空白の一日
その朝（３）
「まずジョルノだ。ジョルノにこのテントウムシから作った左手をくっつけて、手をつくっ
て貰わなくては皆が復活できない」
パラシュートでティレニア海に落下しながら、ブチャラティは以後の作戦を口に出して
確認した。
「アバッキオ、お前はしばらく休息だ。ムーディ・ブルースにはいろいろ無理をさせたが、
このあと一番だいじな仕事が控えている。お前にしかできない仕事なんだ。くれぐれも無
理はするな」
眼を見てねぎらいながらも、手は自分の身に固く添わせて触れあわせようとしない。
「ああ」
緊張のせいと思って、アバッキオは深く追求しなかった。トリッシュの目の前でもある。
「トリッシュ、あなたがスタンドを発現させてくれて助かった。あなたの働きがなかった
ら全滅するところだった。ありがとう」
「いいえ。みんなの役に立てて嬉しいわ」
この旅で一段と成長したトリッシュは、落ち着いた笑顔を見せた。
「ジョルノ、聞こえるか……手は繋がったか？ 悪いが、すぐに役だってもらわなくちゃ
いけない」
ブチャラティがジョルノの耳に顔を近づけて囁く姿を、アバッキオは眉間に皺を寄せて
見つめた。
あの金髪のクソガキがチームに入って以来、もうこの顔がならいになってしまったかも
知れない。
あいつはたいしたヤツだ。ただ者じゃあない。だからブチャラティが頼るのも無理から
ぬことだ……。そう無理に思いこもうとしている。いや、余計な物思いに悩まされている
余裕はない。今は高度数千メートルからの自由落下の最中だ。落下の衝撃は、軟らかくなっ
たコックピットが吸収してくれるかも知れないが、そこから先は、唯一無傷で残った自分
が何とかしなくてはいけない。考えなくては、考えなくては……。
やっぱり引っさらってでもあいつを連れてくるんだったな。
いつも口やかましく自分たちをあげつらいながらも、冷静に作戦を考えていてくれた年
下の参謀のことを、彼は懐かしく思い出していた。なんということはない、まだ今朝の話
だ。一日の密度が濃すぎて、まるで大昔のことのように思える。
……ブチャラティ、あんたは優しすぎるぜ……。
もし、ジョルノが食い下がって自分たちへの説明を求めなかったら、フーゴどころか、
ミスタやナランチャも、脱落していたかも知れない。
自分はどうしていただろうか。
やはり、拒否されても付き従っていっただろう。
それでも、このようにスッキリした気持ちで従うことは出来なかったかもしれない。相
応の理由もなく、ただ、ジョルノの野心に惑わされての造反と思い、狂おしい嫉妬を抱え
ていたかも知れない。
着水の衝撃が伝わってきた。
「済みませんが、ミスタとナランチャは後回しにさせて貰います。まずはこの計器類を魚
に変えて、サルディニア島に連れて行って貰います」
「カプリ島の応用だな」
ブチャラティが微笑んだ。緊張が少しほぐれたようだ。
「５０キロもありますから、１チームぐらい作らないと大変でしょうね」
ジョルノも、真面目な顔で冗談ともつかぬ事を言う。
「負担を掛けて済まないが、頼む」
いつもなら、肩ぐらいは叩いたろうに。身体にかかる衝撃を配慮したのだろうか。今日
のブチャラティは、あまり接触しようとしないな。自分が嫉妬がましく見ているからか、
と、アバッキオは反省する気持ちになった。
「今日一日はオフにしよう。休養日だ。傷を治せ。少し心の整理もいるだろうし。せっか
くのサルディニアを楽しんでくれ」
やっとたどり着いたサルディニア島、はやる年少組を抑えて、ブチャラティは言い渡し
た。皆が満身創痍なのだ。
「部屋は３つしか取れなかった。トリッシュにはわたしがついていることにする。アバッ
キオとナランチャ。ミスタはジョルノが見てやってくれ。ナランチャ、うるさくしないで
アバッキオを休ませるんだぞ」
「おれはいいけどよー、ブチャラティ」
それは違うんじゃねーの？ と言うミスタの声は無視された。
