からはじまって、すっかり泳げるようにしてしまっ
た。
「ホントおまえはなんでもこなすな」
「褒めすぎだ。教師がいいんだよ」
などとプールサイドでいちゃいちゃと休憩をしていると、客が続々観光から帰ってきた。
「『ドンナ・サフィール』！ お見かけしないと思ったら泳いでらしたのね！」
育ちの良さそうなご婦人がにこやかに声を掛けてくる。もうブチャラティは有名人だ。
「こんにちはシニョーラ！ うちのが泳げないっていうから皆さんのいらっしゃらない隙
に教えてたんですよ」
「まあ、それで泳げるようにおなりになったの？」
サングラスの下の目が、ちらりとアバッキオを見た。目の保養、ぐらいには思っただろ
うか、まだ安全、とブチャラティは独占欲の警戒度を下げる。
「え、ええ一応は」
アバッキオはたぶんそんなことを考えてるだろうなと長いつきあいで解るだけに反応が
堅くなる。
「これでうっかりこの船からおっこちるようなことがあっても安心です」
ブチャラティのもの言いはいつもと変わらず大胆。
「まあ、おほほ。それは安心だこと」
「おいッ不吉なことを言うなッ」
アバッキオはひとり気を揉んでいる。
「……なにが起きるか解らないからな。気をつけるに越したことはない」
ブチャラティは不敵に笑って、ふっとデッキの向こう、海を遠く望んだ。
「……来てるのか」
１９
「流行ってるのか？」
謎の落書きについて、ブチャラティは愉快そうにバトラーに尋ねた。
「滅相もございません。お見苦しい物をお目に掛けて失礼いたしました」
慇懃に頭を下げるが、らしくなく心の乱れが頬のあたりのうっすらとした汗に見える。
なにかを隠しているふうでもある。
……舐めれば一発なんだがなあ。しょうがない、妖精さんを出してもらおうか。
アバッキオの気持ちを引き立てるために言ってみたこととはいえ、自分の引きの強さが
恨めしいブチャラティだった。
「わたしはネアポリスからちょっと離れたところの小さな漁村の生まれで。父は漁師だっ
たんだ。……聞いた話だが、誰も書いた覚えのない落書きが書かれるようになった船は沈
むんだってな？」
とりあえず揺さぶってみる。
「聞いたことはございませんな」
「シニョーレ・トロイネンはこの船は長いのか？」
「いいえ、ご説明がありましたでしょう？ この船は２００２年就航の新造船でございま
す」
「この船には悪戯書きをするような年頃の子供は乗り合わせていないんだったな？」
「左様でございます」
「クルーもそんな躾の悪いのはいないだろ？」
「左様でございます」
「じゃあ、誰が書くんだ？ 前日までは何もなかったところに。密航者でもいるってのか？」
「ただ今調査中でございます」
口を割らずに、バトラーは退出した。
「プロだな」
じっとそれを見守っていたアバッキオが言った。
「レオーネ」
ブチャラティが目を向ける。
「任せろ、ムーディ・ブルース！」
アバッキオがスタンドを出した。
ムーディ・ブルースの再生でも、犯人は見つからなかった。
「犯人」は。
「フロラ……？」
アバッキオは、「それ」に心当たりがない。
黒い文字が自然と浮かび上がってくるのを見て、ブチャラティは戦慄を禁じ得なかった。
「これは……」
「フロラ、やばいのか？」
アバッキオの蒼ざめた顔を見て、ブチャラティは瞬時に立て直して見せた。
「しまった、めしのあとにすればよかった。食欲を無くすところだったな」
もう、いつものとぼけた笑みを浮かべていた。
「あんた……」
「腹が減っては戦にならない。行こう」
強いて笑顔を作って見せて、ブチャラティはアバッキオの背を押した。
今夜のドレスコードはカジュアル。気合いを入れる必要の無いのは助かった。
ダンス・パーティ・ナイトのイヴェントがあった。その夜はカジノへは出かけず、ドレ
スアップし直した２人は恐れを振り払うように踊り明かした。「個性的なドレス」のドン
ナ・サフィールとそのハンサムなお連れ様の噂は、船内を華やかに彩った。
２０
航海４日目。朝食に集まった客の目の前、メインダイニングの扉に、黒々と落書きは書
かれていた。
腹が減った。どうしてあの時もっと食べておかなかったんだろう！？
さすがに、事情を知らない一般客の間にも噂は広がり、乗客も、クルーも、寄ると触る
と謎の落書きについて噂し合った。どういった巡り合わせか、寄港のない航海日で、客は
一日船の中に閉じこめられた。
「今日はなんだ？ 優等生さん」
ブチャラティは愉快そうにアバッキオの予定を尋ねる。
「『スマイル・セラピー』だ」
「笑うと何が治るんだ？」
「……病気、か？ それを習いにいくんだ、ええと」
アバッキオはパンフレットを開く。
「スマイルセラピーとは？
顔のスイッチを切り替えれば、心のスイッチも変わります」
カラフルなパンフレットには、写真やイラストをふんだんに取り入れた説明が載せられ
ている。
「……意図的に笑ってみせることで心を切り替えて、明るい気持ちになったり、ホルモン
の出方をいい感じにして健康増進したり、そういういい状態になることで人間関係もよく
していこうということらしい」
「そうか」
「客商売もすることだし、愛想笑いの１つもできなくちゃならんだろ」
「愛想笑いって！」
ブチャラティは鼻を鳴らす。
「間違ってるぞそれは！ おまえはそんな媚びを売っちゃダメだ！ 地獄の底を見透かす
ように暗い顔をして下ばっか見ててもあれだけもてたのに！ 愛想笑いなんかしたら店が
女の客で溢れて交通整理がいるようになるぞ！
キャンセルして来いッ！
おまえはそんなことよりアンジェラに手紙でも書いてやれッ」
言っているうちにやや取り乱してブチャラティは無茶を言った。もう、バトラーを呼ぶ
ためにベルを鳴らさん勢いだ。
「毎日夜書いて朝出かけるときにはレセプションに出してる。今日は寄港がないから出せ
ないが。あんたこそ絵はがきの一枚ぐらい出してやってくれ」
仏頂面でアバッキオは反撃した。
「……子煩悩め」
うっかり反撃を食らってブチャラティは絶句した。
「だって、いい顔してるじゃないか。アンジェラといっしょの時も、こないだあの壁を登っ
た時も。自然な、優しい顔だ。昔はしてなかった。
大丈夫だよ、おまえは、そんな難しい講習なんか受けなくたって、愛想笑いなんかしな
くたって、町のみんなに受け入れられたろ？ 大丈夫だ。
無理に変わらなくていいんだ。おまえの素のいいところを出していけば、おまえはそれ
で十分皆に愛される、いい素質をしてるんだよ」
途中から真顔になったブチャラティは、アバッキオの手を取っていつもの粘り強い立直
らせトークを繰り出した。
