アバッキオで。
「あァ？」
運ばれてきた注文の品を受け取って、アバッキオの眉がつり上がった。
「どーゆーことだぁ？」
自分はエスプレッソ、それを軽く手前に引いておいて、上司に砂
糖を勧めようとカップを見やって、大仰に身を乗り出す。
「ブチャラティ、あんた……」
注文したとき、自分も席に着いていた。とくに二人ともいつもと
違ったものを頼んだわけでもない。それなのに、今日に限ってカフェ・
ラテが紅茶に化けてしまっている。ご丁寧に、暖めたミルクピッチャー
が横には置いてある。
「ああ、構わない」
どぷり、とカップの際までミルクを足して、最近胃をいたわるつ
もりの出てきたネアポリス地区の幹部代行はさっさと口をつけてし
まった。
「……ぶったるんでるんじゃねーの？ この店」
ちゃんと締めてやった方が為になるんじゃないかとアバッキオは思
う。
「いいじゃないか。たまには変わったこともしてみよう」
いい香りだ、なんて言いながら、おっとりとした彼の上司は書類
に眼をやっている。
「あんた、甘すぎるぜ。それに、動じないにもほどがある」
「そうか？」
端正な顔は、話を聞いているのかいないのか、いつも乱れること
がない。
「あんたに一度聞きたいと思っていた」
返事がないが、構わず続けることにする。
「あんたは、これはしまった、予想外だとうろたえたことがあるの
か？」
「あるさ」
書類から眼を離さずに、すぐさまブチャラティは言った。
「聞きたい」
「今年新採用の、いい目をしためっぽういい男の警官がどんどん表
情をなくして、しまいには賄賂を取り始めたって聞いたら、そいつ
がらみで同僚が殉職して、自分も免職になっちまったとき」
「あァ？」
「そんな成り行きはまあ想像がついたんだが、それで当の本人が生
き地獄みたいな顔してうちのシマの酒場を渡り歩いてるって聞いた
ときのこっちの気持ちがな。なんでこんなに息苦しいのかって」
いつの間にか、ブチャラティはじっと彼を見つめていた。
「そんなものに比べたら、カフェラテがミルクティに化けるぐらい、
なんてことはない」
アバッキオは言葉もなく口をただ開け閉めした。
「どうした？ お前は些細なことで感情を乱しすぎだぞ」
堂々とした態度で、彼の上司は仕事に戻っていった。