アバッキオの精神状態を思うなら、トリッシュは亀で、それを持ってブチャラティが同
室になるべきだ、そう言いたいらしい。
無理もない、ネアポリスを出てからこの強行軍だ。アバッキオはポンペイで左手を切り
落として以来、戦いには参加していないとはいえ、要所でスタンド能力を発揮している。
ついさっきまで、ムーディ・ブルースを全開で発動させて、ビジネス・ジェットを飛ばせ
ていたところでもある。これから、ボスの正体を暴くためにさらに大活躍して貰わなくて
はならない。
……だったら、ここは機嫌取っておく所なんじゃないのかな？
男女の機微にはあんまり詳しくない年少組は、それ以上言えなかった。
……だからあいつを連れてくれば良かったのに。
いちばん長いつきあいだったのに、理性でブチャラティへの同行を決意しきれなかった
チームメイトを、ミスタも思い出している。
……なんだかんだいって、間を取り持ってたよなーあいつ。
トリッシュの護衛には二人いた方が安心だ、とかなんとかもっともらしい理屈をつけて、
ブチャラティの遠慮を解いてくれていただろう。
参謀という点では、ジョルノも正しい道を指し示してくれているけれど、チームの内部
の力関係というか、人間関係にまったく無頓着だし。
……アバッキオは、不安なんだよ、たぶん寂しいんだよ。
ヤツにもプライドがあるから、はっきり言葉で心変わりとかを確かめたりするようなす
げえ修羅場にはならないけど、ジョルノが入ってチームの雰囲気が変わったことを、皆は
もうしっかり認識している。
ボスに反旗を翻してしまったし。
あのフーゴが、誰もあんたについてくヤツはいないと言って拒否したのに、アバッキオ
はついてくと言った。あんたの側だけが生きる場所と言った。
……その言葉に、応えてやりなよ、ブチャラティ。
メンドクサイことが嫌いなミスタは、そこまで深く考えられずに、自分の体力を回復さ
せることを優先した。
「ミスタ、もっと食わせてくれヨォ〜」
彼のスタンドたちがひもじがっていたので。
「なんかサ、飛行機の中であんたなんかした？ おれたちが亀の中に入ってる間」
ナランチャはアバッキオに尋ねた。
アバッキオは無言でベッドに寝そべっている。
「ブチャラティに避けられてない？」
痛いところを突いたらしい。ゆっくりと、ナランチャは向こうずねを蹴り上げられた。
「まーあのひと表向きは公平だけどよー」
黒目がちの眼で、真っ直ぐにナランチャは見つめる。
「二人っきりの時は、それなりに、あるんだろ？」
「黙ってろ、ガキが」
「ジョルノは違うと思うな」
「黙ってろって！」
「あんたら大人だしな。解ってんのかも知んねーけど。相談もなしにボスを裏切ったりと
か、ついてきてくれと言われなかったりとか」
「おい！」
「おれに当たるなよ。ブチャラティに当たれよ！ あんたいつもそーじゃん、一人で苛つ
いて！
おれだって怖いんだよ！ フーゴいねーんだよ？ おれたちフーゴに見放されてるんだ
よ？ あの頭の切れるフーゴに、行く先は地獄って言われちまってるんだ！ ジョルノじゃ
ダメなんだ、ジョルノはおっかねえ。フーゴみたいにキレるんじゃねえけど、眼が据わっ
てるんだよ、あいつ！
いーよな、抱いてもらえるヤツは。行って、抱いてもらって来いよ。死ぬまで一緒だっ
て、あまーいこと言ってもらって来いよ」
ナランチャはイスに座って頭を抱え込んだ。
「バカ、避けられてるって言ったのおまえじゃねーか」
身を起こしたアバッキオは、呆れたように吐き捨てた。
「あ、そーか」
へらっと笑って、ナランチャはうつむいていた顔を上げた。その頭に拳骨をくれてやっ
て、アバッキオは外へ出た。
海を望むホテルの庭に、彼女はいた。黒髪は潮風に乱されていた。アバッキオの顔をみ
とめて微笑む。
なんてひどい顔色だ。
ここまでの逃避行の苛烈さと、心労の重さを彼は思った。