「ありがとう。でも、おれは変わらなくちゃいけない。まだ２５だ、これでいいと思っちゃ
いけないんだ。いつからだって、人は意識次第で変わる。どん底の行き止まりだと思って
たって、何度も変わったじゃないか、あんたに出会ったあとからだって。
だから、チャンスがあったらなんでも試してみたいんだ。ありがとう、あんたはいつも
おれにチャンスをくれるよ。
フロラ、愛しているよ。
どうかおれを甘やかさないでくれ。女神のようなあんたの美しい魂の、いちばん側でい
られる幸せにおれがふさわしいものであるように努力させてくれ」
「ああ、……いいのに。ほんとにおまえは」
反撃してきたアバッキオのたまの凛々しさにブチャラティは根負けしてしまう。
「ごめんな。一緒にいてやれなくて。だが、あんたは仕事があるだろう。
……あれの調査に来たんだな？」
「まあな」
ブチャラティは認めてみせた。
「だったら、ここは別行動だ。おれなりに客の方を探ってみる」
「ほんとに働き者で困るよ、うちの旦那様は」
ブチャラティは表情を和らげる。
「お互い様だろ」
軽いハグを交わして、そこで２人は別行動を取った。
２１
スマイル・セミナーの参加者は、やはり女性主体だった。
「はい、それでは皆さんには鏡をお持ちいただいてますね？ それをご覧下さい。あ、鏡
は利き手と反対の手でもって下さいよ？
口の端っこ、上唇と下唇の出会うところが左右にありますね？ これが口角。
脳が楽しい、好きと感じたら口角が自然にアップします。逆に口角をアップさせること
により脳を楽しい、好きと感じさせる効果です。『逆もまた真なり』ですよ！
さあ、鏡をよくご覧になって！ イーと言うつもりになって口を思い切り横に引きます。
そうそう、そのまま、頬を上げるつもりで。そう、自分で自分のお顔の筋肉を動かして
みるんです！ これは疲れるんですよ。あとでマッサージがいるかも知れません！ でも、
これもトレーニングのうち。軽い疲労が出てよく眠れますよ！
ホラ！ 笑った！ はい、その口をキープして！
覚えてください。目が覚えるだけじゃなく、はい、鏡は片手で持って、利き手を空けて
くださいって言いましたね？ 利き手でそのほっぺの位置、口角の位置を確かめてくださ
い！ 手で押さえて、身体、じゃない顔に覚えさせてください！ お化粧が崩れちゃって
も、あとでお化粧直しのお時間取ってありますから！ しっかり押さえて。
さあ、あなたの自然ないい笑顔のポジションはここです！ はい、よろしいですか！
あらまた変わっちゃった？ じゃあいい方で。そう！ シニョーラいいお顔！ それで
す！」
ユーモアに溢れた語りに笑いが湧く。そうやって、客達はセミナーに引き込まれていっ
た。
「はい、前歯を４本見せるのがフル・スマイルです。無理？ そんなことないですよ！
きれいな歯並び、見せつけちゃいましょう！ さあ可愛いわんちゃん、猫ちゃん、あな
たのお子さんお孫さんの赤ちゃんの頃をイメージして！ ほら！ 心から笑えますでしょ！
はいその笑顔キープ！ なんていいお顔！」
……今日はなんだかお客様のノリが良いわ……？
講師はほんの少し嬉しい誤算。
「いち、に、さん……４本出てます？ イヤちょっと無理」
ハンサムな若い受講者がマジメに挑戦してくれているから、講師もつい張り切ってしま
う。
「そんなことないですシニョーレ！ 赤ちゃんはまだ実感無いかしら？ じゃあ好みの異
性を思い浮かべて！ ほぉ〜らお顔が緩んだ……あ、あら逆効果？ 奥様ひょっとしてヤ
キモチ焼き？」
「い、いやそんな」
参加者達は、必死に笑顔を作ろうとしているきまじめな美青年の姿にすっかり和んで顔
を緩めている。
……ほほ、目の保養。
……ほんと、自然に顔が綻んでしまうわ……。
２２
自慢の夫がセミナーを密かに盛り上げているだろうことを予想しながら、ブチャラティ
は地味に「お仕事」していた。
「やあ、これは避難ボートだな。ちょっと見せてくれないか？ せっかくだから話のネタ
に」と甲板を清掃中の乗組員に声を掛ける。
「シニョーラ、おあいにく様です。非常用の設備については、乗船時の説明以外にはお手
を触れたりご覧になったりすることはできないのです。いざというときにちゃんと動かな
いのでは困りますからね！
でも、ご安心下さい！ 出航前と、航海中一度はちゃんとこちらでチェックして、いざ
というときの役に立ちますよう保守もしておりますから、シニョーラがご心配になること
はございませんですよ！」
若い美人の客に声を掛けられたクルーはしゃちほこばって答える。
「そうか。来る前に友達に『タイタニック』なんか見せられたからな、ナーヴァスになっ
てるかな」
ブチャラティは小首を傾げて見せた。黒髪がさらりと肩に掛かる。うわぁ、噂の「ドン
ナ・サフィール」だ！ とクルーは顔に朱をのぼせる。
「それはしゃれの効いたご友人で。でも、今はあんなことは起きたりしませんよ。救命胴
衣もボートもきちんと人数分以上御用意がございますし。設備も最新式です。隔壁は自動・
手動どちらでも、各区画電動で作動するようになってますし、ことがあったら５分以内に
最初のボートを下ろせるよう訓練もしておりますし」
「それは頼もしいな。じゃあ、その時はよろしく。
邪魔して済まなかった」
ぽんっと肩を叩いて蒼の佳人は歩き去った。
「いいえッ。それではよいご旅行を！」
振り返って、大きく挨拶してしまう若者だった。応えて肩越しに軽く手を振りかえす様
も胸を熱くさせる。
……かあああっっこいい！
航海日のいい雰囲気は夕刻破られた。
「まァイヤだ。せっかく習ったスマイルも引っ込むわ！」
ジムの入り口には、黒い落書きが浮き出ていた。
この船は外れだ、ババアばっかりだ！
「ほんと、この船は酷いわ。この前も変な落書きが」
年配の婦人客から、怒りは爆発した。
「クルーのしつけが悪いんじゃありませんの？ ちょっと文句を言ったらあたしのテーブ
ルのウェイター、姿を見せなくなってしまって、次の食事のときは、ダイニングに行って
もしばらく案内が無かったんですよ？ 結局別の人が付いてくれましたけど、それっきり
で。無責任でしょう」
「今の若い人はって言い方、好きじゃありませんけど、そう言いたくもなりますね」
次々と堪えていた不満が吐き出される。
「だいたいここは昔からポカをやらかす会社で！ 去年はちょっと航路を逸れたとかでイ
スキアの方でもう少し小さな船が岩に乗り上げて動けなくなっただろう！」
「わたしはアレに乗ってましたよ！ あれはひどかった、引き潮の時期なのに無茶をやっ
