ねむりにつくまで
その朝（８２）
ヴァージョン ブチャ：「まだ眠くないよ」
１
まったくこの状態は酷い。いつからうちはイヴェント企画会社になったんだとブチャラ
ティは徹夜明けの頭でぼやいた。
この秋の新しいオペラハウスのこけら落とし公演の警備が、よりにもよって市当局から
組織を通じ、ネアポリス支部に回ってきてしまったのだ！
ネアポリスの旧市街、川向こうの繁華街外れの再開発で、発起人はこの州の上院議員だ
というちょっとした計画が、大詰めに来ていた。絶対失敗できない、させないという重圧
がそれだけ大きい仕事だ。
ネアポリス支部の幹部候補生、ブローノ・ブチャラティにもその仕事は割り振られた。
２
工事の進捗のチェック、出入りの業者の不正の監視、完成披露パーティの企画、運営、
こけら落とし公演のフォロー、その後の市当局との、そしてネアポリス支部単独の、それ
ぞれ打ち上げパーティの手配まで。……本当に均等に割り振ったのか（んですか）とアバッ
キオとフーゴが日を替えてそれぞれ聞いてくる程に仕事は立て込んでいた。おまけに、中
心になって仕切るはずの川向こうのシマのリーダー、グリマルディーニ老が引退を宣言し
ていることもあって、ポルポの代理人としての業務の引き継ぎも入っている。ネアポリス
の表を仕切る役人や商工業者連中は、そこはイタリアーノだから、新しい代理人が若い美
人と知って好意いや下心を抱いてしまって、会合だ、懇親だと、なにかと呼びつけて通常
業務の邪魔をする。川向こうに持っていくべき案件も「コンサルタントのブガッティ女史」
に持ち込むので、断りを入れて向こうに持っていく手間が余計にかかるし、また、体面を
潰された云々と余計な軋轢を生んでもいる。
夏に入ったミスタの面倒もみてやらなくてはいけないのに！
まったくブチャラティ・チームは疲労の極にあった。
３
普段はとりあえず片付いていたオフィスがもう、足の踏み場もない。アバッキオが顔を
出す度にため息を吐いて端から整理しようとしてくれていたが、かえってどこにいったか
解らなくなったので３度目からは辞退するようにしている。
「ぼく今日は市警の方で講習会がありますから出ますけど。
これと、これは川向こうの方へもう一度戻してください。つじつまが合ってないってこ
とに自分たちで気がついてない。やばいですよ。
組織から増援……言っても無駄でしたね。こっちの恥になる。
なら、川向こうの表の本業の方からひとを引っ張ってこられないか、帰りに聞いてきま
す」
フーゴが顔を出して、貼り付けられた付箋で箒としてもつかえるようになった書類を置
いていった。
「大丈夫か？」
「さあね。期待しないでいてください」
微笑んで見せた眼のしたに、くっきりと隈が浮かんでいた。
……きれいな子なのに。
もったいないという、そんな感想までは意識の上に昇らせるだけ無駄、と、途中で感慨
は打ち切って、ブチャラティはまた報告書に眼を落とした。
４
「なあ……」
アバッキオがオフィスに上がってきて、遠慮がちに時計を示す。何をやっていたのか具
体的に結果は出せないのに、一日はもう終わろうとしている。
「ああ、うん」
前はこれでこの優しい情人を傷つけてしまった。その頃はかれも入り立てで、立て込ん
だ仕事のどれも肩代わりすることは出来なかったのだ。ただ、もう遅い、やすんだらどう
だと口うるさく言ってきたのを、ベッドに誘っているのだと取り違えて傷つけた。だって、
その頃は、自分がかれをどう惹きつけているのか、自信がなかったから。傷付いた男をた
だ拾って、居場所を与えただけで、心からの信頼や愛情を勝ち得ているとは思っていなかっ
たから。
「大丈夫、眠くない」
笑って、彼女は霞んだ視界をごまかす。そこには、眉間に皺を寄せて、それでも視線を
集めずにはいない美しい男が立っている。立っていてくれる。
今は違う。この男が、心から自分を想ってくれていて、案じてくれているのが解る。ま
じめで、真っ直ぐな男の、心を捕まえている。大丈夫、この秋から、自分は新しい地位に
昇り、いっそうこの組織での立場を確実なものとする。自分は、変わっていける。
「だいじょ……」
大きな手が振ってきて、彼女の眼をふさいだ。
「ああ。でも、明日のために、寝るのも仕事だぜ。あんた、そんなこと言って昨日もここ
に泊まったじゃないか」
「寝てるって」
「そうか？」
かれはもう顔を歪めない。まっすぐに彼女を見つめたままで。かれの相棒、ムーディ・
ブルースがふわりと姿を現した。
「解った、無駄なことはよそう」
とうとう彼女は笑って降参した。
「そうだ」
ブチャラティは書類を揃えて、鍵のかかるキャビネに仕舞った。アバッキオも近寄って
手伝う。
あとは、過保護にも腰に手を回したアバッキオが、ブチャラティを引きずるように帰途
を急ぐ。
「うちに帰っても何にもしなくていいからな」
表情に和らぎが戻ったブチャラティに、アバッキオは囁きかける。
「殺生な、それとコレとは別だ」
いつもの、余裕の表情が戻っている。
「じゃおれが……」
「ああ、レオーネ、それは困る、おまえに本気を出してもらったら明日仕事にならない」
と、しれしれと言いかける。
「バッ……」
恋人達は笑いさざめきながらねぐらへ帰った。
３１−０７−１３
蛇足。
ネタ切れ対策で、ピクシヴのイメレスからネタをもらおうシリーズなんですが、最初の
ブチャだけ思いついて放置してたら、なんと二ヶ月更新がないことに気付いて。また長く
なっても大変なので、ブチャ・ヴァージョンだけ上げます。
ってことでネタ元はこちら↓
眠りにつくまで | 得兎(ご利用有難うございます)
[pixiv] http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=36173013
１）まだ眠くないよ
２）欠伸が……
３）うつらうつら
４）「……眠いの？」
５）もはや半寝半起き
６）おやすみなさい
とりあえずの割り振りは、
１ブチャラティ
２ミスタ
３ナランチャ
４アバッキオ
５フーゴ
６ブチャラティ
とっても大きな夏休みの宿題を自分で設定しちゃったカンジ。気長にお待ち下さい。