「『亀』はどうした？」
「ジョルノが見てくれている」
なら安心だ、いつの間にか、アバッキオにもそう言えるようになっていた。
「気を利かせてくれたらしい」
ブチャラティは、内ポケットからカードと小さな冊子を出してきた。
「うちの金庫番は最後にやってくれたよ」
くすくすと笑ってみせる。
そういえば、ボスに反旗を翻してから１日。よくホテルを押さえられたものだ。口座は
まだ封鎖されていないのだろうか。
「間一髪。ヴェネツィアで、封鎖される前に支部の金を引き出そうとしたんだが、先にや
られた」
「フーゴがか？ これから先、おれ達文無しか？」
「いいや、こっちの。ベアトリーチェ・ブガッティ『様』の口座に移されてた。大丈夫、
２，３の口座を経由してちゃんと洗ってある」
「ベアトリーチェ？ 誰だ？」
「わたしの隠し口座だ。暗証番号は１１８。救急車だ。冗談みたいだろ？」
「９９９９（後がない）よりはマシかな。あいつ、このために残ったのか？」
「いや、自分の高飛び資金をかっぱらうついでだろう。まったくたいした天才児だよ」と、
笑いながら、そのちょっとした豪邸の買える残高になった通帳とキャッシュカードを、ア
バッキオに握らせる。
「これで名実ともにナンバー２だ。頼んだ」
「おれが！？」
「考えてもみろ、このメンバーで、曲がりなりにもちゃんと高校まで出てるのはお前だけだ」
真面目な顔で言ってのける。
ちゃんとした社会人の生活の経験のあるのも。書類を書いたり、届けを出したりはもと
からアバッキオの方が面倒がりながらもちゃんとこなしていた。帳簿をつけたり、動くた
めに足を用意したり補給を考えたり、そういう細かい作業を、あの短気な天才児はひきう
けてくれていたのだ。
「まっすぐネアポリスに帰れるわけはない。ヘタをすると追っ手にされて、われわれを始
末させられることになるだろう……ボスなら絶対そうする。そこまで読み切ったんだろうな」
「勝って、生き残って迎えに行かなくちゃならんと言うことかな？」
「戻るかどうかは本人に任せるにしてもな。……そうナランチャに伝えてやってくれ」
「自分で言えよ」
かぶりを振るアバッキオに、ブチャラティは薄く微笑んだ。
「ついてきてくれてありがとうと、まだ言ってなかった」
「礼なんか要らん！」
アバッキオは短く吠えた。一瞬で間を詰めて、抱き寄せる。その背も、頬も、冷たくなっ
ている。
「潮風に当たりすぎだ……」
かばうように、強く抱く。
「違う……」
身じろぎをして、ブチャラティは距離を開けようとする。それを許さず、首筋に唇を押
し当てる。ひんやりと冷たい、白すぎる肌……いつもなら、官能を呼び覚ますポイントが、
今は沈黙を保っている。
脈打っていない。
驚いて見据えると、切なげに目を伏せ、距離を取ろうとする。その手首を捕まえ、強く
握りこむ。
あるじゃないか。
やや急き込んで打っている心拍。そうだ。愛しいひとは目の前に、立って、動いている。
脈を打っていないなどと言うことがあるものか。顔色は悪く、傷口は乾いているけれど、
胸が呼吸で上下していないとか、瞬きをしないとかそういうことはありえない……？
頼みの心拍は、自分の呼吸とシンクロしている。こめかみを狂おしいほどに震わせて流
れる血潮と同じ拍子で打っている。とすればこれは自分の脈。では、目の前の顔の小さな
スレンダーなギャングの女性幹部の脈は。
「済まない。そういうことだ」
擦れた声で、ブチャラティは言った。
「わたしはもう、終わっているんだ」
「ブチャラティーッ！」
アバッキオは、泣いた。
「来てくれてありがとう。とても、とても嬉しかった。でも、わたしはもう終わっているん
だ。なにも、もう何も返せない。わたしはわたし自身のためだけに戦う……もう、それし
か残っていないんだ。
ジョルノのくれたゴールド・エクスペリエンスの生命エネルギーが尽きるまで、ただそ