たとか？ 船長は客の応接に忙しくて船橋を離れてたらしいですな。船はどんどん傾いて
ゆくのになんの案内もなしに客は２時間も放置で」
「どういうことですそれは！？」
「こちらの船長さんはチャンとしてらっしゃるように見えたけれど？」
「ちょっと皆さんで話を聞きに行きませんか？ どうもこの船はおかしいですよ」
大ごとになりかかった時に、皆の耳に派手な立ち回りの音が響いてきた。
「……勝手なことをするなと言ったはずだ」
「いや、誤解ッ、おれはただ」
容赦ない打撃の音が響いて、老若男女、痛みを堪える顔が伝染した。
２３
「シニョーラ、あの、ここでは人目にもつきますしお為になりませんからッ」
インストラクターが必死に割って入っている。
「少し広いところを用意してくれないか。ちょっと暴れたい」
顔を強ばらせた噂の佳人は厳しく注文を出した。
「あ、あの、シニョーレそれより、せ、船長をお呼びしましょうか、立場のあるものが間
に入ってお話をお聞きしたりとか」
噂の蒼の佳人が夫の浮気を疑って取り乱しているようだ。インストラクターは自分が浮
気現場に踏み込まれたような顔になって取りなす。
「いや」
諦めた顔をしたプラチナ・ブロンドのハンサムは顔を静かに横に振った。
……シニョーレェェェェ！
もうインストラクターは、２人の上下関係を正しく察している！
「無用。わたしはただこいつをぶちのめしてやりたいんだ」
「……フィットネス・ルームがございますが……その、エアロビなど楽しくなさっていた
だくために、ガラス張りになっておりまして。あの、一応人払いは致しますけれど」
冷たくサファイアの瞳に見据えられて、インストラクターは無駄に知恵を出す。
「そこでいい。好きに見ればいい」
言いおいて、「ドンナ・サフィール」とあだ名された女性は案内を求めた。その夫も従っ
た。
……あら、まあ。夫婦喧嘩ですの？
……よしなさい。人様のご家庭に立ち入ったこと……。
……あんなに純なご主人さま、浮気なんかなさりっこないですわ。
……ねえ、さっきも。一生懸命セミナーに参加してらして。
……ふん、結局ご婦人はそういう下世話な話が好きなのだな。わたしは失礼するよ。
……あら、あなたお待ちになって……。
「ははは、覗いてやったらいいじゃないですか。かれらもいいって言っていたことだし。
あの女、実は武闘派なんですよ。でも、あれだけ体格に差があって、ぶちのめしたりでき
るのかな？ ちょっとスケッチブックを取ってこよう……」
「先生、悪趣味ですわ」
晴れやかな若い女性の声がして、一同は水を掛けられたように我に返った。そして物見
高いことを自分で認めたものは公開夫婦喧嘩を見守ることにし、恥じ入ったものは自室に
引き取った。
「なんだっておまえはそうそこら中に媚びを振りまいたりできるんだッ」
蒼の佳人はスーツ姿で大きく腕を振りまわして大立ち回り。パンツ・スーツなので足回
りにも無頓着だ。それを受ける夫の方は、すばしこく逃げ回ったり、大きな手で受け止め
たりと、派手な割りにダメィジはもらっていない。
「逃げるなッ」
言葉でむち打たれて、悲しそうな顔をして立ちつくした。その顔は狙わずに、ボディに
拳を次々叩き込む。
……顔殴ってもいいんだぞ？ いつもはやるだろ？
……黙ってろッ。
小声の会話はギャラリーには聞こえない。足を払って、とうとう寝技に持ち込んだ。
……シニョーレ、殴り返さないのね？
……紳士なんだわ。
……あら、あら、あんなに痛くして……烈しいのね、ドンナ・サフィール。
……じゃあ、仲直りもきっと。
……あらいやだ、なにを想像なさったの、お下品。
……まあ、あなたこそ……。
「太ったんじゃないかな、前より身体のキレが悪い……それにしても相変わらずひどい服
の趣味をしてる」
しっかり椅子まで持ってきて２人の取っ組み合いをクロッキーしている先ほどの女性だっ
た。
「先生、あの方とお知り合いなんですか？」
「ああ、昔ちょっとな……」
「あなた、芸術家でいらっしゃるの？｝
ひとりの中年女性が代表してその女性に声を掛けた……。
「漫画家です、日本の」
「まあ！」
ギャラリーたちは、すっかりさっきの暴動寸前の怒りを忘れてしまっていた。
２４
「シニョーラ！ そろそろよろしいのでは？」
連絡がいって、バトラーが駆けつけた。ギャラリーが沈静化したのを肩越しに示して、
小声で礼を言う。
「ありがとうございました。おかげで例の件はうやむやに。どうぞ、冷たいものを御用意
してございます、こちらへ」
「ああ、だが当分こいつの顔は見たくない！ 部屋を用意してくれないか！ 三等でもリ
ネン室の隅でも構わないッ！」
「フロラッ」
「畏まりました。多少のご不自由はご容赦下さいませ」
声高に、最後まで注意を引きつけておいて、ブチャラティは靴音高く「フィットネス・
ルーム」をあとにした。
「シニョーレ、打ち身の薬をお持ちしてありますので」
有能なバトラーは振り返ってアバッキオにも気遣いする。
「ああ、助かる」
溜め息が自然漏れていた。
「シニョーレ！ 元気を出して！」
「こういうときこそ、スマイル、スマイル！」
「ぱっと発散したら、あとで申し訳なかったなーって気持ちがこみ上げるものだから、そ
のときにうんと優しくしてあげれば大丈夫よ」
「わたしたちはみんなあなたの味方よ！」
おばちゃん達に手を振られて、アバッキオは急に顔を赤らめて足を速めた。
「あ、ありがとうございますッ」
部屋では荷物をまとめて出て行こうとするブチャラティとちょうど入れ違いで。
「案内してくれ」
ぷいっと顔を背けてブチャラティはバトラーと出て行った。
「忙しいなホント」
ソファに深々と身を沈めて、アバッキオは心から吐息した。船酔いしている暇がない。
昼も夜も結局アバッキオはルーム・サーヴィスを取って。おかあさんと喧嘩をしたとは
書けないな、とアンジェラへ手紙を書く日課の時間もぼんやりＴＶを見ていた。と、その
横の壁がぐにゃりと曲がって、ジッパーが開くように垂れ下がった。
「やっぱり黄昏れてたな。済まなかった。あの場はとりあえず騒ぎを起こさなきゃならな
かったんで」
「まあそういうことだと思ったよ。入れよ、飯喰ったか？」と、結局二人分取って残して
あるワゴンの上を示した。
「はは、やっぱりおまえは２言目にはそれだな」
少し緊張していた顔が綻んで、ブチャラティは部屋に入ってくる。
「温め直してもらうか？」
アバッキオはいそいそとテーブルに皿を並べ直す。
「いや、別にそんな冷めてない。おまえと差し向かいなら１２０％だ」と、もう無造作に
ひと皿空けた。
「どうだ、布団部屋は？」
「なにを。スィートじゃないだけでちゃんとした部屋だ。そんな下じゃない。スィートの
客の為のスペアってキープしてあるものなんだな」
「さあ、……どうかな？」
単に売れ残っているだけだったりして。
船のスペックで言うと、スーペリア・スィートはもう４室あるはずなのに、該当しそう
な上客は他に見あたらない。まあ、船室に引きこもって社交をしない客なのかも知れない
が。そうでなくても、たしか初日に船長が言っていた今回の航海の客は２０００人かそこ
らだった。３分の１が空室という計算だ。
ティレニア海は得体の知れない事故があるということで、慎重なあたりは避け始めてい
るという噂も聞き込んだ。ネアポリスの人間からは裏側、ヴェネツィアからアドリア海を
回ってエーゲ海へ向かう東地中海コースも、対岸旧ユーゴスラヴィアの安定に連れて人気
が出てきたことだし。
……ぼやぼやしてるとネアポリスは観光地として地盤沈下するな。
別に、もうマキーシーの食べ物屋の親爺になるとしたら、関係のないことなのだけれど。
楽しい日々を過ごさせて貰った地として、愛着を抱くようになっているのだ。
「薬、貼らなきゃダメじゃないか」
バトラーが持ってきてくれた貼り薬がテーブルの上に出たままになっているのにブチャ
ラティが目を留めた。
「ああ」
ふとアバッキオは苦笑した。
「ごめんな、痛かったろ？」
ナプキンで口を拭ったブチャラティは、席を立って貼り薬を貼ってやるためにソファへ
移動した。
「なんで顔をやらなかった？」
突きたおされて横たわりながら、アバッキオは再度尋ねる。
「だって、明日は憧れのマジョルカ島だろ？ 綺麗な顔の写真いっぱい撮らなきゃ」
ブチャラティの方はよいしょっと馬乗りになって、なにをするつもりやら。
「バッカ」
笑った顔を白い手が撫でて、キスが降ってきた。
「それで、ドンナ・サフィール、布団部屋の寝心地は試さなくていいのか？」
貼り薬を貼られてやりながら、もう、アバッキオは下からブチャラティの腰を抱きかか
えている。
「そんな、殺生な。一晩だって無駄にしたくない」
いつもは離ればなれに暮らしているのだ。
「じゃあ、泊まってけ」
ぐいと引いて、ぴったりと抱きしめた。
「明日の障りにならないように」
悪戯っぽくブチャラティは笑ってボタンを外しにかかる。
「なるか、バカ」
翌朝、２人揃って朝食の席に出ると、ご婦人連中から声が掛かった。
「あら、仲直りできたのね、よかったこと！」
「お見苦しいものをお見せしてすいませんでした」
ブチャラティは平然と挨拶する。
「いいえーからっとしてていいわね、あなたは」
「仲良くね、ご主人みたいにいいひとはいませんよ」
口々に言って、手を振ってくる。
「ありがとうございます」
「おはようございますドンナ・サフィール！ 昨夜はお越しじゃなくて寂しかったですよ！」
少し気を揉んでいたようで、いつものウェイターが笑顔で飛んできた。
「だって、今日はこいつの憧れのマジョルカ島だからな、絶対仲直りして出かけて、楽し
い旅にしないといけない、昨夜はがんばったよ」
ブチャラティは愉快そうに意味深な流し目をくれてやる。
「え？」
まだ若いウェイターが顔を赤らめる。
「バ、バカッ」
「多少まだ言ってやりたいところがあっても、そこは我慢して引いてやったさ、そういう
こと。え？ なんか別な意味でもあるのか？」
「あ、そうですか、そういうこと、ははッ」
「バカ……」
アバッキオは付き合いきれないといった顔になった。
「だめよースマイル！ スマイル！」
外野から声が掛かったりして。
「はいッ」
思わず鏡を探してしまう姿に皆は笑いを誘われた。
２５
アバッキオの憧れのマジョルカ島を出たところで、「敵」は仕掛けてきた！
朝の日課でアバッキオは走りに出ている。ブチャラティもちょっとパトロールがてら船
尾方向の展望デッキに歩いていった。
「おはようございます、『ドンナ・サフィール』」
「おはようございますシニョーラ」
「マジョルカはどうだった？」
「ええもうゴキゲンでしたよ。お祖母様に写真を送ってやるって撮りまくってました」
「それはよかったこと。お祖母様孝行にもなるわ」
「おはよう！ あら、ご主人は向こうを走ってらしたわよ」
「ありがとうございます」
「おはようございます！ よい朝ですね」
「ああ、おはよう、今日もよろしく頼む」
「いいホタテが入りましたよ！ 今夜はご期待下さい！」
「あはは、それは楽しみだ」
「シニョーラ、わたしの受け持ちは船尾のカフェなんです！ どうぞ航海の間に一度お越
しください！ 極甘のチョコラータのタルトを御用意してますよ！」
「なんでもっとはやく言ってくれなかった！ 今行こう」
「おあいにく様でした、船尾カフェ・ドルチッシモは１０時からの営業です。お待ちして
ますよ！」
「夫も連れて行くからな！」
「それはいよいよお待ちしてまーす！」
「ドンナ！ 今度カジノでテーブルをご一緒させてください」
「ええ、どうぞ、一緒に楽しみましょう」
「蒼の佳人」はもう有名人だから、行き交う人から朝の挨拶を受ける。それも、ネアポリ
スにいた頃を思い出してブチャラティは機嫌良くなる。と、行く手から悲鳴が上がった。
「お客様、下がって！ こちらは危険ですッ！」
軟体動物のような物を見据えたまま、タイミングを計っていて、背を向けて走り出した
航海士に、なにか触手のような物が絡みついて、見る間に溶けた！
「エッ！？」
高齢者の多い客は凍り付く。
「保安部を呼べ。発砲の許可が出た！
お客様はお下がり下さい！」
床に坐り込んで動けない乗客をよそに、駆け寄った乗組員に、触手は襲いかかる！
「キャアアアアアアア！」
「レティシア逃げろッ、このッ、このッ！」
飛び出した老紳士が、ステッキを振り上げて触手を叩きのめす、その腕に、触手が絡ん
だ！
「あなたぁ！」
「シニョーラ、今ですこちらへ！」
駆けつけたブチャラティが老婦人を手招く。
「ダメよ、ダメッ！ あなた！ アロンソ！」
制止を振り切った老婦人は、夫を助けようとにじり寄って同じく触手に囚われた。
「見ないで、下がって！ ゆっくり。これはゆっくり動く物は襲わない……」
ブチャラティが一同に呼びかける。
その背後のドアが急に閉まり始めた。ブチャラティがスイッチを操作したのだ。不気味
にうごめく生物（？）は、ゆっくりとそちらへ移動して、閉まりかけのドアを攻撃し始め
た。
「ゆっくり、やつに気付かれないように。あのドアの動きよりゆっくり、確実に、こちら
へ。全員退避したら時間差でこちらの隔壁を閉じます」