れだけの影だ、今のわたしは」
アバッキオの膝から力が抜ける。そのままに崩れる。それでも両手は握りしめたまま離
さない。
「だから、協力は欲しい。だが、無理はするな。できれば生き延びろ。わたしが動かなく
なったら、そのままうち捨てて逃げ散って構わない。金は考えて使え。それから、それか
ら……これでわたしは永遠にお前だけのものだから、ふてくされたりしないでジョルノを
助けてやってくれ。わたしはジョルノの黄金のような夢、腐りきった組織を乗っ取るとい
う野望に賭けたのだ。それ以上でも以下でもない。ただ真っ直ぐ尋ねてくれれば話したの
に、なぜ聞いてくれなかった……それだけが心残りだ。
真っ直ぐな目をしたレオーネ、フーゴには笑われたよ。ずっと欲しかった高価な人形が、
傷がついて、投げ売りになったとたんに勢い込んで貯金をはたいて買いに行ったようだっ
たと。おまえと過ごせた日々は、かけがえのないものだった。
二人で、こんなに綺麗な海を見ることもできた……満足だよ」
「フロラ！」
アバッキオが遮った。手を押し頂いて、美しい姿勢で跪いた。
「おれは認めないぞ！ おまえはまだ美しい。おまえはまだここに、こうしているじゃな
いか。おまえの人生はまだ輝いている。
おれはかつて奉職の日にした市民を守るという誓いを忘れて堕落した。こんなおれの誓
いなど、塵ほどのものと思うだろうが受けてくれ。
おれの血を、最後の一滴までおまえに捧げる！
おれこそが、おまえと出会って意味のある人生を得られたのだ。おまえの命令の下に動
けた日々があって、おれは救われた。
おまえこそがおれの女神、おれの世界。おまえの終わる日が、おれの終わる日だ。おま
えにおまえの身体を動かす熱がないというなら、おれの熱を取ってくれ。おれの血を、お
れの肉を絞り出し、こそげ取って思うがままに使え。
おれの全身全霊を、おまえの意のままに使うことをおれは誓うぞ！
おれが先に倒れたら、迷わずおれを捨ててゆけ。おまえに足蹴にされておまえを高みに
押し上げることこそが、おれの無上の喜びと心得てくれ」
夕日を浴びて、立ちつくす女と跪く男とは、美しい彫像になったかと見えた。
「あーゆーことしてる時間が無駄とか言ったら、おまえ、絶交するぞ、ジョルノ」
窓から二人を遠く望んで、ナランチャが室内を振り返って言った。
「言いませんよ」
ジョルノは地図を見て、今は残された時間をアバッキオと過ごすことに専念しているブ
チャラティの代わりに明日の配置を検討している。
「しかし、おまえでも知ってたのね、幹部とアバッキオの仲」
ミスタはベッドに胡座をかいて銃の手入れをしながら背中を震わせた。
「船着き場のときああはっきり宣言されちゃ、誰だって気づくと思いませんか？」
「なんだ、昨日かよ」
「あのひとが、さりげなく、アバッキオがぼくに突っかかるのは訳があるって教えておい
てくれましたから」
「え？ 誰」と、ミスタは首だけ振り返った。うひょ〜熱ぅ〜などと、ナランチャはまだ
出歯亀している。よしなさいよ、と亀からトリッシュが頭を覗かせた。
「パンナコッタ・フーゴ」
短く、ジョルノが答えた。
「え〜フーゴ？ 変なヤツぅ〜」と、軽くナランチャは反応した。
今となってはナランチャだけが知る事情になってしまった昔話を、今はしている余裕が
ない。
「消されてないといいですけど」
ふと、虚空に目をやってジョルノは呟く。
「いや、頭いいヤツは逃げるんもうまいよ」
ミスタが請け合った、いつもの楽天的な考えで。
「勝って、迎えに行きましょう」
「うん！」
ナランチャが顔をほころばせた。
「よー新婚さん！」
翌朝。朝食の席でも、手を握り合ったままの二人に明るくミスタが声を掛けた。
「バカが！」
照れて、アバッキオが顔を背けた。
「あれ？ ブチャラティ食わねーの？」
前に皿を置いていないブチャラティを不審がって、ナランチャが尋ねた。
「なんだか、胸がいっぱいで」と、ブチャラティは艶めいたふうで首をふった。それを、
痛ましげにジョルノが見守る。気のせいか、今朝は僅かに頬にも血の気が戻ったようにも
見える。
「うわーッ甘ーッ！」
顔を見合わせて、ナランチャとミスタが素っ頓狂な声を上げる。
「よしなさいよッ」と、トリッシュがナランチャとミスタの耳を引っ張って遠くの席に移
動した。
アバッキオが、行けよ、と言うふうに手を振って見せた。
黙って一礼して、ジョルノも二人と距離を空けた。
ジョルノの立てた配置に、アバッキオがダメ出しをした。
「おれは大丈夫だ。トリッシュに二人ついてろ」
「ですがアバッキオ」
「おれが大丈夫だと言ってるんだッ！」
今や、トリッシュと１５年前のボスの顔とでは、優先順位が逆転してしまっている。そ
れをアバッキオは正しく理解していなかったかもしれない……。それを順序立てて説き伏
せることのできる迫力ある参謀は、今やいなかった。
……あんたは再生中は丸腰なんですよッ。ぼくたちが大逆転できるかどうかを決める鍵
を握る、他にない大事な特殊能力なんですから素直に守られてなさいッ！
「わたしが目を配るから。ジョルノ、ここは聞いてやってくれ」
致命的なところで、ブチャラティは情人に甘かった。
「バカなッ！」
「ちくしょうッ！ そんなバカなッ！」
エメラルド海岸に、怒号がこだまする。
「早く治せよジョルノ！！ 何もたついてんだよっ！！」
矢継ぎ早のナランチャの罵声を、とがめるものは誰もいない。
「蹴り入れるゼこの野郎ォオオオーーーーーッ」
皆、冷や汗に顔を引きつらせて黙り込んでいる。
少年達にサッカーボールを取ってやる一瞬の隙に、アバッキオは腹をぶち抜かれて絶命
していた。
「アバッキオともあろう者が……なぜこれほどまでに近づけてしまったのか」
ジョルノの声も震えていた。
ブチャラティの決断は早かった。
「ミスタ。トリッシュを亀の中から出すな……
この場はただちに去らなくてはならない。全てはわたしの責任だ」
「何言ってるんだよ………………ブチャラティ。
今アバッキオは目覚める途中だってばょォ！！」と、なおもナランチャは聞き分けない。
「オレは敵が来るならここでやってやるぜーーーーッ
近くにいるなら迎え撃ってやるぜーー。
ミスタ、なあジョルノッ！」と、二人を見やるが、ミスタも、ジョルノも、沈黙を返すだ
けだ。
「行かなくては、ナランチャ。
ブチャラティのいうとおり！！」
ジョルノが、声を絞り出した。それに、ナランチャが激昂する。
「なんだとーッジョルノてめーが手抜きしてるんじゃあねーのか、この野郎！
ここにおいていくのかよオオオオ、ブチャラティ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アバッキオをひとりぼっちでおいてくのかよオオオオォ。
おいてくなんて、オレはヤダよオオオオオオオオオ」
最後には、滂沱と涙を流し、ブチャラティの背中に訴える。
顔を背け続けていたブチャラティの頬が震え、ようよう言葉を絞り出すかと見えた白い
歯が、唇を噛みしめ、血が出るまでに噛みきった。
「これは命令だナランチャ。
アバッキオも覚悟の上ここに来たのだッ！ 出発するぞッ！」
文字通り、血を吐くような命令であった。朝まで、時間を惜しんで情を交わしたその名
残で僅かに血の通った唇から、皮肉にも血は滴り落ちていた。
＜別解＞
「まだあるぞ。ポポロ・イタリアーノ銀行に毎月の積み立てがざっと１０万、サンタ・チェ
チリアに１００万。イタリアーノ・ポスタにナランチャのお年玉が５０万ほどにはなって
いたと思うし。フーゴの分は、自分が持って逃げたと思う。
それから生命保険が二口、ジブラルダルとニッポンのニッセイ。わたしが死んだらおま
えにそれぞれ２百万下りることになってる。ニッセイの方は円建てだ。……ドルより固い
らしい」
「ブチャラティ……」