「ああ、ドンナ・サフィール！ いったいこれはどういうことなの！？」
「わかりません。やつの動きを観察して言ってみただけのこと。
……これから船のスタッフの方で説明があるでしょう。船室へ戻りましょう」
蒼ざめた顔のまま、ブチャラティは一同を下がらせた。
２６
臨時放送があって、詳しくは説明のないまま、乗客は船尾の第２層までに立ち寄らない
よう指示された。船の中心部に設置されている各レストランでは朝食の用意が調ったので、
食事に訪れるよう案内された。表向きは平静に航海を続けるようである。
「フロラッ！？」
ランニングから戻ってきて風呂上がりにバトラーに報告を受けたアバッキオは、ブチャ
ラティが戻ってくると詰め寄った。バトラーを下がらせて、ブチャラティは少し言葉を探
した。
「あれはなんだ？ スタンド攻撃か？」
「ああ、これもボスの指示で。
ティレニア海で訳の解らない漁船の事故が時々あるって話しはわたしも拾ってたよ」
「って……？」
「ああ、レオーネ、おまえはあの時ジェットを飛ばしてくれていたから感知してなかった
と思うがな、ヴェネツィアからサルディニアに渡る途中ちょっとやっかいなお客さんを乗
せてしまってな。あやうくわたしたちは全滅するところだったんだよ。
さて、トリッシュをここまで呼び出すのもみっともない話だしな。どうしよう？」
マフィアの大幹部の顔になったブチャラティは、まだ笑っていた。やっぱり立ち回りに
は一張羅を着ようか、とこの旅のために新調したアンサンブルに着替え始めた。
「フロラ……？」
あの地獄の旅に思いを巡らせて、アバッキオの額に汗が浮かんだ。
「この５年で漁船が月に一度あるかないか。退治に向かった沿岸警備隊がもう２，３度は
全滅してるらしい。実はそっち方面からも組織になんとかならないか話が来てる。『ティ
レニアの胃袋』だそうだよ。
実地で調査するにもナランチャやミスタじゃ優雅なクルーズ客にはちょっと無理がある
から、フーゴが奥方を連れて乗るか、ボスにトリッシュを誘ってもらおうかって相談して
たんだがな。そうでなければ、今回ではまった『アバッキオご夫妻』にリピーターになっ
てもらうとか。
どうだ？ 大きな船はあんまり揺れないからそう嫌じゃないだろ？
それにしても１回目で当たるとは、やっぱりわたしは『持ってる』な？」
顎を上げて、さらに笑ってみせる。
「あ、……ああ」
……なんて美しいんだ。
アバッキオは自分の妻を女神と仰ぐ心を強くした。
「ま、とりあえず船長さんに挨拶かな？ 来てくれ」
言うなり、ブチャラティは大股に船橋を目指していた。
「シニョーラ、あいにくですが今は見学のお時間ではありませんので。日を改めていただ
けますか？」
……うぅ〜ん、８５。余裕でＡだな。
せっぱ詰まった状況でも、女性で上等の客には笑顔で対する航海士にブチャラティは内
心いい点をつけた。
「ああ、済まない、ちょっと役に立てるかと思って」
笑顔でその制止する腕をねじ上げて押し通ったのだけれども。
「シニョーラ、あいにく取り込み中でして」
顔にむりやり笑みを浮かばせようとして失敗した船長は、ひと飛びで近寄った美しい女
性に拘束された。
「なッ！？」
「ハーイ、ジャックじゃなくて船長さんはジョニィさんだったかな？ 乗っ取ろうってん
じゃない、ちょっとその取り込みに混ぜて欲しいだけだ」と、スティッキィ・フィンガー
ズを出して、二の腕から拳銃を取り出して船長の胸にねらいを定めてみせた。
「レオーネ、こちらへ」
「おう」
静かに進み出たその夫が交替して、船長を羽交い締めにする。
ブチャラティは例によってとんでもないプリント柄……もしかしたらインドの方の古代
文字かもしれない、で、ご丁寧に地色はマゼンタとサーモンピンクのまだら染めになって
いるおしゃれ着のアンサンブルの襟をちょっとめくってそこにつけられたバッヂを見せた。
「パッショーネの調査部だ。おたくの社長さんから、この海でちょっと面白い事故が続い
てるってのは聞いてる。あれはうちのチームが逃がした化け物だ。大丈夫、対処法は解っ
てる。やっかいなやつだが、お客様とあんたたちを安全に逃がすくらいの策は打てる」
「シニョーラ！ ……ぜひお願いします！！」
船橋の一同に安堵が広がった。
「協力してくれるな？ いい子だ。
ただちにエンジンを止めろッ！ やつは素早く動くものに反応する。エンジンをやられ
たらこの船は漂流するしかなくなるッ」
「Ｓｉッ！ エンジン停止ッ」
２６
暫くして緊急の船内放送が始まった。スピーカーからの音声とともに、各所備え付けの
モニターで船長の映像が映し出された。
「お楽しみ中のお客様には失礼いたします。臨時のお知らせがございます。どうかお静か
にお聞き下さい。
ただいま当船は未確認生命体の攻撃を受けております。ただちにお客様の生命に危険が
及ぶ程ではございませんが、対応をとるために、通常の航行を行うことができなくなりま
したことをまずはお詫びいたします。
お客様にはここから脱出していただくことになります」
レストランに集まっていた客の間にどよめきが起こった。
「お静かに。ボートは人数分十分用意してございます。念のため救命胴衣をご着用願いま
す。乗組員の指示に従って冷静に行動してくださいますようお願いいたします」と、まず
はマニュアルに従った冷静なスピーチがあった。一息ついた船長は肩をすくめて続けた。
「というのは表向きの話。
実を申せばやらせのサプライズ・イヴェントでございます。こちらのシニョーラ
がご結婚記念日で、ご友人の皆さんの企画されたサプライズで、これからシニョーレには
『ＵＭＡ』と闘って、真にシニョーラの愛を受けるにふさわしい英雄と言うことを証明し
ていただきます。そして、２人はまた堅く愛を誓い合うといった筋書きですので。
おふざけの避難ごっこでございますから、お怪我をされるだけお損でございます。慌て
ず、ゆっくりとイヴェントをお楽しみ下さい。怖い思いをおさせした方には申し訳ござい
ませんでした。キャストもなにしろ素人ながら相務めますから、演技過剰、もしくは、至
らないところがございますでしょうが、そこは目を瞑っていただいて、まずは予定を変更
してサルディニアはオルビアの港に上陸、一日オプショナル・ツアーをお楽しみ下さい。
パーティの準備の手間もございますので、これは強制でございます。全員残りなく船から
ご退出願います。
では本日一日を楽しく快適にお過ごしになるためのお手荷物、貴重品だけをお持ち下さ
い。海の上に出ますから、羽織るものをお忘れ無く。慌てると興を削ぎますからね、移動