「勧誘のオバちゃんに頼み込まれたんだ。身内が一人もいないんだ、当然だろ、絶対後始
末に金は要るんだし……あっ！」
「どうした？」
「証書はフーゴが管理してるんだった……やられたな」
「おまえ、人、信頼しすぎ」
ちなみに、証書類は事件が片付いた後、ボス・ジョルノ宛に匿名で届けられ、開封した
ジョルノは表情に困ったらしい。
「お墓の管理費に充てましょうか？」
「……それから、この消印。ここからなら組織の力を使えば調べられるかも知れませんよ。
ぼくはやってる暇ないですけど。自由時間のお遊びってことで、ミスタ、どうぞ」
＜別解２＞
「わたしはジョルノの黄金のような夢、腐りきった組織を乗っ取るという野望に賭けたの
だ。それ以上でも以下でもない。ただ真っ直ぐ尋ねてくれれば話したのに、なぜ聞いてく
れなかった……それだけが心残りだ。
初対面の時、ジョルノをいびったろ？ そういう陰湿なことをするな。お里が知れるぞ」
めっ、と怖い顔をしてみせる。
「わたしや組織の恥になるんだ、そういうことは」
その割に、ナランチャやミスタのえぐい拷問を見逃しているが。子供の無邪気さを残し
ているだけに彼らのやることは容赦がない。
「す、すまん……」
上目遣いに腰をかがめる大男の頭をくしゃくしゃなでてやって、ブチャラティは嘆息し
た。
「こんな図体ばっかりでかい甘ったれを愛しいと思うからわたしは長生きしないんだな」
その言葉は今となっては洒落になっていないのだが、アバッキオは前半分にに反応した。
「え……」
莞爾と微笑んでブチャラティは続けた。
「ずぶずぶに愛しているよ、レオーネ。
おまえの美しいところも、汚いところも。心弱さも、腕っ節の強さも、全部が全部愛し
い。丸ごとのおまえを引き受けるから、おまえはなにも心配することはないんだよ」
……ああそうだ、最初のあの夜から、ずっと。
この美しい女ギャングは、汚れた自分を丸ごと受け止めて愛してくれていた。
アバッキオは、泣けて仕方がなかった。
「おれは、一日だって、あんたに遅れてこの世にいたくねえ……いてもしょうがねえ」
仕方のないやつだな。
溜め息を一つ吐いて、ブチャラティの笑顔は崩れない。
「長生きしろと言ってやらなきゃならないのに、どうしてもその台詞が出ない。生き延び
たら、可愛いひとと……かて……を、持てと、言わなきゃならないのに……、済まない。
みんな欲しい。連れて行きたい。大好きなその髪も、その瞳も、その腕もその肌も、みん
な貰い受けたい、誰にも渡したくない……」と、そこまで言って、口を両手で覆って堪え、
目を潤ませる。
「大丈夫、……涙も出ないぞ」と、とぼけた顔を取り戻して、場の緊張を崩そうと試みる。
「そこで堪えなくていいッ！ おれは今死んでもいいぞ、ブチャラティーッ！」
「バカ……」
泣き笑いをする美しいゾンビが、アバッキオの死に場所について算段をしたかについて
は不明。
＜別解３＞
「しかし、アバッキオさんもやるねえ」
弾を充填し終わって、銃を構えながらミスタが呟いた。
「あれでもイタリアの男だからな。やるときゃやるよ。ティ アーモ、ティ アーモ ミア
フロラ〜」
歌うようにナランチャが言う。ふと目をやって、ジョルノが吹き出した。
「ぶふっ……」
「なんだよジョルノ！」
「そりゃ失礼でしょ、ジョルノくん」
「すいません、でも、あの姿勢はちょっと……あのですね、ジャパニーズ・トラディショナ
ル・マフィアの自己紹介のポーズにそっくりだったんで」
「え〜どんなの？ トラディショナル・マフィアって？」
「アバッキオには言わないでくださいよ……」と、立ち上がって、ジョルノはポーズを取っ
て見せた。
「まず膝を割って腰を落とします。これは、日本では基本のポーズ。相手を威圧しないこと
を示す礼儀です。そして、右手は武器を持っていないことを示すために、開いて、前へ。左
手は、差した剣の柄ごと後ろへ回します。これも、敵意のないサイン。そして、第一声が、
どうぞわたしに発言の機会をお与え下さいという意味で、
『おひけえなすって！』」
腹の底から出した声に圧倒される。６才で日本を離れた割にはよくここまで理解している。
二人が恐る恐る窓の外に遠く目をやって、今愛を乞うているはずの柄の悪い色男の姿と見比
べてみれば……。
「そっくり！」
「でしょう！？」
「ありえねえ！」
「アバッキオそりゃまずいって！ ぎゃははははは」
「まずいのはおまえだナランチャ……ぷくくくくく」
「……ッ、内緒ですよ、二人とも……くッ」
「あんたたちッ、さいてへへへへへへッ」
亀の中からも笑い声が響いた。
幸せな二人には、遠くの騒ぎなど潮騒に紛れて聞こえていなかった。
【５部オマケ追記】
★５部エピソードはたった９日間の物語！しかも、カプリ島からローマの最終決戦までは６日間しかない！
2001年
３/29（木）…スコリッピ戦。ジョルノが康一やブチャと出会う。夕刻ブラック・サバス戦。
３/30（金）…パッショーネ入団。アバ茶を機転で凌ぐ。
３/31（土）…ポルポ自殺。隠し財宝の噂が拡大。
４/１（日）…カプリ島界隈でズッケェロ戦、サーレー戦。ネアポリス帰還。
４/２（月）…たった１日で６人とバトル！特急でローマを経由しヴェネツィアへ。午前ホルマジオ戦、
昼頃イルーゾォ戦、午後プロシュート＆ペッシ戦、夕刻メローネ戦。深夜ギアッチョ襲撃。
４/３（火）…昇る朝日と共にギアッチョに引導。マジョーレ島にてボス戦。連続でスクァーロ＆ティツィアーノ戦、
カルネ戦。サルディニア島から50kmの海上に墜落。
４/４（水）…オフ日？空白の１日。50kmも泳いで全員ダウンしていたのかも（笑）。
４/５（木）…リゾットVSドッピオ。アバッキオ死去。チョコ＆セッコ戦。コロッセオでポルナレフと出会う。
４/６（金）…ポルポルのレクイエム暴走。ナランチャ死去。ブチャラティ死去。ディアボロ無間地獄。
※参考サイト〜『五部日程学会』さん
（あの有名な豪華ジョジョファンサイト
「文芸ジャンキーパラダイス」さんより引用）
蛇足。
上の考証サイトで、空白の一日があると知ったことから妄想した。熱い告白を受けたから
にはブチャには是非返してもらいたいものだったが……。
アバッキオの渾身の口説き台詞は書いてる方もアドレナリンを放出した（数えたら原稿用
紙１枚分もあった！）。全身全霊を使いすぎて、ブチャ死亡シーンに繋げるモチヴェーション
がなくなって、尻切れ的に終わってしまった。ということで、完成日は入れてない。未完（そん
なものを公開するな）。
原作の天使が迎えに来たシーンは圧巻だったが、そこはアバが来るべきだろうとわたしな
どは切歯扼腕。
向こうで一緒になれただろうと勝手に妄想している。
仏教徒としては二人同じ蓮の葉の上に……と思ってしまうが、彼らはヴァチカンのお膝元
の人間なので、きっと最後の審判の時を待っている。その時が来たら、こいつこそは絶対天
国行きですとお互い推薦しあっていることだろう。どっちかが落選したらそりゃ合格した方
も地獄に飛び降りるな。神様、イケズはしないでやってください。
もう鼓動が止まった、出血もしないといいつつ、唇を血が出るほども噛むことができるヒ
ロヒコワールドに乾杯。ヴィヴァ！ 漫画の虚構！
落ち着いて考えると、死人を抱くという凄いことをやらかしている。ヴィヴァ！ 小説の
虚構……。
退場した筈のフーゴ、見事な最後のご奉公。ここからその６ 「たとえばこんなサヴァイ
ヴァル」にいたる。
思いつきで出した「ベアトリーチェ・ブガッティ」という偽名がこのあと結構使い回され
る。単にイニシアルが同じＢ．Ｂ．でイタリアっぽい名前というだけ。この辺、細かいつじ
つまの合わないところもあるので温かい目でスルーして欲しい。
お代わり！
もうお腹いっぱい 帰る