はラールゴでお願いいたします。楽団にメトロノームを用意させました。演奏もさせます、
愉快なマーチをね。このペース以上おはやい動きで動かれたお客様には、ペナルティを受
けていただきます。内容は秘密です。
お客様がお発ちになったあとは、船室には全室ロックを掛けます。ご心配は無用。それ
では、お芝居の都合もございますので、いそいで、ゆっくり。もちろんお子様、ご婦人、
お年を召された方、ハンディキャップのおありになる方が優先でございます。そこは、お
遊びでもお守り下さいよ？ お子様から目も手もお離しになりませんように。
どうぞ、お出口に近いお客様からお仕度下さい！」
ドアが開かれた。すぐさま楽団の演奏がはじまる。楽団員も苦笑しつつ、ラールゴのペー
スで、ミッキーマウス・マーチが奏でられる。
「さあ！ ここでセミナーの内容を思い出して！ にっこりしましょう！ 皆さんお近く
の方と確認しあって？ 前歯は４本出ていますか？ 予定を狂わされてコンチクショウ！
そう思っても、前歯を４本見せて、口の角をを思い切り上げて！ 言えないでしょ？
こちらのシニョーラのお幸せを祝福したくなるでしょう！？
オプショナル・ツアーの内容を想像してみましょうよ！ サルディニアについでに寄れ
て幸運！ お客様はお運が強いんですよ！ これでご旅行の土産話が増えましたよ！」
講師が張りのある声で気分をもり立てようとする。
笑い声が漏れはじめ、にこにこと、しずしずと、避難がはじまった。
２７
「おいッ！ 本当のことを言えッ！ こんなふざけたサプライズがあるかッ！
……あれは噂の『ティレニアの胃袋』なんだなッ？
軍に知り合いがいる。すぐに対応してもらうからなッ」
冷静な客が近くの乗務員を捕まえて声を荒げた。
「そこまでお分かりになるなら、シニョーレ、どうぞ堪えてください。あの方はパッショー
ネの特殊チームです。対処に来られたそうで、お任せするのが一番だそうです。
……パニックを防ぐための口実です。とにかく、素早く、激しく動く物を襲う性質があ
るとかで。どうぞ、お静かに。ただいま囮を出して敵を引きつけております。ただ静かに
していれば、目を付けられませんので」
声を低めて乗務員に説明され、客は青ざめて黙って肯いた。
そこここで声を挙げた「慧眼の客」は、有無を言わさない説得と絶望的な情報開示に黙
らされて、指示に従わされた。
「２５０は飛んでるな。やっぱりおまえはなんでもこなす」
白球を目で追って、ブチャラティは眼を細めた。
「言ってろ」
とりあえず、甲板にティー・ショット台を設置させてアバッキオは楽しむどころでない
打ちっ放しを続けている。ゆっくり、大きなテイクバックを取って、凶悪なスタンドを刺
激しないようなストロークから３０秒ごとに打ち出すゴルフボールは、ノートリアスＢ・
Ｉ・Ｇをさまざまに翻弄して、船の背後部分から下ろされ、客を載せて対岸サルディニア
を目指す避難ボートを守っている。彼らの前にはねじを一杯に巻いたアナログのメトロノー
ムが目安としてラールゴの速度を刻み続けている。
客の乗船が終わり、乗務員も避難を終えようとしている。途中から「ハイホー」に変わっ
た楽団のマーチも、とうとうひとりひとり船に乗って音が細くなって、とうとう最後の
コンサートマスターのヴァイオリンの音が消えた。
「シニョーラ、設置できました」
船長から声が掛かる。インストラクターたちがゆっくりゆっくり運んできたピッチング・
マシンが、球を打ち出し始めた。
「調整して、最高速を出せるようにしてきました。電源も確保できています。時速は１５０
キロ。シニョーレのショットより速度は落ちますが、なんとか球をかき集めてこれから１５
分は自動で球を打ち出し続けます。どうぞ、お２人も避難を」
「１５分か」
ブチャラティは苦笑した。
「行ってください。ゆっくり、ラールゴのペースは守って。船の裏で、この速度よりゆっ
くり動けばやつは襲っては来ない。
最後のボートが出るまではこの場を守ります。船長は、避難ボートの指揮を。そこに見
えているとはいえ、オルビアまでまだ少しあります」
「シニョーラ！ ……ボートを残してゆきます。ありがとうございました。ご武運を」
一礼して、船長が去る。
２８
現有勢力ではノートリアスＢ・Ｉ・Ｇを無力化することはできない。本体が死んでしまっ
ているスタンドだ、どこかに押し込めるか逃げ切るしかないのだ。まったく、困ったスタン
ドだ。
と、その時、制止の声を振り切って現われた客がいた。
「大丈夫、彼女とはガチで殴り合った間柄だ……
女幹部さん、ブォン・ジョルノ！ 結婚記念日おめでどう。だがかたぎの皆さんに迷惑
をかけるんじゃない……なにか面白いことが起きているなら取材させろ」
これまた大胆なリゾート・ファッションに身を包んだ東洋人の女性が足を進めて来た。
ゴゴゴゴゴ！
スタンド能力者の放つ威が周囲の気圧を高くする！
「シニョーラ岸部！」
アバッキオは胃が痛むのを自覚した。
「あなたも乗っていたのか」
そういえば、ジャポネの芸術家が乗っているとかで、サロンで嬌声が上がっていたかも
知れない。
「日本の戦国時代にローマ教皇に謁見した使節がうちの町から船出したんだ。ローマに入
るにあたってチヴィタヴェッキアに上陸したとかで。記念の建物が残ってるらしいから取
材に来た。和服を着たマリア像ってのもあるそうで。ちょうど来年あたり４００年記念
式典があるんだ。地元の芸術家として参加を要請されてな」
顔色も変えずに露伴は歩き寄った。チヴィタヴェッキアは最終目的地だ。これはかな
り公私混同な取材旅行と見える。
「足が速すぎる。捕まるぞ」
短くブチャラティは警告した。
「あれだ。本体がもう死んで暴走しているスタンド。より素早く動く物を選んで攻撃して
くる。うちのチームを全滅寸前に追い込んだ攻撃力だ。今のところ逃げるしかない」
「それがこの手の込んだお芝居の種か。
ふん。
サルディニアは行ってみたかったから助かったがな。どうして地中海クルーズのコース
はどの会社もサルディニアは素通りなんだ？」
「そういえばそうだな……でかいクルーズ船が入れないのかな？」
「暢気に会話してる場合か！
シニョーラ岸辺、あのスタンドを読むことはできないのか？ あんたは対象を本にでき
るんだったな？ スタンドになら弱点が書いてあるんじゃないか？」
「レオーネ、さすがだ！」
ブチャラティは顔を綻ばせる。
「……ただでとは言わん。あなたのお望みのままにポーズを取ろう。……あれから年をとっ
て、あなたの感性に訴える身体じゃあなくなったかも知れないが」
胃を押さえながらアバッキオが言い継ぐ。
「いや、もういい。
そうだな、それより、奥さんの方をちょっと読ませてもらえたら嬉しいな。
今増刊の方でやってる『Ｊ家奇譚』の第５部に出してやろうじゃないか。この前会わせ
てもらったボスはジョースター家に関わりがあるらしいからな、かれを出そうと思ってる。
ネアポリスの楽しいギャングの皆さんの取材をさせろ」
「やつをなんとかできたらな」
ブチャラティは顔色１つ変えない。
「邪魔するなよ？」
「するか」
真横に並んだ女性スタンド能力者同士の会話は短かった。
２９
「ヘブンズ・ドアーッ！」
「激しく動くなと行ったはずだッ」
スティッキィ・フィンガーズが瞬時に出て露伴を庇って立つ。ブチャラティが注意を促
す間に、帽子をかぶったコミックのキャラクターの姿をしたスタンドは、「ティレニアの
胃袋」を本にしてのけていた。
「ふん、容貌に恵まれず、それを乗り越える魂の強さも持たず。ただいじけて世を恨んで
身を持ち崩してギャングになって。人体実験のようにスタンドを持ったが使いこなせず、
ただ鬱々と過ごして、それをひとに利用されて。
クズだな。
そして、自分を殺したやつを恨んで取り付いて機敏に動く物、激しく動く物を取り込ん
で無力化することで相手の絶望や嘆きを喰って生きている……馬鹿馬鹿しい！
『本体は小さな男の子を庇って事故死した。自らの英雄的行為に満足し、この世になんの
恨みも未練も残してはいない』でどうだ？」
鮮やかな軌跡を描いて、露伴の指先が余白に英雄的な最期を書き込む。と、怨念のスタン
ドは黄金の輝きを残して蒸発した！
「一丁上がりだ。『ブチャラティの姐御』、見せろよ？」
顎を上げて振り返った岸辺露伴は呆然と口を開けたままのブチャラティに笑いかけた。
「助かった。恩に着る」
静かに凪いだティレニア海に、ただ、バッティング練習機のボールが定期的に打ち出さ
れていた。
「お疲れ様でございました。お３人とも、冷たいものはいかがでございますか？」
背後から声を掛けられて、２人は同時に振り返った。露伴は余裕でそっぽを向いている。
「シニョーレ・トロイネン！？」
「はい。トロピカルフルーツを入れたヴィタミンたっぷりのティー・パンチが冷やしてご
ざいます。もちろん、大人のお飲み物ですから発泡酒が隠し味どころでなく入っておりま
す。船と皆を救っていただいてありがとうございました」
金髪のヴェテラン・バトラーがワゴンを押して近寄ってきた。
「あんた、逃げなかったのか」
アバッキオは忙しく脳内ムーディ・ブルース再生をして、一般人に聞かれてやばいこと
を口走っていなかったかチェックしている。
そういうのはアバッキオに任せておいて、ブチャラティは一足飛びに近づいた。
「お２人のボートを操縦する人間が必要でございましょう？」
こともなげに言って、手はもうサーヴのために動いている。
「嬉しいな。わたしは悪魔退治ももちろんだが、こちらのスタッフの勤務評定に乗ってたん
だ。Ａプラスで上には報告しておくぞ」
「それはありがとうございます」
バトラーの微笑みは揺るがない。
「シニョーレ、これでもいいが、もう少しブランデーとか垂らしてみないか？」
すかさず味見して、ブチャラティは注文をつける。
「フロラッ！
シニョーラ岸部、あなたもこちらへ」
気配りをするのはアバッキオの役目。
「ははは、シニョーラはいけるくちでございましたね」と、ちゃんと露伴の分のカップも
あるのがプロフェッショナル。ブランデーの小瓶もどこからか出して。
「パンチってのは５種類の果物が入ってるからパンチというんだ。インドの言葉で５を意
味する……この中の果物は食べていいのかずっと悩んでたんだが」
遠慮せず岸辺露伴が手を伸ばす。彼女が最大の功労者であるのでここは当然。
「どうぞ、フォークの御用意もございますよ。ワインと紅茶の風味が染みこんでこれも格
別でございます」
「そうなのか……」
アバッキオはもういちいちメモって帰りたい心地。
「お食事の前ではございますが、軽く甘い物としてダクワーズを御用意しました」
「気が利くな」
「旨いぞ」
逞しい女性達は立ったままむしゃむしゃやり始めた。
「あんたたち……」
アバッキオが絶句する。
「これは失礼、女性の方に相済みません、そちらは日向になります。どうぞこちらへ」
ふと目をすがめてバトラーがワゴンを動かす。
「あ、おれ椅子取ってくるな」
アバッキオは身を翻した。かくて和やかな午前のお茶の時間になった。
お手洗いと化粧直しを済ませて３人と１人は救命ボートに乗り移った。バトラーは巧み
な舵捌きでほどなく先行する避難ボートの一群に合流した。
３０
上陸して、「英雄」は客達に祝福され、それも一段落すると、何も知らない客達はオプ
ショナル・ツアーのために散っていった。
「思いつきで言ったオプショナル・ツアーだったが、すぐ手配できたんだな。さすが」
ブチャラティはまたＮＲＢ社の評価を上げている。
「あんたの臨機応変さには呆れるよ、毎度」
アバッキオは舌を巻いている。
「そのおかげでわたしも助かったがな。さて、お勧めの観光スポットはどこだ？」
岸辺露伴は愉快げだ。
「まさかあなたが乗っていたとは。本当に助かった。この身体で良いなら好きにするがい
い」
ブチャラティは改めて心からの感謝を見せた。
「べつにわたしはそっちの趣味はない。ちょっとあんたの過去を読ませてもらいたいだけ
だ」
露伴はつっぱねる。
「シニョーラ、もしおれの料理でよかったら、厨房を借りてチェーナを驕らせてもらうが」
アバッキオは自分にできることを考えて、口に出してみた。
「はは、いや結構」
書き込んでないはずの真面目人間にイタリアーノとしての濃いもてなしを示されて閉口
した過去を思い出して、さすがに岸辺露伴は笑顔を引きつらせた。その頭上にローター音
が響いてきた。
「大きなヘリ！」
島の子供達が反応を見せる。
「なんて書いてある？ Ｓ、Ｐ、Ｗ……？」
「アメリカの認識番号も入ってるが……？」
大人も空を仰いで所属を確かめようとする。ヘリは近づいてきて、彼らの目前で下りた。
「やあ、反応が消えたと思ったら、あなただったのか」
下りてきた長いコートの偉丈夫は、ほんの少し微笑みを見せた。
「承太郎さん！」
声が瞬時に華やいだ。有り得ない声を聞いた顔でブチャラティとアバッキオはすっ飛ん
で行った露伴を見送った。
「ティレニア海にでる悪魔というのがスタンドじゃないかって、スピードワゴン財団の方
から調査に来たんだがな。あなたに先を越されるとは思わなかった。
大きな船だな。被害が無くて何より」
「いいえぇ、書き込んでやったらすぐでした」
尊大な露伴が、心持ち俯き、照れて恥ずかしげな様子を見せる。
「さすがだ。あなたはほんとうに無敵だな……」
「いいえそんなぁ。承太郎さんのお仕事を奪ってしまってすいません。
でもお目にかかれて……うれしい、です。情歌は仗助に預けてきたんですけど、連れて
くれば良かったかな……あは、すいません。仕事で。この季節はあいつも学校があるし……」
てれてれと内股になってしまっている！ ほんの少し前まで顎を上げて不遜な姿勢を崩
さなかったチートなスタンド能力者が！
……ああ、このひとが、彼女が心を捧げるという心優しい姿形も美しい大人の男性なん
だな、とアバッキオはしみじみしていた。
３１
「……なんだ、乙女になっちまって。
もしかして、『持ってる』のは彼女の方なんじゃないのか。ああ、もう！
お２人さん！ エメラルド海岸なら近いから行ってこい！ 永遠の愛を誓うにはふさわ
しい場所だ！」
自分の５年前のあの日を思い出してブチャラティは声を掛けてやると背を向けた。
背の高い男は帽子の下で顔は定かには見えないが、雰囲気からして美形のオーラを纏っ
ているので少しブチャラティは妬ける。いや、後ろ頭を見たところだとかれは金髪ではな
いから、１００％彼女の美的感覚を刺激したりはしないけれど、そこは、強くて心の優し
いハンサムが大好物な彼女のことだから。
「なにを言ってるんだ」
アバッキオが声を荒げた。
「このおれがここにいる。あんたに身も心も捧げたおれがここにいて、あんたが負けると
こがどこにあるんだ？」
一世一代の自己愛的発言をしてのけて、内心外したらどうしようと心臓をバクバクさせ
ているアバッキオは、妻に抱きつかれて、ホッとした。
「そうだな」
ゴキゲンな夫婦はまたサルディニア島観光をして、また夜にはＡクラス評価のスタッフ
達が大車輪で復旧させた豪華客船に戻って、船長や船会社、ついでに見事悪魔退治に成功
したことを聞きつけた沿岸警備隊や軍、そして当然ボスからの援助を受けて、「アバッキ
オ夫妻の５回目の結婚記念日」を祝う船上パーティはその夜このうえもなく豪華に行われ、
船の皆からも盛大に祝福された。
そして憧れのひととゴキゲンの休日を過ごした岸辺露伴はしっかりその夜スィート・ルー
ムを訪れて、ブチャラティの過去のページを遠慮無くむしって行った。
２９−０５−１３
蛇足。
２ちゃんねるのまとめスレかなにかで、「それでノートリアスＢ・Ｉ・Ｇはどうしたら
完全に無力化できるの？」とかいうスレが立っていて、「億泰にガオンしてもらう」「ア
ヴドゥルさんに焼き尽くしてもらう」「露伴に書き込んでもらう」ぐらいしか対処法が無
かったようで。
そういえばうちは露伴は５部のみんなに会ってたなーと思って出してみました。
「成仏」させる必要上ゲスい本体になってしまって、カルネのことを「覚悟の刺客」だと
信じている人にはごめんなさい。
ちいちゃい漁船でも良いんだけど、いやー乗ってみたくて、豪華客船。
でもおかあさん乗り物酔いする方だから、長いクルーズは無理そうで。妄想だけ、妄想
だけ。フーゴ（出番ここだけ）の船酔い対処法講座はネットを駆使して調べたマジネタで
すので是非ご利用下さい。あとジンジャーエールとか梅干しとかミントのガムね。口を動
かす、唾をよく飲むのがミソらしいです。
「豪華客船でカジノとかあって、ブチャラティがルーレットでお洒落に遊んで大活躍」と
言ったら、
「読みたい！ 書いて！」と久し振りに娘がＧＯサイン出してくれたので。
こんな長くなっちゃってごめんなさい。わたしも今（タグ打ち中）困ってます。
ティレニア海を通るクルーズをいろいろ探して、しょうがないから適当にでっち上げま
した。それぞれの港町を調べるの楽しかったです。
ホントにマジョルカ島はドイツ人にとっての憧れの「ハワイ」なんだそうで。なんでも
調べると面白いことがわかります！
聞いたことないよそんな港町！ と思ってぐぐったら、なんとそんなところに日本人が
関係してたなんて！ 支倉常長なら宮城県、宮城県といえば杜王町、杜王町といえば４部、
露伴だ！ バッチリ！ と思ったけど、支倉常長がローマにたどり着いたのはホントは
１６１５年なので、ちょっと時系列ずれました。架空の町だから、そこんとこは勘弁して
ください。試験に出たら注意、注意（出ません）。
サルディニアに入港するクルーズ船がないのは……まだリゾートとして開発が進んでい
なくてただ海を見てゆっくりするしかないから……かな？ 行ってきた人のブログを見る
限りはそんなカンジ。あのプーチンの別荘もあるそうで、静かできれいなことは確かみた
いです。今回の夢のツアーの他の寄港地みたいにいかした教会やお城がいっぱいってとこ
ろではないみたい（ウィキペディアでお手軽に調べた限り）。
アバッキオさんに野球について熱く語ってもらっちゃいました。いやほんと、ヨーロッ
パにしちゃ珍しく盛んなのよイタリア。ＷＢＣには出てなかったかもけど。やっぱアメリ
カに行って帰ってきた人が持ち込んだんでしょうか。シチリアは２０世紀初頭津浪で壊滅
してるからそこからアメリカとかヨーロッパ各地に移民したそうです。そんで食えなくて
アメリカのイタリアン・マフィアになったワケよね。風が吹けば桶屋が儲かる。地震が起
きればマフィアが勃興。世界は繋がってるのであります。
サッカーもまあ組織的なスポーツではありますが、野球は、長嶋１人じゃあできないの
です。王さんはもとピッチャーだけど、王さんだけでもキャッチャーがいないとできない。
イチローがどんだけ塁に出ても、彼を返す人がいなかったからマリナーズは永遠に弱かっ
たんです。みんなで走者を生かしてホームに返す、そうしないと勝てない、こういうとこ
ろが野球の醍醐味。ああ、そこんとこ、ちょっと、イルーゾォ戦でアバッキオが言ってた
ことに通じるかな？（今気付いた）
あ、ブチャラティとアバッキオの結婚記念日ってのは適当です。５月３０日なのはうち
です。毎年忘れます。晩秋に一緒に暮らし始めて年明けぐらいには子供ができて、泡くっ
て教会に行ったとなると２，３月だと思うんですけどね（おまえらちゃんと避妊しろよ！）。
ま、結婚５周年記念のクルーズご招待ってのと、ブチャラティがカジノで口から出任せ
に言った「結婚記念日は３０日」に引っかけて、悪魔退治をお芝居ということにしてしま
うための口実だから。物語のカレンダー上、５月の良い季節だってことです。
あ、そういえばうち今年２０周年かも。えーと、……まいっか。それではまた。